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ノミネート

作品詳細

06.詩音アフター (PN:朝霧悠)
 
詩音アフター
 母さんへ。
 雛見沢の分校を卒業して、イタリアに渡って、もう六年。こっちの生活にもいい加減慣れたけど、そろそろ日本に戻ろうと思います。別に日本が恋しいってわけじゃないけど、こっちに来る前に言ってた目的は果たせたと思うから。
 恩師にもそのことを伝えました。「寂しくなるが、日本に帰ってからも頑張りなさい。君はお父さんに似て、才能がある」と言われました。俺はそんなことないと思うんだけど、少し嬉しい気もします。これからも頑張っていこうって。
 綿流しのお祭りに合わせて日本に帰ろうと思います。今年は六月二十三日で良いのかな?
 母さんとの手紙のやり取りも六年くらいになるんだっけ。知らない場所で一人暮らしは寂しかったけど、はげみになりました。本当にありがとう。
 そっちに戻ることはみんなには内緒にしておいてください。
 何て言って会えばいいか、自分自身まだ見つけられないから。

 四月十三日 前原圭一
 
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1.
 行き交う人でごった返す空港のロビーには、咳き込みたくなる空気が漂っていた。
 時折開く自動ドアは、外から新鮮さとは程遠い風を送り込んできて、埃っぽさに拍車をかけていた。
 壁に設置されたスピーカーからは新たにアナウンスが流れ、また一機、日本を離れるために飛び立つ準備が整ったことを伝えている。
 ちらりと腕の時計に目をやると、目的の飛行機が到着してから三十分以上が過ぎていた。乗っていた客は自分の荷物を受け取って、いい加減ロビーに顔を見せ始めてもいい頃だと思う。
「……遅い、ですね」
 胸元に視線を落として、ぽつりと呟く。
 地べたに置いた手提げのかばんが、こちらの気持ちを案ずるようにして見上げていた。シャツの上に着た白いジャケットは不安を掻き立てるように眩しかった。
 暇を持て余す手は自然と自分のスカートに伸び、その黒っぽい裾を自分の意志とは無関係に弄っている。心臓の鳴る音がやけに耳元で聞こえ、背筋に嫌な汗が浮くのを感じる。
 ……落ち着け、私。
 探している相手を見逃してしまったんじゃないか、湧き上がる疑念を振り払いたくて、手荷物受取所から現れる人ごみに目を光らせる。一人、また一人と、見知らぬ人間が出口から立ち去っていき、そんなものには目もくれず、ただただ自分の記憶とロビーに出てくる客の顔とをすり合わせる。
 座席が機内の後ろのほうだったとしても、そろそろ姿を見せてもいいはずなのに。
 異様な緊張感に苛まれる中、クールになれ! と呪文のように繰り返す。
 そうして、ひっきりなしに出てきていた到着客の足が途絶えそうになったとき、視界に映った男性に見覚えがあるような気がした。
 群青色のジーパンに茶色を薄めたような色のジャケットを羽織っただけのラフな格好で、大きな旅行かばんを引きずる姿。横顔を見つめて一秒が経ち、二秒が経ち、柱の影にその体が消えたところで大きく一度だけ息を吐く。
 ……良かった。
 あまり褒められた空気じゃないけれど、心を落ち着かせるには充分だ。
 手鏡で手早く化粧を整え、余裕を持って歩いていくと、
「――はろろーん、圭ちゃん。お久しぶりです」
 ゆっくりと背中に声をかけた。
 ん? と寝ぼけたような声を発して相手が振り返って、ずっと探していた物をようやく見つけたときのように自然と頬が綻んだ。
 ……やっぱり圭ちゃんだ。
 黒っぽい柔らかなスカートの裾を軽く払って、圭ちゃんの前に移動する。
 六年ぶりに会った圭ちゃんは、記憶の中の彼よりもほんの少し背が高くなっていた。全体的にがっしりした印象もあって、けれどもその顔には私が知っている圭ちゃんの面影があった。
 あれこれ考えている間、圭ちゃんが怪訝そうに見つめてくる。
「何です? 久しぶりの再会なのに、挨拶も何もなしですか? あー、もしかして日本語忘れちゃったとか……」
「んなわけあるか!」
 声を荒げる圭ちゃんに、周囲の人が不審そうな視線を投げかける。
「あんまり大声は出さないほうがいいですよ? うるさいですし。あと、通る人の邪魔になってますから、脇によったほうがいいです」
 誰のせいだよ、と、ぶつぶつ言いながら、圭ちゃんが壁際に移動する。私もそれに倣って、圭ちゃんの隣に身を寄せる。
「……詩音、だよな?」
「はい、詩音ですよ――園崎詩音」
 言ってしばらく待ってみるが、圭ちゃんは何の反応も返さない。
「……何で詩音がここにいるんだ?」
 やがて最初に飛び出してきたのは、そんなこと。
「別にいいじゃないですか」
 むっとして、素っ気なく返す。他に言うことはないんですか、と耳を引っ張って言い聞かせてやりたい気分になる。
「ほらほら、行きますよ」
 代わりとばかりに圭ちゃんの手を取って、さっさと歩き出す。咄嗟にかばんを掴んだのか、圭ちゃんの後ろのほうでがたがたと車輪の回る音がする。
「だー! ちょっと待て! 待てって!」抵抗するように圭ちゃんの腕に力がこもり、それに合わせて車輪の音も止まり「……行くって、どこ行くんだよ?」
 そんな圭ちゃんの様子に呆れ、
「雛見沢に決まってるじゃないですか」
 腰に手を当てて、私は盛大にため息をついた。
 
