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08/16  ガックリな人々、ガックリな夏(8.17ちょこっと加筆版) /
ガックリな日々をすごしている。

春から夏に掛けて、かなり腰を入れて取り組もうとしたプロジェクトが一個あったのだが、それがほぼポシャった状況。おかげですっかりやる気をうしなって、夏を茫洋と過ごすハメになっている次第であります。




元々、そのプロジェクトに関しては、組もうとしたパートナーーーある格闘技のイベントを手がける会社なのだがーーの評判はよくなかった…いや、正直言えば最悪だった。

まず業界に無知で、方向性も定まらない。言う事やることが時によってバラバラだし、およそ信念というべきものが見当たらない。何がやりたいか正直よく判らないイベントを連発して、既に評価は最悪な状況に陥っている。また、何より金銭的な評判が悪い。中には未だに一千万を越える多額の未払金が宙に浮いてしまっているという噂まで聞こえて来る。関わるとろくな事にならないよと業界関係者の誰もが言う、いわゆる“事故物件”。

ただ、この会社には格闘界の事情にも詳しいSさんという社員が一人居て、この人にほだされてしまったのである。

最初はばうれびに広告が出せないかと言う事で連絡を取り合っているうちに知り合いになったのだが、選手が足りないと言うので何人か僕のマネージメントする選手を紹介したりして、段々距離が詰まって行く。結構業界の現状に関する認識もしっかりしているし、辛口の格闘技観を持った彼の視点は結構共感できる部分が多かった。当然仕事絡みの内容ではあったが、毎日のように電話で連絡を取り合うようになる。そのうち問わず語りに、経営陣が業界に無知で、変な企画ばかり立てるので、本当に困っているという内情を明かしてくれるようになった。そして、できればこの会社の主催するイベントの体質改善を手伝ってくれと言うのである。彼が孤立無援状態で辛いのもよく判ったし、どんな団体であれ、選手が上がれるリングが一つでもダメになってしまうのは忍びないという、ちょっと青臭い理想論を抱えていたのが失敗のもと。

当然、書き手の僕が一つのイベントに入れ込んで手伝う事には、賛否両論あるだろう。だが表沙汰にするかどうかは別として、記者が団体のアドバイザー的な立場で動いたり、FEGの谷川氏のように実際にインサイダーになってしまうのもよくある話。世間的にいって、決してバランスのいい話には聞こえないのも、もちろん判った上での話だが。

ただ、二大メジャーに支配されて、選手が自分の意志のままに自由に動けない格闘技界の現状を、僕は決していいとは思っていなかった。もっと沢山のプロモーターがこの業界に参入して、“自由通商”が確立するほうが正しいと考えているのは、これまで散々書いて来た業界インサイドに関する文章を見てもらってもわかるだろう。そうやってファンにも選手にも多くの選択肢を提供できるなら、それが最終的には格闘技界をメジャーなスポーツとして定着させる助けになるに違いない。ならば、どんな立場の人間であれ、やれる事、正しいと信じた事をやるべきではないか? ブッキング同様、僕が“現場”にも手を染める理由はいつもそこにある。

そこで今回は、この団体に僕の人脈とアイディアを色々提供して、このどん底状況のイベントがどこまで浮上できるか、コンサルティングを施してみようと考えたのである。(ただ、そうするうちにSさんは、一連のストレスが原因となったか、病気でダウンしてしいまい、すっかり会社に姿を見せないようになってしまった。今回の頓挫騒動の最大の敗因は、彼が現場から消えてしまった事だったかもしれない。)




ともあれ、そんな具合で、改善の企画書を書いたり、マッチメイクのプランを練って提出するような仕事が始まった。

僕の書いたリリースで「リニューアル」を大きく歌い上げた記者会見が開かれ、これはあちこちの誌面でも結構大きな記事にしてもらった。書き手のツボが判ってる人間だからできた仕事だし、手応えは十分に感じた。中でもブッカーとして僕らが集めた、“無名だが実力者ぞろい”=通好みの海外選手のラインナップは、現在の格闘技界の流れの中でも十分斬新だっただろうし、予想以上に注目された感があった。この調子なら、“最悪”というレッテルをべったり貼られたこのイベントに、上昇気流を吹き込む事が出来るかもしれない。そんな事を考えた矢先、彼らにはそんな表面的なテコ入れではどうしようもない、骨絡みの問題点があることが判ったのである。

