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ノミネート

作品詳細

03.空色停留所 (PN:cvwith)
 
空色停留所
 昭和五十九年 六月某日

 雨が地面を叩く音だけが世界の全てを埋め尽くしている。
「んなぁくそっ。天気予報なんて当たりゃしねえなもう!」
 家を出る時は抜けるような青空だった。
 頬を撫でる風も爽やかで、輿宮までの一時間も鼻歌混じりにあっという間だった。
 駐輪場に自転車を停めてから、まず最初に母さんのいつもの用事(借りてた本の返却)を済ませる為に図書館へ向かった。
 思い返してみると、この時すでに空の色はうっすらと灰色になり始めていた……そんな気がしないでも無い。
 だけどその時そんな事は気にもしていなかった。
 せっかく街まで出て来たんだ。お使いだけ済ませてこのまま帰るってのも勿体無い。
 だから俺はエンジェルモートに詩音に嫌がらせをしに行った。
「いらっしゃいま……何だ圭ちゃんじゃないですか」
「おいおい何だは無いだろ。仮にもお客様だぞ? ご主人様と呼べ。ご主人様と」
「はいはい。で、何にします?」
 入口そばの座席にどっかりと座り、煙草を吹かす真似をして俺は言った。
「いつもの」
「知りませんよ」
「一度言ってみたかったんだよ。――んじゃミックスジュース」
「……暇ですね、圭ちゃん」
 詩音の冷たい視線を浴びつつ、俺は優雅な一時を満喫した。
 エンジェルモートで一息着いた後、今度は例のおもちゃ屋で常連連中と一勝負を楽しんだ。
 しかしこれがまずかった。
 店を出てみると空は一面灰色で、まだ夕方にもなって無いってのに、辺りは既に薄暗くなっていた。
 慌てて雛見沢に向けて自転車を走らせたけど後の祭り。走り出してものの十分も立たない内に、ポツリポツリと降り始めやがった。