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2.
「……俺さ、留学しようと思うんだ」
 エンジェルモートの店内で圭ちゃんと向かい合うようにして座っていると、そんなことを切り出された。
「……はぁ?」
 私が思わず上げた素っ頓狂な声は、店内の喧騒によって掻き消される。
 テーブルに置かれたティーカップからはほわりと湯気が立ち昇っているけれど、傍らのホットケーキは冷めてしまったようだった。
 圭ちゃんがエンジェルモートに来たのは、今から三十分くらい前のこと。ちょうどバイトをしていた私が出迎えて席に案内したとき、
 ――相談したいことがあるから、ちょっといいか?
 注文を取ろうとした矢先に深刻そうな顔で尋ねられ、やっとお姉に対して気を持ったかと思って、「もう少ししたら休憩入りますんで、それでいいなら」と平静を装いながら口にした。心の中ではもう、様々な憶測の声が飛び交っていて、二人がくっついたときにはどんなふうにしてからかってやろうかとばかり考えていた。
 圭ちゃんが自分に相談に来ているということを店長である叔父さんに伝え、ゴーサインをもらったのが休憩時間に入るちょっと前。サービスでホットケーキセット二人分をもらって、意気揚々と圭ちゃんのところにやってきた。
 頼んだ覚えないけど? と怪訝そうにしている圭ちゃんに、「私のおごりです」ととびっきりの笑顔で差し出した。
 エンジェルモートの制服のまま圭ちゃんの向かいに座り、「で? 相談って何です?」うきうきしながら聞いて、黙りこくって約十分。気まずい雰囲気にさすがに思い違いを感じた私は、いったい圭ちゃんが何を言い出すのか不安で仕方がなかった。
 もし圭ちゃんに好きだとか言われたらどうしようと、そんなことも考えた。
 ……何バカなこと考えてんですかねー、私は……悟史くんがいるっていうのに。
 小さく一つ息を吐くと、手元の紅茶の入ったカップに口をつける。
 琥珀色の澄んだ液体が、静かに喉を通り過ぎていった。
 悟史くんは今、入江診療所の地下で雛身沢症候群という病気の治療を受けている。昨年の六月雛見沢で起きた、ちょっとした事件の成り行きで私はそのことを知った。
 初めて耳にしたときは悟史くんの失踪の真実を黙っていた監督に理不尽さを感じたけれど、事の大きさを理解すると同情心も湧いた。監督は今でも、悟史くんを治そうと一生懸命なのだから。
 それ以降、私も暇を見つけては監督のお墨付きで入江診療所にお邪魔している。毎日とはいかないまでも、出来る限り悟史くんのお見舞いに行っている。エンジェルモートのバイトを続けているのは、悟史くんがちゃんと帰ってきたとき、沙都子と一緒に色々なものを買えたらいいなと思ってのことだ。
 もちろん、沙都子に悟史くんのことは話していない。あの子は今も、自分の兄がどこにいるのかは知らずにいる。
 でも、お姉たちはそのことを少なからず察しているようだった。
 そして、それは目の前にいる圭ちゃんも――
「うちのアトリエで、親父の絵を見て。俺も、あんな絵を描きたいって思ったんだ」
