ダーウィンが来た!生きもの新伝説トップへ
ダーウィンが来た!トップへ こんな番組です! 次回の放送 壁紙ギャラリー 取材ウラ日記
おすすめ自然番組 よくある質問 これまでの放送 おしらせ ご意見・情報窓口
取材ウラ日記
「ダーウィンが来た!生きもの新伝説」のロケはディレクターとカメラマンの2人きり。耳寄りな情報があれば、砂漠やジャングル、極寒のツンドラ、世界中どこへでも出かけていきます。このコーナーでは、ディレクターの撮影裏話をのせていくことにしました。これを読むと、一味違った番組の楽しみ方ができるかもしれません。
この先はディレクターの個人的見解と誇大な表現が満載です。マユにツバをつけてお読みください。
富山県氷見市編 →取材の成果:第81回「絶滅寸前 貝が育てる魚」
取材ウラ日記のバックナンバー
富山県氷見市に生きる天然記念物イタセンパラ
今回の撮影地は、富山県氷見市。氷見と言えば、富山湾有数の漁港。特に定置網で捕れる寒ブリは、一匹数万円で取引される高級魚として有名ですが、今回の舞台は、海ではなく氷見市近郊の田園地帯です。
主人公は、国の天然記念物に指定されているイタセンパラ。環境省が、「ごく近い将来に、絶滅の危険性が極めて高い種」と指定している、日本に棲む淡水魚の中で最も貴重な魚の1つです。なぜ、そんなに貴重なイタセンパラが氷見には棲んでいるのか? 何故、絶滅の危機にあるのか? いったい、どんな暮らしをしているのか? 番組では、幻の魚イタセンパラの今をご紹介します。
天然記念物が暮らす農業用水
農業用水
農業用水
自然のままの岸辺
自然のままの岸辺
今回撮影にご協力頂いたのは、氷見市教育委員会の学芸員、西尾正輝さん。撮影を始める前、氷見市に棲むイタセンパラが「ダーウィンが来た!」で番組化できるかどうか、下見に行きました。その時、西尾さんにイタセンパラが棲む場所に案内してもらえる事になりました。日本で最も貴重な淡水魚が、一体どんな場所に棲んでいるのか。名前は知っていても実物は見たことがありません。ドキドキしながら車に乗り込みました。氷見の駅前から車で5分も走ると田園地帯になりました。日本の地方では、どこにでもある風景だなあと思っていると、突然、西尾さんが車を止めました。何か用事でもあるのかなあと思っていると、「ここで降りて下さい」と言われました。「ここって????」頭の中を?マークが飛び回りました。そこは、本当に田んぼのど真ん中。周りには何もありません。半信半疑車を降りると、西尾さんが、
「イタセンパラが棲んでいるのはここです」と言いました。

そこにあったのは、水が濁っていてほとんど流れのない農業用水。幾らなんでも、こんな所に天然記念物で日本で最も貴重な淡水魚がいるとは思えない様な場所です。正直なところ、内心「これはダメだ」と思いました(笑)。だって、ホントに何の変哲もない農業用水なんです。でも、色々と話を聞いていく内に、何故この農業用水に貴重な魚が残されたのか、この農業用水のすばらしさ、かけがえのなさがわかってきました。そのストーリーが面白いと感じ、番組にすることになったのです。
イタセンパラは「板鮮腹」
板の様に薄い体
板の様に薄い体
色づいたオス
色づいたオス
それにしても、イタセンパラって変な名前だと思いませんか?実は、漢字で書くと「板」「鮮」「腹」と書くんです。板の様に平らな体をしている、お腹が鮮やかな色に染まる魚と言う意味なんです。体長は8センチほどで、普段はフナの様に銀色で何の変哲もない魚なんですが、秋の繁殖期になるとオスが大変身!背ビレと尻ビレが黒く縁取られ、お腹が赤く染まるんです。その様子は、正にセンパラ(鮮腹)です。そして、性格まで変わってしまうんです。まるでジキルとハイドの様な魚ですが、その豹変する様子は是非番組でご覧下さい。
イタセンパラが農業用水にいる理由
現在の田園風景
現在の田園風景
大湿地帯だった氷見
大湿地帯だった氷見
現在は、ふつうの田んぼが一面に広がっている氷見ですが、1950年頃までは、今は想像もつかない様な風景が広がっていました。氷見は、一帯に水が溢れる日本有数の水郷地帯だったんです。

