高グロブリン血症を呈する疾患の病態と鑑別診断:特に形質細胞性骨髄腫
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文献一覧表
高グロブリン血症を呈する疾患の病態と鑑別診断
−特に多発性骨髄腫について−
                          日本大学  生物資源科学部
                          総合臨床獣医学  亘 敏広

 はじめに
 高グロブリン血症は様々な原因でみられる血液検査所見であり、その原疾患により治療法
は多岐にわたる。このため高グロブリン血症が起こっている原因を明らかにすることが必要で
あり、その鑑別診断の重要性があげられる。今回は高グロブリン血症を呈する疾患について
その病態を紹介するとともに、モノクローナルガンモパシーを呈する疾患の中で中心的な多発
性骨髄腫について解説し、慢性リンパ性白血病などについても臨床例を紹介したい。

高グロブリン血症の種類
 血清蛋白の中のグロブリン分画はαからγ分画までに分類され、その中で免疫グロブリン
が存在する分画はβからγ分画である。高グロブリン血症の多くはこれら免疫グロブリンが反
応性あるいは腫瘍性に産生されることにより引き起こされるが、その他α分画に存在する炎
症性蛋白の増加によっても引き起こされることがある。免疫グロブリンは形質細胞によって産
生される蛋白でIgA,IgG,IgE,IgMなどがあげられ、抗体として感染防御に重要な働きを担って
いる。しかし一方で特定の抗原に対して過剰なIgEが産生されることによりアレルギーなどの不
都合が生じることも知られている。これら免疫グロブリンは生体に異物と認識される抗原が侵
入した際に抗原提示細胞とリンパ球の間で情報伝達がなされ、さらにIL-2,IL-4,IL5,IL6など
のサイトカインにより調節されている。
 高γグロブリン血症には多くの形質細胞のクローンが持続的な抗原刺激によって免疫グロ
ブリンを多量に産生する、多クローン性(Polyclonal)高γグロブリン血症とB−Cellあるいは形
質細胞のクローン性増殖に伴う単クローン性(Monoclonal)高γグロブリン血症とに分けられ
る。しかしながらMonoclonalな高γグロブリン血症を示していても腫瘍性増殖を示していない場
合も存在するため、注意が必要である。
  猫伝染性腹膜炎(FIP)や猫免疫不全ウイルス(FIV)感染症などではIL6の過剰産生により
多クローン性の高γグロブリン血症が引き起こされることが知られている。またイヌにおいては
非腫瘍性疾患としてエールリッヒア症やリューシュマニア症などで単クローン性高γグロブリン
血症が見られる場合があると言われている。しかしこれらの疾患は我が国ではまだあまり報告
されておらず、海外渡航歴のあるイヌや、輸入動物においては充分考慮する必要性がある。
 いっぽうMonoclonal gammmopathyを示す疾患の中で腫瘍性増殖を示すものは多発性骨髄
腫をはじめ原発性(Waldenstrom's)マクログリブリン血症、形質細胞性白血病、髄外性形質細
胞腫、悪性リンパ腫や慢性リンパ球性白血病などがあげられる。これらはBリンパ系の腫瘍が
その分化程度や増殖部位によって分類されており、産生される免疫グロブリンはIgA,IgGある
いはIgMなどである。

多発性骨髄腫
  多発性骨髄腫は形質細胞の腫瘍性増殖が見られる疾患で,免疫グロブリンのクローナルな
産生が認められる。産生される免疫グロブリンはイヌではおもにIgG,IgAなどでIgDやIgEを産生
するものは報告されていない。またIgMのクローナルな増加と過粘稠度症候群を特徴とする原
発性マクログロブリン血症も報告されている。

