ここから本文エリア 「刑事事件より再発防止」2008年09月05日
福島県立大野病院で帝王切開手術を受けた女性 ◆ 「刑事事件にして、何が解決されたのか。真相究明ができず、遺族にも解決になっていない」。日本産婦人科医会の徳永昭輝・県支部長は、無罪確定を受けてこう語った。産科医の佐々木繁・県医師会長も「刑事罰を適用することは医療現場を萎縮させるだけ。再発防止にはつながらない」と、捜査に批判的だ。 医療過誤の裁判を多く手がける新潟市の鈴木俊弁護士も「一般的に医療過誤は、故意や明らかに重大な過失がある場合を除いて、事件としては立件しない方がいい」と指摘。刑事事件は、被告が有罪か無罪か、という個人の責任に焦点があたり、背景にある医療体制の問題などは裁判で議論されにくい。「なぜ起きたのか、という事実究明がされない上、何をすべきだったのか、という再発防止の議論も生まれない」という。 患者側の医療への過大な期待を危惧(きぐ)する声もある。 小出病院(魚沼市)の鈴木孝明・副院長は、大野病院事件と類似のケースはどこでも起こり得るとし、「正当な医療行為をしても、結果が悪ければ訴えられる可能性がある。いつ、自分の番が回ってくるかわからない」と打ち明ける。その上で、「よくなって当たり前と思っている人が多いのではないか。医療の不確実性を分かってもらえるよう、我々も説明しなければいけない」と話した。 ◆ ●危険ともなう手術に萎縮も 事件の波紋は、県内の医療現場にも広がっている。 佐々木・県医師会長によると、大野病院事件以後、刑事訴追を恐れ、一般病院が危険をともなう手術を敬遠するようになった。その結果、専門病院などへの転送が増加しているという。 「患者側は地域での診療を受けられない。搬送される側の病院もパンク状態になる。結果として、治療や手術が遅れる場合もある」。佐々木会長は、萎縮診療の危険性をこう警告する。また、学生の産科離れに拍車をかけているという。 こうした事態への懸念を背景に、厚労省が秋の臨時国会への提出を目指しているのが、第三者機関「医療安全調査委員会(仮称)」だ。医師や法律家らでつくる第三者機関が、病院や遺族からの届け出を受けて調査にあたる。 慎重論もある。鈴木弁護士は「病院側から事故報告がきちんとなされるのか」と疑問視する。医療過誤訴訟では、患者側が病院側に指摘して初めてミスが表面化するケースが圧倒的だという。 ほかに、多くの県が県内に一つの大学病院しかなく、同じ病院の出身者が委員を占める可能性がある中、「身内」が事故を起こした際に本当に公正な判断ができるのかという問題や、医師不足が深刻な現状で調査委員の人材確保が難しい点を挙げる。 ◇ ●医師の刑事責任巡り議論/福島地裁無罪判決 患者を救おうとする医療行為でも、結果によって医師が刑事責任を負うのか、が問われた裁判では、医療現場に刑事司法が踏み込むことの是非について論議を呼んだ。 女性が死亡したのは04年12月17日。病院側が設けた外部の専門家による医療事故調査委員会は、執刀医の判断に誤りがあったとする報告書を福島県に提出。県警は報告書に基づいて捜査を進め、06年2月、医師を逮捕した。 胎盤は通常、お産後にはがれるが、この女性の場合、胎盤が子宮から離れない「癒着胎盤」だった。執刀医は、手術用のはさみではがしたが、大量出血。子宮の摘出手術に切り替えたが、女性は4時間半後に死亡した。 公判では、胎盤をはがし続けた手術方法とともに、子宮摘出に切り替えなかった医師の判断が適切だったかが争点となった。 先月20日の判決で福島地裁は、「診療行為に過失はなかった」として禁固1年、罰金10万円の求刑に対して無罪を言い渡した。判決は「胎盤をはがさずに子宮摘出に移れば、大量出血は回避できた」と検察側の主張に沿って事実経過を認定した。しかし、胎盤をはがし始めたら継続するのが標準的医療だとし、医師の過失を否定。「患者が死亡したのは過失のない診療行為でも避けられなかった」と結論付けた。 判決はさらに、「一部医学書や鑑定による立証を行うのみで、主張を根拠づける臨床症例は何ら示していない」と検察側の対応を批判した。
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