怨祓し編
ペンネーム:雪名
眠れる森の王子様
王子は姫を守るため影に剣を振りかざす
哀れな王子は気づかない
影が一体誰なのか
frederica bernkastel
「じゃあ、賭ける?前原君」
どうしてこの女はこんなにも美しいのだろうか。
人の命をただの暇つぶしのように賭けにするような女なのに。
妖艶なものほど禍々しい。いや、禍々しいからこそ妖艶なのか。
まるで、人の生き血を啜った後のような紅い唇とオレは賭けをした。
「わかりました。賭けをしましょう、鷹野さん」
――――後に、オレはこの賭けを死ぬほど後悔することになる。
東京から引っ越してきてからもう何日たったのか。オレは雛見沢にもだいぶ慣れ・・・いやすっかり溶け込んでいた。
雛見沢の澄み切った青空を眺めていると、東京でみていた青空はなんだかフィルターがかかったかのように曇っていた気さえする。
いや、そもそもオレは東京で青空をこんなにゆっくりと眺めたことがあっただろうか。
勉強漬けの毎日に、親の期待に、孤独に。いろんな重圧から押し潰されるようにして、ずっと下ばかり見ていた。
灰色のアスファルト。灰色のコンクリート。灰色の生活。
なにもかもが気に入らなかった。悪いのはオレをわかってくれない周りで、オレはこんなにも頑張っているのに何故理解してくれないのかと苛立っていた。
すべてを壊してしまいたかった。そして・・・・。
今からするとまるで馬鹿みたいだが、あの頃は狭い殻に閉じこもっていたから気づけなかった。
雛見沢にきてからオレは初めて気がついたんだ。世界にはこんなにも色が溢れていることに。
「圭一くーーーーーん!!おっはよーーーー!!」
まだ6月だというのにさほど雨は降らず、晴れの日ばかりが続いている。別に雨の日が好きというわけではないが、
こうも暑いと少しばかりは雨が降る日が恋しくなるというものだ。
朝からすでに暑いので、あまりレナを待たせてはいけないと思い、今日はいつもの待ち合わせ時間よりちょっと早く着くくらいに家を出たのだが、
もう少し早く出るべきだった。すでに待ち合わせ場所にレナはいた。
どのくらい前から待っていたのか、その額にはうっすらと汗が滲んでいる。だが急かせるわけでもなく、ずっと笑顔でオレに手を振っている。
レナの笑顔が好きだ。
この笑顔を見ないことには一日が始まらないと言っても過言ではないだろう。
早く駆け寄って頭を撫でてやりたい。そして赤くなったレナをさらにからかうのも日課だ。
「おはよう、レナ!」
「おはよう、圭一君」
改めて挨拶をしたところで、そろそろレナをからかうことにする。
オレはレナの瞳をじっと見つめてつぶやいた。
「今日も綺麗だな」
レナは金縛りにあったかのようにオレの瞳をじっと見つめたまま動かないでいる。いや動けないのか。
「け」
「大好きだよ」
「けけ」
みるみるレナの顔が赤くなっていくのが目に見えてわかる。
耳まで、茹でダコのようだ。
蒸気も噴出してくるんじゃないのかと思えるくらいだ。
「けけけけけ圭一くん!!!冗談はやめてほしいんだよ、だよ!!!」
「冗談じゃないよ。本気で好きだよ・・・・・この雛見沢の青空が」
その後、魅音が到着するまでずっと背中をポカポカとレナに叩かれるハメになったがそれすらも嬉しく感じる。
そう、オレはレナに恋をしていた。冗談に紛れさせてしか伝えられないほどの子供じみたものであったが。
寝ても覚めても考えるのはレナのこと。
レナに対する自分の気持ちが他の部活仲間たちと、少し違うものなのではないのかと気づいてからは、毎日がなおいっそう
楽しく愛おしいものに感じた。
部活にも前にもまして全力で挑むようになり、罰ゲームを受けることも少なくなったのはレナのいろんな恥ずかしいコスプレを堪能したいという
本能がみせた底力かもしれない。
これが青春というものなのだろうか、以前からすると考えもつかないほど最近のオレは幸せだ。
レナとつきあいたいとか、触れたいとか、そういうのをなしにしても誰かを好きになるということがこんなにも素晴らしいことだったとは。
「こら、前原君!聞いてますか!?」
しまった。すっかり授業中だということを忘れていた。
千恵先生は「下級生のお手本なんですからね」というお決まりの文句で叱りはじめる。
それもそうだ。オレがしっかり真面目な態度をとらないと、
「ざまぁないですわ!」
などと笑う糞生意気な下級生をあとでデコピンしづらくなってしまう。
ここは素直に謝ることにしよう。
「すみませんでした、以後気をつけます」
仲の良い友達が叱られた場合、どういう反応をするか。
東京では、あまり友達と呼べるやつもいなかったので比較にもならないが、おそらくはみなかったフリをするんだろうと思う。
だが、ここは雛見沢だ。
反応が実に様々である。個性があるといえばいいのだろうか。
部活のメンバーでいうと、魅音と沙都子はオレをからかうための材料と捉え面白がるタイプだ。今もニヤニヤとなにかたくらんでいる。
レナは、オレが上の空だったのを何かあるんじゃないかと心配そうにしている。大丈夫だということをアピールしようと少し微笑んでみせると、
安心したように、微笑み返してくれすぐに意識を先生の授業へと向けた。
やっぱりレナはいい。さすがオレの嫁・・・ゴホン、ゴホン。それはまだ気が早かったな。
さ、オレも授業に集中しないとな・・・と思った矢先ふと視線を感じた。
そういえば、梨花ちゃんはどんな反応をしているのだろう。いつもの感じからすると魅音たちのようにあからさまな態度ではないが腹黒そうな笑顔で
オレを見ている気がする。
そっと、梨花ちゃんの様子を見てみるとパチッと目があってしまった。オレは目があった気まずさから咄嗟に照れ笑いを浮かべたのだが、
そこには、なんの感情もない顔でオレを凝視する梨花ちゃんの姿があった。
なんだかそれがいつもの梨花ちゃんからはかけ離れていて・・・・。
「気味が悪い」
