羽立し編

ペンネーム:ユラカラ

■あらすじ

運命を乗り越えた夏の終わり、解決済と思われた沙都子への村八分問題が再燃する。
その理由は「オヤシロさまの怒り」。
事態を重く見た部活メンバーは、この状況を打破するために再び立ち上がる。
それは、沙都子が活躍する秋祭りという機会を作り
彼女の魅力をわからせようという「陽」の作戦、
そして村中の情報操作をし意識を操作するという「陰」の二大作戦となった。
そんな中、羽入はひとり、自分が「ここにい続ける」意味、
そして「オヤシロさま」を掲げる彼らに対し自分のすべき事を考えていた。
そんなある日、嫌がらせ防止のために仕掛けていたトラップが作動する。
鳴り響く複数の足音。沙都子の悲鳴を聞いた梨花と羽入が駆け付けると、
そこにはゴミにまみれている沙都子と立ちふさがる4人の男の姿があった……。

 
   
   
   
 

羽立し編

ペンネーム:ユラカラ

 学校帰り、村人達が笑顔と声を掛けて来る。今度は梨花だけでなく、羽入にも、沙都子にも。
  彼女達の初めて迎えた、昭和58年の夏の夕暮れ。
「沙都子ちゃん今夜はお鍋かい。ほらっ、がんもと白滝多めだから」
「あ、ありがとうございます」
「よお羽坊、今日も大福食ってくか?」
「あうあう、頂くのです」
  商店街でも、かつて沙都子を突き刺した視線が幻の様だった。棚の大福を平らげかけていた羽入を引きずりながら、梨花は沙都子を嬉しそうに見る。
「仲間達の事も、沙都子の村八分も、この世界では既に解決していた。フフ、あんたの言ってた圭一の名演説が聞けないのは少し残念だけど、それでいいのよ」
「ひゃう……」
「沙都子を傷付ける運命の出番はもうない。沙都子はもっともっと幸せにならなくちゃ。私達は6月を越えたんだもの、そうでしょう?」
  梨花は沙都子の所へ向かう。羽入も梨花を追うが、ふと、足を止め振り返った。
  さっきから気付いてた。道の片隅に取り残された気配。
  ひぐらしの声より小さな、ひそひそ囁かれる悪意の声。羽入には聞こえてた。
「園崎の婆ァも耄碌したもんよ」
「古手の娘もじゃ。甘やかされ過ぎたか」
「何故オヤシロさまを蔑ろにし、罰当たりを許せると思い上がる」
「何故古手はオヤシロさまの声を伝えぬ。園崎は鬼の怒りを伝えぬ。村を売った北条を匿う」
「おお、今に祟られるぞ。古手も園崎も公由も、オヤシロさまに祟られる」
  悪意は至る所に潜んでいた。その澱みは今にも繋がって広がり、鬼の一匹も這い出そうだった。
  闇が声を揃え囁く。
「――オヤシロさまが、許さぬぞ」
  羽入はぎゅっと身を縮めた。