ーーこの会社には、余分な口出しをする船頭が沢山いるのだ、ということが。

最初の異変は、案外些細な事だった。
会見以降、そこで発表したコンセプトに従って、いくつかのプランを煮詰め持って行く作業が続いた。ところが何を提案しても、企画しても、どういうわけかすぐ話がストップしてしまうのである。既に大括りなコンセプトは会見でも発表済みであり、あとは具体的にそれを表現するマッチメイクや、広報戦略を練って行けばいい。表向きの責任者である社長に色々プレゼンテーションをして、一定の同意を貰ってという手順を踏んでいるので、当然通ったものと安心していたら、これがことごとくひっくり返るのである。ロゴの刷新やポスター案、チラシの代わりにやろうと言っていたフリーマガジンなど、いろいろなアイディアを出しているのに、実はそれがまるで検討されておらず頓挫扱いにされていたり。酷いときにはこっちが意図していたプランと全く違う形で書類にまとめられて、営業書類として業界に流通してしまっている。そんな信じられないと事件が相次いだのである。正直、これにはびっくりした。

一体、お宅の会社はどういう組織構成になって、どういう意思形成で運営されているんだ?、と血相を変えた僕はSさんに詰め寄った。しどろもどろに彼が説明してくれた、この会社の構造は、僕の想像を絶する程奇々怪々なものだったのである。

普通、イベントと言うのは中央に司令塔になる人が居て、その人物の理念なり経営方針に基づいて動いて行く。いわゆるプロデューサーである。ところが、この会社にはその軸に当たる人物が居ないらしいのである。無論一番エラい人は居る。この会社の場合で言えば、「会長」と言う肩書きを持って資金面の面倒を見ている、いわゆる“オーナー”がその人。結構大規模なお金を動かす本業を別にもっていて、そちらではそこそこの成功を収めているらしい。そして、そちらで儲けた利益をイベント運営に回している。金銭面でも発言力でも一番の影響力を持つ人物であり、団体運営は彼がメインで回っていると考えてまちがえない。どんな不入りになっても、彼が身内を回ってお金を集めて来るので、イベントは一応資金的には安定している。その中身はともかく、規模だけでいえばメジャー級といっていいサイズのイベントを打てるのであった。

ただ、残念ながら彼は格闘技界の現状には全く疎いご老人だった。したがって色々、現状にあわない決定などを下して、現場を混乱に陥れたりもする。例えば、見栄っ張りだけで、新進団体の身の丈には全くそぐわない一万人クラスの会場を借りてしまい、そのサイズに苦しむといったトンチンカンなことを平気でやる。

そこで、一応、少しは格闘技界の事が判っている若い息子の方が、表向きのトップに立って、プロデューサー的に動くことになってはいたのだけれど、これがまた全然トップとして機能しない人物だったのである。

まず何が悪いかと言えば、あまりに優柔不断で何も決定が出来ない。先にも書いたように、彼がトップを名乗っているので、こっちは当然企画を持って彼にプレゼンをする。だが、彼の段階では何も決定が出来ない仕掛けになっていたのである。彼は何も決めない。決められないと言うべきか。

全ての決定は父親にお伺いを立ててから、さらにその下に控える番頭格の人間にダメ出しをされ…という調子で、行動の一個一個にいちいちチェックが入れられてしまうのだ。いくらプレゼン段階で盛り上がったり、妥当だという話になっても、結局、僕は何の意味も無い空回りを演じていただけということになる。

またチェックするご老体が、現在の格闘技界の状況を理解したうえで、トップとして確実な舵さばきをするなら、強権を振り回そうがごり押ししようが、それは自分の金でやる話、全然構わない。だが、会場の件一つとっても判る通り、全然見当違いの事を考えついて強行してしまうのだから始末に悪い。言葉遣い自体はソフトで非常に紳士的な人なのだが、最終的に自分の思いつきを通すまで、ひたすら対案をペンディングにするというねっとりした必殺技も持っている。団体としてどんどん先に進まなければならない時にも、おかまい無しで線路の真ん中に居座る。ニコニコ笑いながら繰り出される「私が納得しない限り、何も進める訳にはいきませんからね」という極め台詞に、幾つのアイディアが握りつぶされた事か。正直、この人がトップを張っているかぎり、このイベントには成功のチャンスは永遠に巡って来るまいと思う程の難物であった。