病理発生
  多発性骨髄腫は単一の抗体を産生するBリンパ球が腫瘍化することによって、単クローン
性の免疫グロブリンを無秩序に産生する疾患である。腫瘍性形質細胞は骨髄で増殖し、浸潤
した腫瘍細胞に直接関連した症状や、産生した免疫グロブリンにより引き起こされる様々な症
状を示す。つまり腫瘍細胞による骨髄の置換により骨髄勞が認められ、それに伴う貧血や白
血球、血小板減少などが見られる。また腫瘍細胞から破骨細胞活性化因子(OAF)と呼ばれる
因子が分泌され、扁平骨を中心に骨融解が認められることも多い。このような変化は臨床的
に深部痛や披行、病的骨折の原因となる。さらに骨融解により高カルシウム血症が引き起こさ
れ腎不全の一因となる。
  骨髄腫細胞は免疫グロブリンの重鎖(H 鎖)と軽鎖(L 鎖)を1:1の割合でなくH 鎖に比べて
L 鎖を過剰に産生することがある。この過剰に産生されたL鎖は単鎖もしくは二量体(dimer)を
形成して血液中に分泌され Bence Jonc s蛋白(BJ蛋白)と呼ばれる。この蛋白は分子量が2.2
万 4.5万と小さいため腎臓の糸球体を容易に通過し、BJ蛋白尿を引き起こす。またそればか
りではなく、BJ蛋白は尿細管上皮を傷害して腎機能不全をもたらすことが知られている。IgAお
よびIgMの単クローン性ガンモパシーでは高分子の免疫グロブリン分子が過剰に血液中に存
在することにより、過粘稠度症候群(HVS)が引き起こされる場合がある。IgMは分子量が約1,
000 kDa、IgAは通常二量体を形成し約300kDaと高分子のため高い粘稠度を有するが、IgGは
160kDaと比較的小さいため、HVSを併発することは少ない。血漿粘稠度が増加すると小血管
における血流の停滞、組織潅流の減少により局所的な組織低酸素症を引き起こす。HVSに関
連した症状として中枢神経系や心臓および他の主要臓器の機能不全が認められる。またHVS
の患者の眼底検査では点状出血や曲がりくねって怒張した網膜の血管が認められることが多
い。
  多発性骨髄腫の患者では血小板機能や、凝固系の障害による出血性素因(鼻出血や消
化管出血)がしばしば認められる。出血傾向はHVSによっても引き起こされるが粘稠度の増加
がみられない例でも認められる場合がある。これには骨髄腫蛋白が血小板の表面を被覆する
ことによって血小板の凝集能や粘着能が障害され機能異常を引き起こすものと考えられてい
る。また凝固カスケードに対する障害は明らかにされてはいないが、骨髄腫蛋白が第Vおよび
第VII因子と複合体を形成するために凝固因子の濃度を低下させる場合や、フィブリンモノマー
もまた骨髄腫蛋白と複合体を形成し、フィブリン塊の形成を妨げる場合などが考えられてい
る。

臨床症状
  多発性骨髄腫の臨床症状は腫瘍の部位、広がり、M蛋白の存在などにより多彩であるが、
ヒトでは骨病変に起因する疼痛が最も頻度が高いといわれている。イヌでも骨病変に伴う跛行
や、病的骨折などが多く認められる。またそのほかに認められる症状として嗜眠および衰弱、
出血、網膜血管の怒張などが多く報告され、食欲不振や、下痢、嘔吐、心臓性の不整脈など
もみられる場合がある。貧血もしばしば認められる症状であるが、これは腫瘍細胞による正常
骨髄の置換が主体と考えられているが、また一方で感染や腎障害など他の原因も考えられて
いる。

診 断
1)血液検査
 骨髄腫の患者では非再生性の貧血が認められることが多く、また白血球減少や、血小板減
少の認められる場合もある。このような症例の中には末梢血液中に異常なリンパ球様形質細
胞が認められる例がある。また血漿栗蛋白濃度の増加に伴い赤血球の連銭形成が著しい場
合もある。
 血清蛋白分画では低アルブミン血症および単クローン性の高ガンマグロブリン血症が認めら
れ、特徴的な電気泳動像が認められる。その他血液化学検査では高窒素血症や高カルシウ
ム血症が認められることがある。

2)尿検査
 骨髄腫の患者の多くで顕著な蛋白尿および等張尿が認められる。さらに患者の40%以上に
尿中にBenceJones蛋白が出現するといわれている。

3)骨髄検査所見
  骨髄吸引生検では正常な形質細胞とは形態的に異なる腫瘍性の形質細胞の出現が認め
られる。すなわち大型の核小体を有し、クロマチン網工の比較的柔らかい核を有する形質細
胞が認められる。これらの細胞の中には細胞全体が風船のようにふくれているもの
(balooncell)やオレンジ色に染まる細胞質を有するもの(Flamingcell),核を2個以上有するもの
やRussell bodyを持つものもある。このような形質細胞数の増加(骨髄の有核細胞の10%以
上)あるいはその細胞集塊が認められる。

4)X線検査
  骨髄腫の症例では特に扁平骨の骨融解像が特徴的所見としてあげられる。肩甲骨やとう
骨、尺骨、骨盤などにpunched out lesion(虫食い像)が認められる症例が多い。またヒトの骨
髄腫の症例では脊椎ではostcoporosisを伴い圧迫骨折像が認められる場合もあると言われて
いる。
特殊検査
多発椎骨髄腫を確定診断するために以下のような特殊検査を行う。
1)免疫電気泳動
  患者血清中の骨髄腫蛋白を同定するためには免疫電気泳動が必要である。この方法は
電気泳動とゲル拡散の2相より構成されている。第1相では電気泳動用のゲルの試料孔に患
者の血清をいれ電気泳動を行い分画を行う。さらに第2相では泳動した長軸に沿って溝を作り
この中にそれぞれの抗体(抗全血清、抗IgG、抗IgM、抗IgAなど)を入れた後反応させる。電気
泳動によって分画した抗原と抗体が相互に拡散して抗原抗体複合体を形成し沈降線として観
察される。この方法により骨髄腫蛋白のクラスを同定することが出来る。