夕方くらいになるとカラスが群れをなして飛び回っているらしく、それを母さんは気味が悪いと嫌っていた。昔観た映画の影響かなにかでカラスの大群にトラウマが
あるようだ。
そんなトラウマなしにしてもカラスが集団で飛び回るというのはあまり好ましいものではない。
学校から帰った早々にお遣いを頼まれてあまり気分は良くはなかったが、頼まれたものは仕方がないのでオレは母さんの代わりに近くの店までお遣いに行くことにし、
今はその帰り道である。
無事に買い物は終わったのだが、オレはカラスの集団を避けているうちに行きとは違う道を歩いてしまっていた。
あまり通らない道だとまだ迷ってしまう可能性があるため、一度戻ろうかどうしようか悩んでいたが、しばらくすると見覚えのある場所に着いた。
「ここは・・・」
古手神社。梨花ちゃんの家のある場所だ。
神社には何度か来たことがあるので、ここからなら家までの道はわかる。
そう思うと少し気も晴れてきた。
少し寄り道していくか、とオレは境内に入っていった。
よくよく考えると神社にきても参拝したことはないような気がする。
(そういや、オヤシロさまって・・・縁結びの神様だって誰か言ってたよな)
せっかくなのでオレはポケットから10円玉を取り出し、賽銭箱に放り投げた。
紐を揺らすと上に連なった鈴がしゃらんしゃらんと音をたてる。オレは手を合わせ一心にレナとのことを願った。
目を閉じたのはほんの数秒だったと思う。その前までは神社にはオレ一人しかいなかったはずだ。
だが、何故だろう。目を閉じた瞬間から自分の背後にぴったりと誰かがいる気配がある。
目を開けてすぐさま振り向きたいのに、恐ろしくて動くことすらできない。
オレはしばらくの間その場で身動きがとれないまま凍り続けた。
「みー。圭一が一生懸命お願いしているのですよ」
この愛らしく狙ったような口調は、梨花ちゃんだ。
緊張していた筋肉がほぐれてゆくのがわかる。
オレは胸をなでおろしながら、ゆっくりと声の持ち主に振り返った。
「びっくりしたじゃないか」
「にぱーー。何をそんなにお願いしているのですか?」
「う・・・そればかりは、いえない・・・」
「みー。ぼくはオヤシロさまの巫女なのですよ?教えてくれないならいじわるして願いは叶えてあげないのです」
くそー。いたいとこついてくるなぁ。でも、梨花ちゃんらしいといえばらしいが。
仕方ないか。
「・・・あのさ、梨花ちゃん。おやしろさまって縁結びの神様だよな?」
「・・・・エン・・むすび・・ですか?」
縁結びの名前をだした途端に、梨花ちゃんは怪訝そうな表情に変わった。
もしかして、オレの聞き間違いだったのだろうか。
「・・?あれ、違うのか?」
「いえ、そのとおりなのですが、まさか圭一がエン結びなんて想像がつかなかったので、ビックリしちゃったのです。・・圭一は誰かエン結びをしたい人がいるのですか」
なんだ、そういうことか。それならさっきの態度もおかしくはない、か。
「うん、まあ・・・。みんなには内緒にしておいてくれよ?」
「それはもちろんなのです。それで、相手は誰なのですか?」
梨花ちゃんは無邪気そうに笑顔で聞いてくるが、絶対しゃべったら終わりだな。
明日にはクラス全員に広まっていることだろう。
「・・・ごめん、やっぱいいわ」
「みー。ボクは信用がないのですよ。・・・仕方ないわね」
「え?」
「もっとよいお呪いを教えてあげますです」
「マジかよ!ラッキー!オヤシロさまの巫女直伝のお呪いとあっちゃぁ、その効果は類を見ないはず!!いやぁ、いい仲間をもってオレは幸せだなぁ」
オレが嬉々としてテンションをあげまくり騒ぎまくっているのを梨花ちゃんの一言が遮った。
「ただし、ひとつだけ約束してくださいなのです」
オレはさっそく翌日、学校が終わってから部活を断り、教えてもらったおまじないをするために古手神社へ向かった。
梨花ちゃんが教えてくれたお呪いとは、古手神社の注連縄(しめなわ)に下がっている紙垂(しで)を使ったものだった。
まず、紙垂で人型を作る。その人型に相手の顔を思いながら名前を書き、それを八つに千切る。もしかして千切ると契るをかけているのかもしれない。
なんか昔の人って言葉遊びみたいなの好きだからな。
千切った破片を自分つまりはオレ以外の誰か(意中の相手と近い存在ほど効果は高いらしい)の持ち物などにそっと忍ばせておく。
そうすると、その人物が縁を結んでくれるらしい。キューピッドみたいなものだろうか。
梨花ちゃんがお呪いを教える代わりに守ってほしい約束とは、このお呪いを誰にも話さないでほしいというものだった。
『絶対、他の人にはエン結びの話はしないでほしいのですよ』
まぁ、確かにそうだよな。みんながそのおまじないをしだしたらあっという間に紙垂がなくなってしまうもんな。
神社は梨花ちゃん一人だし、作り直すのも大変だ。気持ちはわかる。
「わかったよ、梨花ちゃん。知る人ぞ知るってやつだよな!」
オレはあたりをきょろきょろと見回した。都合のよいことに誰もいない。
なんかコソ泥でもしている気分だ。オレはさらにもう一度辺りを確認し、そっと紙垂をとる。
梨花ちゃんから許可をもらっているとはいえ、神社のものを勝手にとるなんてなんだか恐ろしいことをしている気がして人目にあまりつかないところに
移動することにした。
なんか小さな倉庫みたいな建物の裏。ここなら、あまり人目につきそうにない、そう信じてオレは紙垂を人型に折りはじめる。
しまった人型にどうやって折るのかを梨花ちゃんに習っておけばよかった。
10分くらいとりかかってから経っているが、一向に人の形にできあがらない。
試行錯誤を繰り返しつつ奮闘していると、後ろから声をかけられた。
「なにをしているのかしら?前原君」
誰もいないことを確認したはずなのに。人型に折るのに夢中になりすぎたせいだろうか。
この特徴のある蠱惑的な声は、そう鷹野さんだ。
「た、鷹野さん・・・」
「神聖な宝物殿のまわりで何をしているのかしら」
宝物殿?