また、その息子の方も、親の威光に逆らうと言う事が一切出来ないお坊ちゃんなので、親の言い分が明らかにおかしいとは判っていながら、プレッシャーに耐えきれずに、最終的にグズグズ折れてしまう。その度に抵抗しろと焚き付けるのだけれど、彼にはそんな気概がまったくないので、すぐ言いなりにされておしまいになる。結局、現場の意見を一切守る事の出来ないリーダーと、その後ろですべてをグダグダにしてしまうおとっつあんの存在が、この団体をメチャクチャに迷走させているのであった。

正直、これではまずマトモなイベント開催は無理だ。本来なら、少数精鋭でトップダウンの速攻勝負を仕掛けるしかないゲリラ部隊が、口ばかりの後衛に邪魔されてモタモタしているのである。そんなことで、生き馬の目を抜くこの業界でどんな結果が残せようか。ーー要するに、こっちがどんな冴えたプランを託しても、この団体では実現化する見込みは全く無かったのである。




また、このオーナーには、“側近”だとか“仲間”とか称する正体不明の取り巻きが山ほど居て、さらに泥沼状況を悪化させる。この連中、イベントの実際にはまるで動いてくれないくせに、決まったことには拒否権を主張し、かき回して、結局何もケツをふかない。そのくせ、何かと寄り集まっては、“テレビの深夜枠を買って30分のバラエティを作ろう”だの、“雑誌に広告を出せばチケットは売れるようになるだろう”などと、現実感のないプランばかりを立てて、仲間内で盛り上がっているのである。選手のギャラを値切っているようなケチ臭い状況なのに、なんでそんな無駄な金をばらまけると考えているのか。おめでたいと言うより、ほとんど妄想の域に達した作戦会議をでっちあげては、酒を飲み、赤い顔で盛り上がっているこの取り巻き連中を見る度に、無能な船頭の多すぎるこの船の行方を思って、僕はタメ息をつくばかりだった。

そんな脇の甘い状態でいると、また当然のように選手を高く売りつけようとするだけのブローカー的な人間も入り込んで来る。まるで実績もない無名選手や、電話一本でオファーした面識もなにもない選手を一本釣りし、そのギャラに四割りの上乗せをして要求をしてくると言うではないか。タコ部屋じゃあるまいし、ぼったくりもいいところだ。そんな業者が関わる事は、百害あって一理無し。イベントのお財布に対して無駄な重荷を背負わすだけでなく、マッチメイクにも悪影響を与えるだけではないか。僕は彼の閉め出しか、少なくとも選手の押し売りを止めさせるように要求したのだが、これも却下。

それどころか、この人物経由でどんどん無意味な選手がマッチメイクされて行く一方。どうやら、オーナーにべったり食い込んで、何か訳の判らない利権をちらつかせながら、選手の盲買いを要求しているようだった。まさに、正気では考えられないような迷走状態だった。格闘技に愛情が感じられない、有象無象ばかりの出入りする複雑怪奇な人間模様。誰もファンの事を考えず、マトモな大会にしようという理想も無い。

どんなカードでファンに思いを伝え、どういう試合をみせることでファンに感動してもらうのか。格闘技イベントの「魂」にあたる部分だけが空洞で残されているのである。だが、そんな危機状況に、彼らの中の誰一人として気づくものは居なかった。オーナー以下、決定権を握っている連中は、お世辞と媚で売りつけられるバリューの薄い選手を、無理矢理マッチメイクして、意味の無い試合を並べるだけ。幾ら阻止しようとしても、彼らには何が悪いのか全く判ってない。関係者の薄汚い思惑だけが進行し、なんの意義も目的も見いだせない大会がでっち上げられていくのを看過するしか無い。ある程度理想主義は横に置かねばならないだろうなと、覚悟を決めて飛び込んだ状況とはいえ、ホントに泣きたいような四面楚歌だった。僕にこの苦境を押し付けて、とっとと姿をくらましてしまったSさんを何度恨んだか判らない。

