2000人が大熱唱、1人のために…
アメリカ人がほとんどの会場ですから、みんな照れもなく歌いだしました。ハッピーバースデーが会場に響き渡りました。すると、突然ザンダーは手を大きく振って、歌を止めました。
「皆さん、歌ってくれてありがとう。でも今のはただのお付き合いに過ぎませんね。とても心が込もっていたとは思えない。心を込めてもう一度!」
オーディエンスはお腹の底から大きな声を出して歌い上げました。まさに大合唱です。しかし、またもザンダーは途中でストップをかけました。
「すごくいい! とてもエネルギーのある大きな声だ。でも大きな声で歌えばいいというものでもない。みなさん、忘れていませんか? 今日は正真正銘彼女のバースデーです。彼女がこの世に生を受けたことをお祝いする日です」
「ちょっと想像してみませんか? 彼女が生まれた日、彼女のご両親はどんな顔で生まれたばかりの彼女の顔を覗き込んだのかを。子供のときはどんな遊びが好きで、どんなお友達がいて、どんな夢を抱いていたのかを。学生時代はどんな恋をし、どんなことに悩み、どんなことに一生懸命になっていたのかを。
そして最近では、どんな仕事をしていて、どんな家族に囲まれていて、どんな将来を展望しているのかを。その彼女の、正真正銘の誕生日です。心を込めて、彼女という人間がここにいることの奇跡を歌を通してお祝いしましょう。さあ!」
オーディエンスの歌声は、ゆったりとした、気持ちの込められた音色に変わりました。会場の真ん中で、私の体は感動で少し震えました。驚いたのは、ステージでその歌を聞いていた彼女の頬に涙がつたったことです。
この経験は自分にとって衝撃的でした。その人の誕生日をお祝いするということは、その人が確かにそこに「存在している」ということを改めて思い出す行為なのだということが、はっきり認識できました。そして、誕生日はその人の背後にある物語に思いを馳せる時間なのだと、仕事を通して出会えた喜びに感謝する時間なのだと気づきました。
出会いの確率は途方ないもの
この世の中で、ある1人の人と、ある1人の人が出会う確率とはどのくらいなのでしょう。「出会い」というものをどう捉えるかにもよるため、本などではいろいろな数字が出ているようですが、純粋な数学的計算では、200億分の1にさらに100億分の1を掛けるくらいの、途方もない率になるといいます。そのくらい、出会うということは奇跡的なことなのでしょう。
同じ職場で働いている1人の人との巡り逢いは、天文学的な率のもとで起きているといえるかもしれません。
そう考えると、やはり誕生日はまとめてではなく、1人1人をお祝いするものでありたい。もっと会社が大きくなれば、チームごとにとなるかもしれません。それでも、1人1人が主役であるということは、継承していきたい大事な哲学です。
いつまでも風通しのいい会社であるために。
(文/鈴木義幸、企画・編集/漆原次郎&連結社)