Traveる

ペンネーム:教興大征

■あらすじ

ツッコミが得意な元普通の少年・前原圭一の日常は、
ちょっとした青春と地球の滅亡が隣り合わせになって存在していた。
圭一にはふたりの気になる少女がいた。
ひとりは宇宙の萌え支配者であるプリティー星の第一王女にして少年のフィアンセである北条沙都子。
もうひとりは宇宙人抹殺を夢見る学園のアイドル心のオアシス・竜宮レナ。
沙都子が宇宙人だとばれれば、レナに殺されてしまう。
そして、沙都子が殺されれば地球は破壊されてしまう。
沙都子と地球の明日を守る為に圭一は今日も孤軍奮闘戦い続ける。
沙都子がおかしな発言をするたびに宇宙人だとバレないよう、
圭一は“Traveる(とにかく騒ぐ)”ことで危機を乗り切るのだ。
そして、今日も沙都子の兄のムゥ・サトシや金髪アロハシャツこと
北条鉄平も加わった大騒動が始まる!

 
   
   
   
 

Traveる

ペンネーム:教興大征

北条沙都子は宇宙の萌え支配者プリティー星の第一王女だ。
  そして、俺こと前原圭一の双肩には地球の命運が掛かっている。
  そんな俺はお騒がせ娘沙都子と憧れのレナと共に楽しく危険な学園生活を送っている。
  俺が今言えるのはそれだけだ。

 北条沙都子は宇宙人だ。だから地球人とは若干感性が異なる。
「休み時間とはいえ教室で寝ているお間抜けさんには額に『内』と書いて馬鹿にしてやりますわ」
  連日続く騒動に疲れ切り仮眠を取っていた俺は少女の声と油性マジックのインクの臭いで目を覚ました。
「うん?」
  みんなが俺を見る目がおかしい。笑い出しそうになるのを必死で堪えている。俺はとりあえず自分の顔を触ってみた。が、何も付いていなかった。
「圭一くん、はいこれ」
  訝しがる俺にセミロングヘアの少女が手鏡を貸してくれた。少女の名は竜宮レナ。そこらのアイドルよりもずっと可愛くて気立ての良い女の子だ。俺が雛見沢の生活に慣れることができたのもレナの献身的なサポートのおかげだ。
  俺はそんなレナが、好きだ。
  まだ気持ちを打ち明けたことはないけれど、いつか告白して彼女になって欲しいと思う。
「ありがとう、レナ」
  俺はちょっとドキドキしながら鏡を受け取ると自分の顔を映してみた。額に大きく『内』と書かれていた。何故『内』なのかは分からない。だが、犯人に関しては全部分かった。
  俺はちょっと困り顔を浮かべているレナに鏡を返すと、額におかしな文字を書いてくれた犯人に向き直った。
  ショートカットを黒いカチューシャでまとめ、小生意気そうな笑みと八重歯を覗かせる年下の少女に向かって俺は激烈に言い放った。
「沙都子ぉーッ、人のおでこにイタズラするんじゃねぇーッ!」
「教室といえば戦場も同じなのですわ。隙をみせる圭一さんが悪いのですのよ」
  涼しい顔をして返す沙都子。こいつの言葉遣いが普通と若干違うのは、沙都子が宇宙人だからだ。
「そうか。それがお前の返答か……」
「圭一さんには宇宙で一番いい男になって欲しいゆえの愛の鞭ですわよ」
  交渉決裂。犯人を捕獲し制裁を加えるプランBに移行する。
「待ちやがれぇーッ! 捕まえたらそのおでこに特大のデコピンをお見舞いしてやる」
  俺は全速力で走り出し沙都子を捕まえんと手を伸ばす。沙都子は俺の行動はお見通しとばかりに軽やかに身をかわす。そして窓付近まで移動すると、立ち止まってこちらを振り返った。そして左手を顎に当ててお得意の高笑いを教室中に響かせた。
「をーほっほっほ。捕まえられるものなら捕まえてご覧なさいな」
  沙都子は右手を上げながら指を鳴らす。すると俺の頭上に金タライが降り注いで来た。
「そんな攻撃が、いつまでもこの前原圭一様に通じると思っているのか!」
  俺も事前に準備していたブリキのバケツを頭にかぶることで衝撃を和らげる。だが、何度も喰らえばこちらの身が保たない。これは沙都子が俺を仕留めるのが早いか、俺が沙都子を捕まえてデコピンを喰らわすのが早いかの真剣勝負なのだ。

