【ゴリ(グルジア中部)杉尾直哉】「MC」(平和維持軍)のワッペンを胸に検問所を守るロシア軍兵士と、200メートルの距離でにらみ合うグルジア警察・特殊部隊--。ロシア軍が南オセチア自治州周辺に一方的に設置した「緩衝地帯」の入り口カラレティ。ロシアのグルジア侵攻から8日で1カ月たつが、両国部隊が対峙(たいじ)する前線は今も緊張が続いている。
カラレティはグルジア領だが、ロシア軍が一部の住民を除いて出入りを禁じている。5日、グルジアの首都トビリシから車で緩衝地帯に入ろうとした記者に、検問所のロシア兵は「残念ですが、ツヒンバリ(南オセチアの州都)の平和維持部隊本部の許可がありません」と説明、拒否した。
現場のグルジア人警察官に状況を尋ねると、「自分の領土に入れないんだ。正常であるわけがないだろ」と吐き捨てるように答えた。
カラレティから南へ約5キロ離れたゴリでは、ロシア軍の空爆で破壊された住宅の改修工事が進んでいた。16年間住み慣れた自宅アパートを破壊された主婦、グルナラ・マミストワロワさん(50)は「修理しているのは外壁ばかり。体裁を取り繕っているだけ」と怒りをあらわにした。
「花火のように小さな光が四方八方に散る爆弾だった」。グルナラさんは爆撃時の様子をこう話した。多数の子爆弾から成り、不発弾が市民生活を脅かすクラスター爆弾の可能性を裏付ける証言だ。ロシアはこの爆弾の使用を否定している。
夫は空爆で体の12カ所に傷を負い、入院中。自分は他の住民80人と近くの幼稚園で雑魚寝の生活だ。「プーチン(ロシア首相)とサーカシビリ(グルジア大統領)の不仲がすべて悪い。罰を受けるのは私たち住民ばかりだ」。グルナラさんはこう話した。
ゴリに住む30代の男性は親欧米派のサーカシビリ政権について「パンもなく、治安が悪かったシェワルナゼ(前大統領)時代よりは良くなった」というが、「今回の戦争を含め、米国に言われるままだ。いつ大統領を退くかも米国が決めること。私たちに決定権はない」と話した。
03年のシェワルナゼ政権崩壊に至る「バラ革命」当時、サーカシビリ氏は「民主化の闘士」として国民の熱い支持を受けたが、今回の戦争を機に同氏への幻滅がじわじわと広がっているのを感じた。
毎日新聞 2008年9月7日 19時35分(最終更新 9月7日 20時53分)