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禽堕し編(とりおとしへん)



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aksk
匙々々山
島田圭司
DADA SEIDEN
チェルヲ
遠野江河
フジノン
惑居狼
夕輝秋葉
藤本和明

この部屋は外の世界から完全に隔離された時間が流れている。
ひっそりとしながらも、人の動きが絶えない私の所属する警視庁公安部第7資料室に戻れたのは、日付が変わる時刻のほんの僅か前であった。
捜査室に戻るなり、すぐに今日の捜査報告を室長に上げたが、話の途中で主任の加納から片岡に電話が入り話は途中で中断された形になっていた。

今日の捜査は空振りだった。
華々しい結果が出ることの方が珍しい地味な活動が大半で、こうして当たってみても成果の出ない捜査にも慣れてはいたが、短くなかった内偵期間を思うと一連の捜査の疲れがじわりと滲み出るようだった。
長丁場の捜査でだいぶ無理をさせている。どことなく言動に普段のキレを失っている部下たちの疲弊は私の目から見ても明らかだ。
……だが、私のどこに疲れを悟らせてしまうサインが出てしまったのだろう。
頭の中で片岡とのやりとりの一部始終を再現するが、特に思い当たる節はない。
こんなことに思考を巡らせているのも、電話で話が中断する前に室長からこれからの人員配置と共に、先発で休暇を取るようにと言われていたからだ。
確かにここ暫くは美雪の寝顔しか見られない生活が続いているし、最後に休暇らしい休暇を取ったのもいつだったかも覚えていなかった。だが、そんな生活もこの公安捜査部で部下を預かる身としては当然であると受け入れていた私にとって、無意識の内に疲れを見せてしまったらしい己の未熟さに忸怩たる思いが募っていた。

片岡の電話は込み入っている様子で長くなりそうだった。
手持ち無沙汰でただ立って待っているのも何だと自分のデスクに戻ると、部屋に帰ってきた際には気づかなかった小包がそこにあった。
この職場に自分宛の荷物が届けられるのはかなり珍しい。送り主は…… ……古手、梨花。梨花ちゃんから?
彼女にはもしもの緊急連絡用として、職場の連絡先も伝えていたがこうして職場に連絡が来るのは初めてであり、この予期せぬ荷物が何なのか見当も付かなかった。
雛見沢の梨花たちにまた何か危険が訪れてその緊急を訴える物。または、捜査妨害として梨花の名前を騙った危険物…
瞬時に様々な可能性を想定したが、不思議とこの荷物からは危険を予知させるある種の感覚は全く伝わってこなかった。それでも、自分でも嫌になる程の慎重さから気を緩めずにゆっくりと梱包された小包を開封する。
中身は紙で包装された包みが二つ。それと便箋が一つ。
そこには古手梨花の署名と、便箋を封じている可愛らしい猫のシール。
これを見てやっと緊張を解く。間違いなくこれは梨花ちゃんからの物だ。
それにしてもこの慎重さは一種の職業病だな、と安堵と自嘲が入り混じった息が洩れる。室長席を横目で覗くと片岡はまだ通話中の様だ。
破かない様、慎重に封を剥がす。
手紙の文字は思ったよりも大人びた物で、梨花ちゃんは今年で幾つになるのか思い返しながら文字を追っていた。

赤坂 衛 様へ

最近はすごく寒くなって雛見沢はたくさん雪が積もっていますが、東京でももう雪は降りましたですか?
ボクは怪我もすっかり良くなりみんなと元気にすごしています。

あの時は心配をかけて本当にごめんさいです。
赤坂にも怒られて、とても反省しましたです。ボクはもう絶対に道路ではふざけませんので許して欲しいのです。
今日は心配してお見舞いのお手紙をくれた雪絵と美雪にはお返しにクリスマスのプレゼントを送ったのです。
中身はこの前、町で見つけた可愛いキャンディです。これは雪絵と美雪の物なので赤坂が食べては駄目なのですよ。
ついでにあげる赤坂へのプレゼントはチョコレートなのです。疲れた時には甘い物が良いのですよ。
どうせ忙しい忙しい赤坂のことだから、このお手紙を読んでお家に帰るのも夜遅くで、いつも雪絵や美雪に寂しがらせている悪いパパなのです。
大切なお仕事をがんばるのも良いですが、たまには早くお家に帰って家族サービスをしないと雪絵達に愛想を尽かされて逃げられてしまうのですよ。
なので、このお手紙を読んじゃったら今日はもうお家に帰るのです。

お休みになったら、また雛見沢に遊びに来てくださいです。みんな、また赤坂達に会えるのを楽しみにしているのです。
それでは、赤坂達もお風邪などひかないように気をつけてくださいです。

古手 梨花

大人びた流暢な文字と随分ギャップのある子供らしい内容の手紙だったが、目を閉じると元気そうに友人達と元気にはしゃいでいる梨花と雪化粧を施した雛見沢の風景が目に浮かぶようで、胸の奥で固くなっていた何かが柔らかくなっていく感覚をはっきりと感じていた。
……そうか、もうクリスマスだったか。
卓上カレンダーに目をやると小さな赤文字で六曜の横にクリスマス・イブと確かに記されている。
腕時計に目をやると、針は零時を少し過ぎた時刻を示していた。
帰宅すれば雪絵や美雪も何か用意してくれているかな。
……しまった、まだ美雪へのプレゼントを何も用意してないぞ。……いや、雪絵の分も用意してないな。
そんな己の失態をこれからどうフォローしようかと思いながら小包内の荷物を取り出す。
こっちの少し重い方がキャンディかな、とぼんやり可愛らしい包装紙を眺めていると間違わぬ様にとの配慮だろうか、ちゃんと裏側に『赤坂雪絵様・美雪様へ』とカードが差し込まれていた。
梨花ちゃんはずいぶんと気が回ると感心していた最中、電話が終わった片岡から自分を呼ぶ声が聞こえた。

部下を呼び寄せて簡単に今日の労いを行い、今後の捜査体勢や人員配置を伝えてこれからの配備を言い渡す。
あの後、室長に呼び戻された私は先発で休暇を取らせてもらうことを了承した。
電話で話が中断する前後でだいぶ雰囲気が変わっていたのだろう。休暇の先発シフトの件について了解したと伝えると室長は軽い驚きを見せていた。

自分の件については最後で良いだろうと思っていたが、話がシフトについて及ぶと部下から先に休んでもらいたいとの声が上がり、幸いなことにそれに同意する者も多かったので、どうやって切り出そうか悩んでいた難題は結果的に部下の配慮に甘えさせてもらう形になった。


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