スクールバスに白バイが衝突して警官が死亡した「高知白バイ事件」は最高裁でスクールバス運転手の禁固刑が確定したが、運転手を「守る会」の再現実験によって、有罪の有力証拠とされたスリップ痕が捏造されたとの疑いが強まった。スクールバスをどう走らせても、同じようなスリップ痕はつかないことが分かったからだ。
一昨年3月、高知県春野町の国道でスクールバスに高知県警の白バイが衝突して白バイの警官が死亡し、スクールバス運転手の片岡晴彦さん(54)が業務上過失致死で有罪判決の確定した「高知白バイ事件」。「片岡晴彦さんを支援する会」が2日、「警察の捏造」と見るバスのスリップ痕の再現実験を行ったところ、証拠とされたようなスリップ痕は付かないことが分かった。事件を冤罪とする主張の現実性が強まった。
起訴状通りのスピードで走らせてもスリップ痕はつかなかった(相模原市で筆者撮影)
スクールバスは駐車場から国道に出、中央線付近で白バイと衝突した。検察によれば、衝突したのは駐車場から6・5mの地点。衝突後、バスは白バイを3m引き摺ったことになっている。(図-1)
実験は神奈川県相模原市内で、事故現場と同じ距離関係を再現して行われた。起訴状では「バスは時速5〜10kmで進行していた」が、その速度で実験するとスリップ痕は全く付かなかった。
バスのスピードを変えて10回以上実験したが、目一杯アクセルを踏んだ時だけ、わずか10cm余りのスリップ痕が付いた。6・5mという短い距離のためスピードが時速20km余りしか出なかったからだ。警察が裁判所に提出し、有罪の決め手のひとつともなった「1mものスリップ痕」とは、ほど遠い実験結果となった。
筆者は駆け出しの頃、「サツ回り(警察取材)」で数え切れないほどの交通事故を見てきたが、時速20km余りのスピードしか出ていない車が、1mのスリップ痕を付けたなどという現場は見たことがない。本件の裁判官はおそらく車を運転した経験がないと思われる。経験があれば、疑問を抱くはずだ。
実験ではエンジンの冷却水をブラシでアスファルト地面になぞると、警察が提出した写真と似たスリップ痕が現れた。激しい衝突事故では必ずと言ってよいほどエンジンの冷却水が流れる。今回の事件で白バイは大きく破損していた。事故現場に倒れている白バイの冷却水を使えばスリップ痕の捏造はできなくもない。
図−1。検察の主張(イラスト製作:葛西伸夫)
警察・検察の主張の不自然さはスリップ痕という物的証拠ばかりではない。バスは急ブレーキを踏んだとされている。大型車両のブレーキは物凄くよく効く。乗客・乗員がフロントガラスを突き抜けるほど前に飛ぶといわれる位大きなショックだ。
ところが事故当時スクールバスに乗っていた生徒たちの誰ひとりとしてブレーキがかかったようなショックは感じなかった、というのだ。
だが、被告(片岡さん)側は、生徒が未成年であることから裁判所に証人申請しなかった。駐車場にいて目の前で事故を目撃した校長が証人として法廷に立ったが、「急ブレーキを踏んだ」とする警察・検察の主張を覆すことにはならなかった。裁判官が校長の証言を採用しなかったのだ。
生徒たちや校長の目撃談を総合すると次のようになる。
スクールバスは駐車場から国道に出、右折するために中央線手前で一旦停止していた。そこに白バイが時速100km近い猛スピードで突っ込んできた――。これは被告が一貫して訴えてきたことと合致する。(図-2)
図−2。片岡さんの主張
保険会社が「運転手は無過失」
ここにきて、さらに運転手・片岡さんの無実を証明するような新たな動きが出た。スクールバスは所有者である仁淀川町が交通事故の自賠責保険に入っている。事故の責任関係を調べていた保険会社は1日、片岡さんに口頭で「運転手(片岡さん)は無過失なので保険金は払えない」とする趣旨を伝えた、というのである。
「被告(片岡さん)は有罪なのだから賠償金を払え」と白バイ隊員の遺族が請求してきても、保険会社からは保険金が出ないので仁淀川町は払えない。民事訴訟が起きれば刑事と民事でねじれが起きそうだ。
保険会社は調査機関に依頼して事故を科学的に分析する。警察のように組織を守るための事故処理はしない。民事訴訟となれば、片岡さんの冤罪が白日の下に晒される可能性が高い。
最高裁は先月20日、片岡さんの上告を棄却している。再審が開かれない限り禁固1年4ヶ月の有罪判決は覆らない。
交通刑務所への収監を間もなくに控え片岡さんは記者団に語った。「皆さんの前でものが言えるのはこれが最後になる。再審に向けて真実を炙り出したい。権力相手に僕1人では何もできない。世論の力で再審への道を開いて下さい」
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