「どうしました、圭一さん。動きが鈍くなって来ましたわよ」
「へっ、そういう沙都子こそ、もう逃げ場はねえぞ」
  あれから数度の突撃を試みて確かに俺は沙都子を追い詰めている。だが沙都子からの金タライ攻撃はその激しさを増している。
「それにしても沙都子のトラップは凄いのです。タライが雨あられと圭一に降り注いでいるのです」
「まるで魔法のようなのです。あぅあぅ」
  梨花ちゃんや羽入が絶え間なく繰り出される沙都子のトラップワークに驚いている。そりゃあ、驚くだろう。だってあれは、トラップなんかじゃなくて沙都子が唯一扱える魔法なのだから。
  沙都子は魔法で空中に金タライを召喚し、それを俺の頭上に落としている。これが金タライ落としの真相だ。
  沙都子が魔法使いだと知られないように、俺は必死になってあいつはトラップワークの名手なのだと言いふらした。おかげで今では沙都子は米軍特殊部隊も恐れるトラップマスターとして知れ渡り、誰も魔法使いだとは思っていない。何しろ魔法使いだなんて知られたら、そこから宇宙人だってバレかねないからな。
  沙都子が何かおかしな事を言ったり始めたりした場合、俺は“Traveる”ことにしている。Traveるとは、T(とにかく)Rave(騒ぐ)の意味だ。注目を俺に集めることによって、沙都子の奇行を目立たなくさせる。沙都子が何かする度に俺がそれ以上の騒動を起こして尻拭いをしているので、俺の社会的評価はエラいことになっていく一方だ。が、これも地球の未来を護る為と思えば安いもんだ……。そんな風に思い込みたい、涙がちょっと込み上げて来る14の夏。

 戦いは最終局面を向かえ、傷付きながらも俺は遂に沙都子を追い詰めた。
「もう逃げ場はねえぞッ!」
  チェックメイトだと思った次の瞬間、沙都子は意外な行動に出た。
「レナさん、助けてっ! 圭一さんがいじめますわぁ」
  沙都子は俺の隣にいたレナに助けを求めたのだ。明らかに演技くさかったが、可愛らしい顔立ちをした年下少女の涙目は可愛いもの好きのレナのハートを直撃した。
「圭一くん、沙都子ちゃんをいじめちゃ駄目だよ」
  沙都子を正面から抱きしめながらレナは言う。これにより俺が沙都子を制裁することは不可能になった。がっくりと肩を落とす俺。レナの胸の中で勝ち誇る沙都子。
「それから沙都子ちゃんもあんまりイタズラしちゃ駄目だよ。いくら優しい圭一くんでも怒っちゃうよ」
  レナは一応沙都子に注意をしてくれたが、勝敗は明らかだった。

「沙都子はその有り余るエネルギーをもうちょっと有効活用できないのか」
  次の休み時間、俺は沙都子に対してとりあえずお小言を言ってみた。
「全ては愛する婚約者の圭一さんの為を思えばこそですわ。それに有効活用とは何ですの?」
  のれんに腕押しだった。ちなみに婚約者に関する説明は今パスだ。確かに俺と沙都子は婚約者なのだがその件は話したくない。
「うーん、例えばだなあ。裏山の美化活動に励むとか他人様の役に立つことをだな」
「あんな西武ドーム3個分の広さの裏山なんか私の手に掛かれば1日で軍事要塞にすることもお茶の子さいさいですわ」
  年齢の割には発育の良い胸を誇らしげに張る沙都子。しかし俺に言わせれば誇らしげに語っている場合じゃねえ。
「沙都子の馬鹿。単位換算する時は西武ドームでなくて東京ドームだろうがぁッ!」
  地球人の感覚からして西武ドームで計算するなんてあり得ねぇ。自分から宇宙人だとばらしているようなもんだ。
「西武球場って、確か屋根が付いていなかったよね? それに東京ドームって、後楽園球場の後釜として水面下で計画が進んでいると言われている全天候型の球場のことだよね? どうして圭一くんがそんな球場のことを詳しく知っているのかな、かな?」
  ヤバい。レナが俺達の発言に疑問を持ち始めた。
「そ、それはだなぁ……」
  何となく他の世界の20年後の映像が脳内に流れ込んで来たから話してみたが、確かに西武ドームとか東京ドームって何だ? 全然知らねえ。
「圭一さんが宇宙人だから未来の様子でも知ることができるんじゃありませんの?」
  しかも沙都子と来たら火に油を注ぐような余計なことを言ってくれやがる。
「そんな……圭一くんは本当に宇宙人なのかな、かな?」
  真っ青に染まるレナの瞳。それを見てニヤリと笑う沙都子。
  畜生ッ、はめられたッ!
「オヤシロ様は、いるのッ! そしてオヤシロ様は地球征服を企む悪い宇宙人なの! だから、レナは宇宙人を抹殺するのッ!」
  レナはどこに隠していたのか分からないが、両手に1本ずつ鉈を持って俺に突撃を敢行して来た。
「宇宙人、覚悟ぉーッ! 地球は、レナが絶対に護ってみせるんだからぁーッ!」
  普段はとても優しくて菩薩のようなレナだが、宇宙人のことに関すると人が変わってしまう。何でも昔、村の守り神であるオヤシロ様に苦しめられたことがあって、その後ある人からオヤシロ様の正体は世界征服を企む悪の宇宙人だと聞かされたかららしい。詳しいことはよく知らないが、はた迷惑なことを吹き込んでくれた人もいたもんだ。
  とにかくレナは宇宙人の命を狙っている。俺は沙都子が宇宙人であることをレナに知られる訳にはいかない。沙都子がレナに殺されてしまう。そして、沙都子に万一の事態が生じれば地球は消滅させられてしまう。俺の日常はちょっとした青春と地球の存亡が隣り合わせになって存在していた。

