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我ら雛見沢護衛隊(われらひなみざわごえいたい)



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3 道程

 結局、護衛任務は木下少尉、田沼曹長を除くと雛見沢村出身者で占められた。
 田沼は自分の部下が橋本軍曹についていってしまったことに腹を立てていたが、誰の目から見てもカリスマ不足というものだろう。普段ゴマすりしかしないような奴らは、一人残らず彼の元を去っていた。
「あの野郎、いい気味じゃ」
 田沼のイライラした顔を見て、北条はほくそ笑む。
 何かにつけて、彼ら雛見沢村の住人を差別的に扱っていた彼が立場的に追いつめられているのを見るのは痛快だった。
「北条二等兵、まだ戦争が終わったわけじゃないぞ」
 隣にいた園崎は押し殺した声で、ことさら階級を強調する。
「へいへい。上官には逆らいませんよ。園崎上等兵殿。でもな。夜は月が出ている晩ばかりとは限らないからねぇ……」

 撤退においては規模の小さい部隊だけに、使える機械化車輌には限りがあったが。作井車や給水車といった部隊配備の特殊車両も総動員して迅速に移動が出来るよう計らった。
 特に、高野少佐の組は危険任務ということで、スタッフカーとして使っていた九十五式小型乗用車、通称くろがね四起と九十四式六輪自動貨車、つまりトラック二台の計三台を割り当てられた。そして、貨車には部隊が所持していた数少ない重火器も積み込んでいた。
「しかし、非戦闘部署だというのに、良くもこんなに武器があったものだ」
 積み込んだ弾薬を見て、古手は呆れて言った。
「なんだかんだ言っても前線に近い部署ですからね。警備の連中も武器無しで偵察に行くほどお人好しじゃないですし」
 まだ年若い岡村二等兵が笑って言った。
「まぁ、あの田沼曹長殿の臆病風邪が武器の調達に一役買っていたとしたら『たまにはいいことをした』って言ってあげなきゃならないんじゃないんですか」
 真面目な主計曹長は上層部に顔が利くわけでもなく、配給が良くなる理由はない。せっせと裏ルートの開拓に勤しんでいた者がいるとしたら田沼しか考えられなかった。
 しかし、そうして流れてきた物資のために前線の兵士が弾不足で死んでいったのだとすれば、到底笑う気にはなれなかった。
「まぁ、その通りだがね。しかし、前の車はそんな軽口を叩いていたら銃殺ものだぞ」
 車は先頭を園崎が運転するトラックが走り、助手席には現場指揮官たる田沼が乗っていた。当然、他の兵士は幌を張った荷台に武器や食料と共に乗車している。続いて高野少佐と木下少尉が乗ったくろがね四起が公由の運転で。最後に岡村の運転するトラックがしんがりを勤めていた。
「しかし、このまま何もなく飛行場に着いたらいいですねぇ」
 ステアリングを握りながらがのんびりとつぶやく。そのふくれた体型が話し方と同様なのんびりした風情をかもしている。
「そうだな。この広い大陸でわざわざ殺し合いをするためだけに出会わなきゃならないこともあるまい」
 隣に座った古手も頷く。前に見えるは荒野。道がなければどこを走っているかも分からないだろう。普通に考えれば、こんなところで人に出会うとは思えなかった。が、戦争という狂気がある以上、どこで何が起こるか分からない。それは、自分が招集されてからの経験で嫌というほど学んだ。
「オヤシロさまが世界中を見ていてくれたら、みんなが仲良く暮らせるようになるのかなぁ」
 オヤシロさまは村人にとっては友愛のシンボルともいえる存在である。鬼と人間の仲をも取り持つ神様。そんな神様がいれば、同じ人間同士が戦い合う必要があるのだろうか。
「そうだなぁ。分家とはいえ古手家の人間がこんな事を言うのもなんなんだが。オヤシロさまは村の守り神で。日本には八百万柱もの神様がいる。神様にも担当地域が決まっているんだろうし。まして、世界にはもっとたくさんの神様がいる。ここだって神様に仏様、天帝に孔子様に仙人に……一体誰が偉いんだかわからないほどだからな」
 世界規模で見ればヒンズー教やイスラム教、キリスト教などの有名どころを抜いても一体いくつの宗教があることやら。しかも、歴史を紐解けば、その宗教が元になって諍いが起こっているのだ。
「神様がみんな手を取り合えばいいのかなぁ」
 岡村の言うことはわかりやすくもっともだ。
 しかし、宗教は単なるお題目で人間の欲望のために名前を出されている神様の方が迷惑しているのかもしれない。なにより、若い頃に本家で修行させられていた時の知識だが。友愛で知られるオヤシロさまも古文書を紐解けば怪しい儀式の記述など、どこかで何かが間違ってしまったのではないかと思われるものもある。
 この世に、本当に過ちのない世界、罪のない世界をつくることなど出来るのだろうか。
「この戦争が終わった後に、生き残った者がみんな、少しだけでも優しくなれれば平和になるのかもしれんが。そんな世界を作れたらいいだろうな」
「そうですねぇ」

 最後尾でそんなやりとりがされていた頃。
 先頭車両のキャビンは妙な雰囲気に包まれていた。
「こんな何もないところを進まねばならないとは。爆弾でも落とされたらすぐに全滅だな」「………」
「北からはソ連に国民党軍、西からは八路軍、南からはイギリス、太平洋はアメリカ。もはや、どちらに進んでも敵だらけではないか」
「………」
「もっとスピードは出んのか。この任務は、早ければ早いほど楽になるんだ」
「………」
 助手席に座った田沼曹長は落ち着かない様子でしゃべりまくっていた。
 元々気が小さいと噂されてはいたが、取り巻きもなく自分がいじめていた集団の中に取り残されているという事実が彼の平常心を奪っているらしい。
 おまけに道以外に何も見えない荒野は、一歩間違えれば地図とコンパスだけで海原に取り残されたようなものである。むろん、船乗りも飛行機乗りも天測をしてでも自分の進むべき方向を決められるし、陸軍でもそのような訓練は受けている。
 だが、防疫給水部隊の護衛と偵察行動という後方での活動に慣れてしまっていた彼には自信という文字が消え失せていた。

<続く>

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