もっと昔、今から1300年ほど前、氷見には「布施の水海」と呼ばれる大きな湖が有りました。万葉集に大伴家持が読んだ歌が残っているほど、美しい景勝地だったのです。しかし、大きな湖だった「布施の水海」も流れ込む川が運ぶ土砂で段々と埋まっていき、江戸時代には、十二町潟という大きな湿地帯となっていました。湿地の周辺は、田んぼになっていましたが、大雨が降るたびに水が溢れ水没する様な場所だったのです。そんな場所がイタセンパラにとって絶好の住処になっていたんです。

その後、湿地も乾田化が進められ、今では一面の田んぼに変わりました。しかし、農業用水はコンクリートで固められることもなく、自然のままの岸辺が残されました。イタセンパラの生息地は、湖から湿地帯へ、そして流れのない農業用水へと段々狭くはなりましたが、水田を中心とした水環境がずっと保たれてきたおかげで、かろうじて残されたという訳なんです。
イタセンパラが好む生息場所
淀川の岸辺
淀川の岸辺
イタセンパラは流れの無い場所を好む非常に神経質な魚です。そのためフナやコイなどのライバルが多い普通の池には棲むことが出来ません。川が氾濫して出来る、一時的な池など、他の魚が好まない場所に棲む変わり者なんです。現在、イタセンパラが棲んでいるのは、氷見市以外には淀川水系と濃尾平野だけで、大昔はいずれも川が氾濫して出来る池が多い場所でした。そうした場所でイタセンパラは進化してきたんです。しかし現在は、川が整備されて氾濫することはなくなりました。イタセンパラが好む水が溢れて出来る池は、ほとんど無くなってしまったのです。これがイタセンパラが絶滅へと追いやられた一番大きな原因なのです。

それにしても、イタセンパラの分布域は、変わっていると思いませんか?
棲息の記録があるのは、富山平野、琵琶湖・淀川水系、濃尾平野の3カ所だけです。琵琶湖・淀川と濃尾平野は、何となく大昔にはつながりがあったのかなあと想像できますが、富山は、他の生息地とは高い山によって隔てられていて、ずいぶん離れた場所にあります。その為、少し前まで、富山のイタセンパラは、誰かが持ち込んだのだと言う意見が多かったのです。しかし、最近各地のイタセンパラの遺伝子を分析した結果、富山のものは、他の棲息域と大きく異なってる事が解ったのです。現在は、山などで隔てられていますが、大昔の日本には、富山と愛知と琵琶湖の辺りをつなぐ大湿地帯が広がっていたのかもしれませんね。
貝に卵を産むイタセンパラ
産卵の瞬間
産卵の瞬間
キレイに並んだ卵
キレイに並んだ卵
イタセンパラの生態で最も面白いのは、なんと言っても生きた二枚貝に卵を産み付けることです。その産卵の様子は、本当に一瞬です。メスが貝に近づいたと思ったら、次の瞬間、お腹を貝にぶつけて、それでおしまいです。その時間わずか1秒ほど。その間に100個もの卵を産み付けているのですから驚きです。普通に見ていてもどうやって卵を産み付けているのか解りません。スローモーションで詳しく見てみると、産卵期のメスのお腹に伸びている2センチ程の産卵管を貝が水を吐き出すための管、出水管に押し当てます。その瞬間に卵をお腹から絞り出すと産卵管が伸びて貝の体の中へと入りこみ、卵を産み付けるという訳です。