「あのさぁ、圭ちゃん。エンジェルモートのタダ券が2枚手に入ったんだけど、今日の放課後良かったらおじさんと一緒に行かな……キャッ!?」
「済まん、魅音。何を言っているのか聞こえなかったが、またの機会にしてくれぇ。俺は今、命の瀬戸際にいるんだぁッ!」
  魅音にぶつかってしまったが、今は構っている暇がない。何しろ立ち止まったらレナの鉈が俺の身体を斬り裂いてしまうのだから。
「そ、そんなぁ〜」
「魅ぃのタダ券はボクが代わりにもらっておくのです。羽入と一緒に甘い物三昧なのです」
「シューが僕を呼んでいるのですぅ。魅音、ありがとうなのです。あぅあぅ」
  何故かはみじんも分からないが、魅音が地面に突っ伏して泣いている。が、やはり今魅音に構っている暇はない。俺は脚が動き続ける限り、レナの鉈から逃れ続けるのだった。

 俺の安息は家に帰っても訪れない。何故なら前原家には沙都子が居候しているからだ。
「母さん、沙都子を見なかったか?」
  沙都子の姿が見えなくなってからしばらくの時間が経つ。またあいつが何かとんでもない事をし始めるのではないかという心配は学校に限ったものではない。24時間、監視の目を光らせておく必要がある。
「沙都子ちゃんなら夕食後にお風呂に入るって聞いてから見ていないわね。2時間くらいかしら」
「風呂ッ!?」
  俺は全速力で風呂場へと走った。スケベ心からなんかじゃねえ。あいつの事を心配してだ。もし、あいつの身に何かあれば地球は滅ぼされてしまう。
  浴室の扉を開け磨りガラス戸も開けて浴室の中に踏み込む。
「沙都子ぉ、大丈夫かぁーッ!?」
  果たして風呂の中で俺が見たものは
「5061、5062……」
  湯船の中で湯あたりしながらうわ言の様に数を数え続ける沙都子の姿だった。
  沙都子を慌てて湯船から引っ張り出し、脱衣場の床に寝かせる。
「どうしてお前はいつもこんなになるまで湯船に浸かっているんだ!」
  沙都子の全身は郵便ポストよりも赤く、やかんよりも激しく湯気を放出していた。
「らってぇ〜、地球ではお風呂に入る際には1万数えるものらってお父様らぁ〜」
  沙都子は目を回しながら俺の問いに答えた。それを聞いて俺の中に怒りの炎が燃え上がる。
「プリティー大王めぇ、本当に余計な事しか言いやがらねぇ!」
  あの金髪アロハシャツは娘を湯あたりで死なすつもりか? そしてその責任を俺に負わせて地球を滅ぼすつもりか?
  絶対に納得行かねぇと思いつつ沙都子の身体をうちわで扇いでいると、浴室の扉が開かれた。
「圭一、沙都子が行方不明だっておばさんから聞いたのだけど。……うん?」
  入って来たのは地球での沙都子の兄役の悟史。見られたのは何も着ていない沙都子をうちわで扇いでいる俺の姿。
「……圭一、姫におかしな事をしたら殺すって何度も言ったよね?」
「ちょっと待て。俺は湯あたりした沙都子を介抱していただけで何もやましい事はしてねぇ」
  そう言えばさっきから鼻血が垂れっ放しだが、それは俺が思春期男子だから仕方がないのだ。そう、これは生理的現象による不可抗力なのだ。
「問答無用ッ! プリティー星王室警護隊隊長ムゥ・サトシの名において、前原圭一ッ、お前を叩き切る。覚悟ぉーッ!」
  言うが早いか金属バットで斬り掛かって来る悟史。沙都子をこのままにもしておけず、バスタオルだけ巻いて抱えて逃げる俺。白熱の鬼ごっこ。追いつかれたら誰だか分からなくなる位に顔をフォングシャされてしまう。
  学校ではレナに追われ、家では悟史に追われる日々。そうでなくても沙都子の奇行に悩まされる毎日。どうして俺がこんな目に遭うんだと思いながら外への脱出を図ろうとする。そして玄関前まで来るとひとりでに玄関の扉が開いた。
「沙都子ぉ〜。お父様が様子を見に来たっちゅうんね」
  出たッ! 俺の災厄の全ての元凶。金髪アロハシャツことプリティー星大王北条鉄平。
  大王は玄関を開けて入って来るなり、俺と沙都子を見て呆然と立ち尽くしていた。が、しばらくすると頭に血管を浮き立たせ、頬を紅潮させ全身で怒りを爆発させた。
「ぬしゃー! わしの娘に何するつもりなんじゃい!」
「だから俺は湯あたりした沙都子を介抱しただけで……」
「問答無用じゃあーッ!」
  前門の狼、後門の虎。俺に逃げ場はもはやなかった。
雛見沢の夜空に俺の悲鳴が虚しく響き渡った。