 こっちのことはお構いなしに、圭ちゃんが話を続けている。その顔は熱に浮かされた子供のように、見てきたばかりの映画に興奮するように、とても無邪気で――
 ……ホント、何考えてんですかね。
 心の中で小さくぼやく。それが自分に対するものなのか、圭ちゃんに向けたものなのかはわからない。
 とりあえず頃合いを見計らって口を挟んだ。
「……何で、私にそんなこと話すんです?」
 お姉たちに言ったほうがいいんじゃないですか、そう暗に棘を含めた。
「……魅音たちには話しづらいし。こんなこと相談できるのって言ったら、詩音くらいしか思いつかなくてさ」
 困ったような顔をして、圭ちゃんがまた下を向いた。
 仲間を悲しませたくないというそれが何だか面白くなくて、意地悪なことを口にした。
「……それって。つまり、私なら泣かせちゃってもいいってことですよね」
「へ……? いや、俺はそんなこと」
「だってそうですよね……私だって、そんなこと急に聞かされたら、泣いちゃいます……」
 嘘泣きする振りをして顔を俯けてみると、案の定、テーブルの向こうで圭ちゃんが慌てた表情をした。腰を浮かせて、こちらを覗き込むようにして、けれども何と声をかければいいのかわからないという具合に立ち尽くしていた。
 そんな姿を見せられると、私としても悪い気はしない。
「うそです、うーそ。圭ちゃんって、ホントからかいやすいですよねー」
 ぺろりと舌を出して笑うと、
「本気で心配した俺がバカだったよ……」
 体中の力が抜けたかのように、圭ちゃんがへなへなと椅子に座り込んだ。
 はあー、と疲れたように息を吐き出す様子からして、本当に心配してくれたらしい。
「あはは、すみません」
「いや、いい。お前がそういう奴だってこと、すっかり忘れてたよ」
「あー、それどういう意味ですかー」
「そのまんまの意味だ……」うんざりした視線を圭ちゃんが投げつつ、自分のホットケーキの皿に手を伸ばすと「ん、うまいな……詩音のそれ、食べないんならもらっちまうけど?」
 圭ちゃんが私の皿に向かってフォークを伸ばし、危ういところで私はそれを回避する。
「何でそうなるんですか。私もちゃんと食べます」
 むきになって顔を真っ赤にすると、向かいで忍び笑いを漏らす圭ちゃん。仕返しをされたみたいで、ちっとも面白くない。
 苛立ちをぶつけるようにホットケーキを切り刻んで、口の中へと放り込んだ。頬をいっぱいにしてもごもごしていると、圭ちゃんが必死になって笑いを隠そうとしていた。
 ――それからの二十分は、とても楽しかった。
 あまりに腹が立ったので圭ちゃんの分のホットケーキを奪ったり、逆に私の分が奪われたり、最近の身近な出来事を話したりしてあっという間に過ぎていった。
 帰り際に、進展があったらまた話に来るよと圭ちゃんが言った。
 私は別にどうでもよかったけど、本人曰く「相談に乗ってもらった詩音に失礼だから」とのこと。その心がけを少しでもお姉の前で発揮してほしいもんです、と心の中で呟いた。
「じゃあ、またな」
「はいはい、また今度です」
 圭ちゃんの後ろ姿を見送ると、休憩時間もほぼ終わりで。さっきまでのやり取りを忘れるように、私はまた仕事に埋没していった。
 