そんな状況に僕が物言いをつけるたびに、トップ陣は苦笑しながら『井田さんには判らない事情がこちらにも色々あるんです。まあとりあえず仲良くしましょうよ』と懐柔してくるのである。そして食いたくもない飯を食わされ、酒を薦めてごまかそうとする。これがオトナのやり方と言う奴かね? あまりの演歌チックな展開にムカつくので、車を理由に酒は全て断ったが、正直何度テーブルをひっくり返して暴れてやろうと思った事か。大体、僕に判らないような意図が、なんで一般のファンに通じると思ってるんだ! 勘違いも甚だしい。俺はアンタ達の友達になりたいんじゃない。ホントの仕事をやらせてくれ。

これでは良いイベントなど出来るはずもない。
その後も、もっといいマッチメイクを、もっと毅然としたイベントの方向性を打ち出したいと考えて、いろんなプランを出したし、キーになる人間も紹介したのだけれど、結局全部“有象無象のフィルター”が邪魔をして、全ては曖昧なまま頓挫してしまう。すっかり僕は疲弊し、イベント立て直しに対する熱意を失って行った。




もちろん、僕のプランを潰すのは構わない。こっちだって出したもの全てが万全のプランとは思っていないから、検討されて没になる場合も当然あるだろう。ならばその代わりになるもっと立派なものを出してみろよと思うのだが、そんな創造性のある人間は皆無だった。大体それが可能なら、最初から外部の人間にお呼びなどかからない。ただ彼らには外部の人間の知恵を謙虚に聞く態度も無かったし、その労働に対して相応の対価を払うと言う発想もなかった。

例えば、ロゴの事件などはその典型的な例だろう。
彼らが使っていたイベントのロゴのダサさに僕は最初から問題を感じていた。某メジャーイベントを連想させる、パクリ丸出しのそのロゴは、使っているだけで恥ずかしいし、ファンに舐められる原因になりかねない。コンセプトを入れ替えて、新しい出発をするなら、まずそのCIから始めるべきだ。そう考えた僕は、知り合いの優秀なデザイナーに頼んで、いくつかの素案を出してもらった。中に一つ、非常に斬新なモノが仕上がり、これならば商品化しても売れるだろうというインパクトのあるものが上がって来た。

大喜びでロゴを首脳陣に見せたのだが、妙に反応が悪い。デザインが気に入らないのかと思って、何度かプッシュしてみたのだが、その度に言葉を濁して、採用するのかしないのか、はっきりしない。一体どうなっているのか、焦れて真意を問いただしてみると、オーナーがぽろりと本音を吐いたのである。

「これ、商品とかにするときに印税とか権利を主張されませんか?」と来るのである。正直僕は耳を疑った。買い切りにしたいなら、相応の値段を提示すればいいし、印税契約にしても、そんな驚くような額は要求するわけもない。シャツ一枚に値段の半分を要求する馬鹿は居ない。なによりデザインの力で得られる刷新のイメージより、目先の十円百円が惜しいという、その感覚がどうかしている。もともとそのデザインの代金として、彼らが提示した代金はたったの五万円なのだよ。驚いたかね。団体の顔となるマークにこの値段。どんな安い顔で世間と渡り合うつもりだったのだろうか。

ケチと言うより、これは他人に何かを託す事がイヤで仕方が無いのだな、と僕はこの時感じた。自分たちは常に騙されていて、迫害者に自分の利を奪われるのではないかという猜疑心が、この人には常につきまとっているらしい。あまりにケチ臭く、ケツの穴の小さい物言いに、そう感じたものである。

そのくせ、自分では何も斬新なアイディアは作り出せない。決断もしない。そしてもちろん責任を取ろうとしない。自分に媚びて来る烏合の衆だけを集めて親分面をしていたいだけか…。

僕は、ここでも深く絶望するばかりだった。




さらにこの団体、ケチなだけではないーーいやケチだから生じた、もう一つの大きな問題を抱えていた。格闘技イベントの命脈ともいえる、ブッキングのルートがほとんどないという致命的な問題を、だ。

この窮状を招いてしまった最大の原因は、旗揚げの時に彼らを手伝ったプロデュース組織と決裂してしまったことにあった。この組織は、国内のほとんどの団体に選手を派遣する一大組織でもあり、彼らの影響圏外で格闘技イベントを成立させようというのは、かなりピンポイントの難事になる。