この小さな建物は宝物殿と呼ばれるものだったらしい。
よく知らないが、神聖というからにはあまり近寄ってはいけないものだったのかもしれない。
「す、すみません。オレよく知らなくて!」
とりあえず、オレは鷹野さんに謝ることにした。
素直に謝ったのがよかったのか、鷹野さんは怒っているというわけではなさそうだった。
むしろ、面白がっているような気さえする。
「それ、なにかしら」
「あ!」
そうだった。オレは迂闊にも作りかけの紙垂の人型を手に持ったままだったのだ。
隠そうにも既に時遅しというやつで、鷹野さんの好奇心を刺激した後だった。
「紙垂かしら?神社のものを勝手に取ったりしたらオヤシロさまの祟りがあるわよ」
ふふふ、と不吉なことを実に愉快そうに嗤う。
「い、いや。ちゃんと梨花ちゃんの許可は得てますよ」
「梨花ちゃんの?・・・・ふうん、それで?」
「え?」
「それで、それを何に使うつもりなのかしら?」
「えっと・・・それは言えません。」
「あら。・・・じゃあ、仕方ないわね」
よかった。なんとか諦めてくれたようだ。オレはほっと胸をなでおろした。
鷹野さんがしつこい性格だっていうのは知っていたので、非常に助かった。
「すみません、鷹野さん」
「仕方ないわ、村長さんたちに教えてあげないと」
「た、鷹野さん!?」
「ふふ、梨花ちゃまがいくら許可したとはいえ、村長さんたちはどうかしらねぇ」
「・・・・・・!!」
「もしかしたら、許可したことで梨花ちゃんがお咎めをうけるかもしれないわ」
やはり、鷹野さんは粘着質だった。
しかも、目的の為には手段を選ばないという非常に面倒なタイプだ。
しかし、どうするか。このままオレが黙っているとなると間違いなく腹いせに村長さんに告げ口をするだろう。
親切で教えてくれた梨花ちゃんに迷惑がかかってしまう。
だが、理由を話すとなると梨花ちゃんとの約束を破ることになるし、どっちをとるべきか。
オレは悩んだ末に鷹野さんに他言無用ということを条件にお呪いのことを話すことにした。
「・・・・わかりましたよ!言えばいいんでしょう!」
「・・というわけで、梨花ちゃんから縁結びのお呪いの仕方を教わって、今まさに実行しようとしていたところです!!」
「エン・・・むすび?」
縁結び、という言葉をだすと鷹野さんは少し表情を変えた。
「そうですよ、何回も言わせないでくださいよ!!」
あまり男としてお呪いをしているとはなかなか恥ずかしいものがある。思春期のオレとしては尚更のことだ。
「あら、大変」
「なにがですか?」
鷹野さんは一転してとても笑顔でオレに話しかける。でも、それは晴れやかな笑顔では決してなかった。
「前原君・・・オヤシロさまのエン結びってね、違うのよ」
「違う?よく、意味がわかりませんけど・・・」
「普通よく神社なんかにあるのは、前原君も言っていたとおり縁を結ぶという意味の縁結びだけれど、雛見沢でのエン結びって違うの」
「え?どういうことですか」
この人の勿体付けたような喋り方はときに酷く癇に障る。わざと遠まわしに話し、少しずつ自分のペースにもっていくようないやらしさがみえるのだ。
「オヤシロさまのエン結びは文字にするならば、怨みを結ぶ・・・怨結びと書くの」
「怨結び?なんですかそれ!!まさか!そんなわけあるじゃないですか!」
「あら、どうして?」
「だって、梨花ちゃんあの時何もそんなこと言わなかったし・・・」
そういえば、オレが縁結びの話をしたとき梨花ちゃんの様子は少しおかしくなかったか?
あれは、そういうことなのか。
「雛見沢でエン結びといえば怨結びのことだもの。相手がレナちゃんだと知っていたならば勘違いとわかっただろうけど・・・話してないんでしょう?」
「た、確かに、レナの話はしてない・・で、でも!!」
「じゃあ、昔話をしましょうか。昔この雛見沢が鬼ヶ淵村と呼ばれていた頃のお話を。
むかーし、むかしのこと・・・鬼ヶ淵沼から鬼が現れ、村人たちをそれはそれは残虐に襲ったそうよ。それを憂いた「オヤシロさま」が降臨され鬼たちを鎮め、
鬼たちを人間の姿に変え村人と共存させることにした」
「その話はどこかで聞いたことがあります。でも、それが何なんですか!?」
「ふふ、慌てないで。面白いのはここからなんだから。
私ね、実は雛見沢のこういった伝承なんかを趣味で調べているのだけれど・・・面白いことがわかったの。聞きたい?」
「勿体つけないでここまできたら教えてください!」
「ふふ、実はこの昔話には続きがあるのよ・・・。
共存とはいっても、それ以前の鬼の行為を村人たちの中にはどうしても許せない者たちが中にはいたの。
それはそうよねぇ。自分たちの家族、親類、大切な人たちをそれは無残にむごたらしく殺されたのにそれをいきなり何もなかったかのように
お手々つないでみんな仲良く、なんて無理な話だと思わない?それで納得するほうがどうかしているわ。
でもね、それは決して表には出してはいけない感情だった」
「どうしてですか?至極当然だと思うんですけど」
「だってそれを表にだしたところでどうなるの?どうにもならない、いいえもっと始末が悪いわ。共存が駄目になったならまた鬼たちが暴れだすだけだもの」
「オ、オヤシロさまがなんとかしてくれるんじゃないんですか?」
「ふふ、オヤシロさまは中立の神様よ?本来はどちらの味方でもないわ」
「じゃあ、怨結びってなんなんですか?オヤシロさまが叶えてくれるんでしょう?」
「そう、そこで怨結びが登場するの。鬼も村人も関係なく、どうしても晴れない怨みがあればオヤシロさまに叶えてもらう。
怨結びの前では鬼も村人も平等。それこそが本当の中立。調停者たるオヤシロさまの本質そのものだわ」
「で、でもそれじゃあ誰が怨結びするのかわからないなら状況なら、村全体が疑心暗鬼にとらわれるんじゃないですか?」
「・・・そう。簡単に怨結びをされたのでは大変。だからその怨結びの方法は代々の古手家の巫女に口伝で受け継がれ