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3.
 自動ドアの向こうに体を滑り込ませると、冷たい風が肌を撫でた。
 外とは違い、冷房によって保たれた室温が上気した体には気持ちいい。これで車内の空気が澱んでいなければ文句なしなのだけれど、それを新幹線なんかに求めても仕方のない話だろう。
 ……あー、息苦しいったらありゃしないです。
 密閉された空間はつくづく自分には合わないなーと、お嬢様学校に幽閉されたことが不意に頭をよぎる。入学させられる当日までの記憶が、見せ付けるようにして蘇る。覆らなかった鬼婆の決定に、悔し涙を零したことも今では懐かしい話――
 手に提げたビニール袋の重さに、今頃になって気付いた。
 けれども連れて行かれて以降の、向こうでの生活がどんなものだったか、さっぱり思い出せないのはいったいどういうことだろう。
 ……ま、どうでもいいものだったってことですよねー。
 そうぼやいているうちに、圭ちゃんの座る場所に辿り着くと、
「――お待たせしました」
 小さく笑って、隣に腰を下ろす。
「ほらよ、預かってやつ」
 途端に渡されたのは、私のかばん。弁当を買ってきますねと、財布だけを抜き取って圭ちゃんに預けていたものだ。
「もう、乱暴に扱わないでください」
 一種の建前を口にしつつ、かばんを受け取った。
 圭ちゃんは一度顔をしかめると、「やけに重いけど、何が入ってんだ?」
「あ、中身は見てないんですね。なかなか殊勝な心がけです」
 予定通りの様子に、内心で笑いが止まらなくなった。
「そんな圭ちゃんに――はい、どうぞ」
「……これは?」
「見ての通り、弁当ですけど? ほら」
 弁当箱の包みを広げながら、蓋を開けて、
「あ……」
 中には、おかずとご飯がごちゃ混ぜになったものがある。
 ……何でこんなになってんですか?
 顔には出さず、内心で首を捻る。傾かないようにと気を遣っていたのに、どうしてこんなことになっているのだろうか。
「まあ、勝手に人のかばんを開けなかったご褒美みたいなもんです」動揺を隠し、取り繕うようにして「早く食べちゃったらどうです? 圭ちゃん、日本食が食べたいって言ってましたよね」
 新幹線に乗り換えるまで、圭ちゃんがひたすら繰り返したことを口にしながら弁当箱を突き出した。
 よくよく思い返せば、空港に向かう途中、かばんを手荒く扱ったのが原因だろう。帰ったらいっぱい日本食が食べられますよと、飽きずに返事をしていたことが懐かしく感じられる。
「詩音はいいのか?」
「圭ちゃんに買ってきた弁当がありますから、平気ですよ」なおもこちらを見つめる圭ちゃんに対し、適当な言葉を付け加える。「ホントはそれ、私の分の弁当なんですからね? 圭ちゃんがあんまり食べたい、食べたいって言うから仕方なくあげるんです」
 ぷいっと顔を背けると、駅で買った弁当をビニールの袋から取り出した。
 淡々とした動作で弁当を縛る紐を外し、木製っぽく見せかけたその箱を前に、お手元と書かれた割り箸の袋を破って、
「いっしょに分けて食おうぜ」蓋を取ろうとしたところで、脇からひょいっと割り込む声と手が弁当を奪っていった。
 む、と唸って振り向いた先には、肩を竦めた圭ちゃんがいる。
「分校のときみたいにさ、相手のおかずを奪うやつ」
「……食べたく、ないですか」
「んなこと言ってないだろ? 楽しく食べたいからさ」
 思わず口を突いて出た言葉に自己嫌悪。自分で雰囲気を悪くするようなことを言って、私はいったい何がしたいのだろうか。
 鬱々とした思いに顔を俯けていると、