なぜイタセンパラが、二枚貝に卵を産み付けるという奇想天外な方法をとる様になったのか、誰にも解りません。数十万年以上の時間をかけて進化してきたと考えられています。途方もなく長い時間をかけて完成した、貝の中に卵を産むという繁殖方法は、イタセンパラにとってかなりメリットがあるんです。 まず第一に、堅い殻に覆われた貝の中にいれば外敵に襲われる心配がありません。それに卵を産み付けるのは、貝のエラ。常に水流があり、卵が酸素不足になることもないんです。まさに至れり尽くせり。完全防御の保育器の中にいる様なものなんです。

それにしても、卵はエラの中にキレイに並んでいると思いませんか?わずか1秒でどうやってこんなにキレイに卵を並べるのか、正にマジックのようです。メスが産卵管を貝に差し込んでエラに卵を産み付ける様子は、全て貝の中で行われていることですから、誰も見たことはありません。特殊な内視鏡カメラを使って撮影できないかなど、色々と考えてはみたのですが、神経質なイタセンパラがそんな貝に産卵する訳もなく、結局撮影は断念しました。でも一度は見てみたいものです。
半年以上も貝の中で育つ子供
並ぶ卵アップ
並ぶ卵アップ
出てきたばかりの稚魚
出てきたばかりの稚魚
イタセンパラの特徴は、貝のエラに卵を産む事だけではありません。秋に貝の中に産卵した卵は、稚魚になって貝から出てくるまで、実に半年以上も貝の中で過ごすのです。

貝にとって卵は異物ですから、時折大きく水を入れ替えて吐き出そうとしている様に見えます。でも、稚魚になって自ら飛び出す前に吐き出されてしまったら、外敵に襲われて死んでしまいます。イタセンパラは、貝から吐き出されないように様々な工夫をしているんです。卵は、エラの中でふ化すると仔魚(しぎょ)という目も背骨もない状態になります。仔魚になると、体に鱗状突起と呼ばれるギザギザが出来ます。これが返しの役割を果たし、エラから吐き出されにくくなるんです。もう一つ、エラに並んでいる列からずれると、元の場所に戻ろうとウネウネとまるでイモムシの様に動くんです。まだ目もない時から自分が生き残るために必死なんです。

こうした努力の末、半年後、貝から出てきた稚魚は、普通の魚の稚魚よりもかなり大きく成長し、自由に泳ぎ回ることが出来ます。安全な貝の中から危険な外の世界に出ても、外敵から逃れたり、多くの餌を食べることが出来るんです。少なく産んで貝に大切に育ててもらう。イタセンパラにとって、貝は正に育ての親。イタセンパラはパートナーの貝なしでは生きていけないという訳なんです。
貝にとって卵は迷惑?
砂に潜ったイシガイ
砂に潜ったイシガイ
掘り出したイシガイ
掘り出したイシガイ
イタセンパラにとって貝に卵を産むことは良いことだらけ。でも貝にとってはいい迷惑。だって、呼吸をするためのエラに100個も卵を産み付けられるんですから。呼吸できなくなって死んでしまうんじゃないかと不安になりますよねえ。でもご心配なく。貝のエラは4枚あって、卵を産み付けるのはその内の1枚ですから、呼吸困難になることはないようです。

それに最近、ある条件の下では、イタセンパラの卵がある貝の方が、無い貝よりも生存率が高いと言う事も解ってきました。それが何故なのか、詳しいことはまだ解っていません。でも、何十万年もかけて関係を作り上げてきたイタセンパラと貝の間には、貝にとっても何か良いことがあるのではないかと思ってしまうのは、私だけでしょうか?
撮影は苦労の連続
今回、イタセンパラの番組を作るに当たって必ず撮影しなければならないシーンが2つ有りました。それはもちろん、イタセンパラが貝に卵を産むシーンと貝から稚魚が飛び出して来るシーンです。しかし、この必ず撮らなければならない2つのシーンの撮影は、本当に苦労しました。

元々警戒心が強いイタセンパラ。産卵となるとよけい神経質になります。オスが守っている貝の前にカメラをセットするのですが、産卵はメスが主導権を持っています。いくらオスが誘っても、メスが気に入らなければ産卵しません。メスが貝をのぞき込むところまでは行くのですが、なぜだかそこで辞めてしまうのです。メスは、大切な卵を半年以上預けなければならない貝を本当に慎重に選ぶんです。番組に使える満足できる産卵シーンが撮影できるまでには10日間かかりました。

