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鹿骨小町(ししぼねこまち)



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aksk
匙々々山
島田圭司
DADA SEIDEN
チェルヲ
遠野江河
フジノン
惑居狼
夕輝秋葉
藤本和明

「ねえ、みんな。今日の放課後は部活無しにして、みんなで私ん家に来てくんない? 婆っちゃがね、おはぎたくさん作るから、みんなに食べに来てもらえって言ってるんだけど?」
昼食時間に魅音がみんなにそう言い、それを断る者などは部活メンバーにはいなかった。
そして放課後、
「うお! うめえよ、これ!! 前に魅音が持ってきてくれたのを食った事があるけど、出来たてのほうが断然うめえ!!」
魅音の家では、お魎が既に大きな皿に山積みになるほど大量のおはぎを作って、縁側でいつでも食べられるように用意して待っていた。
レナや梨花がお魎に挨拶している間に、圭一はおはぎを一つつまみ食いして、予想以上の味に思わず大声を上げてしまっていた。
「こんれ、圭一! 先に手ぇ洗ってこんね! おはぎゃあまんだまだあるんから、がっつかんでも無くなりゃせんね!」
お魎に注意された圭一が魅音に案内されて庭にある井戸まで手を洗いに行き、レナたちもそれについて行く。 「あら、婆さま。えらくご機嫌だねえ」
圭一たちと入れ違うように、家の中から茜と村長の公由喜一郎が現れて、お魎のそばに並んでいた。
「ははは、お魎さんは昔っから言ってたからね。息子が出来なかったから、せめて男の子の孫を育ててみたいって。ちょっと悪戯が過ぎるくらいに元気で明るくて気立てが良くて正義感のある男の子を育てたかったんでしょ? 圭一くんなんて、お魎さんの理想の孫なんじゃないのかい?」
「あらやだよ。私が女の子ばかり産んだ事をまだ根に持ってるのかい?」
「わははははは! んなことあるかい! 魅音も詩音もええ子に育ったんね!」
そんな話をしている間に手を洗って戻ってきた圭一たちは、茜たちに軽く会釈をすると挨拶もそこそこに、おはぎにかぶりついていた。
「くぅぅぅ! うめえ! マジでうめえよ、こいつは!!」
「け、圭ちゃん。そんなにがっつかなくてもおはぎは逃げないから!」
「あら、梨花? あなた甘い物は苦手なんでございませんでしたっけ?」
「ふふふふふ。甘い物が苦手なんじゃないのです。甘い物を食べた時の嬉しそうな顔よりも、辛い物を食べた時の泣きべそをかいてる顔のほうが好きなだけなのですよ」
「あ、あぅあぅあぅあぅあぅ! り、梨花! 辛(から)いと辛(つら)いは同じ漢字なのだと知っていますですか?!」
「もちろんよ、羽入。ちなみに甘い物を食べた時の幸せという字から線を一本抜くだけでも辛いという字になるのよね?」
「梨花ちゃん! 羽入! 沙都子! くっちゃべって余所見してるとお前らの分まで俺が食っちまうぞ!」 顔や手をあんこ塗れにしながら賑やかに食べ続ける年少組プラス圭一をよそに、
「はあぁ、まあ良いか。みんな楽しんでくれてるし、婆っちゃも機嫌良さそうだし」
「はむはむ……。普通に握っただけのとは違うのかな? かな? 今度魅ぃちゃんのお婆ちゃんに作り方を教わろうかな?」
「まあ、単に年期の問題だと思いますけどね。私もお姉も手伝わされたりしますけど、おはぎだけはどうやっても鬼婆に勝てる気がしませんから」
ゆったりとお茶を飲みながらおはぎを摘んでいるレナ、魅音、詩音。
そんな子供たちを見ているお魎の表情も自然と緩んでいたが、自分を横から見て笑っている喜一郎に気付いて、いつもの仏頂面に戻って言った。
「なんね、喜一郎? わしん顔になんぞついとるんね?」
だが、付き合いの長い喜一郎には取り繕った仏頂面などは通用しない。
喜一郎は笑ったままで、
「いや、なに。今の表情なんかは、年はとっても流石はかつての『鹿骨小町』だな、って思っただけだよ」
大昔に呼ばれていたあだ名を持ち出されたお魎は、珍しく赤面して、
「な、ななな、なんちゅう呼び方をするんね! おんしゃあ!!」
声を張り上げて喜一郎の頭を叩こうとしたが、茜に振り上げた腕を取られて阻まれてしまっていた。
「へえ? 婆さま、そんな可愛らしいあだ名で呼ばれていた事があったのかい?」
ニヤリと笑いながらいう茜に、
「ありゃ? 茜さんも知らなかったの? 若い頃のお魎さんは、当時の鬼ケ淵どころじゃなくて、鹿骨一帯で知らないものはいないって言われるほどの別嬪さんだったんだよ」
悪戯好きな好々爺の顔で、喜一郎が続けた。
「………ふん! 勝手にゆうとれや!!」
長い付き合いが無くとも一目で照れ隠しと分かる仕種でそっぽを向いてみせるお魎。
だが、そんなお魎の表情も、お魎お手製のおはぎを嬉しそうに食べている子供たちを見ると、再び自然と緩んでしまっていた。
お魎がおはぎを作ったのには理由がある。
その日はお魎の亡き夫、園崎宗平の月命日であり、宗平が好きだったおはぎをお供えとして普段は数個程度作っていたのだが、数日前に偶々質の良い餡ともち米が大量に親戚筋から届けられたので、腕を振るってみる気になったのだ。
茜がいるのも父の仏壇に手を合わせる為であり、喜一郎も生前から親交の深かった宗平の仏壇にはちょくちょく参らせてもらっていたので顔を合わせる事になったのだった。
宗平が正に粉骨砕身で望んだ雛見沢の発展。
数年連続で起きた『祟り』と称される事件のせいで暗雲が立ち込めた事もあったが、その闇も既に祓われている。
偶然か、それとも必然か?
その場には、これまで雛見沢の発展を担ってきた者たちと、未来の雛見沢を託されるであろう世代の者たちとか集まっていた。

「この光景を宗平さんや辰さんが見たら、満足してくれるのかなぁ?」
喜一郎が誰に言うとも無く呟くと、
「んな事ぁ決まっとるんね。そりゃあ喜んでくれとるてぇ」
屋内を振り返りながらお魎が言った。

お魎の視線の先には、亡き夫・宗平の仏壇と、
若い男女三人が写っている、古ぼけた白黒写真があった。


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