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ノミネート

作品詳細

10.北極星をつかむ (PN:AK)
 
一日目
「うわっ!?」
「……きゃ」
「うそぉっ」
「足元がぽっかりです」
みんながそう一言叫んだだけで、地上の光は北極星くらい遠ざかってしまっていた。

学校から、沙都子ちゃん家への近道にと選んだ山間は、ここ数日の雨で地盤がゆるんでいた。ミニスカートの梨花ちゃんはいいとして、私と魅ぃちゃんは、すそを持つことだけに神経が行っていたから、気がつかなかった。
圭一君が警告をあげた瞬間には、地面がすっぽり抜け落ちていた。四人が一斉に落ちるくらいだから、畳一枚の大きさはあったはずだ。
けど、土くさい天井を見あげてみると。
「……あんなに遠い」
「そうか? 俺にとっては、レナが作ってくれるお弁当、机に乗るのがやっとの五人用特製重箱くらい大きいけどな」
その声、私の真下からだった。
あれ、どうして土が温かいんだろう……と考えるのもわずか。私、ひゃんとか、きゃんとか、言葉にならない悲鳴をあげて飛びのいていた。
入れかわりに、むくりと身を起こす圭一君。その場にどっしりあぐらをかき、首をめぐらしみんなを見わたした。
「みんな、ケガはないか?」
「異常ないです」と、梨花ちゃん。
「平気、平気。圭ちゃんは?」握りこぶしを作る魅ぃちゃんの視線は、セリフとは裏腹に私へ向いていた。
「……はう。圭一君が下にいてくれたから、レナも大丈夫。
あの、その……ありがとう、圭一君」
私、ほおから耳から熱を放出しすぎて、赤外線装置みたいな状態になってしまったのか。
光なんて届かない真っ暗な地の底で、かすかに微笑んでくれる圭一君の顔が、これでもかというくらいよく見えた。

穴の淵まで、斜角75度くらいの壁がつづいている。距離は想像がつかない。ためしに「おーい」と叫んでみた声は、穴からかなり手前の闇にとけた。
私たちはしばらく、首が痛くなるまで見あげていた。
圭一君いわく「特製重箱サイズ」の出入り口からは、パラパラと土埃が落ちるだけで、人影がのぞいたりすることはなかった。

「しかたないが、少々がまんだな。果報は寝て待て」
そう言い、圭一君はごろりと寝ころがった。私たちの視線、ちょっと呆れていたと思う。
「なぁに、ほんのちょっとの辛抱だろう?
夕飯を作って帰りを待っている家族が。
沙都子の件で気をもみ、明日こそと意気ごむ級友たちが。
梨花ちゃんが買い物に来るのを待ち望む、商店街の人たちが。
俺たちの不在に気づいて、人海戦術で探索に当たる。
雛見沢住人、ほぼ全員が捜索に乗り出すんだ。これで、見つからなくちゃ、その方がおかしいだろう?
夜の七時。みんな危ぶみ、連絡網が回り終え、今は早朝探索への準備がなされている」
腕時計をのぞきこみ、圭一君は自信たっぷりだ。
不思議だった。北極星の光より、歯を光らせる圭一君の姿を、私ははっきり捉えていた。
「そう……」前髪をかきあげ、梨花ちゃんはため息ついた。「でも、沙都子の方はタイムリミットだわ。過去の法則に照らせば、今日中に何らかの一手を打たなければ、叔父の暴虐がはじまる」
私たちは、答える言葉をもたない。
普段の梨花ちゃんとちがう、冷たい顔に出会った所為もある。
わけの分からない予言を聞かされ、反応に困った所為もある。
予言にとりつかれ、乱れる心を抑えきれなかった所為もある。
「……大丈夫。俺たちが救助されるまで、沙都子もきっと大丈夫だ。
神様はそんな意地悪じゃないさ」
 
