くらうどのなく頃に
ペンネーム:黒崎うちうみ
この世には、未だ人知で推し量る事の出来ない様々な現象が存在する。だがそれとは逆に、科学的に説明可能な現象であるにもかかわらず、それは怪現象なのではないかと、人々の心のどこかで矛盾した恐れを抱いてしまう現象がある。
そしてその現象は、とあるモノが起こす怪現象なのではないか、と。
人はそのモノを時として「妖怪」と呼ぶ。 妖怪などという存在が、果たしてこの世に存在するものなのだろうか?
これからする話は、ある小さな村に住む少年と少女が遭遇した一つの事件である。彼らが遭遇した事件は説明可能なただの事件だったのか?
それとも―――
「ごめんね、圭一君!いつもレナの宝探しに付き合ってもらって!」
ごめんと言いつつ、レナは上機嫌にブンブン!とナタを振り回しながら言った。
延々と田んぼの続く道すがら。放課後という一番のお楽しみ時間を、ゴミ山なんかに行かなきゃならないんだ?
などとは不思議と思わない。
「んー?まあなんだ、あのゴミ山からレナのお宝を引っ張り出すのには男手も必要だろ?だから俺を誘ったんだろ?」
「え?うん、まあそうだけど・・あ!圭一君!あれはゴミ山なんかじゃないんだよ!宝の山なんだよ!だよ!」
と、俺に抗議しつつもレナは嬉しそうだ。まあ、だからかもなとふと思った。あえて理由
を付けるなら、俺が一緒にあのゴミ、じゃなくて宝の山に行くのは、そうするとレナがすっごく嬉しそうだから、かもしれない。
「圭一君どうしたの?ぼーっとして、何を考えてるのかな?かな?」
「うおっ?!」
何考えてんだよ、俺!しかもそんな事考えてる表情をレナに見られた?!急に恥ずかしくなって顔面も何だか熱い!俺は顔面をバシバシ叩きながら、誤魔化す方法を必死で考えていたのだが、
・・ぎゃあ、お・・ゃあ・・
ん?考えてていた俺の耳に、何か・・そう!鳴き声のようなものが聞こえたのだ。
動物、じゃない気がする。くぐもった声で聞き取りにくかったがそうじゃない。胸がざわざわする。あの鳴き声ってまさかだろ?!
「レナ、今なんか鳴き声がしなかったか?」
するとレナの表情も幾分か強張ったものになっていた。
「うん。ねえ圭一君、あの声ってまさか・・」
レナがその声の正体を言おうとする前に、
・・おんぎゃあ、おんぎゃあ・・
やっぱり!あの声が再び聞こえてきたのだった!
「おい、こりゃ動物なんかじゃねえぞ!」
「うん!でも、どこから聞こえてくるんだろ?だってここ家なんてどこにも無いんだよ?!」
確かにレナの言うとおりだ。辺りは田んぼばかりで道の先はレナの宝の山しかないのだ。
こんな所にあの声は、聞こえるハズもないのに!
・・おぎゃあ、おぎゃあ・・
また・・!聞こえた方向に自然に目が向いた。そこは、古びた木で出来た小屋だった。農機具などを仕舞っておくための小屋、だろうか。
この小屋から、だ。
俺とレナは恐る恐る小屋へと近付く。間違いない。鳴き声の出所はここなのだ。
「入って、みる?」
レナがためらいがちに言うのもムリも無い。
だが確かめないわけにはいかない。俺は扉の取っ手に手を掛けそれを引いた。
みしみし軋んだ音を立てて扉が開く。その向こうには―――
小屋のの中には山のように積まれたワラがあった。
そしてその上に、
「おぎゃあ、おぎゃあ」
タオルケットに包まれて、顔は見えない。だがワラの上に身を横たえている、赤ちゃんがそこにいたのだった!
「ウソだろ?」
俺はよろめいて壁に手を付いた。何で赤ちゃんがこんな所に?