一般には知られることはなかった。よっぽどのことがない限り古手家も怨結びを行ったりしなかったんじゃないかしら」
「ということは、怨結び自体は古手家の巫女が行っていたということになりますよね?でないと、秘術にならない」
「頭のいい子は好きよ。そう、代々怨結びは古手家の巫女自身の手で行われてきた。軽々しくそれが行われないように、十分に吟味をしてね」
「・・・あれ?ちょっと待ってください・・・今の鷹野さんの話が本当なら・・・」
「ふふ、わたしたちは古手家に伝わる秘術を知ってしまったことになるわね」
「・・・じゃあ、やっぱりこれは普通の縁結びの方法じゃないですか?そんな大事なこと梨花ちゃんが教えてくれるはずないですよ」
「・・・・それなのだけど、前原君。あなたは知らないかもしれないけど、毎年物騒な事件が綿流しの夜に起こっているという話を聞いたことがないかしら」
「なん・・・ですか、いえ聞いたことないです」
「あら、そう。どうしようかしら」
「え!?ここまで言ったなら教えてくださいよ!!」
「仕方ないわね、でもけして私が教えたとは誰にも言わないこと。約束できるかしら」
「わかりました、誰にもいいません!」
「実はね、昭和54年から毎年綿流しのお祭りの晩には・・・人が一人死ぬの。これは村人の間では”オヤシロさまの祟り”と呼ばれているのだけれど。」
「オヤシロさまの祟り・・・?」
「恐らく、オヤシロさまの祟りの正体は怨結びのこと。綿流しのお祭りの晩にオヤシロさまが降臨され怨結びが実行される」
「そ、そんな・・・」
「そこまでは私も薄々見当がついていたのだけれど一つ腑に落ちないことがあったの。でも、今回前原君のお陰でやっと確信を得ることができたわ」
「何がですか・・・」
「昔行われていた怨結びと違って最近の”オヤシロさまの祟り”は対になるように人がもう一人だけいなくなるの」
「い、いなくなる・・・?」
「そう。忽然と姿を消すの。それを鬼隠しと呼んでいるのだけど」
「それで何が理解できたんですか?」
「オヤシロさまが降臨されたからよ。本来、オヤシロさまは古手の巫女に降臨され怨結びを行う。巫女は神の器たる者、だからなんの問題もなく祟りに遭うのは
一人だけ。 だけどもし、巫女以外のものが怨結びを行えば・・・」
「実行者にも祟りがある・・・ということですか?」
「祟りといってもいいわね。恐らくその千切った人型が目印となりオヤシロさまは綿流しの晩に降臨される。でもオヤシロさまが降臨された器は常世にいることができない。
だから消えてしまった」
「そんなまさか!り、梨花ちゃんはそれを知っていながらオレに怨結びの方法を教えたというんですか!!?」
「落ち着いて前原君。だからこそ梨花ちゃんはこう言ったのではないかしら。自分以外・・・つまり前原君以外の人物に破片を持たせること、と。
あなたが消えていなくならないように」
「ば、ばかばかしい!!だいたいそんなことになったら古手家の他の人たち、梨花ちゃんの家族とかは怨結びに気付くはずじゃないですか」
「いなければ気づきようもないわ。3年目のオヤシロさまの祟りは父親で、鬼隠しは母親。少なくとも常世にはいないわね」
ふふふ、と面白そうに笑っているが、全然面白い話ではない。むしろ不謹慎じゃないか。仮にも人が・・・死んでるってことだろう?
「でも梨花ちゃんのお母さんなら巫女じゃないですか。なんで鬼隠しに遭うんですか!!」
「梨花ちゃんが生まれた時点で、巫女は梨花ちゃんに代替わりしているはずよ。怨結びの実行者になって祟りを受けないはずがないわ」
「梨花ちゃんが・・・自分の両親を殺したって言うんですか?」
「そうはいってないわ。考えてみて。秘術のはずの怨結びのお呪いをどうして私たちが知っているの?前原君みたいに友達だというだけで、
相手の名前も聞かず方法だけ教えたのかもしれないわ」
「友達・・・?」
「そうよ。1年目、3年目の被害者たちはダム関係で園崎家の不評をかった。2年目の被害者は沙都子ちゃんと仲の悪かった義父。4年目は沙都子ちゃんをいじめていた叔母。
ほら、みんな梨花ちゃんのお友達の関係者でしょう?」
被害者たちは確かに鷹野さんの言うとおり魅音や沙都子ちゃんに関係あったかもしれない。でも、あの魅音が梨花ちゃんの両親を殺すとは思えないし、沙都子も糞生意気な少しも
可愛げのないやつだけれど、人を殺すだとかまったく想像もできない。
少なくとも今まで部活をしてきた仲間をあの笑顔に嘘はないだろうと思う。いや、信じる。
「・・・・がう」
「え?」
「ちがう、ちがう、ちがう、ちがう!!!誰もそんなことするわけがない!!オレは仲間を信じる!!オレの仲間はそんなことをするやつは誰もいない!!」
「・・・・。だったら、梨花ちゃんに教えてもらったのは普通の縁結びの方法だとでも?」
「そうですよ!今までの祟りだってただの偶然にすぎない!オレは仲間を、梨花ちゃんを信じる!」
紅い唇が嗤った。
「じゃあ、賭ける?前原君」
成り行きで、というか売られた喧嘩を買ったというかオレは不本意にも鷹野さんと賭けをすることにした。
とても罪深い賭けを。
だが、そのときオレはこの賭けがどれだけ重いものなのか深く考えていなかった気がする。
この昭和の時代に祟りだとかなんだとかそんなものあるわけがないと高をくくっていたのだ。
賭けの内容は実に単純明快。縁結びだったらオレの勝ち。怨結びだったらオレの負け。ただそれだけだ。
「一応賭けはするけど、私も前原君に賭けるのよ?」
何を思ったのか鷹野さんは自分も縁結びのお呪いを行うと言い出した。縁結びの相手は富竹さん。
本当にこの人は何を考えているのだろう。
最初から自分が負けることを前提に賭けをするなんて。しかも万が一にもオレが賭けに負けた場合はどうするつもりなんだよ。
ああ、もしかして怨結びなんて鷹野さんの作り話なんじゃないか?