 夏の間は平和だった。だが夏休みの終わりに、防災倉庫で夜中に生ごみを撒かれるという事件が起き、それは何度も続いた。
  新学期に入ると、悪意の気配は梨花と沙都子も感じる程となっていた。レナと圭一も登下校中、その囁きを何度か聞いたと言う。
  嫌がらせは村長宅にも園崎家にもあった。実は夏休み中に二三度、動物の死骸が投げ込まれてたと魅音は打ち明けた。
「やっぱり、ちょっとした諍いなら起きてるね」
  放課後の教室で、魅音は集まった仲間達に話す。
  一度乗った村八分の空気からは降りられず、軋轢を生じている者達。だが、かつての北条家の様に、村や御三家に正面から逆らう者はいない。これ見よがしに愚痴を囁き、嫌がらせを繰り返すばかりだった。
  しかし、彼らを不快に思う者ばかりでもない。その悪意に同調する者が出始めていた。
「例えばさ、日頃顔合わせる両隣さんがそうだったら? 本当はこっちが皆の本音なんだって思うもんなのさ」
「にしたって、陰湿過ぎるだろ。そうやって大きなものからは逃げ回って、顔も見せず意味もねえ嫌がらせで満足してて。自分で何も感じねえのかよ!?」
  圭一の絞り出す声。向ける相手だけでなく、かつての自分へも向けた怒りがあった。
「怖いんだよね。自分が村の敵にされるのは。その人達にもきっと家族がいるもの。でも魅ぃちゃん、このままだと、やっぱりそうなっちゃうんじゃないかな、かな」
  レナの発言に皆が静まり、圭一も怒りを収め考え込んだ。
「婆っちゃのやり方ならね。彼らは第二第三の北条家になる。皆はどうして今まで沙都子を村八分にしてたかも忘れ、同じ事を彼らに……」
「そんなの御免ですわ」
  魅音の言葉を遮って沙都子が強い声を放つ。
「わたくし、あんなの何でもありません。にーにーがいましたし、今は今で気にしてるヒマもございませんわ。でも、だけど、わたくしのせいで……そんなの……ええ、わたくしは平気……でもっ」
「いいのです沙都子。沙都子の気持ちも、強さも、皆が知ってるのです」
  辛くなかった筈がない。痛くなかった筈がない。だから、たとえ彼らの家族でも繰り返させたい筈がない。言葉の途切れた沙都子を梨花が宥める。
  その沈黙を破り、圭一がふと尋ねて来た。
「なあ、一ついいか?」
「ん? 何、圭ちゃん?」
「そいつらって、何を理由にしてんだ? いや、変われねえとか流されるとか、気分の話じゃなく。今までは、ダム戦争や園崎家って理由があった。だけど、そいつらに今、そういう理由って何かあるか? 今じゃ園崎家さえ悪く言ってんだろ。じゃあ……」
「オヤシロさま、だね」
  レナが答えた。先程とも違う、どこか冷えた静けさで。
「オヤシロさまは北条家をいつまでも許さない。祟り続ける。勝手に沙都子ちゃんを許す園崎家も梨花ちゃんも、オヤシロさまは許さない」
「うん、婆っちゃや村長さんはその辺やりにくそうだった。オヤシロさまを出されたら、迂闊な事は言えない」
「そう。だって、この村では、オヤシロさまは“いる”んだもの」
  レナは、更に重い声でそう告げる。

「羽入ちゃん、急にどうしたのかな。お話かな?」
  帰りに羽入はレナを呼び止めた。彼女を誘い、どちらの帰り道でもない谷河内方面へ向かう。林道の半ばで、二人は道端の岩に腰を下ろした。
  レナはオヤシロさまの話になると人が変わる、魅音にそう説明された事がある。レナは茨城で心を病んで病院に収容され、その時「オヤシロさまに会った」と言うのだ。だからオヤシロさまの存在を強く信じ、また、「オヤシロさまは村を出た者に祟る」とも言ってたと。
  だがそんな話は、聞かずとも誰より知っていた。鎮静剤漬けとなった彼女へ、「雛見沢に帰ろう」と呼んだのは、自分なのだから。
  しばらくの間、羽入は無言で木漏れ日を見つめていた。レナも顔を上げてそれを見る。
「きれいだね。ここは羽入ちゃんのお気に入りなのかな、かな」
「はい。雛見沢は僕の好きな所がいっぱいなのです」
「そうなんだ。何だか、レナも嬉しいな」
  本当に嬉しそうに、羽入へ笑いかけるレナ。その笑顔を羽入は見返す。
「単刀直入に聞きます。レナもやはり、オヤシロさまが沙都子を許さないと思うのですか。オヤシロさまは沙都子が嫌いだと思うのですか」
  レナは目を開いて羽入を凝視するが、ここで正気を失ってほしくはない。羽入は射抜く様にレナの目を見た。
  茨城で見たオヤシロさまの姿を、彼女が思い出してしまっても構わないとさえ思った。
「羽入ちゃん」
「あうあう、しっかりと自分の心を確かめて、答えてほしいのです。オヤシロさまを信じるレナに」
  だが、レナは少し困った様な表情で微笑むと、一言、こう答える。
「思って“いた”かな」
「過去形、なのですか?」
「“雛見沢症候群”、それが祟りの正体だったんだよね」
  羽入は小さく頷いた。あの6月に明かされた、連続怪死事件とそれにまつわる「オヤシロさまの祟り」と呼ばれるものの真相。
「この病気だけでじゃない。人のした事や偶然が重なって、それをオヤシロさまが祟ったと“思ってしまった事”」
  レナはそこで区切ると、次の言葉に力を込めた。
「でも、オヤシロさまはレナに謝ってくれたんだよ。何度も“ごめんなさい”って。だから、オヤシロさまはいるの。いて、レナの所に来てくれた。本当は誰も悪くなかったのに、謝って、そしてレナをここに呼んでくれた」
「レナ……」
「そんなオヤシロさまが沙都子ちゃんを許さないなんて、絶対にない。オヤシロさまなら、沙都子ちゃんにも謝った。レナの時みたいに“ごめんなさい”って謝ったよ。そして、助けてあげたかったんだよ」
  図星だった。羽入はかつて重度発症した沙都子に、謝り続けていた――そして。
  レナの言い方にふと気付いた。
「それも、過去形なのですか?」
「うん。今は“助けてあげる”時だもの」
「――――!」
  打たれた様に、自分が得た筈の実感を思い出した。
  この世界にはもう、舞台の外で謝り続ける「オヤシロさま」はいないのだ。舞台に立ち、皆の仲間となった「古手羽入」がいるのだから。
「レナに信じてほしいのです」
  羽入は願う。自分を最初に舞台へと呼んでくれた彼女へ。
「オヤシロさまは沙都子も大好きなのです。沙都子を虐める神様じゃないのです。そんな神様はこの雛見沢にいないのです」
「うん。信じるよ、羽入ちゃん」