決裂の原因は、またも金。
最初のイベント開催にあたって金銭的な衝突があったらしく、その組織とは一回目のイベントで早々に関係が決裂。先方は「一切金を貰っていないのでもう付き合えない」と言って選手派遣を一切止めたようだ。この会社に関して言うなら、他所で金銭トラブルを起こしたと言う話は聞いたことがないので、まずこの言い分を疑う理由も無い。一方、こちらの会社は「払うものは払った、騙された」と被害者をきめこんでしまっており、僕が何度即してもこのトラブル回収に乗り出す気配はなかった。頑なすぎるほどに頑なその態度を見るにつけ、逆に僕の中では彼らの言い分に対する疑念が深くなって行った。

実際、数ヶ月彼らと付き合ってみて、正当な労働に対してお金を払うことを渋る傾向が顕著だったからだ。

例えば、僕が関わった範囲でも、何週間も前にオファーを出した海外選手の航空券手配を、いつまでもやらないで放っておいたりする事件が数回勃発している。その度に海外のコーディネーターは血管を浮かせて激怒し、「明日までに入金が無かったら、選手は飛行機に乗せない!」と息巻くことになる。何故そんな馬鹿げた事になるのか問いつめたところ、「会長の決裁が降りないので入金できない」などというバカな返事が返って来てしまうのである。航空券など、早く手配しなければどんどん値段が上がって行くもので、先に延ばしたから安くなったりは絶対しない。ダラダラしていたら、その分高くなるだけのこと。それが判っていながら、財布の口は貝のように閉じる。それが彼らのパターンであった。

そうやって、何だかんだとグズっては支払いを延ばし、結果として大損をするというパターンを何度も繰り返すのだ。だが、その目先の十万二十万の小銭を惜しむ“オバさん体質”が、興行と言うスピード勝負の世界にどれだけ悪影響を与えるか、彼らには全く想像もつかないようだった。

ハッキリ言って、興行の世界では吝嗇さは命取りになるのだ。選手は常にいい条件で遇される事を望み、次々にオファーを天秤にかける。ダラダラすればどんどん有力選手は逃げて行き、観客もカード発表の遅い団体のチケットなど見向きもしない。まして雑誌は、記者発表のない団体の記事など一行も書かない。即金主義でバンバン先手をとって、話題満載にして行かなければこの業界での勝利はおぼつかない。

選手の手配を遅らせ、航空券の手配を渋り、そして記者会見はいつも大会直前に申し訳程度にやるだけ。そんなイベントに誰が期待するだろうか? ーー全て、口先だけの船頭達を放置し、その不協和音を垂れ流させている弊害であった。そして、名前だけの船長が、優柔不断にグネグネ逃げ口上を言い続けている間に、船はどんどん沈んで行く。

結局、前述のプロデュース組織との決裂も、払い渋り/先延ばし体質が嵩じて、破綻を生んだだけの話であったのだろう。彼らの困った所は、いつも話の上っ面の都合のいい部分だけ見て大はしゃぎし、プランを現実化する時に生じる問題点が浮上して来ると、すぐ現実を放り出して逃避しようとする所にあった。問題点が生じるのは、全て他人のせい。せっかく関わってくれた人間達を次々にワルモノ扱いして、自分たちが当事者である事は放棄してしまう。そのくせ、プロジェクトから生ずる利点や利益に関しては、砂の一粒たりとも他人には渡したくない。要するに子供っぽく、そして責任感がない困った人達なのであった。だから、深入りすればする程、僕は被害者面を振り回す彼らの話に、全くリアリティを感じられなくなっていった。




それはともかく、今やその組織やその関連会社には頑として連絡を取ろうとしなくなってしまったので、彼らにはチョイスできる選手が日本人選手がほとんど居なくなってしまったのであった。

実は、その状況を見て売り込みに来た選手も居ないではないのだが、選手たちが提示する金額を、絶対彼らは飲もうとはしなかった。要するにまたもやここでもケチなのである。部外者の僕から見れば、多少高めに設定されてはいても、彼らのバリューからして決して高すぎる値段ではない。初めてのつきあいになる団体に対しては、信用関係もないから当初高めの値段設定になるのは、当たり前と言えば当たり前の話だと思う。それをクリアして、徐々に信頼関係が築かれてから、実績に従った値段設定をすればいいのである。最初はイベントには何の信用も無いのであり、選手の築いて来たキャリアを借りて客を呼ぶのだから、多少高めに言われるのは仕方が無いはずなのだ。

