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んっふっふのなく頃に



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そうは言っても、長い年月がその寄生虫の力を弱まらせ、今では雛見沢に出ても発祥することはほとんど無い。そのはずでした。
ですが、私はオオイシさまの祟りについて調べるうちに、それを利用したある計画を知ってしまったのです』
古い書物の資料などが貼られているルーズリーフは中途半端にそこで埋まってしまった。
「何だよ計画って……!」
 このスクラップ帳によれば寄生虫の力は弱まっていて、しかも雛見沢の人間にしか寄生しないと書いてある。しかし興宮にまで寄生虫は広がっていた。
これは、何かがあったのだ。寄生虫の力を強める、何か。
それは鷹野さんの知ってしまった計画が実行されたとしか考えられない。
計画とは一体何なのか。次のページをめくる。
『ジロウさんとのラブ・ラブ・ダイアリー♪』
 …………。
『六月八日 今日はジロウさんと鳥の写真を撮りに行っちゃったわ♪ 初めて見た鳥を見つけたときのジロウさんのはしゃぎっぷりを見てると何だかかわいくて胸がキュンキュンするの〜! まるで赤ん坊みたい♪ でも本当に見て欲しいのは鳥じゃなくて三四なの(えーん)今度は興宮でデートしたいなあ。そういえばジロウさんったら』
 次のページをめくる。
『ジロウさんとの』
 次のページをめくる。
『サブロウさんとの』
「浮気かよ!」
『今日はサブロウさんと興宮にショッピングに行ったわ。ジロウさんと違ってサブロウさんは三四のしたいことにも合わせてくれるの♪ 嬉しい♪ でもちょっと体がヒョロヒョロなの(ざんねん)ジロウさんの筋肉には遠く及ばないわ。ああ、ジロウさんとサブロウさん、三四はどっちを選べばいいの?』
 ……富竹さんには黙っておこう。次のページをめくる。
『その計画とは、オオイシさまの狂信者が考えたものです』
 スクラップ帳のまとめ方がめちゃくちゃだ。
『より害の強い寄生虫を復活させ、鹿骨市一帯に散布する。その害の強さは雛見沢にいる者ですら発祥してしまうほどです。当然鹿骨市の人々は皆大石蔵人になります。そして恐れ、崇めることになるのです。雛見沢の守り神、オオイシさまを。
 そう、これは狂信者による、オオイシ信仰復活のための計画なのです!』
「なんてこった……!」
 外で起こっている現象と、辻褄が合いすぎる!
「まさか」
 俺は誰もいないカウンターを見る。
 何故監督と鷹野さんがここにいないのか。なぜ最初に鷹野さんは、自分は殺されているのですねと書いたのか。
答えは簡単だ。
 秘密を知ったから、消された。関係者と思われた監督も一緒に。
ここは危険だ。
 俺は自動ドアに駆け寄った。さっき開かなかったドアはあっさりと左右に道を開け、俺は外に出る。そこは雛見沢ではなく、さっきまでいた興宮の商店街だった。後ろを振り向いたが入江診療所はなくなっている。シャッターが閉まった文房具屋があるだけだった。
 そしてなぜか、街には大石さんが一人も見当たらなかった。誰もいない。ただ店が整然と並んでいるだけ。
「一体どこに……」
 俺は一歩踏み出した。
ぺた。
「え?」
 俺は足を止め後ろを振り返った。やはり誰もいない。
ぺたん。
「なのに……」
 ぺたんっ。
「何で足音が聞こえるんだ……?」
 ぺたんっふ。
「おまえら信者か? 俺を殺しにきたのか?」
 ぺたんっふっ。
「答えろ……!」
 ぺたんっふっふ。
「答えろよおっ!」
 ぺたんっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふ――
「くそうっ!」
どこから聞こえてくるかわからないのに大きくなっていく足音。逃げても逃げても、脳に直に足音が響いている。安全な世界はどこにもなくて、絶望感に地面に突っ伏したくなっても、それでも俺は走った。がむしゃらに、ずっと走っていればゴールがあることを信じて。どこか他の広い通りに出ようと思ってもその行き方が思い出せない。もう何度となく来たはずの興宮の街が迷宮のようだった。
でも、そんなときでも救いの手はどこからか差し伸べられてくるものらしかった。
「エンジェルモート!」
 突如目に入ったその建物は間違いなく、みんなとデザートフェスタの度に大食い勝負を繰り広げたあのエンジェルモートがそびえていた。そうだ、あそこなら詩音がいる。もし無事だったら、力になってくれるかもしれない!
 エンジェルモートの店内へと、自動ドアをダッシュでくぐる。
「んっふー、いらっしゃいませえ」
 ピチピチのエンジェルモートの制服を着た大石さんが笑顔で迎えてくれた。
「さようなら」
「逃がしませんよお」
 自動ドアを再びくぐろうとするが、俺の倍はあるんじゃないかと思うほどの握力が俺の二の腕を掴んで離さない。
「もうその制服だけでおなかいっぱいなんですが」
「これだけで満足するのはまだ早いですよおん?」
 それから俺は大石さんに連れられて席へと移動された。従業員も客も、格好こそ違えどやっぱり大石さんしかいなかった。詩音の姿はない。俺がまだ大石さんじゃなく前原圭一でいられるのは奇跡だと思った。
「ではお客様、何になさいますかあ?」
 綺麗で美味しそうなデザートの写真がたくさん載った表紙をめくる。
『んっふっふ 時価』
 見開きを使ってでかでかと載っているメニューが、それだった。メニューはそれ以外になかった。時価にする意味もわからなかった。
「あの……」
「何でしょう?」
「メニュー、これだけですか?」
「これだけです」
「んっふっふって、何ですか?」
「んっふっふ」
 どうしよう、明らかに食べ物じゃない。
「……じゃあ、んっふっふ一つください」
「かしこまりました」
制服大石は咳払いする。


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