私は1月24日のこの欄で、適応障害による療養を続ける皇太子妃雅子さまへの一部メディアによるバッシングについて「展望を語らない宮内庁に責任がある」と書いた。宮内庁は、今も主治医の会見を開いていない。それどころか、今年2度あった皇太子さま単独での外国訪問前の記者会見で、雅子さま同行断念の経過などを宮内記者会が尋ねたところ、質問内容への配慮を求める東宮職医師団の見解を7月末に発表した。過剰ともいえる反応だ。このままでは、皇太子ご夫妻、ひいては皇室と国民との距離が広がっていくのではないかと感じている。
医師団が問題としたのは、皇太子さまが6月にブラジル、7月にスペインを訪問するのに合わせ、それぞれ事前にあった皇太子さまの記者会見での質問だ。雅子さまが同行しないことから、記者会は同行断念の経過やご夫妻の気持ち、さらには今後の雅子さまの海外訪問の見通しなどについて尋ねた。
皇太子さまは「お医者さまともご相談の上、総合的に判断して、私一人で訪問することにいたしました」(ブラジル訪問前の会見)、「外国訪問については移動距離、訪問期間、訪問中の行事などの観点から、慎重な判断をする必要があります」(スペイン訪問前の会見)などと答えた。いずれも、質問を真摯(しんし)に受け止め、胸の内を率直に語ってくれたと思っている。
ところが、皇太子ご一家をお世話する宮内庁東宮職のトップである野村一成・東宮大夫は7月25日に、東宮職医師団の見解を発表した。「妃殿下のご努力に水を差すだけではなく、努力が足りないと批判している印象を与えかねない」「治療を受け頑張っている人に対する励ましは、精神的に追い詰めることになるので絶対に避けるべきだ」などとし、記者会の質問は「励まし」にほかならず、雅子さまの回復を遅らせるだけでなく、病状を悪化させる可能性があると危惧(きぐ)している、とする内容だ。
皇太子さまの記者会見は、誕生日のほか、外国訪問があった場合などに開かれるだけで、年に数回に限られる。質問は、事前に記者会から宮内庁側に提出され、双方の間で文言などの調整がはかられる。問題になった2回の会見での質問も、記者会で内容を詰めたうえで事前に提出したものだ。宮内庁側もその質問を受け入れていただけに、会見後に質問に配慮を求める「医師団の見解」が出てきたのは理解に苦しむ。
雅子さまが同行しなかったことに対する同様の質問が繰り返されたのは確かだが、1年に数えるほどしかない会見で、国民の大きな関心事である雅子さまのことを聞くのは、担当記者として当然だ。さらに、質問が、雅子さまの努力に「水を差す」とは思えないし、何より「励まし」というものではないと思う。精神科医の香山リカさんも「質問が病状にマイナスになるとは考えにくい。『励まし』というのも本来、『プレッシャー』と言いたいところなのでは。必要以上の過剰反応だ」とみる。
医師団の見解は、雅子さまのことを案ずるあまりのことと思うが、残念ながら、かえって国民からご夫妻の姿を見えにくくすることにつながるように感じる。1月にも指摘したが、最近増えている週刊誌などを中心としたご夫妻への批判や疑問は、雅子さまの実情を明らかにしない宮内庁の姿勢と無縁ではない。質問に配慮を求める医師団の見解は、雅子さまの回復状況など国民の関心事項を排除する方向に働きかけるものだ。バッシングに拍車をかけることにつながりかねない。
雅子さまの治療について、香山さんは「主治医も、受け身になるだけではなく、雅子さまに『これはやってください』『これはやらないほうがいい』などとアドバイスした方がいい時期に来ているのではと思う」と語る。しかし、今回の見解は、治療がそういう形で行われていないことも示すものだ。
宮内庁は昨年から、皇居・吹上御苑の一部を開放し、一般の人を対象に「自然観察会」を開いている。吹上御苑の自然を「国民とともに分かち合いたい」という天皇、皇后両陛下の意向を受けたものだ。また、全国各地を訪問した際に集まった人たちに丁寧に応対する両陛下、皇族方の姿に胸を打たれる人は多い。同行取材では、そこに両陛下の「国民とともに」との気持ちが根底にあることを強く感じる。
今回の東宮職医師団の見解や宮内庁の対応は、こうした両陛下と皇族方の努力に、それこそ「水を差す」ものになりはしないだろうかと考える。
毎日新聞 2008年9月9日 0時13分