「おぎゃあ、おぎゃあ」
「赤ちゃん泣いてる!と、とりあえず、レナがあやすね?」
言ってレナが赤ちゃんを抱き上げる。
一瞬俺はレナを止めようとした。背筋にぞわっと悪寒が走ったからだ。
・・・ふと思い出したのだ。人里離れた山奥で、不意に聞こえてくる赤ん坊の声。その泣き声が聞こえる方へと向うと赤ん坊が何故か居る。おかしいと感じつつも火の点いた様に泣くその子を抱きかかえると、その顔はおじいさんの顔をしているという、妖怪の話を。
ははっ!何考えてんだよ俺は。それこそあり得ない話だ。妖怪だって?そんなものが居るはずがないじゃねーか!
そんな事を考えていたからだろう。赤ちゃんの泣き声が少しヘンだ。低くこもった様なその泣き声は、まるで。
と、考え込んでいた俺の耳にレナが赤ちゃんをあやす声が流れて来た。へっ!何だよ、微笑ましいモンじゃねーかよ!こんな光景を見ちまうと、俺は何てバカな事を考えてたんだって・・・
「は〜い赤ちゃん、もう大丈夫だよ!よ〜しよしよし・・・嘘だッ!!!」
レナが赤ちゃんに向って鬼の形相で叫んだ事によって、考えてたバカな事など本当に完璧に吹っ飛んでくれたっておい!
「レナ!何やってんだよ!赤ちゃんに向かって!」
「け、圭一君。こ、これ・・」
レナが恐る恐る赤ちゃんを差し出してきた。俺はそれを覗き込み――分かった。レナが叫んだ理由が分かった。
「おぎゃあ、おぎゃあ」
あいも変わらず低い声で泣き続ける赤ちゃん、いや、赤ちゃんという形容も今は出来そうにない。だって今、空想が現実になったのだから!
「居るんだな、子泣きジジイって・・・」
そう。この赤子の顔は間違いなくおじさんの顔だ。赤ちゃんとは思えないほどの!
だがしかし!俺たちが驚愕したのは子泣きジジイがこの世に本当に存在したという事実ではないのだ。その子泣きジジイの顔が問題なのだ!
「大石・・さん?」
と、尋ねたくなるほどソックリ、つーか大石さんだよ!大石さんそのものの顔をしてるんだよッ!
「何?何だろうこの子?圭一君!」
レナが完全にパニック状態だ。
「大石さんの赤ちゃん、なのかな?でも、顔が幾らなんでも大石さん過ぎるよね?!そのものだよ?だよ?こんな事ってあるのかな?」
いや、それよりもこの仮説をレナに聞いて欲しかった。
「レナ、現実を見ようぜ。こんな赤ちゃん居るわけないぜ」
「じゃあこの赤ちゃんは何だって言うの?!」
「俺も、あの伝説の存在がこんなに大石さんに似てるとは思わなかったんだけどコイツって、子泣きジジイってヤツじゃねえか・・?」
今にも大石さんの声で反論して来そうな、この赤ちゃんの顔を見ながらそう言うと、
「いえいえ、私はそんな面妖な存在じゃありませんよぅ?」
「ぎゃあああ!返事したあああ?!」
あの声だ!大石さんヴォイスで喋ったぞ?!ってことは、
「お、大石さんなんですか・・?」
「それは分かりかねますねえ。、少なくとも私は大石という方ではないと思うんですがねえ」
「ええ?!そんなに似てるのに?」
「そうだよね。レナ、もしかしたら大石さんが赤ちゃんになっちゃったのかなって思ったのに」
「はっはっはっ。私はそんなに大石さんという方に似ているんですか。ならば当面は大石さんと呼んで頂いても結構ですよぅ?んっふっふっ!」
何だ?何なんだこいつは?!
