福井大病院の救急処置室
優れた看護師がいなければいい診療はできない。全体の体制づくりが大切。
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あらゆる症状の救急患者に対応するトレーニングを積んだER医は今後、救急医療のありようを変えていく可能性があります。今回、読者のみなさんから救急医療をめぐる体験と提案をいただきました。ERを軌道にのせるには、ER医の養成だけでなく病院全体での体制づくりが欠かせない――。そんな課題を投げかける二つの「答案」を、寺沢教授の講評とともに紹介します。
○信頼できる看護師、待遇改善を
柳沢美月さん(73)=主婦、大阪府吹田市
私の不注意で、長男が3歳のとき、台所の魚焼き器の底の熱湯に手を突っ込んだ。泣き叫ぶ長男をすぐ診察してほしいと病院の外科に電話を入れた。
「今、先生は手術中なので手が離せません。水道水を10分以上、かけっぱなしにして、それから病院に連れてきてください」。看護師さんの優しい言葉には、落ち着きがあり、動揺しながらも少し安心して冷やし続けた。
長男は医師の顔を見ると泣き出したが、看護師さんは上手にあやし、手際よくガーゼを取りかえてくださった。全治まで1カ月かかったが、ケロイドにもならず成長できた。適切なアドバイスと信頼できる人柄の看護師さんを親子ともに大好きになった。その力は大きく、今も心から感謝し続けている。
高い能力を持つ看護師がいれば、医師の仕事は一部軽くなるのではないかと思う。看護師は夜勤があり、子育てが難しいと聞く。待遇を見直し、環境を良くすれば、医療の優秀な担い手になり、患者にとっても喜ばしい病院体制ができるのではないでしょうか。
○モラル低い患者に職員疲弊
男性(匿名希望)=看護師、大阪府茨木市
ER的な公立の2次救急病院で働いています。軽症から重症まで様々な患者の対応、掃除や雑用に追われ、モラルの低い患者に悩まされ、救急スタッフの待遇も改善されず、疲弊してやめていく人を何人も見てきました。引きとめる言葉はいつも見つかりません。
先日、こんな体験をしました。独居で生活保護を受けている膀胱(ぼうこう)がんの高齢の男性。訪問したケアマネジャーが血尿に気づき、救急車で運ばれてきました。
診察の結果、入院の必要なし。でも男性はタクシー代もなく帰宅できない。ケアマネに電話すると「家に帰すのは病院の仕事」。京都の娘に連絡がつき、帰れたのは3時間後でした。
酔って路上に倒れていた常習の中年女性。身内や知人に何人電話しても迎えに来ず、2時間後、途中で何かあったらと不安でしたが、1人で帰らせました。
帰宅させるのにもひと苦労です。看護師以外に世話をする人がいないためです。医師不足を補うため、看護師の業務を広げる案がありますが、看護師がする必要がない業務を代わりにする人もいてほしい。
●講評
《柳沢さん》 ERにはER医がいればいいわけではありません。コミュニケーションや情報収集、緊急性の判断を訓練された優れた「ERナース(看護師)」がいなければ、いい診療はできません。福井大のERでも増えてきましたが、ERナースの養成は難しい。常駐のER医がおらず、救急外来の医師が毎日交代すると、医師によって指示が異なるため、看護師が疲弊してしまうのです。
《看護師の方》 独居高齢者、健診を受けていない妊婦、ホームレス、アルコール依存症といった方々の場合、家族を呼び、今後について相談するのもERの仕事の一つ。病院のケースワーカーと協働して、家族や福祉、行政のネットワークと相談しながら、社会的弱者を支えられたら楽しいのですが、看護師にすべて担わせるのは厳しい。ケースワーカー、技師、受付事務員、警備員らを含めた全体の体制づくりが大切です。
◆先生に質問!
《記者からの質問》
急病時、診療所にかかる人も多数います。ERと開業医の連携は?
《寺沢教授の答え》
国は在宅医療を進めており、開業医の方たちの力はとても重要です。診療所で受診しながら症状が改善せず、再度ERを受診する人が多数います。専門外の病気を見落とし、転送のタイミングが遅れることもあります。病院の勤務医と同じように、開業医の先生にも、急病やけがの診断の知識、技術を習得する機会がなかった方々がいるためです。
医師不足の病院で開業医の先生方が時間外の診療を手伝う動きがあります。今後、病院でER医と一緒に診療しつつ、生涯教育の一環としてトレーニングする形ができたらと思っています。
○もっと知りたい人へ
「救急医療改革―役割分担、連携、集約化と分散」(小浜啓次編著、東京法令出版)▽「救命センター部長ファイル」(浜辺祐一、集英社文庫)▽日本救急医学会・ER検討特別委員会のホームページ(http://www.jaam.jp/er/)▽おかあさんのための救急&予防サイト「こどもの救急」(http://www.kodomo-qq.jp/)
(龍沢正之)
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