 何とか我慢してくれていた霧雨は雛見沢に入ると涙腺の尾が切れてしまったらしく、篠突く大雨に変わってしまった。
 村までは何とか帰って来れたけれど家までの道のりはまだまだ遠く、俺が哀れな濡れ鼠になるのは間違いない。
 だめだこりゃ。
 とても家まで帰れそうに無い。どこか雨宿りできる場所を探さないと……。
 その時オヤシロ様の采配か、俺の目に小振りな木造小屋のシルエットが飛び込んで来た。
「おぉっ。そういやバス停があったっけ!」
 自転車を軒下に停め、俺は脱兎の如く停留所の待合小屋に飛び込んだ。
「だあぁ、助かったぁ」
「ひゃっ。け、圭一さん?」
「うぇ? あれ、お前……」
 小屋の中には既に先客が居て、待合用の長椅子に腰掛けていた。
 濡れた蜂蜜色の髪を真新しいタオルで拭きつつ、只でさえ大きな目をまん丸に見開いて、驚いている沙都子。
「こ、こんな所に何の御用でございますの?」
「お前こそ何やってんだよ」
「わたくしは見ての通り雨宿りでしてよ。お夕飯のお買い物に出かけたんですけど、この有様ですわ」
 ぷぅと頬を膨らませ、中世の貴族映画なんかでお姫様がやる様に、ワンピースの裾を両手で持ち上げて見せた。
 裾からポタポタと雫を垂らす綺麗な緑色のワンピースは、沢山のびろうど色の斑点模様を作っていた。
 俺ほどじゃあ無いが、どうやら沙都子も梅雨の洗礼を受けたらしい。
「日頃の行いが悪いんだろ」
「失礼ですわねっ! 圭一さんこそどうなんですの。その無様な格好はっ」
「俺のは『水も滴る良い男』って言うんだよ」
「? よ、良く分かりませんけれど、兎に角お座りになったらいかがですの」
 まるで自分の家に客人を迎える様に、シャンと背筋を伸ばしてポンポンと長椅子の隣を叩く沙都子。
 その様子が可笑しくてちょっとニヤけてしまう。とりあえず雨宿りの間、退屈しなくてすみそうだ。
 ずぶ濡れの頭をぐしゃぐしゃと掻きながら、沙都子の横に腰掛けた。
「今日は一人かよ」
「え? ……ええ。不覚にも『お買い物じゃんけん』で負けてしまいましたわ」
「ほう。そんな勝負してんのか。って事は、最近は梨花ちゃんと一緒に行ってないのか? 買い物」
「ん……ほら、去年の夏からは羽入さんも加わりましたでしょ? それからはもっぱら役割分担でやってますわね」
「そっか。ま、その方が効率良いよな」
 他愛の無い会話をしている間も、雨足は弱まる気配を見せなかった。
 まるで夏のように(色々な意味で)アツかった去年とは違い、今年の六月は全く持って梅雨と呼ぶに相応しい季節になっていた。
 一度降り出すと長いのだ。
 兎に角、長々と降る。
 まあその分雨足はゆったりとしている事が多いんだけれど、今日はやけに降りが激しい。
 これじゃあまるで夏の日の白雨だ。文字通り風景が白く霞んで見える程の土砂降り。
 今やもう雨音なんてもんじゃない。こりゃ滝の音だ。
 これだけ激しいって事は、もしかしたらにわか雨かもしれないな。いや、出来ればそうあって欲しい。
 雨に打たれたせいで、随分と体が冷える。
 早く帰らないと、このままじゃあ風邪を引いちま――
「っぶぇっきしっ!」
 思ってる端からくしゃみが出た。
「げ」
 一緒に鼻水も飛び出した。ひどい有様だ。
 首を前に突き出して鼻水をブラブラさせていると、「えんがちょですわ」と渋い顔をしながらも、沙都子がポケットティッシュをくれた。
「しょうが無いだろ。冷えたんだからよー。ぶいぃっ」
 鼻を噛むと、その刺激でまたくしゃみが出た。鼻噛んで、くしゃみして……三回繰り返して、やっと綺麗な圭一に戻れた。
 すっきりしたのは良いが、相変わらず寒い。
 ぶるりと震える体を抱きしめて両腕で擦り上げる。
 あーくそ。とっとと帰って暖かい風呂に飛び込みたいぜ。
 湯船に浸かってのんびりと一息ついている所を想像して寒さを紛らわせていると、ふわりと柔らかいタオルが頭に掛けられた。
「ん?」
 沙都子が俺の頭を拭いてくれている。
「どした、妙に優しいな。何かのトラップか?」
「かっ、風邪でも引かれたら、後味が悪いからでございますわよ。……んん、もうっ! 少しは素直に感謝して下さってもよろしいんじゃございません事?!」
「へへへ、冗談だよ。ありがとな、沙都子」
「……ど、どう致しましてっ」
 感謝しろって言うから感謝してやったら、真っ赤になってしまった。おかしな奴だ。
 長椅子に膝立ちをして、コシコシと撫でてくれる頭が気持ち良い。何だかんだで気の利く優しい奴だよな。
 口が裂けても本人には言わないが。
 そんな事を考えている時、突然停留所の東の窓がパッと青白く光ったかと思うと、耳をつんざく轟音が空から落ちて来た。
「きゃぁっ」
「おぉっ?」
 轟音と同時に、沙都子が小さな手に目一杯の力を込めて俺の肩にしがみついて来た。
 瞼をぎゅうと閉じ、全身がカチコチに硬直している。
「――ほほぅ。お前、雷怖いのか?」
 ぷるぷると震えているタンポポを、くしゃくしゃと撫でてやる。
 はっと我に帰った沙都子はしがみついていた手をパッと離し、耳まで真っ赤にして反論した。
「そそそっそんな事ございませんわっ! 全然平気です事よっ」
「へへへ。まあ、内緒にしておいてやるからさ。髪、拭いてくれよ」
「か、勝手になさいましっ!」
 べしっとタオルを顔面に投げつけられた。
 俺が笑うと沙都子はぷいとそっぽを向いてしまった。
 それでも、また雷が鳴るかもしれないのが怖いんだろう。
 俺の側からはぴったりとくっついて離れなかった。それがまた俺の頬を緩ませる。
 母さんに聞いた話だけれど、一人っ子の俺は小さい頃「兄弟が欲しい」と駄々をこねては、父さんを困らせていたらしい。
 こうしていると何だかその夢が叶ったようで、正直結構嬉しかったりする。
 それも、やっぱり内緒にしておいた。
 
