■富竹ジロウは二度死ぬ
[入江診療所 9月30日 午前11:34]
「ジロウさんが死んだ・・・!?入江!どういう事なの!」
「お、落ち着いてください鷹野さん!まだそうと決まったわけでは・・・」
「そんな、どうしてっ!!あなたも分かっているでしょう!?あの事件はもう終わっているのよ!!」
「鷹野・・・ボクにも分からないのですよ」
「どうして・・・なんでっ!!」
[入江診療所 9月22日 午前11:34]
「やあ、ミヨさん!調子はどうかな?」
相変わらずの明るい調子で、彼は部屋に入ってきた。
私はベッドの上で横たわったままで返事をする。
「あら、いらっしゃいジロウさん。自分ではお茶も出せないけど、ゆっくりしていって頂戴。」
「はは、大丈夫だよ。ちゃんと飲み物は用意してある。少し待っててくれるかな。」
そういって、彼は紙コップを取り出してペットボトルからお茶を注ぎ始める。本当はコーヒーの方がいいのだけど、そこら辺の気が利いてくれない所も、またかわいい。
「はい、どうぞ」
「くす、ありがとう」
あの六月の一件から数ヶ月が経とうとしていた。あの一件以来彼は私の事を鷹野ではなく下の名前で呼ぶ様になった。とはいっても詳しく理由を聞いたことが無いので、三四なのか美代なのかは分からない。それでも今の私には関係ない事だ。この地では、私は鷹野三四として生きるしかないのだから。かつて一度、この村を滅ぼそうとした悪魔として。
「・・・考え事かい?」
気がつくといつのまにか彼は既に座っていて、じっとこちらを見ていた。いつから見ていたのだろう。私としたことが、少し恥ずかしい。
「ごめんなさい、なんでもないわ」
「・・・そう。ところで例の話なんだけど、どうするか決めてくれたかな?」
「・・・ああ、あの話ね。ええ、もう決めていますわ。」
「本当かい!それじゃあ・・・」
「勘違いなさらないで。私はもうこの診療所で働く気なんてないの。・・・いえ、働く権利なんて、もうないのよ」
「ミヨさん・・・」
そう、それは数週間くらい前の事だった。元々雛見沢症候群の治療を名目としてこの診療所に身を置いていた私だったが、月日が経ち、病状を見るためだけにここにいるというわけにはいかなくなってきた。
そこで出てきたのが、私が診療所で再び働くという話である。治療の経過を見つつ、前に診療所で働いていた経験を活かして、慢性的に手が足りないこの診療所で再び働いてもらおうという事らしい。恐らくそれとは別として私を監視体制に置いておくという意味も含めて、そういう話になったのだろう。
しかし私はこの話を断るつもりでいた。
一体どんな顔をしてこの村の人々に、・・・彼らに会えというのか。
「でも、ずっとこのままというわけにはいかないだろう?あ、いや、僕としては君がそう望むのならそれでいいと思うし、君の好きなようにさせてあれたいのだけど・・・しかし・・・」
「ええ、それはわかっていますわ。だけど、もう少し時間を頂けないかしら?まだ心の準備が出来かねていますの」
「あ、ああ勿論さ!納得するまで考えてくれていい」
何が心の準備だ。本当は、ただただ自分のした事の罪の重さに耐えられないだけ。そんな自分の弱さに、吐き気さえ覚える。そうして彼を騙し、自分をも騙し続けて、一体この先どうするというのだろう。
そんな気持ちが顔に出たのだろうか。彼が努めて明るくしようと振る舞う。
「そうだ!この前僕が撮った写真を見て欲しいんだ。偶然珍しい品種の鳥の写真が撮れてね。」
そう言って、鞄を取り出しその中を探り始めた。
「あら、それは期待していいのかしら。もっとも、この前みたいにかわいい女の子達の写真だったらお断りですけど」
「あ、いやあ、あれはその・・・はは、まいったな・・・」
以前も同様に良い写真が撮れたとかで見せてくれようとした事があるのだが、その時写真に写っていたのが何故か水着の女の子達だったのだ。蹴っ飛ばしてやろうかと思ったが、あまりにも慌てて謝るのでその気も失せてしまったというわけである。・・・今度水着でも着てあげた方がいいのだろうか。入江に変な眼で見られるのも癪なので、絶対にしないけど。
「ほ、ほら、これだよ。中々綺麗に撮れているだろう?」
「あら、本当ね。素敵な写真だわ」
「そう言ってもらえるとうれしいよ。今度、また以前のように君と写真撮影に行きたいとも思っているんだ。これからの時期、雛見沢の景色も一段と美しくなるからね」
「へえ。秋の雛見沢は、どんな所が撮影スポットなのかしら?」
そう言うと彼は、秋の雛見沢の魅力について詳しく語り始めた。
だが、その言動とは裏腹に、雛見沢の景色とか季節だとかとは別の所に私の意識はあった。
彼は、私を必要としてくれている。
そしてそれと同じくらいかそれ以上に、私は彼を必要としている。
これはもう否定しようのない事だ。あの一件で、私の心は一度バラバラになった。だけど彼が救ってくれた。
彼の事が好きだ。彼に応えたい。彼になら私のすべてを捧げてもいい。
しかし、私はそのすべてを、失ってしまっていた。
私には何もない。もう何も残ってはいない。鷹野三四という存在を無くしたのだ。
それにもかかわらず、この地では鷹野三四という過去の亡霊として生きていく他はない。
だから彼に応えるわけにはいかない。彼に亡霊は相応しくない。
だとしたら、私は一体どうすればいいのだろうか。
「死んだ方がいいのかしらね」
「え?何か言ったかい?」
「いえ、なんでもないわ。続けてくださる?」
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