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福島県立大野病院の事件も
横浜の堀病院の事件も、
分娩時出血多量による母体死亡が問題になっています。
幸いにして、分娩時失血死に直面したことはありませんが、
紙一重の恐ろしい経験をしたことがあります。
赤ちゃんが出るところまでは、非常に順調なお産でした。
少し出血量が多いので、早めに胎盤を出して止血した方がいいと判断し、
診察したら、胎盤は子宮の出口まで降りて来ていました。
いつもと同じ力で、軽く胎盤を引いたつもりでしたが、
子宮内反症になってしまいました。
これは、靴下を裏返しに脱いだ時のように、
子宮が裏返って、子宮内腔が表側になってしまう病態です。
簡単に元に戻せそうな気がするかもしれませんが、
分娩直後の子宮は、硬く収縮することによって止血しますので、
子宮を弛緩させないと、裏返った子宮を元に戻すことは困難です。
弛緩した一瞬を狙って、子宮を整復しなければなりません。
覚悟をして、薬剤を使って子宮を弛緩させました。
その瞬間、上腕の半分くらいまで妊婦さんの産道にがっ、と押し込んだところ、
幸運なことに、子宮は元に戻りました。
しかし、緩めた瞬間に、水道の蛇口をひねったようにざあっと出血します。
この時点で、日赤に輸血用の血液を依頼しました。
緩めた子宮を必死で収縮させました。
ところが、子宮が硬く収縮したら血は止まるはずなのに、
硬くなっても出血が続いています。
不運なことに、その産婦さんは妊娠中に20kg以上体重が増えており、
産道にもたっぷり脂肪がついてしまっているため、
出血点を視認しようとしても、脂肪が邪魔してなかなか見えません。
院内にいる医師は、私一人。
私がなんとかしなければ、どうにもなりません。
この時点で、大病院への搬送を依頼しました。
修羅場と化していたため、どうやって止血処置をしたかよく覚えていませんが、
子宮の出口がかなり裂けていて(頸管裂傷といいます)、
その付近の動脈が切れたために、拍動性の出血があって、
それを縫った覚えがあります。
動脈性の出血は何とか止血できたものの、
にじむような出血は、じわじわと続いています。
医師一人で、輸血用血液が未着の状態で、
それ以上の止血操作は却って危険と判断し、
圧迫止血に切り替えました。
そうしている間にも、産婦さんはみるみる蒼白になり、
血圧も下がってきました。
「この産婦さん、亡くなるかもしれない」。
そう、思いました。
人が一人、失血死する過程を、目の前で見ているかのようです。
全開で点滴しても、どんどん状態は悪くなり、
「気持悪い」と、あくびをしたり、嘔吐したりするようになりました。
ありったけの力で出血点を圧迫しながら、
瞬時に、いろんなことが頭に浮かびました。
・・・・・・・・・・・
もうだめ。
院長先生に、ご迷惑をおかけしちゃうな。
母は、私以上に嘆くかも。
ごめんなさい、Y先生(産科学を基礎から教えてくれた恩師です)、
先生より先に、廃業することになっちゃった……
産科医としての人生を諦めかけた瞬間、
日赤から血液が届きました。
そしてほぼ同時に、搬送用の救急車も到着。
止血用の鉗子を何本もつけたまま、
輸血をしながら、
産婦さんと、ご主人と一緒に
救急車に飛び乗りました。
産婦さんは助かりました。
全てが終わって、自宅へ向かう電車に乗るための、駅のホームで。
電車に、乗れませんでした。
ベンチに腰を下ろして、少しの間、呆然としていました。
「こわかった……」
不意に、涙が出て来ました。
いったん出だすと、次から次から涙が落ちてきました。
周囲には大勢人がいるのに。
でも辺りにはばかることもできず、
声だけかみ殺して、たださめざめと、泣き続けました。
医療者の視点から見た、分娩時出血多量の1例です。
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コメント
コメント一覧
よく聞かれる言葉ですが、100%安全な分娩って
有り得ないということなんですね。。。
なな先生、私は先生の手を拝見したことはありませんが、
そのとき、先生の左右の手の平には患者さんの生命が託されていて、先生は必死にその命を落とすまいと守ったのですね。
どんなに心細くて、助けを呼びたくても、なな先生はその時、必死で走るしかなかった長距離走者でしたね。
なな先生のような経験をされた産婦人科医師の先生たちは
きっとほかにもいらっしゃるでしょうね。そんな必死な頑張りを、環境が、人が、法律が、守ってはくれない昨今。
なな先生たちにかける言葉がみつかりません。。。それでも、先生たちの存在が本当に有難いと思います。。。。どうか、なな先生たちが無事に安全に医療行為を続けてゆけますように、祈っています。
技術を上げて、どれだけリスキーでもなんとかできる道を探してますよね。
喜ぶ人の顔がみたいですもんね。真っ赤なベビーちゃんみたいですもんね。