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 空から零れた雨が大地に弾けて、王冠の華を次々に作る。
 檜の屋根を轟々と叩く激しい雨音は存外に心地良く、他の一切の音を掻き消して不思議な静寂で小屋を包んでいた。
 雨に煙る景色が、まるでスクリーンの中の世界の様で――。
 雨のカーテンに隔離されたこの待合小屋が、世界の全て。そんな気さえしてくる。
「本当によく降りますわね……」
 お互いの頭を拭いたタオルを丁寧に畳みながら、小屋世界のたった一人の同居人がぼやいた。
「雨降りは嫌いか?」
「もちろんですわ。普通、あんまり好きな方は居られないのではありません事?」
「どうだろうな。――俺は結構好きだぜ」
「……さっきまでブツブツぼやいていたじゃございませんの」
「ん? あぁ、違う違う。ほら、あれだ。「降られる雨」は嫌いだけど「眺める雨」は、嫌いじゃないぜって事だ」
 キョトンとした顔で俺を見つめ、沙都子は小首を傾げた。
 天井を見上げ、あごにひと指し指を当てて考え込んだ後、
「よく分かりませんわ。……変な圭一さん」
 そう言って唇を尖らせ、ベンチから垂らしていた足をパタパタと振った。
「ほら、見て下さいまし。靴だってこんなにドロドロになってしまって……それに何より、せっかく仕掛けた地雷型トラップが露出してしまうんですもの。設置し直すだけでも、一苦労ですわ」
「……どんどん降って良いぞ、雨。いっそトラップ丸ごと流してしまえ」
「なっ、何て事おっしゃいますのっ。わたくしがどれだけ丹精込めて愛情込めて仕掛けたトラップだと思っていらっしゃいますの。可哀想だとは思いません事?!」
「知らんっ」
「むがーっ」
 無邪気にコロコロと変わる表情が心地良くて、ついついからかってしまう。
 何だろうなこの楽しさ。何かに似てるんだ。
 何だったかな……。
 ああ、あれだ。子犬とじゃれ合っている時の感じとそっくりなんだよ。
 うん。違う所といえば、素直じゃないって所くらいか。
 ぴんと立てた尻尾をブンブンと振りながらはしゃぎ回る子犬。それにシャム猫のツンとした意地っ張りさを被せたら、沙都子の出来上がりだ。
 軒を一歩出れば滝の様な雨に打ちのめされて、一瞬のうちにずぶ濡れになるだろう。間違いない。
 だけどこの小屋の中にいる限り、そんな心配は無い。
 どんなに雨が頑張ろうとも、必死で風が騒ぎ立てようとも、俺達は鼻歌交じりでその合唱を聞いていれば良いんだ。
 その代わり、傘も合羽も持ち合わせていない俺達にも、雨に一泡吹かせる手段は無い。
 お天道様の機嫌が直るまでひたすら待つしか無いって訳だが、こうしてトラップ講座を聞きながらのんびりするのも悪くない。
 沙都子の熱弁に拍車が掛かり、講義が「第三章 設置場所と効果的なタイミングについて」に突入した時だ。
 ふと、ある事に気が付いた。

 ――そういやあ……最近トラップに引っかかる回数が減ったような気がする――?

 俺の回避能力がレベルアップした……って事は無いな。そもそも朝の教室でのトラップ自体が、あまり仕掛けられていない。
 昔はそれこそ「毎朝が戦争」状態だったけれど、最近は週に一回あるか無いかって所だ。
 俺が引っ越して来て一年、か。流石にそろそろ飽きられたって事なのかね?
 んー……トラップに引っ掛かって高笑いされるのも癪に障るけど、こう、放って置かれるってのも何だか……寂しいなぁ。
「――もうちょっと、にーにーの代わりをやっていても、良いんだけどな……」
「? 何か仰いまして。圭一さん」
「いや、何でもねえよ」
 くしゃくしゃと頭を撫でてやると、一年前と同じ、笑いを噛み殺したふくれっ面が返ってきた。