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二日目
風の冷たさに、目が覚める。
穴の底はひどく広い。息や、音の反響から、学校のグラウンドくらいあるだろうと予想していたが、もっと広いのかもしれない。
圭一君はすでに起きて、時計をのぞいていた。でも、私たちに時間は告げず、かわりに、いつもの通学路とかわらない会話をきった。
「そういや、ガムあったんだっけ。四枚だから、みんなに一枚ずつ。
甘い物でリラックスし、あごを使うのに集中すると、気持ちがほぐれる」
「どっちも同じ意味じゃないの。圭ちゃん」
魅ぃちゃんが笑って返しながら、私たちはミント味のガムを噛んだ。
「ほら、梨花ちゃんの分……つっ!」
ガムを手に立ち上がりかけた圭一君は、目に涙を浮かべ、右足からくずおれる。あぐらの体勢で今まで隠れていたが、左足が異常に腫れていた。
「圭ちゃん、足!」
魅ぃちゃんは悲鳴ともつかない声をあげた。私はハッと胸をおさえる。
「圭一君、もしかして……レナをかばってくれた時……」
「そうなの? 圭ちゃん」
いつになく厳しく、魅ぃちゃんは圭一君をねめつけた。
圭一君は、ばれちまったか仕方ねぇなぁ、とニヒルな笑いで指を振る。
「そういう時は、レナ『この足が、レナを救ってくれた王子様☆はう〜』とか、キスのひとつでも……あ、痛っ! 魅音、もっと優しく」
魅ぃちゃんは無表情に、圭一君の靴の上から、患部をハンカチで包んだ。
「レナ、そのガム梨花ちゃんに」
と、私に指示をだすときも、何の感情もあらわれていなかった。

梨花ちゃんは、三歩も離れていない位置にいた。会話も聞こえていただろうに、白けた顔で、北極星を見あげている。
「梨花ちゃん。これ、圭一君から」
「いらない」
「甘くておいしいよ。気持ちがすっと楽になるから」
「いちばん楽なのは、さっさと意識を死にゆだねることよ」
場が静まった。魅ぃちゃんの「治療」に悲鳴があがっていた背後も、シンとした。
「梨花ちゃん……っ」
私、ちぎれ飛びそうな思いで声をあげる。手の中のガムがくしゃりと歪んだ。
「そんなの、ちっとも楽なことじゃないだろ、梨花ちゃん。命を断つというのは、楽とか苦しいとかいう感情を永遠に断絶するこ」
「御託もいらない。今、何時かだけを教えなさい、前原圭一」
梨花ちゃんは別人のようだった。鋭い瞳が黒髪にふちどられ、女王のようにたたずむ姿が、私の心に焼きつく。
「……午後六時」
そんなに時間の感覚が失われていたのか。私は悲鳴をのみこみ、魅ぃちゃんは逆に、あふれさせた。
「嘘っ……昨日落っこちてから、もう丸一日経っているじゃん……」
圭一君は辛そうに顔をふせた。圭一君の所為じゃないのに。
「どうして…どうして、誰も来ないのっ……」
「理由はいくつかある。
人の行き交いがない獣道ってこと。
俺たちの行き先を誰も知らないってこと。
……地上で大きな出来事があったとも考えられる。相談所が動いて、沙都子が保護される大事件に、捜索に人手をまわす余裕がないとか」
最後の一言は、梨花ちゃんに向けたのだろう。けど、黒髪の女王はにこりともしない。
「神様は意地悪よ。誰が何と言おうと。
心から欲している者には楽観を与えず、現状を把握しなければならない者には、楽観性と、腹立つほど軽い弁舌を与える」
そうして、闇に溶けるほど遠くへ歩いていき、梨花ちゃんはひとり座りこんだ。

