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「大石が来てたのですか?」
「うん。けどいつの間にか帰っちゃったみたいだね。邪魔しちゃ悪いと思ったのかな?」
「大石は見回りで忙しいのです。富竹のようにヒマではないのですよ」
「あはは……こりゃ手厳しいな……」
富竹は眉を下げた笑顔で頭をかく。
日が暮れて皆が帰った境内には、梨花と富竹の姿しかない。
ずらりと並ぶ人の居ない屋台の列は、どこか物寂しかった。
「ところで富竹。鷹野とはうまくいっているのですか?」
唐突な梨花の言葉に、富竹は言葉に詰まる。
「ボクの写真を撮っているより、本当は鷹野と一緒に居たいのではないのですか?」
「あははは。梨花ちゃんはおませさんだなあ……」
「ああいう女を手懐けるのは、さぞ骨が折れるでしょうね」
氷つくような声に、富竹の乾いた笑いが止まった。
目の前の年端もいかぬ少女が、一瞬で変貌していていた。
「ず、随分大人びた事を言うね……。最近の女の子は、みんなそんな感じなのかな?」
「でも、いくら貴方が貢いでも、あの女は貴方になびかないわよ。だって、貴方は彼女が本当に欲しいものを持っていないのだから」
「それじゃあ……、君は持っているのかな? 彼女が本当に欲しいものを?」
少女がにやりと嗤《わら》うと、富竹の背中に冷たい汗が流れる。
「持っているわよ。あの女が喉から手が出るくらい欲しがっているものを」
妖艶な笑みを浮かべる少女から、富竹は目を逸らせなかった。冷ややかに嘲笑するよな顔は、とてもさっきまでの少女とは思えない。
だがそれよりも、少女の口から出た言葉が富竹の心を捉えて離さなかった。
「教えてくれないか……。彼女が本当に欲しがっているものを」
「いいわよ、なんなら貴方にあげてもいいわ。そうすれば、あの女はもう貴方のものになったも同然」
「い、いいのかい……?」
富竹の喉が鳴る。彼は知らず、少女の足元にすがり付いていた。
男が身も心も屈服したのを見て、少女は満足そうに嗤う。
「ええ、いいわよ。それに見合う対価は、ちゃんと貰うから」
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扉が軋む音で、沙都子は目を覚ました。
まだ眠気で霞む目をこすりながら上体を起こす。
隣に敷いてある布団には誰も居ない。
時計の針は、夜中の二時を少し回っている。
「り……か……?」
「沙都子、起きてしまったのですか?」
沙都子が目を向けると、暗がりの中にぽつんと梨花の姿があった。
「こんな夜中にどうしましたの? 電気も点けずに……」
「おトイレに行っていたのですよ。起こさないように気をつけたのですが、ごめんなさいなのです」
はにかむ梨花に、沙都子は小さく溜め息を漏らす。別に文句を言うつもりも無かったが、先手を打たれると本当に何も言えなくなる。
「別に気にしてませんわ。それより早く寝なさい。明日の朝食当番は梨花なのですから、寝坊して朝食抜きにならないようにしてくださいましね」
「了解なのです、にぱ〜」
沙都子が布団を被り直すと、梨花もいそいそと自分の布団に潜り込んだ。
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その朝、入江京介《いりえきょうすけ》の運転する車が診療所に到着すると、ちょうど出勤してきた鷹野三四《たかのみよ》と出くわした。
挨拶を交わし、天気の話など適当な世間話をする。
二人が診療所の入り口に着くと、ガラス扉の向こうから喧騒が聞こえてきた。
「中が騒がしいわね。何かあったのかしら?」
「さて、急患でしょうか?」
「先生、とりあえず中へ」
中に入ると、スタッフの一人が所長である入江の姿をみとめるや否や、血相を変えて駆け寄ってきた。
「せ、先生……、大変です!」
「どうしたのですか、そんなに慌てて?」
すっかりパニックに陥っている若い看護士を、入江は落ち着かせるように穏やかな口調で言う。
「それが、あの……その……」
「とにかく落ち着いて。いったい何があったの?」
焦りと驚きで要領を得ない看護士の肩に、鷹野がそっと両手を置く。
鷹野の冷静さが感染したのか、ようやく看護士は自分が何を言おうとしていたのかを思いだした。
「先ほど警察から、遺体が発見されたと連絡がありました。それで先生に現場検証と検死の依頼したいと……」
「遺体? それはただ事ではありませんね……」
「先生、私は準備をしてきます」
鷹野はすぐに状況を判断すると、すぐに行動を起こした。右往左往している他のスタッフとは違い、ベテランの貫禄を見せつける。
「お願いします。それで、現場はどこですか?」
看護士は一度唾を飲み込むと、まだ震えが残る声で言った。
「古手……神社です」
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