羽入ちゃんがレナを信じてくれたみたいに。
みんなを、運命が変わる事を、信じてくれたみたいに。

「……あう?」
  その声は幻か。だけどレナは、あの時そうした様に、羽入に手を差し伸べていた。
「一緒に頑張ろ。変なオヤシロさま作る人達になんか負けないんだよ、だよ。だって、私達は、沙都子ちゃんの強い味方になるんだから」
「あうあう……僕も、仲間なのです」
  どちらからともなく、取り合った手は強く握られた。

「まずはこれ以上取り込まれるのを防ぎ、そして、取り込まれてる人は取り戻す」
  魅音の言葉に一同が頷く。エンジェルモートの一画で、分校の子達や大人達も加えての会議だった。
「あちらは立派な犯罪ですからねえ。警察としちゃ、ゴミ撒きに来たのを現行犯ってのが第一と思うんですがね。んっふっふ」
「実行犯だけ多少潰しても、沙都子ちゃんへの差別感情はなくなりません」
「そんなもん、何したってなくならんと違いますか、先生」
「大石さんの言う通りです。でも、完全にはなくせなくても、びくともしない訳じゃない。それは人の心だもの」
  大石と入江の会話にレナが入り、圭一も加わる。
「だな。今までで分かる通り、問題は犯罪だけじゃねえ。そして、向こうを悪役にするだけならどうなるかも、この村の過去が証明してる」
「じゃあ、それでどうすんだって聞きたそうですねえ、おじ様方。くっくっくっ、そのアイデアを出し合うのが今日の会議ですよ!」
  魅音が集まった全員をぐるりと見回す。
  早速手を挙げた圭一から、「沙都子の魅力と愛されっぷりをガツンとアピールする、一大イベントをブチ上げる」という案が出た。
「名付けて、“秋の沙都子祭り”!」
「ななな何ですのー!? そのこっ恥かし過ぎる名前はー!?」
「沙都子が主役の新しいお祭りですね。雛見沢は秋のお祭りがなかったのです……沙都子は今や僕をも凌ぐ村のアイドル。これは喜一郎と相談してみるのです」
「り、梨花まで何を!?」
「中身をどうするかだね。皆で盛り上がれる沙都子の魅力って言ったら何?」
「いっぱいあるんだよ、だよ」
「まずはトラップだろ。裏山のトラップ攻略大会とか、子供からお年寄りまでのトラップ講座とか」
「沙都子と言えば、カボチャをおいしく食べさせる事が不可欠なテーマですよね。優勝は当然、このねーねーですが」
「ふわあああん! 何の競技ですのーっ!」
「あうあう、野菜全般でもいいのです。沙都子と一緒にブロッコリーの見分け方とか覚えましょうなのです。そういうの苦手な人、結構いるのです」
「出て来た野菜で野菜炒めも作るのです。沙都子の野菜炒めは更においしくなったのですよ。にぱー☆」
「皆さん、忘れてませんか? 沙都子ちゃんと言えば……メ・イ・ド! そう、メイドです。メイドの沙都子ちゃんが雛見沢を所狭しと御奉仕三昧。そう! その奉仕の心こそがメイド! その可憐な健気さがメイド! メイドこそが沙都子ちゃん! あああうっ、メ・イ・ドォォォォォッ!!」
  次々と出て来るアイデア。その勢いに、外野の常連客達からも手が挙がる。
「沙都子ちゃんの素敵な所を沢山知って、そして皆で楽しくなれるといいな。嫌な気持ちでいるのが馬鹿馬鹿しくなる位に」
「分かってるじゃねえかレナ。流されてる奴らを根こそぎ掻っ攫う。俺達らしいだろ?」