 のんびりと雨景色を鑑賞するのにもそろそろ飽き始めた頃、聞きなれた雨音とは別の音が近づいて来た。
 雨を弾くバシャバシャという音と、ぬかるんだ土を撥ね飛ばす音。
 そっと小屋から頭を出し、音のする方を覗いて見ると、白い軽四自動車がゆったりと近づいて来ていた。
「おい沙都子喜べ、車だっ」
 天の助けだ。誰だか分らないけれど家まで乗せて行って貰えるよう、頼んでみよう。
 何せこの狭い雛見沢だ。知らない人って事もないだろう。
 沙都子に一声掛けた後、俺はのんびりと近づいてくる車に向かって手を振った。
「やれやれですわね。これでやっとお夕飯の準備に取り掛かれますわ」
 沙都子が俺の脇からちょこっとだけ顔を覗かせている。俺を雨除けにしてやがんなこいつめ。
 軽四は相変わらずゆっくりと近づいて来ていた。
 車のスピードとは対照的に物凄い勢いでワイパーが動いているが、雨の勢いの方が勝ち、フロントガラスはまるで滝のようになっている。
 ここからじゃあ誰が乗っているのか分らない。しっかし、あれ前見えてんのかね? のろのろ運転になるのも仕方ないな。
 雨の中に手を突き出し、目に付くようにと思い切り手を振った。
 だけど、ゆるゆるとバス停に近づいて来た車は、水溜りを跳ね飛ばしながら……そのまま通り過ぎようとするではないか。
「お、おろ? おろろろろっ? ちょちょ、ちょっと待ったちょっと待った!」
 車の動きに合わせて待合小屋の中を小走りに手を振り続けるが、止まってくれる気配が無い。
「あ、あらららら? な、何をなさっていますの圭一さんっ。――す、すいません、止まって下さいましーっ」
 慌てた沙都子が俺の影から身を乗り出して手を振ると、軽四は甲高いブレーキ音を上げてやっと止まってくれた。
 スルスルとバックして戻って来た車の助手席側の窓が開き、皺枯れているけれど元気な声が飛び出す。
「あんれ、沙都子ちゃんでねえの。こったらとこで何してんのー? 輿宮んバスなら、今日はもう出んと違うかいねぇ」
「――あの、天瀬さん。俺も居るんですけど」
「おぉおぉ、前原君も居ったんねえ。気付かんなったんよぉ。でっははははは」
 おいおいあれだけ手を振ってて気付かなかったってか? 小さい沙都子には気付いたのにか?
 この元気な初老のおっさんは、天瀬さんだ。村の会合で何度か会った事がある。
 もう結構いい年の筈なのにやたらマッチョで、元気が良い。あっちの方も現役らしく、会合でも下ネタを爆発させて笑いを取っているのをしばしば見掛けた。
「こんにちわですわ天瀬さん。バスを待っているのではございませんのよ。雨宿りをしていますの」
「あぁん。急に降りだしよってんからねえ。――なぁん、ほんならおじさんが、家まで乗せてったげんね」
「よろしいんですの? わたくし達結構濡れてますから、シートを汚してしまうかも知れませんわよ」
「気にせん気にせん。沙都子ちゃんの汚したんなら、大歓迎よぉ。ではははは! あぁ、圭一君もついでに乗って行きないねー」
 俺はついでかよ……と思いつつも、にっこり笑って感謝の言葉を述べて、有り難く車に乗り込んだ。
 当然沙都子が助手席で、俺は後部座席。
 このおっさん……俺一人だったら間違いなく、無視して通り過ぎてたな。絶対だ――。