「自力脱出を働きかけた方がいいかもしれない」
熟考のすえ、圭一君は結論をだした。私、うなずく。
「おじさんもそろそろ実力行使しようかな、って思っていたとこ。助けを待つだけなんて、私の性じゃないからね。
でも、圭ちゃんは捻挫患者なんだから、安静にしていること。カエル君と待ってなさい」
立ち上がりかけた圭一君を制し、魅ぃちゃんは折り紙を渡した。
ガムの包み紙でつくった、銀色のカエル。足がバネみたいに曲がって、芸が細かい。
「へぇー。これ魅音が作ったのか。凝っているなぁ。器用なんだなぁ」
魅ぃちゃんはまんざらでもなく、ほおを染めている。耳まで真っ赤だっていうのは、後ろに立つ私しか、知らなかっただろう。
「家に『帰る』をかけたカエル君。ちゃんと持っててよ」
「なるほど、おまじないの意味もあるのか。さすがは、魅音」
Vサインを作る圭一君に、魅ぃちゃんは嬉しそうに舌を突き出し、私たちは向かい風に逆らって進む。
圭一君が闇にまぎれるくらい遠ざかって、ようやく土の色が見えてきた。風の流れも固定化されている。
「風が吹きこむってことは、出口があるのかな」
私は語りかけながら、角を曲がり、そして絶句した。
冷たい風が前髪をなびかせるまで、その巨大さに圧倒していた。
校舎をひっくり返して置いても、まだまだ余裕がある深さの縦穴。奥は暗くて見通せない。手を伸ばしたら吸いこまれそうな暗闇がそこにある。
「すっごい大きな空洞……」
私はぼうぜんと事実を口にすることしかできなかった。魅ぃちゃんは言葉もなく、ただただ目を丸くしている。
しばらく、吹きつける風に身をゆだねていたけど、結局は、元の場所に帰ってくるしかなかった。空洞に至るまでの通路は一本道で、横道もない土の壁。
私たちには、あの落ちた空間と、ここの空洞に繋がる通路しかないのだと、背を押す風に無言で突きつけられていた。
ショックは大きかった、けど顔には表れない。私は身を乗り出したときに、感情をボロボロ落としてしまったみたいだった。
魅ぃちゃんは帰り道、ぶつぶつ何か唱えていた。彼女も、何かを落っことしたのだろうか。

夜空にまたたく北極星と同じくらい、私は圭一君のいる場所を見失ったりはしない。
そして圭一君も希望を失ったりしなかった。
「そうか。それで良かった探しが二つできる」
圭一君は、私たちの遠征をねぎらうためだけでなく、にこやかに相好を崩していた。
「……ひとつめは、自然の風が入りこむから、空気はなくならずに済むってこと、かな」
遠慮がちにつぶやくと、圭一君は我が意を得たりとばかりにうなずいた。でも私、二つ目が分からない。
「空洞の存在で、場所が確定しやすくなった。
それだけの規模なら、鬼ヶ淵の地下だろう。水が地表に溜まると、下に空洞ができやすい。
地上にも興宮にも探し人がないと分かれば、地下に目が行くだろう?」
理路整然とした圭一君の説明に、私はふんふんとうなずいていた。
「けど、地上の探索を打ち切るのが、いつになるか……」
魅ぃちゃんが不安そうに言うと、圭一君は手にしたペットボトルの表面を、威勢よく叩いた。
「そんなの、すぐさ。お祭り騒ぎな部活メンバーの目撃談が、興宮にないんだ。雛見沢で途切れていると分かれば、地質学に照らしあわせて、答えは決まったようなモンだ。
それより……サバイバルに大事な水分の補給について、俺から一席打たせてもらおうか」
水の入ったボトルをかかげ、圭一君は水の確保の重要さと脱水症状の危険について語った。
なるほどと思わせる知識が満載で、私も魅ぃちゃんも話に引きこまれていた。
「という訳でだ。このさい、几帳面すぎる衛生観念は抜きにする。一本しかないから、まわし飲みして、体内の水分を一定に保とう……まず、梨花ちゃん」
「いらない」
シンプルの極地とも言える返答に、圭一君はガリガリと頭をかき、おもむろに魅ぃちゃんに差し出した。
「レディーファーストで、魅音からだ。次はレナに回してくれ」
魅ぃちゃんはパチパチと瞬きしたあと、大人しく従った。唇をすぼめて数口飲むと、満足そうな表情を浮かべて、私にボトルを渡す。
傾けるボトルから、流れた水が喉をうるおしてはじめて、私は自分が渇いていたことを知った。舌がカラカラのスポンジみたいで、いくらでも飲み干せそうだ。
でも止めなくちゃいけない。意思を総動員し、ボトルを元に戻す。容器の半分の水が、チャプンと鳴り、私の後ろ髪を引く。
「はい、圭一君」
「もっと飲んでいいのに、二人とも」圭一君は舌を湿らすたった一秒だけ傾け、ボトルを締めた。「そのために、俺を最後にしたのに」
私も魅ぃちゃんも、まだ喉は渇いていたと思う。それでも、お互いに幸せそうな笑顔をかわしていた。
 