なんだか、馬鹿馬鹿しくなってきた。
「ところで、賭けっていいますけれど何か賭けるんですか?負けた場合のペナルティとかは」
「ふふふ、罰ゲームなんて必要ないでしょう?ベットするものは二人の命。前原君が勝てば私も貴方もハッピーエンド。
でも・・・前原君が負けたら・・・。ほら、罰ゲームなんて必要ないでしょう?ふふふ」
富竹さんもかわいそうに。どうしてこんな女に惚れたんだろうなぁ。
それにしても妙なことになってしまった。
お呪いは千切った破片を誰かの持ち物に綿流し前にそっと忍ばせれば完了するのだが、鷹野さんの話を聞いた後では他人にこっそり持たせるなんてオレには出来そうにない。
もしかするととんでもない災いを呼び寄せるかもしれないからだ。
実はオレは決めていた。鷹野さんと別れたあとオレは破片を燃やしてしまおうと思ったのだ。
恐らく、それが最良の選択ではなだろうか。
だが、オレの浅い考えに鷹野さんもすぐ気づいていたらしく、破片は取り上げられてしまった。
責任持って誰かに渡しておくからとの事。
「それじゃあね、前原君。また、綿流しのお祭りの日に会いましょう」
鷹野さんは用件は済んだとばかりに、さっさとオレに背を向け歩きだした。
オレは慌てて鷹野さんに声をかけた。
「た、鷹野さん!」
「あら、なあに?」
鷹野さんはオレの呼びかけに応えてくれ足を止めた。
「ひとつだけ、いいですか?もし、賭けは鷹野さんの勝ちだとして・・・でもどうして梨花ちゃんはオレに教えたんですか!?」
「あらあら。・・・そう、前原君は己の手を汚さずに梨花ちゃんに人殺しをしろと言うのね」
「そんなことは言っていません!」
「でも、つまりはそういうことでしょう?」
見透かされていた。
そう、決して口にはだせなかったが、鷹野さんの話を聞いたときに頭に浮かんだ言葉。
『梨花ちゃんが直接してくれればいいじゃないか』
「ち、違う!オレはそんなことは思っていない!!」
「ふふ、冗談よ。そうねぇ・・・・たぶんだけど」
次の日オレは昨日した賭けのことが気になって一日中授業に集中することができなかった。
気がつくともう放課後だった。部活メンバー以外に残っているものはいない。
相変わらずの強い日差しに教室内はまるでサウナ状態のようだが、まったくそれにも今までオレは気づくことはなかった。
魅音などは溶けた氷のように机に突っ伏して下敷きで仰いでいる。
オレも気づいてないだけで実は汗をかいていたようだ。額から雫がポタリと閉じたままのノートに落ちた。
「・・一くん、どうかな、かな!」
「え?・・・あ、えーと、ごめん何?」
「あれ?聞いてなかったのかな、かな。大丈夫?元気ないみたいだけど」
レナは心配そうにオレの顔を覗き込む。しまった、話しかけられていたようだ。全然聞いてなかった。
「大丈夫だよ!・・・大丈夫・・・絶対」
「ならいいんだけど・・・あのね、綿流しのお祭りのときもしはぐれた時のことを考えて待ち合わせ場所決めておこうかって話してたの」
「了解」
心配そうなレナにオレは笑ってみせた。無理矢理な笑顔ではあったけれど。
昨日あの賭けをしたときは、ほぼ成り行きで勢いにまかせてやってしまったという感じだったが、時間が経つにつれ自分のやったことの恐ろしさに気づき
その罪深さに押し潰されそうだ。
賭けはほぼオレの勝ちだろうことはわかるが、それにしても恐ろしいことをしてしまった。人の命を賭けるなんて。
「よかったぁ。お祭り楽しみだね」
しかもよりにもよってその命が他の誰でもなくレナなんだぞ。
「ああ。楽しみだな」
レナの言葉に相槌を打ちながら何度かため息をついた時だった。
何か重苦しい視線を背中に感じた。
最近こんなことがしょっちゅうある。そう、そして決まってその視線を送っているのは・・・。
「圭一、ちょっとお話があるのです」
振り返ると予想通り、梨花ちゃんが感情の欠落したような顔でオレを見ていた。
「あ、ああ。なにかな」
「みぃ。ふたりっきりで話したいのです」
梨花ちゃんはいつもの愛くるしい表情に戻ると、可愛い声でお願いしてきた。
普段のオレなら、たまらんなぁ、とか思うのだろうが、今日はそうもいってられない。
少し、嫌な予感がして返事をためらってしまう。
なにやら面白そうとレーダーが働いたのか、さきほどまで溶けきっていた魅音がニョキっと起き上がるといつものようにひやかしてきた。
「なになに、梨花ちゃんもしかして圭ちゃんに告白でもするのかなー?ひひひ」
「魅ぃちゃん・・・」
オレと梨花ちゃんの間にある少し微妙な空気を察したのかレナが苦笑いで魅音を止めようとする。
さすがレナだ。勘が鋭い。
「ちょっと魅音さん!少しは空気を読んでくださいませ!!」
ああ、やはり気づいていないのは魅音だけだったか。沙都子まで止めに入り、魅音は下級生の沙都子にまで窘められた。
「なにさーー、みんなしてーーー!!」
ここまでされて、梨花ちゃんを無視するわけにもいかない。仕方なく梨花ちゃんを連れて教室を出ることにした。
「ごめん、みんな。ちょっと抜けるな」
放課後の誰もいない廊下。
子供たちが賑やかにいる時間帯以外の学校というのはなんだか異質で、まるで別世界のようだ。
そんな雰囲気にも呑まれ、オレは所在無くキョロキョロと目線を動かし落ち着きがなかった。
反対に梨花ちゃんは年に不似合いにもとても落ち着いている。
落ち着きすぎているというか、なんだか最近の梨花ちゃんは少しに何かが違う気がする。
本当に梨花ちゃんなのかと思ってしまうくらい、別人のように大人っぽいときがあり、
今もそんな梨花ちゃんに見つめられて上手く息もできない。
「圭一、聞きたいことがあるのです」
「なにかな」
梨花ちゃんの目をまっすぐ見ることができない。後ろめたいことがあるからだろうか。
「エン結びのおまじないはキチンとできましたか?にぱーーー」
打って変わって、いつもの調子の梨花ちゃんの声に虚をつかれ、足元ばかりを見ていた視線を少しあげると梨花ちゃんの笑顔が待っていた。
オレはホッとして少し胸をなでおろした。
「あ、ああ!この間教えてもらったとおりにしたよ」
「それはよかったのです。にぱーー」
「あはは、話しはそれだけ?」
「はいなのです。圭一がキチンとできたか心配だったのですよ」
よかった。本当によかった。何を不安がっていたんだ前原圭一。何も心配することはなかったんじゃないか。ほらみろ鷹野さん。賭けはオレの勝ちのようだな。
こんなに可愛い梨花ちゃんが怨結びなんて、人殺しに関わってるなんてあるわけがない。
「じゃあ、早く戻ろう。みんな待ってるぜ」
梨花ちゃんの返事を待たず、オレは踵を返した。早く皆の待つ教室へ帰りたい。
早く。
梨花ちゃんがまた別の誰かにならないうちに。
「圭一。もう一つ聞いてもいいですか?」
「・・・なにかな梨花ちゃん」
オレは振り向かなかった。梨花ちゃんの顔を見たくなかったから。
「エン結びのこと誰かに話しませんでしたか?」
「!!」
おちつけおちつけ、大丈夫絶対バレない!!