 ガタゴトと揺れる車内はとても賑やかだった。金属製の天井を叩く激しい雨音も、すっかり気後れしてしまう程に。
「――でございますの。梨花には、もうちょっとお淑やかさと言う物を勉強して頂きたいですわ」
「ありゃま。元気の塊みたいな沙都子ちゃんがそれを言うんね〜。でははは」
「分かってございませんわねぇ天瀬のおじ様。梨花はね、お家の中ではとんでも無くだらしないんでございますのよ? 何でもかんでも散らかしっ放しで、遊びに行ってしまうんですから」
「ありゃまぁ本当かぃね? あんの梨花ちゃまがねぇ〜。そうは見えんけんどもねぇ」
「いつまで経っても子供ですわ。わたくしが居ないと、てんで駄目なんでございますから全く」
「でっはっはっはっは。そんれじゃぁ沙都子ちゃんは、まるっきり梨花ちゃまの女房みたいなんなぁ。でっははははは!」
「にょっ女房って……へ、変な事言わないで下さいまし天瀬のおじ様! わ、わたくし達は別にそんなっ」
「でははははっ!」
「もうっ、圭一さんからも何か言ってやってくださいまし……って、圭一さん?」
「――うぅえ? あ、あぁ、何だ」
「どうしましたのボーっとなさって……ただでさえマヌケなお顔が、馬鹿みたいでしてよ?」
「うるせ、大きなお世話だ」
 ちょっと考え事をしていた所を突っ込まれてしまった。油断も隙も無いな。
 ――何だろう。凄く――不思議な光景でも見ている様な感じがして、ぼぅっとしてしまっていた。
 別に沙都子と天瀬さんが特別な会話を交している訳じゃない。至って普通。俺達部活メンバーが普段交している内容と、何ら変わらない会話を耳にしているだけなんだけど、妙に違和を感じる。
 かと言って別に不快じゃない。天瀬さんの豪放な笑い声がちょっとうるさいけれど、沙都子の笑顔が見られるのは、悪くない。
 じゃあこの違和感は、一体何なんだろう?
「この間お肉屋のおじ様が挽肉をおまけして下さいましたのよ。もう、こーーんなにたっぷり。おまけの方が多かったくらいですの」
「ほーー。あんの助平おやじ、わっしの沙都子ちゃんに色目使いよんねぇ? 今度勝負せんとかんわぁ!」
 おぉ、なんだ沙都子。お前随分人気者なんだな。
 肉屋さんで予想外のサービスを受けて、ワタワタと慌てる姿が目に浮かぶ。意外と沙都子は人見知りをするタイプだ。遠慮しいでもある。俺にはそうでもないが。
 赤い顔で何度も「結構ですわ」を繰り返しながら、結局最後には受け取っちまったんだろうな。何とも微笑ましいじゃないか。
 そこに天瀬のおっさんが登場して、沙都子を取り合って肉屋のおっさんと睨みあいか。その間に挟まれたら、沙都子はどうするだろう。
 何で二人が睨めっこを始めたのかも分からず、眉尻を下げてオロオロするんだろうなあきっと。
 ははは。からかい甲斐のありそうなシチュエーションじゃないか。笑えるぜ。
 俺が引っ越してきてからこの一年で、雛見沢も随分変わった。
 特に沙都子を取り巻く環境は、本当に良い方向に変わった。いや、俺達みんなで、手に入れた。
 去年の今頃はサービスどころか、話すらまともに…………。

 ――あぁ、そうか。そういう事か。
 ――それでこんな気持ちになったのか。
 唐突に気付いた。

 もう俺達が沙都子を守ってやる必要は無いんだ。沙都子を苛む障害が、無くなったんだから。
 去年までは、雛見沢丸ごとが障害だった。薄っすらと、それでいてネトつく様ないやらしい迫害があった事は、当時の俺には相当なショックだった。
 好きになりたいと思った村だったからな。
 そこに妖しげな風習が蔓延っていて、俺の仲間を苛んでいた。とても辛い事だった。だから打ち破った。
 今では村全体が、沙都子達を守っている。沙都子だけじゃない。幼い力を合わせて生活しようと、健気に頑張る三人の子供たちを、別け隔てなく見守ってくれている。
 そりゃあいつまでもずっと、子供達だけで生活していく訳には行かないだろうさ。だけど心配無い。
 公由の村長さんが手助けしてくれるだろう。園崎家だって、きっと力になってくれる。
 雛見沢村が本当の意味で、沙都子の居場所になったんだ。
 もう誰も、沙都子を無視したりしない。困っている所を見て、放って置いたりはしない。
 良い事をすれば褒めてくれるし、優しい言葉も掛けて貰える。
 悪い事をすれば、もちろん怒られる。
 沙都子が求めれば、ごく普通にコミュニケーションが成立するって事。それがやっと、当たり前の事になった。
 かまって欲しければ、笑いかければ良い。
 トラップなんてひねくれた仕掛けをする必要、無くなったんだな。
 天瀬さんに頭を撫でられてはにかむ沙都子を見て、仮とは言え「にーにー」として、素直に嬉しかった。
 本当さ。もちろん本心だよ。
 だけど……。
 まあ、うん……やっぱり、ちょっぴりな。
 ちょっぴりだけ――やっぱ寂しいな。
「はは……なんだ。構ってもらってたのは、俺の方だったってか……」
 ポツリと零れた独り言に、沙都子が振り返る。
「何かおっしゃいまして。圭一さん?」
 何とも悩みの無い顔で見つめてくれるじゃないか。このやろ。
 ――えいくそ。良かったな、沙都子!
「何でもねえよっ」満面の笑顔で、沙都子のほっぺたをムギッとつねってやった。
「ひゃにするんれすのっ!」八重歯を剥き出して、つねり返される。
 痛てて。手加減無しかよ。
「天瀬ひゃん、はんまりこひつ甘ひゃかしひゃらめっふよ。ふぐるにろるんふからっ」
 訳(天瀬さん、あんまりこいつ甘やかしちゃ駄目ですよ。すぐ頭に乗るんですからっ)
「はんれふっへぇ? ほれはへーいひはんのころれはありまへんのっ! ふがーっ」
 訳(何ですってぇ? それは圭一さんの事ではございませんの! むがーっ)
 俺達の言葉が果たして通じたのか否か? 甚だ怪しいもんだが、天瀬さんは楽しそうに頷いた。
 胸の前で両腕を組んで、愉快そうに豪快に笑う。
「でっはっはっはははっ。うんうん、二人共仲が良いんねぇ。まるで本当の兄妹なん。でっはははは」
 ――両腕を組んで?
 待て運転手。
 ハンドルはどうしたハンドルは! 傾いてるじゃねえか車っ!
「おおぉぉおおっおっおおっさんハンドルハンドルっ! 田んぼっ! おちっ落ちるって!」
「お? おぉおぉ。そういや運転しとったん」
「おぉおぉ」――じゃねえっ! 今、片輪田んぼに落ちてたろうがっ。 
 盛大に冷や汗を掻く俺と沙都子を尻目に、天瀬さんは無責任な笑顔。
 助手席のシートを乗り越え、生存率の高い後部座席へ沙都子が移動してきたのは、言うまでも無い事実であった。
 