「じゃあ、あなたの本当のお名前は?それに、どうしてこんなに喋れるの?」
「おやおや、お嬢さん・・レナさんですか?レナさんは私に興味津々なんですねえ?いいでしょう!何でもお答えしますよぅ?とはいえ、私に分かっている事は2つだけですが」
「2つ?」
「ええ。まず私が生まれ着いてのダンディ赤ちゃんだという事です」
「ダンディ赤ちゃん?!」
「そうです。よく居るでしょう?幼くして九九の言える子、卓球の上手な子。天才少女だの天才少年なんて言われますよねえ?アレのダンディ版です。私は幼くしてダンディに生まれついたというわけです」
「え?それって天才ってことなの?」
「いえいえ、ただダンディなだけです。平たく言うとそこいらの中年と大して変わらない顔と知性を赤ちゃんの段階で備えた存在、それが私です。どーですぅ?びっくりなさったでしょう?」
それは、残ね・・いやいやっ!深くは突っ込むまい。聞いておかなければならない話題もあるしな。
「で、お前のお父さんとお母さんはどうしたんだ?」
「それがよく分からないんですよ。名前も知りません」
「どうしてだよ?!天才じゃないにしても中年の脳が備わっているんなら、名前くらい分かるだろ?」
「それがですねえ、私、ダンディに生まれついたと申しましたが、それが覚醒したのはつい最近なんです。ええ。ある朝目覚めると、私はダンディな脳を獲得していました。
いわゆる中年脳です。その脳の言う事に従うまま行動していたら、父も母も居ないこんな所に来ていたというワケでして」
「中年脳がどんな指令を出したってんだ?」
「口元が寂しいからちょっとタバコを買いに行こうと」
「それが赤ん坊の考える事かあああ!」
「そこが中年脳の悲しいサガでして」
「少なくとも赤ん坊の体には悪いから止めとけ!口元が寂しいんな体相応におしゃぶりでもしてろよ!」
「しかし自分で言うのもなんですが、この中年顔でおしゃぶりをしゃぶってる絵というのは見られたものではありませんよぅ?」
うわあ〜・・確かに見られたモンじゃねえ画像が浮かんできちまった。消えろおおお!
「で、そろそろみなさんをここにお呼びした本題に入りたいんですが、よろしいですか?」
「俺たち呼ばれたのか?!」
「私の必死な赤ちゃん泣きに、みなさん駆け込んでいらっしゃったじゃありませんか」
「普通に喋って呼べば良かったじゃねーかよ」
「そこはホラ、私も赤ちゃんとしてのポリシーが邪魔する所でしてねえ。んっふっふっ!」
「面倒なヤツだな。で、何だよ俺たちを呼んだ理由って?」
「実はですねえ?私、頭脳はダンディしかして体は赤ちゃんです。その体の部分なんですが・・・先ほどから、なぜか震えが止まらないんですよ」
ガタガタガタガタッ!と、怖いぐらいに急に震え出した!
「いやいやっ!さっきからじゃねーじゃねーかよっ!今急に震え出したぞ?!」
「はっはっはっ、いえね?お二人とのお話の最中に震えては失礼かなーと、この中年脳が思いましてね?必死にガマンしていたんですよ」
「ガマンする所じゃねえええっ!中年脳の話よりも、真っ先に俺たちに話すべき内容だあああ!」
「で、如何でしょう?助けて頂けませんかねえ?」
朗らかに微笑みながらガタガタ震えるな!怖ええ!
でも、助けなけりゃしょうがないだろ?!
「どうしよう圭一君!ガタガタしてる!この子もの凄くガタガタしてるよ?!」
「見れば分かる!どうするって・・あ!監督!監督の診療所に連れてくしかねじゃねーか!」
「そ、そうだね!」
「診療所に急ぐぞレナあああっ!」
バーン!と小屋の扉を蹴破り外へと飛び出した。
「でも圭一君!ここから診療所までってすごく遠いよ?!」
ぐはっ、確かにレナの言うとおりだ。事態は急を要するってのに!じゃあ、じゃあ!