「圭ちゃん絶好調だねえ。でもこれで全部じゃないよね? もっとある筈だよ! ん、詩音?」
「はい。もう少し地道に、日常的な所を攻めるのもありですよね。ただ、あまりキレイな話じゃありません。いいですか?」
  緊張感を含んだ声。詩音の案は次の様なものだった。
  未だ沙都子の村八分を続けたがっている者について、所在や詳細を、誰かの影響を受けているか、信念に基づいているかまで調査し、分析する。その過程で住民の協力者も仕立て、網を拡大する。これによって沙都子への悪意に関する勢力分布を把握する。
  そして、こちらの指揮で協力者を動かし、歯止めを掛けたり、沙都子を受け入れる空気に取り込んだりして行く。普段の会話の中や、あるいは直接声を掛けさせる事によって。
  把握後の動向や変化についてもつぶさに観察を続け、情報戦を臨機応変に展開する。
「確かにキレイじゃねえなあ。それって思想監視とか操作とか、そういう類のやつじゃねえか?」
  圭一だけでなく、大人達も眉根を寄せる。その案では調査と言っても話を聞いて回るだけで、プライバシー侵害や、強制や脅迫に当たる行為もない。だけど、発想にどこか健康的でない、危うさが感じられるのも確かだった。
「こういうのは、赤坂さんや富竹さんなら詳しそうですがねえ」
  ぽつぽつと、周りから発言が出始める中、圭一はまだ顔に不安を残していた。それを提案した詩音の、彼らへの憤怒を感じたからだ。
  彼女にとって、沙都子は大切な人から託された者であり、それすら超えて彼女の妹であった。一度も顔には出ないが、彼女はきっと激怒している。あるいは、彼らの人間扱いも止めてしまえる程に。
  沙都子の顔にも圭一と同じ不安があった。二人の視線に気付いた詩音は気まずげに笑う。
「大丈夫です。私一人で突っ走ろうとかしてません。お姉がバランス良く仕切って皆で動けば、そんな事にならない。その為にきちんと考えたんですから」
「そうですね。そういう工作は確かに独裁者とかにも好まれましたが、逆に圧力や暴力での解決を回避する為にも用いられたのです。むしろ暴力や排除で片付けたい者に程、不向きで不要な手段とも言えます」
  詩音の弁解に入江が助け舟を出した。政治面や工作面では素人だったと自称しながらも、その闇と関わらざるを得なかった者の言葉だった。そして、彼はこうも付け加える。
「情報を制する者は世界を制するとも言いますが、つまり、それだけの責任と義務、覚悟が伴う事でもあります。それを忘れてしまうと、皆さんの心さえ台無しになりかねません」
「手に入れた情報の扱いは慎重にって事だね。誰かを吊し上げたり脅したり、全く関係ない事にも使っちゃいけない。情報を集めるのも、それを使って動くのも、最初の目的に沿ったもののみ」
  入江の警告を魅音が自分の言葉に直して言い、詩音が頷く。その後にレナが、落ち着いた声で賛成した。
「分かってくれる人はいる筈で、そんな人がどこにいるか知るのに、その人とお話して行くのに雛見沢の皆の力を借りる。それは本来、汚い事なんかじゃないと思う」
「さーて。もうないのかい? これぞという案は!?」
「ういっス! 漢・亀田が沙都子ちゃんをイメージした、否、沙都子ちゃんそのものなゴージャスパフェの開発を提案するっス。名付けて、“沙都子スイーツ”!! そう、それは甘さのトラップ。バナナカスタードヘアにはカチューシャフルーツ……」

