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社説

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インド核協力―歴史に残る誤りだ

 核不拡散条約(NPT)に加わっていない国には、原子力の平和利用で協力しない。これが、長い間の国際社会の原則である。

 ところがそれを曲げ、NPTを無視して核実験をしたインドに向けて、核燃料や原発用の技術・資材を輸出することが認められるようになった。

 原則の番人である原子力供給国グループ(NSG、日本など45カ国)がインドへの禁輸解除を承認したからだ。米国はインドと原子力協定に合意し、NSGに特別扱いを提案していた。異論が続出したが、最後は米国が反対意見を抑え込んだ。

 米国は、台頭するインドとの関係の緊密化を重視する。そこには中国に対する牽制(けんせい)も視野にある。新たなパワーゲームの論理で、国際社会の原則に風穴を開けたのだ。

 「インドを不拡散体制に取り込むことになり、NPT強化につながる」と米国は言うが、とてもそうは思えない。NPTの弱体化を加速する恐れの強い、歴史に残る誤りだと考える。

 これまでの原則とインドの特別扱いがはらむ矛盾を乗り越えるには、最低限、インドが核軍縮に向かう確かな約束をする必要があった。だが、核実験の自発的な凍結を続ける方針を示しはしたものの、NPTにも、包括的核実験禁止条約にも加わる気はない。

 ブッシュ政権は任期内に米印協定の議会承認を得ることをめざし、インドの態度に配慮して、事実上、無条件の特別扱いを求め続けた。NPTを支えてきた原則を米国が変えた、と言わざるをえない。

 もともとNPTは不平等な条約だ。米国、ロシア、英国、フランス、中国の核保有を認め、それ以外に核を持つ国を広げないことが主眼だ。

 それでも大多数の国がNPTを支持するのは、(1)核保有国が増えれば世界が不安定になる(2)核軍縮を誠実に交渉する義務を課した条項に基づき、核廃絶への道筋が描ける(3)非核国であれば原子力平和利用の支援を受けられる、と考えるからにほかならない。

 にもかかわらず、である。NPTを無視して核開発を続けるインドへの禁輸が解除された。しかもそれを、非核国の期待ほどには核軍縮を進めないブッシュ政権が主導した。

 北朝鮮に続き、イランへも核拡散が強く懸念されている。本来なら、NPTへの信頼を高め、それを基盤に核危機を抑えていくべきなのだ。今回の決定は完全に逆行するものである。

 NPTの信頼を高めることは、北朝鮮に核廃棄を迫る日本の安全にも欠かせない政策だ。それなのに日本政府もインドの特別扱いを容認し、日本の核軍縮・不拡散外交への信頼を深く傷つけた。なぜ容認したのか、政府は国民にきちんと説明する責任がある。

巨大加速器―世界が一緒に使う実験室

 宇宙のすべてを説明する究極の理論はあるのか。たとえば、万物に重さ(質量)があるのはなぜか。

 日々の暮らしには関係ないことだが、知的存在である人間の証しとして問い続けたいテーマではある。

 その探究の道具が素粒子加速器だ。

 世界最高のエネルギーを誇る欧州合同原子核研究機関(CERN)の加速器LHCが、10日からいよいよ本格運転に入る。スイスとフランスの国境をまたぐ周長約27キロの環状トンネルの中で、陽子を光に近い速さで飛ばし、正面衝突させる。そこには、ビッグバンから1兆分の1秒後という超高温の世界が現れるはずだ。生まれたての宇宙の再現である。

 この加速器で未知のものを探す。万物に質量をもたらす粒子や、宇宙のなぞを解く究極の理論づくりで鍵を握るとみられる粒子、あるかもしれない5次元時空の影などだ。

 それだけではない。この加速器は、費用が膨らむ一方の巨大科学の行方を占う実験場でもある。

 建設費は、加速器だけで4千億円ほど。CERNに加盟していない日米なども資金を出した。日本は約140億円、そのほか、データを取る検出器の建設費も一部負担する。日本から100人規模の研究陣も加わっている。

 これには前奏曲があった。

 米国は93年、周長約87キロの超大型加速器を建設途中で断念した。建設費は1兆円規模。日本にも協力を求めていた。米国でさえ支えられないほど素粒子実験は巨大化したのである。

 そんななか、すでにあるトンネルを再利用するので割安にできるLHCに、日米の研究者も流れ込んだ。

 こうして「欧州の加速器」は「世界が共同で使う加速器」の性格を強めた。環境や医療など実用科学への期待が高まる中、知的好奇心に根ざす純粋科学を進めるための知恵といえよう。

 課題もある。科学者の競争心を保ちつつ、どう国際的な研究チームを組んで実験を進めていくか。

 すでに素粒子実験では、一つの加速器をいくつものチームが使い、別々の方法で測定する慣習ができている。LHCでも、大きな実験テーマには複数の国際チームが挑む。

 一つの競技場を舞台にした国際チーム同士の試合で、日本選手も活躍する。そんな姿が見えてくる。

 この研究分野では、さらに次世代の加速器を国際協力で造る構想もある。各国は財政事情が厳しい中でも誘致しようと思いがちだが、協力態勢をどうつくっていくかがもっと大切だ。

 どの国の科学者もフェアに研究できる「人類の加速器」にするため、最初の企画や設計の段階から世界の科学者がかかわるようにしていきたい。

 巨大科学が歩む新しい道である。

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