むしろ彼らがどこからか押し付けられて来るロシアやオーストラリアの三流外人選手の値段と比べれば、まだしも妥当だし、試合のパフォーマンスを考えれば遥かに彼らの方が説得力のある試合が出来るはずなのに、である。そう言う部分でも、彼らの会社は“非常識”であったし、実績もないのに非常に“傲慢”でもあった。

まして、主催者の都合で、コネのある選手を高く買うというのは、ハッキリ言って愚行である。選手は絶対控え室でギャラの情報を交換するし、自分が不当に安く買われたと考えたら、選手は絶対次にそのリングには上がらなくなる。バリューのある選手をそんな形で逃がしてしまっておいて、変な屑選手だけを高く買う。そんなプロモーターの態度は、絶対リングの上をダメなものにしてしまうし、ファンも期待しなくなる。

僕は口を酸っぱくして、団体としての公平なギャラ設定一覧を作るべきだと主張したが、身内至上主義の彼らは終始聞く耳を持たなかった。

そんな裏事情を知ってか知らずか、それでもこのリングに上がってもいいと申し出てくれた選手も居るには居た。しかし、そんな健気な彼らに対しても、この会社の連中は非常に失礼な態度を取るのであった。

選手の方はせっかくスケジュールを空けて、試合向けの準備を進めてくれているのに、いつまでたっても正式なオファーを出さないのである。なんでだと詰問すると、「あの選手は、●●(彼らの敵対視している某団体)の息が掛ってませんかね?」と勝手な憶測を巡らせて、グズグズしていたというのだからあきれかえる。ここでも猜疑心、そして政治、くだらない人間関係だけで運営されているという、彼らの最もダメな部分が顔を出す。




そんなこんなで、大会がどんどん近づいてくるのに、全然選手を確保する事が出来ず、いつまでたってもカードは具体化しない。正直、僕は自分の紹介した海外の選手の対戦相手が決まらない事に焦り、自分で対戦選手を探すハメになったりもしたのである。なんで、エージェントが、自分の契約選手の対戦相手まで探す事になるんだ? それもノーギャラで。あまりのシュールな展開に、どんよりした気分に襲われる事がしばしばだった。

こんな泥縄を続けていてはいつまでも団体のステイタスアップなどのぞむことはできない。そう考えて、この間、何回も同族経営的なやり方をストップするよう進言を繰り返した。なにより、このイベントの事だけに集中できる近代的な組織に改革しなければ絶対ダメだと。しかし、無意味な“お仲間大事”に固執する彼らに、そんな助言は通じる訳も無く、全部のらくらとはぐらかされて終わり。

元々彼らには本業があり、このイベント自体は道楽でしかない。本業のスケジュールが忙しくなって来ると、すぐ他所を向いてしまうし、連絡も取れなくなる。メールはロクに見ない、留守電も聞かないというのが自慢のヒトたちと、どうやってまともなプロジェクトを進める事が出来ようか。「報告/連絡/相談」というプロジェクトのキモになる原則も守れない首脳陣相手に、僕は一人焦り、そして苛立つばかりだった。

今考えてみると、例の旗揚げを手伝ってくれたプロデュース組織と方針が衝突したのも、結局そんなごちゃごちゃな組織の在り方に嫌気がさしてのことなんだろうと思う。

オーナー一族としては、そのプロデュース会社に“騙された”という想いこみがあるらしく(先に書いた“敵対視している組織”とはここの事である)、これまでイベントに投入して来た資金を回収する意味もあって、彼らを見返してやりたいという見当違いの“意地”だけでイベント開催を続けて来たらしいのだ。

なんとアホらしい動機!

ホントに格闘技が好きなのでもなければ、タニマチ気分でもない。単なる逆恨みと、業界に甘い思い込みで首を突っ込んで来て火傷したド素人の意地のために、なんで選手が命を削ってリングに上がらなければならないのか。

当然一般客の動員など見込める訳も無い。だから彼らは身内の協賛企業に手売り攻勢をかけて、とにかく客席を埋めると言う営業作戦に出ていた。要するにリングの上がどんな猿芝居になっても、チケットはなんとか裁けてしまうと言うのである。