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「そったら二人共、ちゃんと体乾かすんよ。風邪ひかん様にねぇ」
「はい。天瀬さんも気を付けて帰って下さいよ。まだ雨、激しいですから」
「本当に助かりましたわ」
「えぇって事よぉ。でっははは。ほんじゃあさよならんね〜」
「「有難う御座いましたー」」
 ベシャベシャのぬかるみ道を遠ざかっていく、ちょっとオンボロな白い軽四自動車。天瀬さんの人柄もあってか、その動きはどこかコミカルだった。
 明日、田んぼから車が生えて無けりゃ良いけどな……。
「さ、わたくし達も中に入りましょう。また濡れてしまいますわ」
「あぁそうだな。じゃあお邪魔するぞ」
 俺は自宅では無く沙都子達の家、つまり通称「梨花ちゃんハウス」で降ろしてもらっていた。
 どうぞお入り下さいな、と沙都子はポケットから玄関の鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。
 自宅まで送って貰うつもりだったのだが、「どうせお暇なら、ちょっと寄ってお行き遊ばせ」と買い物荷物を渡されてしまったので、雨宿りがてら寄る事にしたのだ。
 立て付けの悪そうなガラス戸を器用に開けてするりと中に入り、「どうぞ」と沙都子が俺を招き入れる。

 防災小屋を改良した住居の中に足を踏み入れた瞬間、足首にワイヤーの感触。
 視線を落としたその後頭部に、巨大な金タライがヒット! 倒れこんだ先にはたっぷりと墨汁を湛えたすずりが待ち構えて――

 ――何ていう懐かしい展開を、心のどこかでちょっぴり期待した。
 実際には、何も起きなかった。
 トントンと階段を登っていく沙都子の後姿が、少しだけ成長して見える。
 それが嬉しくて、でもやっぱり少し寂しくて、むずむずした。
 本当の兄貴――悟史なら、こんな時どう感じるんだろう。
 もっとちゃんと喜んでやれるのかね。
「圭一さん。何をボッと突っ立って居られますの?」
 仕様の無い思考に思いを巡らせる俺を、沙都子は柔らかな面持ちで階段の中程に立ち、見つめていた。
「それ、持って上がって下さらないと、お料理ができませんわ」と俺が両手に抱えた買い物袋を指差す。
「分ってる分ってる。そう急かすなよ」
 恐らく煮え切らない表情を浮かべているであろう顔面に笑顔を引っ付け、俺は階段をトントンと登った。
 その時だ。奇妙な笑い声が聞えたのは。
「ふふふ……」
「?」
 気味の悪い含み笑いに見上げると、妙に座った目で、沙都子が俺を見下ろしていた。
 何と言うか……とても悪い顔をしている。
「な、何だよ。気持ち悪ぃな沙都子」
「ウェルカムですわっ!」沙都子が指をパチンと鳴らす。
 
続く・・・・
 
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※今回の大賞の一般選考は3社連動でおこなっております。このページにある作品は、最終選考候補作の1/3となります。
ジャンルに関係なく、1作品、これだ!と思う作品にご投稿いただければと思います。

※投稿してくださった方には壁紙を差し上げます。

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