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現場に到着し、警察の案内で遺体を確認した時、鷹野は驚きのあまり手から荷物を取り落とした。
「ジロウ……さん……?」
捲られたシートの下には、自分のよく知る人物の顔があった。
看護士という、普段死というものの身近に居る彼女ですら、身近な者の死に直面すると取り乱すのだろう。
鷹野の顔色は、既に冷たくなっている富竹と同じ色になっていた。
「鷹野さん、貴方は帰った方がいい。ここはわたし一人で充分ですから」
入江の気遣いも、今の彼女には届かない。
全身を震わせ、ただ放心している彼女の肩を、若い刑事が支えながら現場から連れ出す。
「先生、どうですか?」
「これは……恐らく転落死でしょう」
大石の声に、入江は顔を上げる。見上げた先には、古手神社へと続く長い石段があった。遺体はその一番下に転がっていたのだ。
「でしょうねえ……」
大石も石段を見上げる。つい先日、その長さと傾斜の洗礼を受けてきたのだ。ここから転げ落ちたら、自分でもどうなるか判らない。
「打ち所が悪かったんでしょうか?」
「詳しい事は解剖してみないと判りませんね……。とにかく遺体を診療所に運んでください」
「わかりました。お〜い熊ちゃん、もうホトケさん運び出していいですか〜?」
「鑑識もあらかた引き上げましたし、もういいんじゃないですか?」
「それでは先生、よろしくお願いします」
富竹の遺体が運び出される。
これから彼を解剖するのだと思うと、入江は酷く憂鬱な気分になった。
◆
診療所へと向かうパトカーの中で、鷹野は無意識に親指の爪を噛み締めていた。
いったい誰が富竹を殺したのか。
早過ぎる。
彼の死は、あまりにも早過ぎる。
若いとかそういう意味ではない。
彼は、鷹野が殺すはずだったのだから。
直接手を下すわけではないが、彼は自分の計画のために必要な、謂わばキーパーソンとなっている。
それが本来の役目を果たす前に退場してしまった。これは計画の大幅な変更を余儀なくされるだろう。
それにしても、誰が彼を殺したのだ。
山狗が先走ったのか。
それとも単なる事故。
まさか別の勢力、第三者か。
考えれば考えるほど、自分の計画が誰かに妨害されているような錯覚を覚える。
苛立ちのあまり強く噛み締めた爪が、ぷちんと千切れた。
「あの……大丈夫ですか?」
「は……?」
ハンドルを握る若い警官に声をかけられ、ようやく鷹野は我に返った。
「あの男性とお知り合いだったんですか?」
掠れる声で「はい」と答えると、若い警官はやはりという顔をする。
「そうですか……辛いとは思いますが、気をしっかり持ってください」
落ち込んでいると見られたのだろう。若い警官は、鷹野をあれこれと拙い言葉で励まそうとする。
鷹野はただ、ぎざぎざになった親指の爪を見つめていた。
狂ってしまった計画を、どう立て直すか考えながら。
◆
「では、今朝あなたたちが学校へ行こうと石段を降りると、倒れている富竹さんを発見したんですね?」
「そうなのです。体中傷だらけで、かわいそかわいそだったのです」
場にそぐわない明朗な梨花の声に、大石は僅かに眉を下げる。
「なるほど……それはさぞ驚いたでしょう」
「ボクも沙都子もびっくりしたのですよ」
梨花は隣で震えている沙都子をちらりと見る。沙都子は富竹の遺体を見てしまったショックで、未だに顔面蒼白のままだった。とても喋れる状態ではないので、自然と事情聴取は梨花とのマンツーマンになる。
「通報はどちらが?」
「ボクなのです」
「今朝まで現場にどこかおかしなところはありませんでしたか? 不審な人物がウロウロしていたとか、気づいた事があれば何でも言ってください」
梨花は考え込むように視線を上に向ける。だがすぐに「何も無かったのですよ」と答えた。
「熊ちゃん、とりあえず現場周辺を聞き込みしてください」
大石が後ろでメモをとっている熊谷《くまがい》刑事に指示を出す。熊谷はその指示を他の警官たちに伝えるためにその場を離れた。
「事故ではないのですか?」
「ん〜、まあ念のためですよ」
「大石はこれが事件だと思いますか?」
「さ〜どうでしょう? わたしは捜査も麻雀も、決め打ちしない主義ですから。一つの方向に固執すると、後で手が狭まって身動きとれなくなりますからね〜」
「大石らしいのです」
「――とまあ、とりあえず今はこんなところですかね。また何か思い出したら、署までご連絡ください」
「わかりました。それではボクたちはこれで失礼するのです」
梨花は沙都子の手をとる。沙都子の足取りは覚束なく、梨花が支えていないと歩く事もままならない。
「あ、古手さん。最後にもう一つだけ」
「何ですか?」
「富竹さんは、夜中にあんな場所で何をしてたんでしょうねえ?」
「さあ? 富竹のことは、ボクにもよくわからないのですよ。それに――」
「それに?」
「それを調べるのが大石の仕事なのです」
手痛いしっぺ返しに、大石はしてやられたと額を叩く。
「これは一本取られましたね〜。いやいや、まったくごもっともです」
「それでは、今度こそさよならなのです」
「あ、学校には連絡してありますので、今日は休んでくださって結構です」
具合の悪そうな沙都子を診療所まで送ろうかという大石の提案を、梨花は丁重に断った。家でゆっくり休ませたいそうだ。
「そうですか……。それでは、ご協力どうもありがとうございました」
今度は返事もせず、梨花は沙都子を連れて歩き出す。
寄り添いながら石段を登る二人を見送っていると、熊谷が報告に戻ってきた。
「周辺の聞き込み、開始しました」
「あ〜、ご苦労さまです」
「大石さん……あの子、いったい何者なんですか? 死体を見たっていうのに、まるで動揺していない。一緒に居た子みたいな反応が当然なのに……」
「あの子は特別ですよ。なんてったって、オヤシロ様の生まれ変わりって噂ですから」
「じゃあ、あの子が……?」
「古手神社の巫女――古手梨花。なかなか食えない人ですよ」
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