だからこそリングの上の事に一生懸命にならないし、なろうともしなかったのだ。このままでは、イベントはファンや一般社会に向けた格闘技大会ではなく、成金が資金にあかせて道楽で開く“身内の盆踊り大会”まがいのものになってしまう。中にはブッキングされた選手を見たくて足を運んでくれる一般ファンだって居るはずなのに、そんな身内のオナニーみたいな興行でいいと、プロモーターが考えているとしたら、こんな裏切り行為は無い。




僕は散々悩み抜いた末に、プロデュースをこちらに任せて、素人考えの口出しだけでも控えてくれないだろうか? という提案をしてみた。こちらも、ブッキングした選手が、意味の無い試合を組まれて、漫然と“オシゴト”的に試合をするような事態はどうしても避けたかったのである。最悪選手を引き揚げなきゃいけなくなるよとまで言って、体質改善を要求したのだが、結局その答えもノー。

それどころか、「オマエは団体を乗っ取る気で脅迫するのか」と見当違いの事を言われる始末。脅迫?? 乗っ取り?? ハァ? 散々、沈み掛けの船をなんとかして浮上させようと知恵を絞り、キャリアの産物を投じて助力をしてきた人間に、この物言い。人からもらった恩恵は全部ボッたくり、噛み付かれたら途端に狂犬呼ばわりかよ。

ハッキリ言っておくが、子泣きジジイみたいな妖怪船頭が山ほど乗っかって来る、評価最低の終電あとの痰壷みたいな団体、誰が欲しがるもんか。劣化ウラン弾より、前田健の添い寝券より、都庁のてっぺんからロープ無しのバンジージャンプの許可より要らんわい。うっかりアンタらの“納涼盆踊り大会”に紹介しちまった、前途有望な選手たちの行く末が掛ってなきゃ、とっくに逃げ出してるっちゅーの。

ともあれ、ここまで腐ってしまった相手に対しては、出せる助け舟も尽きた。
もう打てる手はない。バンザーイである。

というわけで、僕はこのイベントの立て直し事業からは手を引く事にした。ここから先は、どーぞご勝手にと言うしかない。

身内だけでひそひそ秘密を共有し、痛い所を突かれるとその場限りの嘘でごまかして、後のフォローはなし。そんな彼らのねちっこい体質にも疲れ果てたし、幾ら正論を言っても通じない堂々巡りの迷宮にもうんざりである。これはもう人種と言うか、人間の質の違いと言うしかないのだろう。

ファンに提供する“商品”であるという感覚がない、フ抜けたイベンターの手助けをしたって、絶対業界全体のためにはならない。それならば、当初の趣旨とあまりにちがうし、もういいやって感じ。




聞く所によれば、この大会のチケット、ヤフオクで1000円の投げ売り状態になっているとか。身内営業で押し付けられて困った人間がせめてもの資金回収のために放出したのか、それとも営業努力自体放棄した会社本隊の誰かがバレないだろうとそんなところに流したのか。いずれにせよ、ファンをないがしろにして見栄だけででっちあげた大会など、そんな値段が妥当なところなのだろう。そこまで値崩れしたものを、これからバカ正直にプレイガイドで買う人間もいないはずだ。

その意味で、このイベントは既に、屑である事、何も期待できるものが無い事を、ファンに値踏みされてしまったことになる。

当日の会場がどんな席の埋まり方をするかは判らないが、一般ファンが定価で買い求める“実券”の数だけで言えば、格闘技史上に残る最悪の結果となるだろう。

つい一ヶ月ほど前には、まだ幾つも残されていた可能性を全部ダメにして、たどり着いた先がそんなところかと思うと、ホントに泣きたくなってしまう。




ねえ、赤ら顔の呑気な船頭諸君、それで満足ですか? 今でもまだ地上波放映だとか浮ついた事を言って喜んでますか? 村長だか、会頭だか、代取だか、親分だか、エグゼクティブプロデューサーだか、大将だか、CEOだか、何か訳の判らない肩書きだけつけたみなさん。今でも自分たちは、毛ほども間違ってないとお思いですか? 




まあ、シンプルな結論としては、どんな事情があろうとも、格闘技自体をトッププライオリティに持って来れない人間が、格闘技のイベントなんかやっちゃいけないってことなんでしょうな。

というわけで残り少ない厄年の夏を、小生寝て暮らしまする。
ホント、ガックリだよ。



投稿者 井田英登 at 17:32


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