なんとも理解に苦しむ決定である。日本など45カ国が参加する原子力供給国グループ(NSG)の総会は、核拡散防止条約(NPT)に参加していない核兵器保有国インドへの原子力関連輸出を認めた。
最後まで承認を渋った国々には、ブッシュ米大統領自ら説得工作を展開したという。最終的には日本を含め全会一致で承認されたが、秘密会で承認された瞬間、拍手もわかず会場は沈黙が支配したという情報もある。
こんな決定は後世に禍根を残す--そんな不安を参加国の代表たちは感じたのかもしれない。核兵器の不拡散をめぐる国際社会の良識が、米国の圧力によってねじ曲げられたのではないか、と私たちは強い危機感を覚えざるを得ない。
NPTに加わらない国には核燃料や関連物資を輸出しないとの取り決めにより、NSGは核不拡散体制を補強してきた。しかし、米国はインドと原子力協定を結び、核関連ビジネスに道を開く方針に転じた。
そして、インドの核実験(74年)を機に設立されたNSGに、今度はインドを例外とするよう求めたのである。その条件としてインドは核実験モラトリアム(凍結)に関する声明を出すなどしたが、たとえ種々の条件を課そうと、NPT体制が重大な曲がり角に直面したのは間違いない。
インドを例外とすることがどんな結果を招くか、私たちは冷静に考えるべきである。NPTは核兵器を保有できる国を米英仏露中の5カ国に限定している。インドやパキスタンはNPTに背を向けて核兵器を開発した。北朝鮮もそうだ。
その点を不問に付してインドに民生用の原子力協力を行うなら、パキスタンや北朝鮮が同様の扱いを求めても不思議ではない。
この点、外務省の担当者は「インドと北朝鮮を同列には論じられない」と語っていた。人口増加著しいインドは、米国によれば「世界最大の民主主義国家」である。原子力発電への切り替えは地球温暖化防止にも寄与する--と米国は主張した。日本も基本的に同調したのだろう。
しかし、北朝鮮の脅威にさらされる日本に、インドの核兵器を容認する余裕があるだろうか。「日本はインドの核兵器は認めたじゃないか」と北朝鮮が言い出せば、日本政府は難しい対応を迫られよう。
米国が主導する北朝鮮の核放棄は暗礁に乗り上げている。拉致問題の前途も厳しい。こんな危機的な状況下で、なぜ日本政府はインドの例外化を承認できたのだろう。
任期が残り4カ月のブッシュ大統領は、北朝鮮の非核化に見切りを付け、インドとの核ビジネス解禁をレガシー(政治的功績)にする道を選んだのか。米印協定の最終関門になる米議会が、良識ある判断を下すことを期待したい。
毎日新聞 2008年9月7日 東京朝刊