「ま、詩音が食べないってんなら、俺が一人で食べちまうけどな」

 ――それは、いつかのやり取りに似た光景。
 互いに相手の食べ物を奪おうと、フォークを交えた僅かな時間。
 あっという間に過ぎた、けれども楽しいとただそれだけを思った遠い日の出来事。
 だから、返す言葉はもう決まっていた。
「……仕方ないですね。私相手に満足におかずが食べられるって、思わないでくださいよ?」
 言い終わるよりも早く、にゅっと箸を伸ばして、圭ちゃんの弁当箱から唐揚げを一個奪い取る。
「ずるっ!」と声を荒げる圭ちゃんに、油断しすぎですと私は笑みを漏らしていた。
 
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4.
 目を開けた先には、真っ暗な空間が全てを飲み込むようにして迫っていた。
 何となく掲げた手には、おぼろげな輪郭と指を曲げる僅かな感覚だけがあった。
 ぼんやりとした頭に響くのは、部屋のどこかに身を潜めた時計の針の動く音。水が地面に染み入るように次第に周囲の寒さを認識すると、少しでも温かい場所を求めて布団の中に潜り込む。
 ……寒いですね。
 もう何度目になったのか、ため息をつきながら天井を見上げた。
 枕元に時計を置いていたことを、そのときになってようやく気付いた。

 その日、二十一時を回った頃にお姉から電話があった。「明日も忙しいから、さっさと宿題やんないとダメですね」そんな考えを頭の片隅に投げ捨てつつ、ソファーで横になってテレビを眺めていたときのことだ。
 私たちが互いに連絡を取り合うことは別に珍しくもないのだけど、高校に入学して以降はめっきり少なくなっていた。どういう縁か同じクラスになったおかげで、ほとんど学校で話をすれば事足りたのがその理由。
 だから、電話をするというのは、本当に特別な場合に限った。学校では話せないこと、直接会って話しづらいこと、急な頼みや、どうしても電話をしたいとき――
「……お姉はそれでいいんですか?」
『ん、まあ……圭ちゃんが決めたことだから……仕方ないよ』
 初めは他愛のない会話だった。今日は圭ちゃんたちと遊んで、お姉がトップで圭ちゃんがビリだったとか。罰ゲームで圭ちゃんを酷い目に遭わせてやったとか聞いているだけで楽しくなるような内容で、診療所に行っていた私は羨ましいなと思う一方、悟史くんが起きたら私もという気持ちを募らせた。
 お姉の声の質が変わったのは、その直後。ようやく本題だと思いつつ、「明日もバイトあるんで、手短にお願いしますね」と注文をつけると、テレビの音量を少しだけ小さくしたのだった。
「仕方ないって! ……次はいつ会えるかもわかんなくなっちゃうんですよ?」
『……でも、圭ちゃんの気持ちを迷わせるようなこと、私はしたくないよ』
 お姉の話は、圭ちゃんが留学するということだった。
 ……いきなり、何を言い出すのかと思った。
 くだらない冗談はエイプリルフールくらいにしてくださいと、半ば本気でそう言いかけたところで、夏の終わりに圭ちゃんが私を訪ねてきたことを思い出した。
「だからって……」
『いいの! 圭ちゃんだって、そのうち帰って来るでしょ? だから、それからでも遅くないって思うから……』
 そうして、お姉の声が消え入りそうなものになって、
「……バカ……」
 知らず、私はそう呟いた。
 待つことがどれだけ辛いことか、わかっているのだろうか。
 いつ帰ってくるかもわからない相手を待ち続けることが、どれほど苦しむことになるというのか、本当に理解しているのだろうか。
 声にもならない雑音が、テレビの向こうから漏れてくる。
 今ならまだ、お姉に言い聞かせることができる。
 お姉の圭ちゃんへの気持ちを知っているからこそ、私や沙都子が悟史くんの帰りを待ち続けているからこそ、お姉の考えは甘いと教えてあげるべきなのだ。
 --ぐだぐだ言ってないで、さっさと圭ちゃんに告白でも何でもしろ、と。
 けれども、どれだけ言い聞かせたところで、お姉は聞き入れないだろう。
 きっと、いつものように自分より他人を優先しようとするから。
 まるで自分なんて見えていないかのように、自分以外の人のことばかりを考えるから。
『……詩音?』
 急に黙りこくった相手に戸惑いを覚えたらしく、お姉が不安そうな声で尋ねてくる。
「あ、いや。何でもないです。すみません、ちょっと考えことしてて」
『ごめんね。こんなことでいちいち電話かけちゃって』
「いいってことですよ」努めて明るい振りをして、ついでにお姉をからかうことも忘れずに「……お姉のそういうところで、また遊ばせてもらいますから」
『うー! 私、詩音嫌いー!』
 そう言って電話の向こうでお姉が、詩音嫌い、詩音嫌いと連呼している。本当に嫌いなら、とっくに受話器を下ろしていると思うけど、そこは指摘しないでおく。
 少なくとも、私にはじゃれ合いみたいなものだから。
「それじゃあ、もう切りますよ? 圭ちゃんといられる時間、ただでさえお姉は少ないんですから。明日も早起きして、圭ちゃんとこに遊びに行くんでしょ?」
『とっと! そうだった! ……詩音、ホントありがとう』
 一方的に電話が切れると、後に残るのは受話器から聞こえる電子音。部屋には急に静けさが下り、テレビの音や明かりすらもそれに飲まれるようにして――