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三日目
相変わらず、地面の下は時間の感覚がない。圭一君の「おはよう」がなければ、朝も分からないのに。ひとり外れて座っている梨花ちゃんは、時間の感覚を失ってしまわないのか。
「梨花ちゃん、おはよう。圭一君に頼まれたから、お水、持って来たんだ。
梨花ちゃんが一口でも飲むまで、引き下がるな、って。
『アラビアのロレンス』砂漠シーンのあらすじでも聞かせて、何が何でも飲ませて来いって。
そう頼まれたから、私、引き受けたんだ」
「おもしろい趣向ね。四時間にも渡る映画のあらすじを語りながら渇死する者と、あらすじを聞きながら渇死する者と」
ちいさなあごをツンとそらす梨花ちゃんは、どうしてこんなに投げやりなのだろうか。私、悲しくなった。
「もう、三日目だよ。喉、渇いているよね、梨花ちゃん。この中でいちばん幼くて、ちいさい体なんだから。みんな、心配している。
梨花ちゃんが倒れちゃったら、救助が来て地上に戻っても、沙都子ちゃんを助けられないよ」
「楽観病が感染するなら、まっさきに私に感染すればいいのに」
「……私、梨花ちゃんがどうしてそんなに悲観的なのか、分からないよ。
地上では沙都子ちゃんが待っているのに。たぶん、辛い思いをしているだろうけど、そんな中で、梨花ちゃんの帰りを頼りに……」
「沙都子の叔父が戻ってきた映画のフィルムは、悲劇のラストしか撮影していない」横顔の梨花ちゃんは、何を見つめているのか。「前原圭一をはじめとする、部活メンバーの役者が消えたら、もうハッピーエンドのラストは撮れないわ」
「梨花ちゃんはそう思いこんで、自分に嘘をついているんだね。
地上に戻ってから……撮影期間は、ずれてしまったけど……ハッピーエンドのラストシーンを撮ってもいいんだよ」
「そんなのは、嘘だっ! と短気にののしってもいいのに。カーペンター監督ファンの、竜宮レナ」
「か、カーペンター監督?」
「子供たちの『光る眼』の正体は、眼光で相手の思考を真っ白にし、そこにつけこむ催眠術トリック。種は分かっているのよ。おあいにくさま」
「り、梨花ちゃん?」
「鳩が鉄砲玉くらった顔することないのですよ、レナ。最後にちょっと映画談義がしたかっただけです。最後くらい好きにさせてくれてもいいじゃないですか」
いつものような「にぱ〜」笑いはせず、大人びた顔のまま、梨花ちゃんは唇を吊り上げた。
首筋を冷たい風が抜け、スカーフを舞い上げていく。
私は、戻るしかなかった。
「っつ、……沙都子ぉ…っ……」
私の背にかかった、梨花ちゃんの消え入りそうな声。私の心まで吹き飛びそうだった。