「いや、話してないよ・・・。どうしてそんなこと聞くんだ」
「・・・・・・・」
おちつけおちつけ。心臓が早鐘をうつ。じわりと汗がにじむ。
「り、梨花ちゃん?」
「・・・鷹野に」
「圭ちゃーーーん!梨花ちゃーーーん!まだかかりそうかーい?おじさんたち待ちくたびれちゃってるんだけどーー!!」
梨花ちゃんの言葉を遮って、教室から魅音の声が割り込んできた。
「魅ぃちゃん!!」
「魅音さん!?いい加減にしてくださいませ!!空気読まないにもほどがありますわ!!」
「・・・みぃ。戻りましょうなのです」
「あ、ああ」
今回ばかりは魅音の空気の読めなさに感謝だが、梨花ちゃんが言いかけた言葉が気になった。
なんで鷹野さんの名前が出たんだ・・・?
ついに綿流しのお祭りの日がきてしまった。
審判の日、ともいえる。
親父たちはまた仕事でトラブルがあったらしく母さんともども東京へいって2、3日戻れないかも
しれないということだった。
あまりお祭りを楽しむ気にはならなかったが、みんなに心配をかけるわけにもいかない。
特に、今日だけはレナから離れるわけにはいかないのだ。まったくの取り越し苦労ということを祈る。
きっと大丈夫。オレは梨花ちゃんを信じるって決めたじゃないか。
祟りなんてこの時代にあるわけないじゃないか。馬鹿馬鹿しい。
「あら、こんばんわ前原君」
鷹野さんと富竹さんだった。
できれば今日一日は鷹野さんと富竹さんの顔を見たくなかったのだが。
会ってしまっては仕方が無い。特に富竹さんには全く罪はないのだから。
「鷹野さん、富竹さんこんばんわ」
「こんばんわ、前原くん。あれ?今日は一人かい」
「あ、いえ。みんなとはぐれちゃって。でも、はぐれたときの待ち合わせ場所決めてたから大丈夫ですけど」
「そうかい、もしみんなにあったら伝えとくよ!」
「ありがとうございます、富竹さん」
富竹さんはニコニコと嬉しそうに笑っている。鷹野さんとお祭りだからだろうか。
自分の命を暇つぶしのように賭けに使われているとも知らず、かわいそうな人だ。
「あ、そうだ圭一くんにいいものをあげるよ」
「え?なんですか」
「さっきね、射的で落とした景品なんだけどキーホルダーになってるペアのテディベアだよ。さすがに僕たち二人には
かわいすぎるからね」
それは、何故か赤い風呂敷包みと青い風呂敷包みを背負ったなんともいえない微妙なクマの小さなぬいぐるみだった。
「・・あはは、ありがとうございます」
苦笑いでオレはクマ二体を受け取った。
「あはは、やっぱり男の子がもらっても微妙かな」
「いや、そんなことは・・・」
といっても完全にバレバレか。
「ほんとは女の子に渡すつもりだったのよ。でも、残念なことに今日は誰にも会えなくて。だから前原くんに渡すしかないでしょう?ごめんなさいね」
「あ、じゃあ一緒に待ち合わせ場所に行きますか?」
「ふふふ、今から診療所へ戻らないと行けないの」
「あ、そうなんですか。じゃあ、オレが渡しておきますよ。」
「そうね、それが一番いいと思うわ」
内心ほっとしていた。
「じゃあ、またね。圭一くん」
二人にオレも挨拶して、待ち合わせ場所に向かうことにした。
ただ、去り際に鷹野さんが「本当に残念だわ」とあの時と紅い唇で呟いていたのが、酷く気にかかった。
待ち合わせ場所にはレナしかいなかった。
まだ、魅音たちは到着していないらしい。レナと二人っきりということか。ああ、賭けのことさえなければ有頂天になれたのに。
心で泣いていると、手に持っていたテディベアにレナが気づいたようだ。
「これ、どうしたのかな、かな?はうぅぅ、か、かぁいいよぅ」
やはりレナのかぁいいの基準はいまひとつわからない。
「さっき富竹さんたちにもらったんだよ」
「へぇ、いいなぁ。あ、キーホルダーになってるんだ!」
「レナにやるよ」
「ええっ!だ、駄目だよぅ!だって圭一くんがもらったものだもん」
一応遠慮しているみたいだが、その瞳は期待に輝いている。
可愛い、可愛すぎる。
「いや、もともと女の子にあげるつもりだったらしいんだけど、結局誰にも会えなかったからって貰ったやつだから、
たぶん女の子にあげたほうがいいと思うし」
「そうなんだ・・・ありがとう圭一くん!じゃあレナ赤い方のクマさん貰うね!」
レナはそういうとオレの手から赤い風呂敷を背負ったテディベアを受け取った。
「二つともいいぜ?」
「ううん、青い方は圭一くんが持っててくれたほうが嬉しいかな、かな」
「?なんでだ・・・あ」
そうだ、これペアだ。
こころなしかレナの顔も赤くなっている。やばい、オレも顔が火照ってきた。
ありがとう、富竹さん。今なら心から感謝の言葉が言えるぜ。
そうだな、家の鍵と一緒につけておくか。
しばらくして魅音と沙都子と合流し、一緒にはしゃぐうちにあっという間に楽しいお祭りの夜は更けていった。
その頃にはオレは賭けのことはすっかり忘れていたが、翌日すぐに思い出さざるを得ないことになるのだ。
「富竹さんが・・・死んだ・・・?」
「うん。まだ、レナたち以外の他の子たちには内緒だけどね。昨日のお祭りの後発見されたって」
「そんな・・・馬鹿な・・・!」
一瞬にして血の気が引く。
『じゃあ、賭ける?前原くん』
鷹野さんのあの時の言葉が頭の中に甦る。
鷹野さんは富竹さんにお呪いをおこなった。富竹さんの死。それの意味するところは・・・
やはり賭けはオレの負けで、縁結びが怨結びだったということか?
