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雪渡し編(ゆきわたしへん)



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もしも、私が諦めて全て手放してしまっても
忘れられないものはある、欲しいものは余程ある

そうだ、私は未練がましい一面がある
よって、あなたを理解できないことはない

だからあなたは可哀想可哀想
……これで満足?

Frederica Bernkastel


――もういい、疲れた。

 死に際、私はそう思った。
 いつも通りの不鮮明なビジョン、誰に殺されたのかもわからない不可解な死。
 その死が訪れる刹那に私は思考する。
 一体どのくらいこの運命の袋小路を彷徨っているのだろう。
 私は目の前にそびえる壁を、何度も打ち破ろうとしたし、そのための努力だってした。
 だけど、いつだって運命を決定するサイコロは、最悪の目しか出さなかった。何度サイコロを振ったってダメ。もともとサイコロの六面 体が全て一だからに決まっている。
 勝ち目が無かった。いくら世界をやり直しても、誰かが狂って、消されて、私が殺される。
 私に運がないからなのだろう。
 もう、嫌なのだ。
 私は舞台から降り、幕を引く。つまり、私はもう考えることをやめて、消える。
 もう限界だ。私自身の精神が擦り切れてボロボロになっている。もう立ち向かう気力が湧かなかった。
 ふと、死が迫った私の側に『彼女』がいた。
 『彼女』は眼に涙を浮かべながら必死にこちらに何か叫んでいる。だが、どの言葉ももう私には響かない。
 私はそれ無視をして心を閉じた。すると、次第に『彼女』の叫びは聞こえなくなっていった。
 意識が解れていく。様々な想い、様々な感情、それを生み出す私という歴史、思い出。それが今ゆっくりと紐解けて無という暗闇に変わっていく。その様子は酷く私を陰鬱にしたので、眼を背けて耐えた。
 最後に終わろうとしている世界のことを思う。
 恐らく、次の世界にはもう何の反応も示さない、人形のような私が残るだろう。そして、私の意思の存在しない世界が始まるのだ。でも、いてもいなくても私は人形のように世界をただ見ているだけでしかなかったじゃないか。
 もう満足。……もう未練は無い。
 私が納得するのを待っていたかのように、最後に残った意識も闇の中へ……。

 さあ、消えてしまえ! 古手梨花!

 ……。
 …………。
 ……………………?
 気がつくと私は今だに闇の中に漂っていた。
 自分が消えていないことを不思議に思っていると、暗闇の世界に声が木霊した。
『待ちなさい、古手梨花』
 暗闇の中でその声は頭にガンガンと響く。この声は無視しようとしてもそれをさせてくれない強制力があった。仕方なく答えることにした。
――誰? これから消えるところなんだから、静かにしてよ。
『そうはいかないのです! 古手梨花』
 ぴしゃりと跳ね除けるような声が返ってくる。
――もう、なんなのよ。正直もう眠りに尽きたいのよ。私は。
『あなたは、運命から逃げましたね? 諦めましたね?』
――ええ。そうよ。だから、これから消えるところなのよ。
 私のその答えを聞いて、向こうは急に態度を一変させた。真面目さが消え、こちらを嘲るような声だ。
『チッチッチなのです、そうはいかないのです』
 嫌な笑いと共に相手は言う。恐らくどこかで指でも振っているのだろう。私はそんな相手に苛立って声を荒げた。
――はあ? なんでよ?
『あなたは人生の敗者なのですよ?』
 そうはっきり言われると、怒りが湧き起こってくる。しかし……けれど、事実そうなのだ。
――……まあ、確かにそうかもしれない。私は敗者よ。これで満足?
 苦しげに私はそれを認めた。これから私は自分の人生を諦めるのだ、運命に敗北したことは否定できない。
 それを聞いて相手は満足げに笑う。それを待っていたのだと言わんばかりに。
『と、言うことはつまり……

敗者なのだから当然、罰ゲームがあるということなのですよ!』

――……は?

 何をふざけた事を、と言おうとする私を遮るように声は続ける。
『あなたには罰ゲームとしてある世界で一週間生きてもらいますですよ』
――罰ゲーム? ある世界? ちょ、ちょっと待って! 何を言ってるの?
 だが私の言葉に声の主は耳を貸してはくれなかった。
 急に強く引っ張られていくような感覚を感じる。自分の心を手放そうとした時の感覚とは真逆。実に強引で力強い感覚だった。
『では行くのです。ふぁいと、お〜なのです』
 遠くで、ほのぼのとしたエールが送られた。


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