そういった気持、訴える人ってわからないんだろうな・・・
麻酔の導入、気管挿管と同時に執刀をしてもらいました。その後一瞬、妊婦さんから目を離して体温計を取りだし、口に入れようとしたら、妊婦さんの顔が死人のようになっていました。んっ?その瞬間、血圧計アラームが鳴り血圧50。「嘘?」、再測定ボタンを押した直後、すごい勢いで吸引。本当に、「あっ」という間に、吸引ビンに2000、3000mlと貯まり、術者の顔も青ざめていました。
私も目の前が真っ白。手術室は大騒ぎのはずなのに周囲の音も聞こえなかった事を覚えています。麻酔科医なら避けるべき「パニック」に陥りました。「自分の予測が甘かったばかりに患者が死んでいく」
どれくらい呆然としていたか?10秒も無かったはず。そんな自分を引き戻したのは、止血を試みる産科医の姿でした。血だらけで、必死の形相で止血していました。「何としても助ける」気概を感じました。
気が遠くなりそうな自分を必死に励まして(こんな事は後にも先にもありません)、応援医師呼び、カットダウンで点滴を確保し輸血しまくりました。手伝いに来た先生たちのお蔭で、妊婦さんの状態は落着き手術終了。ICU搬送して、指示を出した後、椅子から動けませんでした。その後、少し時間が過ぎてからです。「赤ちゃんは?」、その疑問が沸いたのは。看護師から「元気だよ」って聞き、泣けました。30近い、大の男の半べそでした。嬉し涙とも悔し涙ともつかないものでした。
その後10年経ちました。もっと重症で修羅場を何度もこなしましたが、パニックに陥ってません。今は指導する立場です。あの時の妊婦さんには申し訳無いですが、あの経験があったから今の自分が居ると思います。
結果が悪ければ民事、刑事裁判の世の中で、産科や小児科医師が減少していますが私は今の仕事を続けるつもりです。麻酔科医が重症患者を見放すわけにはいかないし、ベストを尽くしての結果が業務上過失致死と審判されたのなら、少なくとも自分自身を納得させる事ができるからです。甘いかなぁ~?
ありがとう!
自分の患者さんに危害を加えようとか、
ましてや死に至らしめようと思っている医者は、
一人もいません。
でも、結果が悪いと医者が「犯人」になってしまう。
おかしいですよね。
それでも今日も、お産ありますから。
まだしばらく、やりますよ〜(笑)
そうなんです先生、それでも産科医やっていますが、
「お産、やめたいな……」という気持も実は湧いてきています。
何よりも、そんな気持ちを持つことになってしまったことが
悲しくてなりません。
まさに「伝えたかったこと」を察して下さって、感激しています。
こちら側の状況や心情など、誰も取り上げてはくれませんので、
「医者の本音を語る」場たるここで、あえて述べたのでした。
マスコミは「記事を売る」ことが唯一の目的です。
そこには良心も、真実を報道しようというプライドのかけらもありません。
末端の記者はそうでもないかも知れませんが、
上層部は「売ること」しか考えていません。
「売らんかな」の記事を垂れ流し、
なおかつそれを自覚することなく、社会派ぶっているマスコミ。
せめて分娩1件でいいから、
目の当たりにしたらいいと思うのです。
ネーミングが素敵ですね(笑)。
男性の先生でも、同様の急場で密かに涙されるお話を聞いて、
とっても感慨深い気持ちです。
opeの時、我々は全力でやればいいだけですが、
麻酔科の先生方は、リスクを抱えてope室に突っ込む我々を
総監督しなければならない立場にありますから、
大変なストレスと思います。
麻酔科も人で不足と聞きます。
お身体を大切になさって下さい。
最初からハイリスク妊娠であることが分かっていれば、PICUのある施設に紹介したり、何らかの手の打ちようもありますが、数百例に一例の突発的なケースでは本当に肝を冷やすと思います。
厚生労働省の研究班の報告でも、妊産婦死亡の原因の第1位は出血性ショックでした。ついさっきまで順調な分娩だったはずの妊婦さんが、突然にトラブルが発生して出血性ショックに対処しなければならない現場のスタッフの心労は察して余りあります。
それがまた、夜中でスタッフの少ない時刻に起こるんですね。凝固系の検査も出来ない状況で、どうやって対処しろと……。
それでもいつかは、世界で最も安上がりだが、30年前の医療技術にしか対応していない、矛盾だらけの健康保険と診療報酬点数システムを抜本的に変える時が来ると希望していますけど。
レス遅れて申し訳ありません。
先日もまた、分娩時出血多量による死亡例に関する一審判決がありましたね。
7000万くらいの賠償命令が出されていました。
何だか、戦友が次々殺されていくのを見ているような気分です。
私自身、この症例以外にも何度も奇蹟に助けられていますが、
そのうち命運が尽きるのかと思うと、空恐ろしくなります。
ちなみに私の職業は医師ではなく会社員です。
ブログに寄らせて頂きました。
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