となると、オレの怨結びの相手は誰だ?レナだ。
レナも怨結びがかかっていることになる。
今度はレナが死ぬ?
オレは教室のレナに視線をむけた。
昨日の疲れが残っているのか少しきつそうな感じで、傍につきそっている沙都子と世間話をしているらしい。
とりあえず、いまはまだ大丈夫そうだ。
もう直接梨花ちゃん本人に聞くしかないだろう。
この前梨花ちゃんに教えてもらったまじないは縁結びなのか怨結びなのかを。
「あのさ、魅音。梨花ちゃんどこかな」
「え?梨花ちゃん?レナのために保健室に氷水もらいにいったよ。どうかした?」
「魅音。レナを頼むな」
オレは席を立ち、急いで教室を飛び出た。
「は?!圭ちゃんどこいくのさ!!」
魅音の問いかけを無視し、オレは梨花ちゃんに話しを聞くため保健室へむかった。
保健室から話し声がきこえる。
オレは少しドアを開けて様子を窺った。
この隙間からは梨花ちゃんの後姿しかみえないが、一人なのだろうか。
「・・・もう鬼隠しは飽きたわ。綿流しも崇殺しもうんざりするくらいやったし・・・」
なんの話しをしているんだ・・・・。
しかも、この感情のない声はあの時の気味の悪い梨花ちゃんのものだ。
「後は暇潰しに怨晴らしかしら?」
「・・・結び・・・」
もう一人いるのか?ハッキリとは聞こえないが、会話の相手がいるらしい。
「・・・そうよ、おそらく今回は怨晴らしで怨結びね。これで今年はおしまい。ほんとにつまらないわ」
いま、なんと言った?
『怨み晴らしで怨結び』
そしてその前の物騒な言葉。
やはり、鷹野さんの言っていたことは本当だったのか。
『そうねぇ・・・・たぶんだけど、そのほうが面白いからじゃない?』
『お、面白いから!?』
『梨花ちゃんって前原君たちと離れて一人でいるときはいつも退屈そうにしているのよ?ときどきものすごく冷めた目をしているのみたことないかしら?』
この村の風習を梨花ちゃんは面白がっている?この人殺しの儀式を?!
オレはすぐにこの場を離れ、教室のレナのもとへ戻った。
怨結びが実行されるとして、その実行者は誰だ?
あの紙垂の破片を持っているのが怨結びの実行者となるはずだ。
おそらく、自分が破片を持っているとは知らされていないだろう。
こうなったらもう鷹野さん本人に聞くしかない。
早く診療所に行かなければ。
でも、レナを置いてはいけない。レナも連れていこう。
「レナ、具合大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ。ごめんね、心配かけちゃったかな?」
「いや、用心しなきゃ駄目だ。魅音、オレ今からレナを診療所へ連れていくから知恵先生に言っておいてくれ」
「え、圭一くん、レナ大丈夫だよ?」
「オレが大丈夫じゃない!レナに何かあってからじゃ遅いんだよ!!」
いつになく真剣な様子のオレに魅音も何か感じ入るものがあったらしい。
「圭ちゃん・・・。わかった、先生にはあたしが言っておく。レナは任せたよ」
「えぇっ、魅ぃちゃんまで!?」
「いくぞ、レナ!」
「えぇっ!?ええええっっ!!?」
オレは急展開に驚きを隠せないでいるレナの鞄を奪うように持ち、腕を引っ張って教室を後にした。
学校から診療所への道。相変わらずの夏空で、レナの手を引っ張るオレの手も少し汗が滲んでいる。
いつもならば、レナの歩調に合わせて歩くのだが、今はそんな悠長に構えていられない。
レナには悪いが、少し速めの速度で先を急ぐ。
「圭一くん、レナほんとに診療所に行くほど体調悪くないんだよ、だよ!」
レナはオレがレナの体調を心配して診療所へ連れて行っているのだと思い大丈夫だと強調するが、それもあるがオレの本意は残念ながら別のところにある。
もちろんレナが心配というのは確かなことだけれど。
「いいから、とにかく鷹野さんに聞かないといけないことがあるんだ」
オレはなかばレナを引きずるように歩いているが、レナも積極的ではないにしろ歩いてはくれていた。
だが、鷹野さんの名前を出した途端にピタリとその足をレナは止めてしまう。
ビックリしてオレも足を止め、レナに振り返った。
レナは困惑気味の顔をしている。何がひっかかったのだというのだろう。
「鷹野さん・・・?あれ、さっき魅ぃちゃんに聞いたんじゃないの?」
「は?魅音に?」
「えっと、その・・・鷹野さんは・・・」
嫌な予感がした。
本能がその先の言葉を聞いてはいけないと警告を発する。
「鷹野さんが、なんだって」
「・・・鬼隠しにあったって・・・」
世界が歪む音がする。
くらりと、目の前の景色が歪んで足がふらついた。
「圭一くん、大丈夫!?」
「・・・・・」
鷹野さんが、鬼隠しにあっている・・・。ということはオヤシロさまは鷹野さんに降臨した?
結局、鷹野さんも誰かに紙垂の破片を渡すことができなかったのか。
じゃあ、レナの名前の書かれた紙垂の破片も鷹野さんが持っているまま・・・?
ぺた
鷹野さんが、レナを殺しにくる?
ぺたぺた
いや、もしかしたらオレの破片はもう誰かに渡してしまっているかもしれない。
ぺたぺたぺた
では、誰に?