「圭ちゃん……イタリアに行っちゃうんですね……」
 ベッドに寝転んだ姿勢で、そっと額に手を当てる。ぽつりと呟いた言葉はカーテンの隙間から入り込む光に混じって、暗がりへと消えていく。
 何となく口にした現実が、なぜか私の胸を締め付けた。
 
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5.
 圭一へ。
 日本に帰ってくるということで、とても楽しみにしています。留学中のときの話をいろいろ聞かせてね。手紙でたくさん絵のことも聞いたけど、やっぱり直接会って聞くのとは違うでしょうから。
 そうそう、今年の綿流しのお祭りは六月十六日になってます。帰るなら前の日に雛見沢に着くようにしたほうがいいと思いますよ。そっちだと時間のズレがあるから、飛行機の予約には気をつけて。
 帰国することは母さん達だけの秘密にしておきます。
 自分なりの答え、見つけられるといいですね。
 こちらこそ、六年の間付き合ってくれてありがとう。
 それと、これからもよろしく。

 五月一日 前原藍子
 
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6.
 窓の向こうでは秋の更け込む日差しが降り注いでいた。
 澄み切った空の青に映えるようにして、街路樹の葉は彩り豊かにその身を着飾っていた。
 暇があるなら、どこか遠くへ出かけたいと、多くの人がそんなふうに思うに違いない天気。けれども寝不足の私にとっては不愉快なものにすぎず、目の前の人物によって苛立ちも募っていた。
「みんなに話したら、何とかわかってくれたよ」
 寂しそうに、それでいて嬉しそうに話す圭ちゃんが、何だか無性に鬱陶しかった。
 脇目を逸らし、あくびをかみ殺しながら、どうにか眠らないように努力する。バイトの先輩たちの目が、ちらちらとこちらに向いているのは気のせいではないだろう。
 普段ならば気にも留めない視線の数々が、今日に限っては痛いように突き刺さる。
 例によって、エンジェルモートでバイトをしていた私に圭ちゃんが訪ねてきたのは今から数分前。休憩時間に入った私が、更衣室で仮眠を取ろうと思った矢先のことだった。
「園崎さんに会いたいって子が来てるわよ」たったそれだけで、私の目は覚めた。
 いつもなら、きっと後にしてくださいとか何とか理由をつけて断っているだろうに、今日に限っては体が起きていた。
 圭ちゃんが来たんだという確信があった。
 それは、留学のことで進展があったら伝えに来るからと圭ちゃんが言ったからかもしれないし、最近の寝不足の理由が圭ちゃんのことを考えていたからなのかもしれない。
 ――どうして圭ちゃんの留学のことを思うと、胸が痛くなるのか。
 たぶん、私が苛立っている原因はそこにあった。
 今日、圭ちゃんの姿を認めたときから。
 お姉と電話で話をしたあの夜から。
 或いは、それ以前。圭ちゃんの口からイタリアへ行くことを聞いたときから、ずっと。
 胸の奥に落ち込んだ鉛のようなものが、心臓を内側から締め上げていた。
 耐え難い痛みが寝不足と相まって、思考をぐちゃぐちゃにしていく。絡まった糸をますます絡めるように、圭ちゃんの無神経な声がいらいらを助長する。
 圭ちゃんの頭の中は、もう留学のことでいっぱいで。
 期待と不安を抱く圭ちゃんを、本来なら私は励ましてあげるべきなのに。
「……どこにでも行っちゃえばいいじゃないですか」
 呟く自分の声が、遠いもののように聞こえた。
 詩音? と不思議そうにした圭ちゃんの様子が、どうしても我慢ならなくて、
「あんたがどこ行こうが私には知ったこっちゃないんです!」
 私は大声で怒鳴っていた。
 
続く・・・・
 
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※今回の大賞の一般選考は3社連動でおこなっております。このページにある作品は、最終選考候補作の1/3となります。
ジャンルに関係なく、1作品、これだ!と思う作品にご投稿いただければと思います。

※投稿してくださった方には壁紙を差し上げます。

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