それにも増して苦労したのが稚魚が飛び出してくるシーンです。産卵はタイミングを見て撮影できますが、稚魚が貝からいつ飛び出してくるのかは、5月中旬ということ以外は誰にも解りません。まず始めに1匹出てきて、それから段々数が増えて来るというのですが、それが言うほど簡単にはいかないのです。しかも、神経質なイタセンパラの稚魚は、そのほとんどが夜に貝から出てくると言います。しかし、いくら夜に飛び出しても暗い中では撮影が出来ません。何とか、昼間に飛び出してくるところを狙うしかないんです。正に稚魚との根比べ。撮影を始めてから2週間目。ようやく稚魚が飛び出して来るところが撮影できました。稚魚も明るい昼間に出てくるのは、本当はイヤだったんでしょうけど、食べもののない貝の中で、お腹がすいて限界だったんじゃないでしょうか(笑)。
氷見市の取り組み
保護の看板
保護の看板
絶滅の危機にあるイタセンパラ。氷見市もその保護のために様々な取り組みを行っています。イタセンパラが棲んでいるのは、市内の2カ所の川だけです。万が一、その環境が急激に変わってしまえば、すぐに絶滅の危機にさらされます。そこで、氷見市では、貴重なイタセンパラの人工繁殖を行っています。市内にある、保護増殖池では、毎年2000匹の稚魚が観察されているんです。

しかし、ここで育った稚魚を自然に帰すことは出来ません。外敵などのいない保護池で育った稚魚は、遺伝子的に弱くなっている可能性があるため、それを自然に放流したときに、元々自然で生きていた野生のイタセンパラにどの様な影響を与えるか解らないからです。人工増殖したイタセンパラに頼るのは最後の手段。何とか今の生息環境を守り続け、自然状態のイタセンパラの数が増える事を願いたいと思います。

今のところ、人工繁殖されたイタセンパラは、その大切さを伝えるために公共施設などで展示される親善大使の役割を果たしています。
天然記念物イタセンパラの現状
国の天然記念物に指定されているイタセンパラ。しかし、生息数は年々減少していて、その保護も必ずしも上手くいっている訳ではありません。 淀川では、ここ2年稚魚が見つかっておらず、絶滅が心配されています。生息環境の悪化はもちろんですが、それに追い打ちをかけているのがブラックバス、ブルーギルなどの外来魚による影響だと考えられています。

濃尾平野では、淡水魚マニアが密漁する等の理由で生息場所が公開されていません。しかし公開されていなければ、いつの間にか周辺で開発計画が進み、イタセンパラが棲む環境そのものが破壊されてしまうと言う可能性もあります。生息場所を公開した方が良いのか、しない方が良いのか。日本の貴重な淡水魚の生息地のほとんどが、同じ悩みを抱えているのです。 氷見市では、イタセンパラの貴重さを訴えると共に、生息場所をあえて公開することで、周辺の人々の意識を高め、保護の機運を高めようとしています。どれだけ科学者や国が保護の必要性を説いても、貴重な生きものを保護するには、結局は周辺に住む人々の理解がなければ出来ないことなのです。

しかし、安心はしていられません。氷見市の生息場所にも誰かが放流したブラックバスがたくさん泳いでいるのです。そのお腹の中からは、イタセンパラが出てきたことも報告されています。いったい何の目的で本来日本の自然には棲息していない外来魚を放流したりするのでしょうか?その心ない行為が、日本独自の環境で長い時間をかけて進化してきた貴重な淡水魚たちを絶滅の危機に追いやってることを是非理解して頂きたいと思います。

前の取材ウラ日記 取材ウラ日記のバックナンバー 次の取材ウラ日記へ
△このページのトップ
NHKオンライントップ NHKオンライン利用上のご注意NHKの個人情報保護についてNHK著作権保護
Copyright NHK (Japan Broadcasting Corporation) All rights reserved. 許可なく転載を禁じます。