ぺたぺたぺたぺた
そうだ、意中の相手と近い存在ほど効果は高いと聞いていたから恐らくレナのまわりにいる人物。
ぺたぺたぺたぺたぺた
つまり・・・部活メンバーの誰か、ということか?
ぺたぺたぺたぺたぺたぺた
ちょっと待て、さっきから聞こえているこの足音はなんだ?
レナじゃない。オレじゃない。ひとつ足音が多くないか?
これは、いったい誰の足音だ・・・?
「圭一くん!?大丈夫!?」
「レ、レナ・・・ごめん、大丈夫だ」
足音は気のせいか?
「はぅぅ、レナより圭一くんのほうが顔色悪いよぅ。早く診療所に行こう」
「い、いや大丈夫だ」
「え?」
「レナこそ体はなんともないか?」
「う、うん。レナはほんとに大丈夫だよ」
「じゃあ、もう診療所に用はない。レナの家・・・いや、うちに来ないか?」
「えっ?!診療所は行かなくていいの?じゃあ、学校戻ろうよ?」
「学校は駄目だ!」
誰がオヤシロさまに乗っ取られているかわからない状況で、人のたくさんいる場所は危険だ。
こうなったらオレがレナを守るしかない。一番安全な場所は両親不在の自宅だ。
「レナお願いだ!オレの家に来てくれ!」
オレは必死にレナに懇願した。レナが承知してくれないなら土下座でも何でもする覚悟だった。
「圭一くん・・・わかった。何か理由があるんだよね?圭一くんの家に行ったら教えてくれるかな、かな」
「・・・わかった」
家に着くと、ポストに何か郵便物が挟まっていたのが見えた。
割と大き目の封筒で厚みもある。父さんの仕事の資料か何かだろうか。
とにかく外は暑い。早く家の中に入りたかったので、オレは先に玄関の鍵を開けレナを中に通した。
「おじゃまします」
レナは礼儀正しく挨拶してから靴を脱いだ。もちろんキチンと靴は並べ直してから家の中へ入る。
そういうことがごく自然にできるところがまたレナの良さだ。
オレはレナが中に入ったのを確認し、気になった郵便物を取りに戻った。
宛先を確認すると意外なことにオレ宛のものだった。
そして、差出人は更に意外な人物・・・そこには鷹野三四の名前が。
急いで中身を取り出すと、一冊の黒いファイルが入っていた。
ファイルはいろいろな新聞記事のスクラップだったり、過去の文献などから考察した研究書のようなものだった。
なかでも注目したのは、怨結びの解除法・・・怨結びの祓い方だった。
「圭一くん?大丈夫かな、かな」
いつまでも家の中に入ってこないオレを心配したのかレナが玄関まで見にきてくれた
「ああ、ごめん。今行く」
まだレナはこうしてオレに微笑んでくれるが、オレが原因で自分の命が狙われていると知ったら同じように微笑んでくれるだろうか。
オレはレナに気づかれないように郵便物をさりげなくマガジンラックへ放り込み、リビングのソファへレナを座らせた。
強烈な太陽光を直接浴びない分暑さも和らいだが、それでも暑いものは暑い。
首振り昨日をオンにして扇風機を回す。はじめはゆっくりと回っていた羽根も速度を増し心地よい風を供給しだした。
「喉乾いたな。麦茶しかないけど、いいか?」
「あ、レナするよ!」
「いや、いいよ。無理矢理連れてきたのオレだし。レナは座ってろよ」
レナは申し訳なさそうにリビングのソファに座っている。
オレはレナに軽く微笑んで、キッチンの冷蔵庫から麦茶の入ったボトルをとりだした。
確か、客用のグラスがあったよな。
オレは食器棚からグラスをとろうとガラスの引き戸を開けようと手を伸ばした。だが、そのとき食器棚のガラスに人影が映った。
レナのやつ・・・座っていろといったのに。
「レナ!座ってていい・・・・って、あ・・れ・・・?」
苦笑いしながら後ろを振り向くとそこにレナの姿はなかった。そこには誰もいない。
じゃあ、さっきオレの真後ろに映っていた影は誰だったんだ。
「圭一くーーん。何か言ったーー??」
リビングからレナの声が聞こえた。やはり、レナはずっとリビングにいたようだ。
背筋に蟲が這うようなそんな悪寒がする。
「いや、なんでもない・・・」
オレの口からでた返事はあまりにも小さすぎてレナには届かなかっただろうが、それ以上問いかける言葉はなかった。
喉がさらに渇いた気がした。
二つ麦茶の入ったグラスを持ってリビングへ戻ると、テーブルに置きっぱなしにしていた家の鍵をレナが手に持って微笑んでいた。
いや、表現を間違った。この場合は家の鍵ではなく、家の鍵につけたテディベアのキーホルダーというべきだな。
どうぞ、とレナの前に麦茶を差し出すと「ありがとう」と微笑んでグラスを受け取った。
「この間もらったテディベア家の鍵につけてるんだね。かぁいい」
「ああ、レナは鞄につけてるんだっけ。・・・ほんとかわいいよな」
レナがな。
「これね、実は風呂敷のところにちっちゃいものなら収納できるようになってるんだよ、だよ。圭一くん知ってた?」
「いや、知らなかったな」
さすがレナだ、と褒めると照れたのか慌てて麦茶を飲みだした。
ただ、慌てて飲んだせいか、たまにゲホゲホと咳き込んでいたのは見なかったフリをしてあげよう。
ごめんなさい
「レナは紙石鹸を入れてるんだよ、だよ。いい匂いがするの」
レナはオレに気を遣ってか普段のとおり明るく振舞って世間話をしている。
きっと気づいてるはずだ。なんだかオレの様子がおかしいことに。
それも富竹さん、そして鷹野さんの事件に必要以上に過敏になっていることに。
勘の鋭いレナがわからないはずがない。それでも何も聞いてこないのは優しさからなのだろう。
オレが話してくれるのを待っている。そんな気がする。
ごめんなさい。ごめんなさい。
でも、オレは君に告白する勇気がありません。
好きになんてならなければよかった。
オレがレナを好きにならなければレナをこんなことに巻き込むこともなかったのに。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
好きになってごめんなさい。
<続く> |