「近くで電話を借りて、それで監督をこっちに呼べば良い!だろ?!」
「ここじゃあ電話がある家だって遠いよ!」
「だああっ!じゃあその中でも近い家まで全力ダッシュするしかねえってのか?!」
「えーとえ〜と・・あっ!交番!ここからだと、交番が一番近いかも!」
病人が相手じゃあ警察じゃお門違いかもしれないが、単に電話を借りる以上の、何とかしてくれるかもしれないという淡い期待が交番という言葉で沸いて来た!
「交番に急ぐぞレナ!」
「うん!」
俺たちは走った。無我夢中で交番までの道のりを。だが、くそっ!こんな時だけ時間がゆっくりのろく感じられる。何時までたっても、いくら走っても交番の影も形も見え
やしない!
じりじりと焦れるその時間がしかし、俺に気付かせてくれた。そうだ、レナは赤ちゃんを抱えながら走っているのだった。ここはやはり、男である俺が代わってやるべきだろう。
「おい、レ・・」
レナも俺と同じく必死に走っていた。片方の腕で赤ちゃんを抱え、もう一方の腕を一分、一秒でも早く走ろうと、
ブンブンッ!ブンブンブンッ!
ナタを持った手を大きくブンブン振り回し、その力を走力に変えて!
危ねえ?!俺は思わず飛び退いて距離をとった。レナ、必死のなのは分かるが、そのナタ回し走法は周囲にとって危険極まるぞ?!
けど・・・何だ?このナタ回し走法。俺の心をザワザワさせるものがあった。身の危険以外にも、何か、何か危険を感じるのだ。何だ?
必死な形相で赤ちゃんを抱えて、ナタを振り回しながら疾走するレナ。向う先は交番だ。
・・・絶望的にヤバイ気配が漂ってるんじゃねえか?!
止めないと!レナを止めないとダメだ!けど、今まで全速力で走ってきたせいで息切れして、声も出なくなっていたのだ!更に、あんなに姿形も見えなかった
交番が、すぐ目の前に見えていたりするのだった!
うおおおお?!何でだ?!やって来て欲しい時は散々焦らして、こんなピンチには待った無しで来やがって!時間のバカ野郎おおお!
時間を呪う間も無く俺たちは交番に倒れ込むように駆け込んでいた。
「どっ、どうしたのかね君たち?!」
突然交番に駆け込んで来た俺たちの様子に駐在さんが飛び出してきた。言わなきゃならないことがある!
だが、
「ゼエ、ゼエ、ゼエッ!」
全力疾走の結果だ。とてもじゃないが言葉が出ない。それはレナも同じだったのだが、震える膝を押さえつけ立ち上がり、駐在さんにキッ!と目で訴えた。
「何か事件でもあったのかね?!」
だが、目だけで物事が伝わるわけも無い。
だからレナは本当に伝えたい事を、残る力を振り絞って、腕に抱いた赤ちゃんを指し示した。
・・・レナ愛用のナタで。
え?レナ?片手に持ってるのはナタだからしょうがないけど、それは見ようによってはさ!
駐在さんの表情がみるみる変わる。レナの言いたい事が伝わった・・・とは言い難い顔に!
駐在さんの目が3点に向って動く。険しい表情のレナ、ナタ、赤ちゃん。レナ、ナタ、赤ちゃん。
レナ、ナタ、赤ちゃん!そして、そこから導き出された結論はッ!!
「ひっ、ひひ雛見沢にて、幼児人質事件発生えええ!」
フォルスターから拳銃を引き抜くと、俺たちに向けて構えつつそう宣告した!
ぎゃあああっ!やっぱり誤解された!誤解されたあああ!ナタと赤ちゃんという組み合わせがやっぱり誤解を招いたあああ!
だがッ!忘れてはならない!これは本当に誤解なのだ!俺たちは赤ちゃんを助けたいのであって、ナタはレナの標準装備なだけなのだ!だがその誤解を解こうにも未だ言葉が出ず、だから俺は必死に手を振って、違うんだ!と、駐在さんの誤解を否定した。
レナもまたこれは誤解だと、ナタを左右に振って否定するも、
「凶器を振り回すのを止めなさあああい!あ、危ないだろう!話はちゃんと聞くから落ち着きなさい!」
レナッ!ナタで物事を表現するのは禁止だあああ!伝わらないから!危険さしか!