力なく戻ってきた私を、圭一君は笑顔でなぐさめてくれる。
「映画談義で水を拒否するなら、次の説得は『死ねば映画も観れなくなるぞ、この夏期待の新作映画はこれだ!』的な内容で行けるな。
また頼むよ、レナ。それまでにシナリオ作り上げておくから。
……俺が不甲斐ないばかりに、任せちまって、悪いな」
最後のひとことは、めいっぱい否定しておいた。
「レナ。そろそろ今日の探索に出かけようか。
……圭ちゃんはそこで安静にしていること。土の山は、患部を冷やしているんだから、崩したら承知しないからね?」
立ちあがった魅ぃちゃんの足元には、夏の海岸で砂に埋められる人みたいに、圭一君の左足が埋まっていて、私、吹きだすのを堪えられなかった。
「これじゃあ、動こうにも動けないだろうよ……魅音。
俺は大人しく、穴を見張っているからさ……気をつけて行ってきてくれ、レナ」
おかしな格好の圭一君が、この上なく真面目な顔して、私たちを送り出す。
くすくす思い出し笑いしながら、風に逆らって進み、土壁にたどりついた。
目をこらし、手探りしながら、上機嫌な様子の魅ぃちゃんが話しかけてくる。
「ねぇ、レナ。さっき、梨花ちゃんの所へ行ったとき、何歩くらいあった?」
「え、ええっと、二百歩くらいかなぁ」
そんなの覚えていなかった。魅ぃちゃんが、そんなこと聞く理由も分からなかった。
「偶数歩なら、レナもそのうちいいことあるよ。
圭ちゃんの所から、この土壁までが862歩だったから、偶数そろいで期待できる……もしかしたら出口が見つかったりしてね」
魅ぃちゃんが明るく言葉を振りまくたびに、私はとまどう。
「女の子にはね、偶数がラッキーなんだよ、レナ。
染色体って知っている? 細胞の中にある、遺伝に関わる物質なんだけどね、ヒトは22対の常染色体と1対の性染色体があるの。その性染色体が、男はX染色体とY染色体1本ずつなのに対して、女は2本X染色体でできているんだ」
「う、うん……」
「つまり、男が奇数、偶数を女が統べるのは、体に刻みこまれた真実なわけ。
海外へ行って時差ボケが起こるのは、体内のリズムが狂うから。日常も同じ。体内に刻まれたものに逆らうのは、良くないの。合わせるのが、良いの。
ほんとうなんだ、これ。すでに、いいこと実体験済みだし」
魅ぃちゃんの、歯を見せる笑顔に、私、少し引いてしまっていた。
「レナには教えてあげようかな。
ここに落っこちたのが、16時24分だったでしょう。その時から運命を感じて、偶数にそろえたんだよ。歩数でしょう、セリフでしょう、前髪も。
そうしたら……あの無粋な圭ちゃんが、レディーファーストなんて言葉使うんだモン。これがおまじない効果と言わずして、他に何と言える?」
「あっ、う、うん」
「物腰やわらかく、私にペットボトルを渡してくれた圭ちゃん……偶数の染色体がリズムを刻んで、体内に満ちているのが、そのとき分かったよ」
「うん…」
私、返事に、だんだん感情のこもらなくなるのを自覚していた。
「今回の幸せはひとり占めしちゃったけど……レナも一緒に、体内リズムを偶数にしようよ。そうしたらレナにもきっと良いことが起こる。
こつこつ良いことを積み重ねていけば、不利な状況を乗りこえて、救助がやってくる。そんな気がしているんだ」
魅ぃちゃんは鼻歌まじりに、土壁を調べる作業に戻った。
壁に手を置くのは左右同時の偶数。小首を傾げるのも二回、偶数。色の違う土壁をノックする回数も偶数。スカートのプリーツを一本なでつけ平らにしていると思ったら、プリーツの総数は奇数だった。
いつのまにか私、震えていた。ひざに力が入らなくなっていた。言葉がかすれる。
「み、魅ぃちゃん」
「ねぇ、レナ。その呼び方やめよう。魅音二文字がいいの。圭ちゃんもそう呼んで協力してくれているでしょう。レナもそうしてよ」
「み、魅音ちゃん……」
「レナ」魅ぃちゃんが鋭い目をする。「あんた、偶数パワーを信じていないでしょう?」戻ってきた私たちを、圭一君が迎えたとき、魅ぃちゃんは天下をとったみたいに笑っていた。
二枚のクッキーは、またもやレディーファーストで、魅ぃちゃんに先に渡されたからだ。
それは、胸を張って気力満タンの魅ぃちゃんが、先に着いたからだったかもしれないけど。
「レナもお疲れ。これ……レナに返すことになるのかな。でも、食べてくれ」
見覚えがあった。私がトレーシングペーパーで型抜きした、ケンタ君クッキーだったから。
「これ、おととい私が焼いたやつ」
「うん。部活で勝利し、俺が丸ごといただいた、レナ特製クッキー」
「あは……」無理して笑顔を作ると、目が痛んだ。「小麦粉の量、まちがえたかな。オーブンの調子もよくなくて、いつもみたいに出来なかったかな」
「そこはきっぱり否定しておく。レナのクッキーは美味いにきまっている。
ナウマン象の1/1スケールだとしても、俺は一日一個食う」
「はう、それって……?」
「つまり、一日一個に節制して、この美味しいものを長持ちさせたかった。
お守りのようにカバンに潜めておくだけで、心が安らいだ。
こんなことにならなければ、俺は一週間レナのクッキーで、美味しさと安らぎを毎日得るはずだった」
地面に水が染みこみ花咲くみたいに、心に染みた言葉は、私をうるおわせた。
「卵やバターが入っているから、そんなに保たないよ。食べたくなったら、言ってくれれば、いくらでも作るのに」
「じゃあ俺は、レナの手作りクッキーを、ビルゲイツの資産を一ドル札に替えた数だけ食べたいぞ。
ちなみに、時給だけで百万ドルを越えるからな、あのおっさん」
私、また笑顔。でも今度は作ったものじゃない。目の端をこすると、指がちょっと濡れた。
「こりゃ、こりゃ。そんなことより臣下よ。そなたはクッキーを用意しながら、喉が渇くことには予測がいたらなかったのか」
時代劇女優のような声色で、魅ぃちゃんが割りこむ。
私、クッキーに入れたブランデーの量をまちがえたのかって、思った。顔を赤くし、視線をさまよわせ、魅ぃちゃんの動作はおぼつかない。
「はいはい、プリンセス魅音。お待たせしました」
圭一君は慣れたあしらいで、おどけてボトルを差し出す。
「プ・リ・ン・セ・ス……。うー、却下!」
魅ぃちゃんはグビグビ中身を飲み干し、言った。
「じゃあ、どう言えばいいんだ。魅音姫?」
「駄目ーっ! ……ん〜、様をつけなさい、様を」
「魅音姫様」
二人の会話を聞いていると、私、居たたまれなかった。小指の爪ほど中身が残ったボトルを受けとり、そそくさと立ちあがる。
「私、梨花ちゃんのところへ、行ってくるね」
「あ、じゃあこれも」圭一君がラップに包まれたクッキーを渡した。「いらないと言っても、強引にポケットへ入れてきてくれ……頼むよ、レナ」
手本を見せるかのように、圭一君は、私のポケットに触れた。

