「噴水ジュース、まだ現役で働いています」--。前回(5月25日)の当欄で、懐かしい昭和のジュース自販機を紹介したところ、島根県大田市・大田商工会議所の沖和真さんから、東京の生活家庭部にお便りが届いた。製造元のメーカーにすら、展示用しか残っていない希少品。「へえ、あの自販機がこの街に」。連絡を受け、地元記者の私が駆け付けた。【船津健一】
◇1杯10円、人気も健在
大田市は島根県のほぼ中央に位置し、人口4万余。市が誇る石見(いわみ)銀山遺跡は国内14番目の世界遺産登録を目指し、今月23日からニュージーランドで開かれる世界遺産委員会の審判を待つ。そんな山あいの小さな街で、自販機は今もけなげに活躍していた。
所有者は、コンニャクやラムネ、ジャムなどを作っている「さんべ食品工業」。現役といっても稼働するのは年に2回。春と秋にJR大田市駅前商店街を中心に繰り広げられる「彼岸市」で、同社の店頭に置かれる。
「地元では『10円ジュース』って呼ばれ、彼岸市の人気者ですよ」。事務所の片隅に押しやられていた機械を引っ張り出しながら、社長の勝部邦彦さん(52)自らが説明してくださる。「14年前に亡くなったおやじ(先代社長)が買ったようですが、新品か中古か、何でこんなもの買ったのか、理由や時期は分かりませんねえ。元はラムネ屋だったので、瓶の自販機は喫茶店や高校に置いてましたけど……」と勝部さん。彼岸市では昭和40年代から使っているという。
値段は今も1杯10円。硬貨を入れると、重みで針金のセンサーが落ちてタイマーが作動する。今は10秒にセットしてあり、約30CCのオレンジジュースがプラスチックのコップに流れ出る。単価が単価だけに、コップは洗って使う。「今どき10円でジュースなんて買えないでしょ。ジュースが流れている間、ビーという連続音が出るので、子どもたちが面白がってます。初めから20円入れて、たくさん入れようとする子もいますよ」
半世紀近い歳月に耐えてきたため、あちこちにさびが目立つ。「このガラスが割れたりしたら、修理も利かないだろうし、その時はやめるつもりです」と勝部さん。ひょっとしたら、日本でただ1台の現役機? そんなものが少子高齢化に悩む大田で頑張っていたなんて。そう思うと、この街がなんだか誇らしくなってきた。石見銀山遺跡が世界遺産に登録されたあかつきには、噴水ジュースで祝杯だ。
毎日新聞 2007年6月20日 東京朝刊