だってのにレナはまだナタをブンブン左右に振っている。レナが今、言いたい事は分かる。きっと、
「このナタは凶器なんかじゃないんだよ?かぁいいものを見つけ出すためのレナの必須アイテムなんだよ?だよ?」
と、言う代わりにナタを振ってるんだろ?でもな?!
「分かった!分かったから兎に角、落ち着きなさい!だが、赤ちゃんを人質に取るのは人としていかがなものかと思う! だから!本官が代わりに人質になろう・・!これで話し合いを進めて行こうじゃないか!な?!」
誤解が誤解を呼んで大事になるだけなんだぞレナ!
そして、拳銃を置いて両手を上げならこっちに来ないでくれ駐在さん!そんなの俺たちの要求じゃねえええ!あ?!レナがまだナタを振ってる!バカ!振ると、
「本官の提案をあえて拒否するかあああ?!」
ホラ、伝わってないから!くそっ!喋れたらこんな誤解なんてすぐ解けるのに!
そんな俺の想いを察してか。喋れる者が仲裁に入るべく声を上げた。
「おやおや、どうも私のことで誤解があるようです
ねえ?では私からご説明差し上げましょうか?」
「だっ、誰だ?!誰が喋ってる?!」
駐在さんはビクッ!と辺りを見回した。だが誰も見つける事は出来ないだろう。居るとすればそいつは元々目の前にいたのだ。
レナに抱かれて背を向けていただけで!そいつが、今こそ振り返った!
「やあ、どうもどうも。私の事でご迷惑をお掛けした様で。お初に目に掛かります」
「は・・?大石、さん・・?」
先ほどの勢いもどこへやら、憑き物が落ちたよう大石さんの顔をした赤ちゃんの顔を食い入るように見つめた。
「おや、あなたも大石さんをご存知で?しかし、私は大石さんではありませんよぅ?いや、それもどうでしょうねえ。本当のところは分かりません。何せ頭がダンディに生まれついただけで、記憶が無いものですからねえ」
「は!?」
「おっと、突然こんな事を言われても混乱するだけですよねえ。こんな時はそう、自己紹介から始めるものです。ではまず名前から。
「お初に目に掛かります。私、
大石・みたいなモノ
と申します。どうぞよろしく」
「大石・みたいなモノ?!な、何だその名前は?!」
「ええ。私は自分が何者なのか分かりません。しかし、会う人会う人が私を大石さんと呼ぶ。ですが大石さんという方は赤ちゃんではないという・・。 それらの意見をまとめて考えてみると、大石さんであって大石さんではない私は、「大石・みたいなモノ」だなあと愚考したワケです。どうですぅ?まさに私にぴったりの名前だと思いませんかぁ?んっふっふっ!」
話を聞いていた駐在さんの顔が強張った。(何てことだ・・自己紹介を受けたというのにッ、ナゾ、深まるばかり!)
「もう、これは!私の手に負える事件ではない!署に、興宮署に応援要請を!」
ダッ!と交番の電話に駆け寄り,
「興宮署ですか?!今こちらに、ナタを持った少女が大石・みたいなモノを名乗る不可思議な赤ちゃんを人質にしましてッ!」
うおおお事件になる!事件になっちまうぞおい!そうじゃないんだって!と、手を振るがこんなんじゃダメだ!駐在さんを止めないと!
すると、ダッ!と隣でレナが飛び上がった。その跳躍は弧を描いて――ああ、レナ?そうやって止めるんだ?大上段に振りかぶったナタを、
ヒュゥゥゥン・・ガスッ!
「うッ?!」
首に叩きつけて。たちまちの内に気絶する駐在さん。峰打ちだろ?!まさか峰打ちなんだろうけどさ!