2)Bcnce Jones蛋白の検出
  骨髄腫患者のBJ蛋白は分子量22−25ktDaの免疫グロブリンのL鎖であり、糸球体を容易
に通過するため尿中に排泄される。BJ蛋白は熱沈殿法もしくは免疫電気泳動によって尿中で
検出することが出来る。熱沈殿法はpH5.0に調整した尿を沸騰させて調べる方法で、BJ蛋白
は90−100℃で溶解し、徐々に冷やして行くと56℃で再び沈殿する。この再沈殿することがBJ
蛋白の特徴である。
 また免疫電気泳動法もBJ蛋白を同定するための感度の高い方法であり、この場合は抗血
清としてL鎖に対する抗体である抗κもしくは抗λ抗体を用いて行う。

診断基準
 以上のことを総合して多発性骨髄腫を診断するが症例によって全てが認められるわけでは
ないのでと卜では次のような診断基準が提唱されている。以下の項目のうち2項目以上が認め
られれば多発性骨髄腫と診断できる。

 1)血清中に大量のM蛋白が認められる。
    IgG型ならば >2.0 g/dl、IgA型ならば >1.0 g/dl
 2)尿中にBJ蛋白が大量(>2.0 g/day)に認められる。
 3)他に原因となる疾患がなく血清正常免疫グロブリンが全て明らかに減少している。
 4)骨髄生検で形質細胞が>10%で、反応性形質細胞増加を起こしうる疾患が存在しない。
 5)組織生検で形質細胞の腫瘍性増殖が認められる。
 6)末梢血に500/mcl以上の形質細胞が見られる。
 7)原因不明で骨再生像を伴わない骨融解像(X線検査)あるいは病的骨折が認められる。

病 理
 多発性骨髄腫の肉眼的病変は多様で、多くの臓器に腫瘍細胞の浸潤が認められる。腫瘍
細胞が骨髄外に浸潤した例では肝臓ならびに牌臓、リンパ節の腫大が認められ、点状および
斑状出血の見られる例もある。また細菌の二次感染を示唆する所見も認められる。
  組織学的には腫瘍性の形質細胞の浸潤がほとんどであるが、骨融解の認められる部分で
は骨髄腫細胞とともに、腫瘍細胞によって分泌されたOAFに反応した破骨細胞数の増加が認
められる。肝臓、牌臓、リンパ節では主要病変に一致して正常な細胞構造の消失が見られ
る。腎臓では正常構造の消失に加えてBJ蛋白により形成された蛋白円柱が尿細管の管腔内
に認められる。また尿細管内に沈着した蛋白を処理しようとする多核巨細胞が認められるの
が特徴である。

治療および予後
  多発性骨髄腫と確定した場合の治療法としては以下の二点について考慮する。第一に現
在の臨床症状を改善するための維持療法であり、第二に腫瘍細胞に対する化学療法である。
維持療法の目的は感染、脱水、高カルシウム血症および過粘稠度症候群を修正することであ
る。広域の抗生物質の投与や、正常な水和状態にするための補液療法は必須となる。またフ
ロセミドなどの利尿剤の投与も高カルシウム血症を補正するため有効である。過粘稠度症候
群が著しい場合には血漿交換が必要となる。
  多発性骨髄腫に対する化学療法はメルファランを中心とした方法が示されている。メルファ
ランを0.1mg/k/dayとプレドニゾロンを0.5mg/kg/dayを10日間経口投与しその後メルファラン
を0.05mg/kg/dayに減量して連日,プレドニゾロンは同量を隔日投与して30-60日間続ける。
難治例ではサイクロフォスファミド7mg/kgで1回静注または1mg/kg/dayで連日投与を行う方法
が示されている。
  • メルファランを0.1 mg/k/day
  • プレドニゾロンを0.5 mg/kg/dayを10日間経口投与
  • その後メルファランを0.05 mg/kg/dayに減量して連日
  • プレドニゾロンは同量を隔日投与して30-60日間続ける
  • 難治例ではサイクロフォスファミド7mg/kgで1回静注または1mg/kg/dayで連日投
    与を行う
 骨髄腫の予後は化学療法に対する反応により個体差が大きいが、75%以上の症例犬で化
学療法に反応し、約1/2が寛解するという報告がある。予後の指標としては高カルシウム血
症、BJ蛋白尿の有無や貧血の程度などがあげられている。

おわりに
 上記のように高グロブリン血症を示す疾患には様々なものがあり、それを鑑別することが治
療を開始する第一段階であることは言うまでもない。このなかでも腫瘍性増殖を示す疾患に対
しては化学療法を選択することとなる。多発性骨髄腫は悪惟リンパ腫などと異なり血液の腫瘍
の中でも比較的発症の少ない疾患であるといえよう。このため化学療法にも多くの方法がなく
メルファランを中心としたものとなっている。今後のさらなる研究により骨髄腫の病態がより理
解され,多くの症例に対して適切な治療がなされることにより寛解率が向上して行くものと思わ
れる.