「あら、ケンタ君でいいんだ。ランディ君かと思った」
「……梨花ちゃん?」
「そんな細かい言い換えより、他に大事なものがあるのにね」
「……あの、クッキー」
「ほんとうに見たいものは、北極星のように遠くちいさな穴を通すしかない。それが垣根。
地上から垂らしたロープのギリギリまで降り、手の平の熱さを感じられるくらいの情熱を身近に感じるのが好きなんだけど」
「……お水も、あるよ」
「小麦とバターのままで十分。一般嗜好に合うよう、カルピスを薄めなくても良かったわ。
救助糧食がきれいにパッケージングされたクッキーだってだけで、濃いも薄いもないカルピスだってだけで、手の熱さは北極星くらいに遠ざかっていく」

梨花ちゃんのポケットに、クッキーを入れるなんて無理だった。足元に置くだけで、私、知らない祭壇で儀式を行なうみたいにビクビクしている。
何も見えず、闇の中をさ迷いそうになったけれども、心配そうにしてくれる圭一君の顔を目印に、私は戻る場所を見いだした。
 
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四日目
気持ち悪いほどに土は冷たかった。身を起こして、いままで背中がついていた床に触れるも、ぬくもりは届いてこない。目覚めは最悪だった。

魅ぃちゃんと圭一君は北極星を見あげながら、話している。
私が近づいていくと、魅ぃちゃんは難しく考えこむ顔をした。でも、泥だらけの靴を六足数えて、納得したみたいだ。
「おはよ、レナ。圭ちゃんと話し合ってたんだけどね、穴に合図を出せないか、って。
全部上るのは無理だけど、途中までならいける。そこから棒とかを伸ばして、穴に近づける。
空洞に通じる廊下に、沼から沈んで落ちてくるのか、枝が落ちていたじゃん。それを集めてみようってことで」
「うん、いいんじゃないかな」
私、あいまいでない笑みを、ようやく魅ぃちゃんに向けられたと思った。
「がんばって長い枝を、レナと私で一本ずつ、合計二本持ってくるから」
顔がこわばったのを、私、自覚した。
圭一君は「たくさんある方がいいと思うけど」と、冷静に答え、私は修行の足りなさを思い知らされる。
「じゃあ、片手に一本ずつ、合計四本。それがいちばん良い方法なの。
私ひとりでも効果があるんだから、レナと一緒にやったら、救助隊が来るくらいの『良いこと』が起こるに決まっている」
今度は圭一君が表情を固まらせた。私は魅ぃちゃんを引きずるようにして通路に向かう。
私が三歩目を踏んだとき、「2!」と場ちがいなくらい明るい、魅ぃちゃんのかけ声がひびいた。