「あ、危ない所だったね、圭一君。もう少しで、じ、事件になっちゃう所だったね」
事件になるのを止めようとしての行動だったんだろうが、
「止めたつもりが本格的な、ザ・事件になった感じだぞレナ!もう少しやりようがなかったのかよ?!」
ようやく声が出せるようになって、レナを咎める様な口調でまくし立てる。
「でもっ!この子すごく震えてたし!こんな回り道してるワケにはいかなかったんだよ?だよ?」
「そりゃそうだけどさ!」
「そういえば君、大石・みたいなモノ君だっけ?大丈夫?!今すぐ診療所に連れて行くからね?それまで頑張って!」
「いえいえ、私のことならそんなお気になさらず」
と、一人落ち着いた声を出す大石・みたいなモノ。
「え?だってあんなにガタガタ震えてたんだから、ダメだよ!」
「いやーその事なんですがねえ?もうすっかり良くなりまして。震えもピタリと止まりました。ご心配お掛けしました」
「えええ?!あんなに震えてたのに?!何でだろ?!だろ?!」
「なっはっはっ!何でなんでしょうねえ?今のあなた方とお巡りさんのやり取りに、震えを忘れるほどビックリしたからでしょうかねえ?まあ、兎にも角にも良かったじゃあありませんか、ねえ?んっふっふっ!」
「そ、そうだね。良かったね。ね、ねえ!圭一君!」
レナが無理に作った笑顔に返した俺の返事は、レナには想像も出来ないものだったろう。「なあレナ、こいつをここに置いて、俺たちはもう行かないか?」
「な、何言い出すの圭一君?!この子を一人にするっていうの?!」
「一人じゃねえよ!駐在さんだっているだろ?目が覚めたらきっとこいつのためにきっと良くしてくれるさ!」
「そうかもしれないけど・・圭一君、急にどうしたの?」
怖いものを見るかのようにするレナに俺は言いたかった。そんな目をするなよ。俺だって怖いんだ。レナと同じ目を俺は向けているんだ。コイツに。 大石さんみたいな赤ちゃん。常識で考えればこんな奴居るわけがない。百歩譲って顔はこんな顔の赤ちゃんも居るかもしれない。だが、こんな風に大石さんのように喋り考える赤ちゃんなんて常識の外だ。
いや、今更だって事は分かってる。最初に出会った時だってそう思ったさ。だが、今は戸惑いなどより、恐れが俺の心を支配している。 こいつは、俺たちを陥れようとしているのではないか?そんな風に考え始めたからだ。何故かって?答えはカンタン。あんなに震えてた奴が、急にそれが治っただって?この騒動のお陰で?あり得ない!そうじゃないんじゃないか? この騒動が、「終わったから」震える必要が無くなったんじゃないのか?
俺は知っている。こちらに何の罪がなくとも、出会っただけで不幸になってしまう存在を。でもそんな存在は常識の外のモノなんだ。そんな事を日常で言ったら笑われるに決まってる。 でも、今目の前に、常識の外の存在がいる時は、どうなんだ・・?
すると、その恐怖の源が朗らかに笑った。
「いやいや、それが良いんじゃないでしょうかねえ?私も前原さんの意見に賛成です。私は並みの赤ちゃんと違い喋れますからねえ。お巡りさんの目が覚めたら、自分の事と、さっきの事は誤解だったのだと説明しておきます。今までご面倒お掛けしました。私の事はもう大丈夫ですから、さあ、行って下さい」
「でも・・」
「ああ言ってるんだ!行くぞ、レナ!」
まだ後ろ髪引かれているレナの手を強引に引っ張って交番を出て行こうとした。まさにその時だった。
ぐぅぅぅ。
腹の音が高鳴って、アイツが高らかに笑った。
「いやいやどうも、お恥ずかしい音をお聞かせ
してしまいました。恥ずかしいんで、早く行って頂けませんか?んっふっふっ!」
「お腹、空いてるの?」
「おいレナ!」
その腹の音にレナが再び交番に戻った。
「いやいや、自分のことがどうにかなりそうだと安心したらお腹が空くなんて、赤ちゃんの体は現金なもんです」
「そんなの仕方ないよ!じゃあ、どうしよう。何かゴハン持って来るね!」
「おいレナ!俺たちはもう行くって言ったろ?!」
「だってこんなにお腹空いてるのに、圭一君
見捨てていけるって言うの?!」
レナが詰問口調で言うのにたじろぐが、早く俺たちは行った方が良い気がするんだよレナ!