 会議は重ねられ、それぞれの案が実行に移されて行った。
  秋祭りのなかった雛見沢に地域振興の行事をと提案し、その第一回目を沙都子主役の祭にと、重ねて企画を出す。ダム戦争と連続怪死事件の影を払拭し新生する雛見沢の象徴として、沙都子がふさわしい。そんな趣旨も固め、主に圭一と梨花で町会へ交渉した。
  園崎家の後押しもあり、また、事情を村長始め役員の多くが知っていた事から、話は追い風で進んだ。しかし――ここでもまた、圭一の“口先の魔術”は炸裂した。
  一部には事情を知らない者も、沙都子や誰か一人を主役に持ち上げる事、秋祭りをわざわざ開く事を疑問視する者もいた。幾分消極的な空気もあった。そこで圭一は口先の限りを尽くし、説き伏せ、場を沸き立たせたのだ。
  住民調査はレナ中心で行われた。最初は村を回り、通りがかりの井戸端会議に混ざったりする。そこから沙都子の話を振り、どんな空気が感じられる、どの家の誰がこう言ってた等の話を控えて行く。
  詩音は、集められた情報の整理や分析を担当した。コピーした雛見沢全域の住宅地図とリストにマーカーや鉛筆で、沙都子への悪意に乗った世帯や個人の様々な内容を書き込んで行く。
  レナ達はただ話を聞くだけじゃなく、沙都子の話へ関心を向けていた人に、更に広く話を聞いてみてほしい、聞いた事を教えてほしいと頼んでいた。
  地図とリストには悪意の分布が、二週間弱でほぼ網羅され、感情の強さ等で段階別色分けもされていた。分布図は一応の完成を見ると同時に、早速修正が入る。小レベルでリスト入りしていた三人と中レベルの一世帯とが、診療所仲間のお年寄り達の説得でレベル外になったと情報が入ったのだ。
「幸先イイねえ。この分なら、祭が準備に入りゃもっとハイペースで削れんじゃない?」
  早くも現れた成果に、魅音は満足げに言う。彼女はこの二大作戦の総司令役だった。園崎家への働きかけや、町会や入江、大石達警察と言った外部との渉外も担当していた。

 そんな話の間も、倉庫周りへのごみ撒き等の嫌がらせは続いていた。悪戯電話も多く、数日前から電話のコードを抜いていた。
  布団を敷いている時、沙都子が、倉庫裏に今日仕掛けたトラップの事を話した。
「真夜中こそこそやって来たら、すぐ分かるんですのよっ。をーっほっほっほ」
「あうあう、覚えてるのです。この前作り方教えてくれたものですね」
「ええ。やはり羽入さんは見込みある弟子ですわ。わたくし、怯えてばかりじゃいられませんもの……これが祟りだと言うなら」
  沙都子のそのトラップは、消灯から三十分もせず作動した。木の打ち合う音で三人は同時に飛び起き、顔を見合わせる。
  続く慌しい複数の足音。更に別のトラップが作動し、空き缶が飛び火薬の弾ける音。
「来ましたわ」
「あ……沙都子っ!?」
  布団を出た沙都子は、パジャマ姿のまま駆け足で部屋を後にした。梨花と羽入も布団を出て沙都子を追う。二人が階段を下り切った時、裏手から沙都子の悲鳴が響いた。
「きゃあああああっ!」
「こん厄病モンがあっ! 食らわんかいっ」
  幾つもの声が混じり、悲鳴は更に続いた。
「沙都子!」
  倉庫を出た二人は声の方へと向かう。4人ばかり、大人と思しき影が視界に飛び込んで来た。トラップの足縄に捕らわれていた一人を他の者が助け出している。
  残り二人がバケツの生ゴミを辺りに撒き散らし――その足元に、沙都子が倒れていた。汚物は、彼女の上にも降り注いでいる。
「沙都子! 沙都子っ!」
  梨花達に気付いた彼らは、箱や袋を投げ捨て二人へと突進して来た。
「何じゃ、どかんかいっ!」
  それは、唯一の退路に二人が立ち塞がっていただけの事だった。気付いた梨花は彼らを睨みつつも脇へ飛び退く。だが、羽入は、その場に立ち竦んでいた。

<続く>