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自民党の総裁選は、候補者ラッシュになってきた。
われもわれもと手が挙がる。派閥の代表もいれば、派閥を超えたグループの支援を受ける議員もいる。初の女性や参院議員も参入しそうだ。ベテランから若手まで、さながら何でもござれの華やかさである。
告示日の10日までに消える人もいるかもしれないし、最終的に何人の争いになるかは分からない。
こんなにぎやかな総裁選がかつてあったか。調べてみると、1956年、保守合同で自民党が結党された翌年の総裁選は、立候補制ではなく議員の互選によるものだったが、鳩山一郎氏や岸信介氏ら11人が票を集めた。
一定の推薦要件を伴う立候補制が導入されてからは、4人というのが最も多い。今回はそれを上回りそうだ。
むろん、多彩な顔ぶれで争うのは悪いことではない。それだけいまの自民党内の危機感が大きいことの表れでもあろう。選挙を盛り上げることで、自民党の首相の相次ぐ政権投げ出しで傷ついたイメージをぬぐいたい。そんなしたたかな作戦にも見える。
もうひとつ、今回の総裁選がこれまでと様変わりした点がある。
勝者が座ることになる新首相のいすは、遠からずある「次の総選挙まで」の期間限定であることだ。勝者が受け取るのは、いわば首相としての仮免許であり、総選挙に勝って初めて本免許を手にすることができる。
総選挙での小沢民主党との勝負に向けて、どれだけ緊張感のある論戦を繰り広げられるか、説得力のある政策を打ち出せるか。それが今回の総裁選の最大の見どころだろう。
その点で注目されるのは、与謝野馨経済財政相の参戦だ。
麻生太郎幹事長は景気回復をなにより優先し、財政再建より財政出動を主張する「積極財政派」。これに対し、与謝野氏は財政規律を重視し、国民に消費増税を求める勇気を持つべきだという「財政再建派」だ。
両氏の論争の行方は、ばらまき色の強い政策に傾く公明党との関係や、当面の消費増税を否定する民主党の主張にも影響を及ぼさずにはおかない。
さらに「上げ潮派」と呼ばれるグループもある。財政規律は大事だが、増税は避け、減税など経済の成長戦略を優先すべきだという立場だ。
「上げ潮派」の重鎮といえば、なんといっても中川秀直元幹事長だ。総裁選の意義をより深め、本格的な政策論争を盛り上げるためにも、ここは中川氏が自ら名乗りをあげてはどうか。
自民党の論戦は、民主党の政策を吟味するうえでも有権者には役立つ。自民党が本気になればなるほど、民主党も綿密な政策づくりに動かざるを得ない。そんな総裁選にしたいものだ。
「異端児」と呼ばれていた人物が、米共和党の大統領候補に指名された。72歳のベテラン上院議員、ジョン・マケイン氏だ。
指名受諾の演説で「私は危険な世界の脅威に対応する準備ができている」と宣言し、民主党の47歳のバラク・オバマ候補への対決姿勢を示した。
愛国心を重んじる米国の伝統を体現したような経歴だ。海軍一家に生まれ、ベトナム戦争に従軍、5年半の捕虜生活に耐えた。議員としては「一匹おおかみ」で、穏健保守の立場を取りつつ、政治資金の規制強化や不法移民の扱いで、党主流と対立してきた。
8年前にはブッシュ大統領と共和党の指名を激しく争い、ブッシュ支持の宗教右派とは犬猿の仲だった。党派を超えた信望があり、4年前には、民主党のケリー候補から副大統領候補への打診があったほどだ。
ブッシュ大統領の不人気で逆風を受けている共和党としては、無党派層取り込みの切り札なのだろう。
マケイン氏が指名した副大統領候補も、驚きだった。44歳のアラスカ州知事サラ・ペイリン氏は、障害児を含む5人の子供を持つ働く母親である。民主党は84年に副大統領候補に女性を選んだことがあるが、共和党としては初の女性の副大統領候補だ。米国社会が「ガラスの天井」をまた一枚、打ち破ったことは評価したい。
ただ、同じ女性といっても、人工妊娠中絶や銃規制に反対するペイリン氏の立場は、民主党のクリントン氏の支持層とは正反対だ。保守派には熱狂的に迎えられたが、広く女性の支持をつかめるのかどうか。外交経験が全くない点も、不安をぬぐえない。
マケイン氏自身は外交、安全保障政策での経験を誇る。だが、そこにも大きな懸念がある。イラク戦争への姿勢だ。指名受諾の演説でも、米軍の増派戦略の成功を強調しただけで、米軍の撤退時期など、イラク戦争の終結への道筋は示さなかった。
マケイン氏はもともとイラク攻撃を提唱していた。ブッシュ政権の占領政策の不手際は厳しく批判したが、米軍増派には一貫して賛同してきた。
一方のオバマ氏は、イラク戦争そのものが間違いだったとして、大統領就任後16カ月以内に大半の米軍の戦闘部隊を撤退させると公約している。
確かにイラクの治安は改善されている。だが、米兵の死傷者が減ったからといって、大義なき戦争や開戦以来のイラク政策が正当化されるわけではない。先制攻撃もためらわないというブッシュ政権の姿勢をマケイン氏が引き継ぐとしたら、心配だ。
米国の指導力の再生は次期政権の課題だ。そのためには、まずイラク戦争を終結させる方策を示すことが必要だ。世界はそこを見ている。