「右腕で拾わなくちゃ、レナ」
地面の枝を分別しながら、魅ぃちゃんは私に警告を発する。
「……どうして、かな?」
「体内のリズムを感じとれば当たり前のことだよ、レナ。
左手は心臓につながるでしょう。心臓は血液を送り出すポンプで、スタート地点なんだから。そうしたら、左手が1、右手が2になる。つまり、偶数」
私は黙って顔をふせ、言われたとおり右手で拾いあげた。
「あ、あっ! 駄目じゃん、レナ。人差し指と薬指を使うんだよ。偶数を司るのはその二本なんだから。偶数の指で偶数の枝をつまみあげ偶数の本数を持ち帰ってようやく偶数の幸運が積み重なるんだよ」
しばらく魅ぃちゃんの監視を受けながら、枝を集め、私ははかどらない効率にイライラし、ついに怒鳴った。
「魅ぃちゃん! 偶数の魔法に頼りたいのも分かるけど。だけど、助かるためにはそれだけじゃ駄目なのは、分かるでしょう!?
自分たちでやるべきことをやりきってから、おまじないを信じようよ」
「5、17、3、17、7……奇数だよ、レナのセリフ…。レナ…かわいそうに」魅ぃちゃんは、焦点のあわない瞳で私を哀れんだ。「不幸が起こっちゃうよ? 圭一君が、私だけを優先してくれるよ? 私だけに話しかけてくれるよ? 私の好きな呼び名で呼んでくれるよ? 偶数の魔法に祝福された私だけが幸せになっちゃうよ?」
「……っ、魅ぃちゃん!」
私、グッとこらえる。歯を噛みしめすぎて、泣きたくなってきた。
「さぁ、レナ。続けようよ。こんな素敵な場所はないよ。偶数の魔法をがんばるだけ、報われるんだから。地上じゃこうはいかないんだから」
私の背中が冷たくなったのは、吹きつける風の所為だけではなかった。

せっかく集めた枝も、湿ったものと乾いたものが混在し、材料も不足していたので、圭一君は細工に苦労しているようだった。魅ぃちゃんは、圭一君にしなだれ、三本の輪ゴムを使うといいだの、口をはさんでいる。
私はぼんやりと、遠くちいさい北極星を見あげた。見つめるほど、手は届かず、上れそうにないものに思えた。
「こんなもんだろうかな、とりあえず」
圭一君が息をついて、完成品をかかげた。どんな工夫がこらされたか知らないが、学校で使う指示棒みたいに、伸縮が自在になっている。最大まで伸ばすと、ゆうに身長の倍はあり、先端は白いハンカチが結んであった。
感心してながめる私を見、圭一君は冗談にまぎらわして言った。
「じゃあ、偵察がてら行ってくる。もしかしたら偵察で、用事が終わるかもしれないけど」
え、と私、つぶやいたきり言葉にならない。魅ぃちゃんも丸くした瞳に色をたたえていた。
「冗談でしょう! 圭ちゃん。そんな足じゃ、無理だって」
「いや、もう平気。
四日も安静にしていて治らないなら、それは俺の足じゃないよ。
女の子だけやらせて、最後まで役に立たないなら、そんなの俺の足じゃないよ。
壊れても、割れても……ここで使ってやらなくちゃ、持ち主の俺の名がすたる」
そう自分に言い聞かせるように、圭一君は土の壁に手をかけた。右足を支えに、膨れた左足を、くびれに差しいれ―――顔をしかめる圭一君に、私まで痛みを覚えてしまった―――両手と右足の三点に力をこめ、上っていく。
たちまち身長を越える高さにいたり、私が我にかえったときには、言葉をかければ危険な状態になってしまっていた。
「け、圭一君……」
私、胸をぎゅっとおさえた。それでも不安は後から後からわいてくる。
となりで魅ぃちゃんは、ふたたび瞳の色を失い、ブツブツ「靴ヒモの数、二。爪の数、十。爪の間にはさまった砂……二十……六十……百」とつぶやいていた。
 
続く・・・・
 
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※今回の大賞の一般選考は3社連動でおこなっております。このページにある作品は、最終選考候補作の1/3となります。
ジャンルに関係なく、1作品、これだ!と思う作品にご投稿いただければと思います。

※投稿してくださった方には壁紙を差し上げます。

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(C)竜騎士07/07th Expantion