「圭一さんは湯あたりした私を介抱してくださった命の恩人ですのよ。それなのにお父様とにーにーったら」
  俺の部屋、というか現沙都子の部屋では沙都子によるお説教タイムが続いている。宇宙の支配者もその警護隊長も沙都子の前では型無しだ。俺に暴行を働いた人間が正座して怒られている姿を見るのは悪くない。
  だが、欲を言うなら後1分早く目覚めてくれれば俺は半殺しにならずに済んだ。更に欲を言えば、沙都子が湯あたりなんぞしなければそもそもこんな事態にならずに済んだのだ。
「圭一さんは私の婚約者なのですわよ。もっと優しく接してくださいまし」
  それならまず沙都子が俺に優しく接して欲しいと思った。が、ツッコミは入れなかった。
「圭一が沙都子の婚約者だというのが気に入らないっちゅうんね」
「沙都子は婚約を解消した方が良いんだむぅ」
  言えば不満タラタラの2人に何をされるか分からないから。
「とにかく今後、圭一さんにむやみに乱暴を働かないこと。いいですわね!」
「はいっ、ちゅうんね」
「はいっ、なんだむぅ」
  だからまずお前の金タライをどうにかしろ、とツッコミたくてたまらなかった。

 

 沙都子が大王にお説教をかました次の日曜日、俺達は近場の温泉郷へとやって来た。大王が俺や沙都子や分校の仲間達を温泉に招待したのだ。
  垣根を1枚隔てた向こう側にはパラダイスが広がっている。
「お姉、また大きくなったんじゃないですか?」
「ちょっと詩音、どこ触ってんのよ!」
「あぅあぅ。沙都子は年の割にプロポーションが良いのです。それに比べて梨花は…プッ」
「ムカッ。羽入なんか、こうしてやる!」
  だが俺は思春期の青少年らしい妄想に浸って楽しむような気には全くなれなかった。
「地球に来たらやっぱり温泉だっちゅうんね」
「温泉は地球人が生んだ最高の文化なんだむぅ」
  何故って、いつ俺の命を狙って来るとも限らないこいつらが一緒にいるから。
  ついでに野郎3人で絵的に色気がないにも程がある。
まあ入浴中は命を狙われることもないだろうと思って、ちょっとだけ話し掛けてみる。
「悟史、ちょっといいか?」
「うん、何?」
  悟史に以前から気になっていた事を聞いてみる。
「あれの事なんだが」
  気分良さそうに演歌を熱唱している全身毛むくじゃらの金髪パンチパーマを指差す。
「あれがどうかしたの?」
  プリティー星で大王の尊厳と求心力は高くないらしい。
「あれって、沙都子の母親と結ばれてプリティー星の大王になったんだよな?」
  言外に王妃の美的感覚は地球人一般とは少し違うのではないかと尋ねてみる。
「ほらっ、少女漫画だと優しい2枚目の好青年よりもぶっきらぼうな不良タイプの方が人気あったりするじゃない。王妃様もね……若かったんだと思うよ」
  俺達は溜め息を吐いた。
「あれがプリティー星で大王やっているのだからプリティー星、いや全宇宙の人々も大変だろうな」
  プリティーとは外見も性格も対極に存在する男が王をやっているのだからつい笑ってしまう。
「他人事じゃないよ、圭一」
  悟史は俺の軽口に対して渋い表情を返してみせた。
「僕は絶対に認めたくないけど、もし仮に沙都子姫が君と結婚した場合、次のプリティー星の王、ひいては全宇宙の支配者は君になるんだよ」
「うっ……」
  それは俺にとってあまり考えたくない話。だがいつか、必ず決断を迫られる話。
「僕達と圭一の出会いが違っていれば、こんな問題で悩まなくても済んだのに。むぅ」
  悟史の言葉をきっかけに、俺は沙都子と初めて会った日の事を思い出していた。

<続く>