夜に十分に睡眠時間をとったはずなのに、日中に耐え難いほどの眠気に襲われる--。居眠りを繰り返していると、職場や学校で周囲に不快感を与えかねないだけに、深刻な症状の場合、注意が必要だ。【小林多美子】
●針持ち歩き
河野通久さん(65)=神奈川県座間市=は会社員だった35歳のころ、夜間に十分な睡眠時間をとっても昼間に強い眠気が1日に7、8回もやってくるようになった。仕事先で1対1で話していても寝てしまう。針を持ち歩き、眠くなるたびに太ももを刺したが、それでも寝てしまった。
約1年後、喜んだり怒ったりして感情が高ぶると、短時間の脱力発作も起きるようになった。目が開けられず、腰やひざに力が入らなくなる。いくつもの病院で診察を受けたが、どこも「体に異常はない」という答えだった。
20年以上たったある日、テレビで「ナルコレプシー」という病気を知った。自分の症状とそっくりだった。紹介された医師の診察を受けると、「典型的なナルコレプシー」と教えられた。現在は眠気と脱力発作を抑える薬を服用し、問題なく日々を過ごしている。「治療できる病気と分かり、地獄から天国に来たようだった」と振り返る。
●睡眠十分でも
通常は、人間の身体にある「概日リズム」という24~25時間周期の体内時計が、夜に眠くなり朝目が覚めるサイクルを作っている。昼過ぎの時間帯にも軽い眠気がやってくる特性があるが、これは10~20分程度の仮眠で十分におさまるものだ。
睡眠時無呼吸症候群や、足の筋肉が勝手に動く周期性四肢運動障害など睡眠中に症状が出る病気も、浅い睡眠が原因で日中に眠気が起きる。過眠症と違い、朝起きたときに寝不足や疲れが残っているのを感じる。
これに対し、ナルコレプシーは、夜中に睡眠を十分に取っても昼間に眠くなる「過眠症」の代表的な病気。日中の耐え難い眠気、脱力発作のほかに、寝入りばなに現実のような鮮明な夢を見る「入眠時幻覚」が現れることもある。発症時期は10代が多く、眠気の強さは専門家によると、健常者が「3日間眠らずに過ごした後に難しい数学の問題に取り組んでいる」状態に相当するという。
代々木睡眠クリニック(東京都渋谷区)の井上雄一院長によると、患者は国内に20万人以上と見られているが、実際に治療を受けているのは1割程度と推測されるという。
過眠症はナルコレプシーのほかに、▽特発性過眠症▽反復性過眠症▽パーキンソン病やアルツハイマーなど神経疾患に伴うもの--などがある。特発性には▽夜間の睡眠時間は正常で日中に10分程度の断続的な睡眠を繰り返す▽夜間の睡眠が10時間以上と長時間の上に日中も1時間程度の睡眠を必要とする--の2パターンがある。反復性は年に数回3~10日間も眠り続けるが、その期間以外は正常だ。いずれも脱力発作などは起きない。朝はすっきりと目覚め、発症原因は不明だ。
井上院長は、(1)日中の強い眠気が3カ月以上続いている(2)周りは寝ていないのに自分だけ眠い(3)緊張を強いられる場面でも眠い--の三つが該当する場合は過眠症を疑い、専門医への受診を勧める。
●正しく薬服用
眠気を抑える薬は「モダフィニル」と「リタリン」(ナルコレプシーのみ)が代表的だ。リタリンは効果が強いが依存症の問題が指摘されており、服用には注意が必要だ。いずれも医師の診断を受け、正しい服用をすることが肝心だ。
また今年4月から、日中の眠気を測定するポリグラフ検査「睡眠潜時反復検査(MSLT)」が保険適用になり、検査が受けやすくなった。2時間おきに5回、消灯から睡眠開始時間を測定する。井上院長は「慢性疾患なので生涯続くことを覚悟しないといけないが、治療すれば日常生活に支障はないことを周囲は理解してほしい」と話す。
日本睡眠学会(http://www.jssr.jp/)は、睡眠医療についての同会の認定医や認定機関を都道府県別リストで紹介している。また、ナルコレプシーの患者約400人が参加するNPO「日本ナルコレプシー協会(なるこ会)」(事務局047・352・9889)があり、会員間の情報交換や治療研究への協力などを行っている。
毎日新聞 2008年9月5日 東京朝刊