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んっふっふのなく頃に



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aksk
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「ただいまー!」
 返事は無い。といっても不思議なことではない。親父はいつも画室にいるし、母さんは今頃ならエプロンつけっぱなしでテレビを煎餅でも食いながら見てるだろう。うちにテレビが置いてあるのは居間だけだ。
「ただいまー!」
 廊下と居間を仕切る引き戸を思いっきり開け放つ。
 そこには母さんが――
「ブッ!」
 大石さんがいた。
「え……あれ……母さんどうしたの……?」
 なぜ母さんがいなくて、代わりに大石さんがいるのか。わかったぞ、今日はやっぱり大石祭りで、町の人たちはみんな大石さんに仮装していて、母さんもそれに参加しているんだ。納得だ。すんげえ納得だ!
「おんやぁ前原さぁん」
「いや、前原さんじゃないでしょ……? いつも圭一って呼ぶじゃん……。ほら、そんな大石さんのマスクなんて被ってないでさ……くだらないからさっさと脱げよ……」
「まあまあ、取って食いやしませんよ」
 どうしよう、会話が成立しない。
 俺が目を逸らした先にはテレビがあった。そこでは大石さんの顔をした細くて弱そうな男の子が同じく大石さんの顔をした青くて丸いロボットに「んっふっふえもん〜助けてよお〜ん」とすがりついていた。
「…………」
 俺はもう一度母さんを見る。
「んっふっふ」
「親父いいっ!」
 俺は居間を飛び出し、本来入ることを許されていない画室へと飛び込んだ。
「ん? ふっふ」
「ん? ふっふ」
 一人は絵の具の滴る筆を持つ大石さん。
 もう一人はみかん箱の上に立ち、モデルをやっている半裸の
「……何してるんですか、富竹さん」
「僕は、富竹。フリーのモデルさ!」
 いや、あの……。
「夢はフリーのAV男優さ!」
「知らねえよ!」
 気づいた。壁にかけてあった作品が全て変わっている。全部の絵が、富竹さん、富竹さん、富竹さん、富竹さん……!
「圭一君」
 富竹さんの声にビクゥッと肩を竦める。
「な、何で……しょ……う……か……?」
 ゆっくりと振り向いたその目の前にいつの間にか立っていた全裸の富竹さんは、こちらに手を差し伸べていた。
「君も、どうだい?」
「ふにゃああああああああああああああああああああっ!」
 画室と家の境である白い扉をくぐる。だが開けたその先は家の中ではなかった。
「入江診療所……?」
 風邪をひいたときにお世話になったから覚えている。ここは入江診療所の待合室だ。俺が立っているのは診療所の出口である自動ドアの前で、それはなぜか俺が目の前にいても開かない。ベンチに座っているご老人の方々は見当たらない。受付の鷹野さんもいない。誰もいない。
「監督! 鷹野さん!」
 受付まで駆け寄って叫んだが返事は無い。やっぱり奥にもいないのか。
 そこで、ある物が目に入る。
 ベンチの上にピンク色のスクラップ帳が一冊あった。これって、鷹野さんのものじゃないだろうか。この前会ったとき、私は雛見沢の伝統について調べてこれにまとめているのよ……と、このピンク色のカバーだけを見せてくれた……。
「…………」
 俺はそれを手に取り、ゆっくりと最初のページを開く。
『この文章を私以外の誰かが読んでいるということは、私は殺されてしまったのですね。とても無念です』
 一行目から書いてあることが衝撃的だった。私、というのは鷹野さんで間違いないだろう。でも私は殺されているって……冗談だろ?
『このスクラップ帳には雛見沢の隠された真実が書かれています。今目の前にいるあなたには、生涯をかけて集めた私の知識を継いで欲しいのです。オオイシさまの祟りの全てを』
 嫌な汗が脇にも腕にも額にも滲み出る。オヤシロではなくオオイシの祟り……? もしかして、今町中に現れている大石さんと何か関係があるのか?
 おそるおそる次のページをめくる。
『オオイシさまとは、オヤシロさまの真の名前です。つまり、今現在綿流しでも祭られているのは正式にはオヤシロさまではなくオオイシさまが正しい。これを踏まえた上で解説したいのが雛見沢で流行っている風土病についてです』
 風土病? そんなものにかかっている人なんて見たことも聞いたこともないけどな。
『俗に言われているオオイシさまの祟りとはこれのことです。雛見沢には眼に見えない程小さい寄生虫が生息しています。人間にだけ寄生する、超危険種です。雛見沢に住む者ならその寄生は免れません。
とはいっても、普通にしていれば何も害は無いのです。だがこれの恐ろしいところは雛見沢から宿主が離れたときです。すると寄生虫は宿主の細胞を変化させ、なぜか興宮署の大石蔵人に宿主を変えてしまうのです。オオイシさまと大石蔵人の関係はわかりません、寄生虫がなぜ宿主を大石にするのかも不明です。昔はそうやって大石蔵人の姿になって帰ってきた人々の、その太りに太ったおぞましい姿を見て、人々はオオイシさまの祟りとして雛見沢に出ない入れさせないという鎖国体制を敷いたのです。


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