ぐぅぅぅ。
どんだけお腹が空いてるって言ったって、
ぐぅぅぅ。
少しくらいは我慢が出来、
ぐぅぅぅっ!
もう少しすれば、そこでのびてる駐在さんも目が覚めて!そしたら、
ぐぐぐぐぐぅぅぅぅッ!
「腹の音うるせえなっ!どんだけ腹空かせてんだよお前ッ!さっきまでそんなそぶり全然なかったぞ?!」
「いや〜お恥ずかしい限りです。どうぞ私にお気遣いなく行って下さい」
「そんなにぐうぐう腹鳴らされてるのに無視出来るほど鬼畜じゃねーんでな!じゃあちょっと待ってろ。 レナ、子供用のミルクって雛見沢で売ってるのか?」
「あ、それなら多分・・・」
と、俺たちが話を進めていくのにコイツは待ったをかけた。
「ちょっと待って下さい。ご好意誠に感謝いたしますがねえ?一つ問題がありまして」
「何だよ?」
「私、市販のミルクはどうも体に合わないらしく、天然のミルクしか受け付けないよ
うでして。その点も考慮して頂けると有難いんですがねえ。んっふっふっ!」
「天然って・・」
言葉に出すのは、はばかられるがやっぱり、
「圭一君、天然って、アレのことかな?かな?」
「まあ、フツーに考えたらアレしかねえんだろうけど・・」
レナと2人、困惑しながらヒソヒソと密談っぽく囁きあう。
「どうしよう。やっぱりお母さんを探さなきゃダメって事かな?かな?」
と、そのレナの考えを耳にしてヤツは助け舟を出したつもりで言い放った。
「いえいえ、天然モノであれば実母でなくても当方一向に構いませんので、どーぞご懸念なく」
「懸念するわあああ!妙な言い回しするなッ!けどよ、そうは言われても俺心当りなんて無いぜ?レナの方はどうだ?」
「うん・・心当りって言うか・・何とかしてくれそうな人なら、一人いるかな!」
「本当かよ?!誰だよそれ?!」
ぐぅぅぅ。
「誰って、圭一君もよく知ってる」
ぐぐぐぐぅぅぅッ!
「分かってるから急かすなよ!絶対ミルクを飲ませてやるからッ!」
「済みませんねえ。急かしているつもりは無いんですが、体は正直でして。んっふっふっ!」
「大変!急いでミルクあげなきゃ!行こ!
圭一君!」
「おい!だから誰の所に行くつもりなんだよ!」
「付いてくれば分かるから!」
レナはヤツを抱えて交番を飛び出した。って!
「おいおい!そんなに走ったらさっきの二の舞じゃねーかよ!いざって時に何も喋れなくなる!落ち着いていこうぜ?!」
「でも急がないと!」
ぐぅぅぅううぅぅッ!
「ね?」
「急かされんなあこの音ッ!」
「すみませんねえ。まあ、お二人が喋れなくともご心配なく。今度は私が喋ってみますので」
「お前が?!」
「ええ。そうそう、さっきのお巡りさんの態度を見ると、私に似ている大石さんという方、刑事さんか何かですか?」
「ああ、そうだけど?」
「それは面白いですねえ。では、刑事流の落とし方で、天然ミルクを手に入れて見せますよぅ?
んっふっふっ!」
「刑事流?!何だそりゃ?!」
「見た目は赤ちゃん!顔は大石!その名は!大石・みたいなモノ!に、ドーンとお任せ下さい」
「どっかのちびっこ名探偵みたいに決めてんじゃねえ!」
コイツを抱えながら走るレナを追って走る。レナに
心当りがあるという、その行く先は―――
<続く>
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