イエスの惑星BBS

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サボテンさん、参考までに  投稿者:ダンボ  投稿日:2008年 9月 5日(金)14時54分58秒
  こちらでは「小教区」という言葉を使い続けています。その言葉に対する言及もないようです。協働宣教司牧は、大阪教区にもあります。修道会が小教区司牧を担当している所は、協働宣教司牧です。協働宣教司牧のままで留まっていただきたいですね。協働宣教司牧の間は、主任司祭がいますから。

大阪教区では、昨年、小教区評議会会規約を作り直せとの号令のもと、何年か前に新しくしたばかりの小教区まで、作り直しに着手しました。教区でモデルのような規約を提示して、後は各小教区で検討ということだったのに、突然、教区から教区長名で、この内容で申請したら、すぐに教区長の署名をしますという頭ごなしの文書が来て、評議会が憤懣やるかたないといったムードに包まれたのを覚えています。小教区は大小さまざまな構成や事情があり、全てが同じになるわけはありません。結局、教区から届いた規約案に修正を施し、申請して承認されました。

教区が推し進めた規約改正の特徴は、共同宣教司牧となって、評議会を招集する権限や評議会での決定事項など最終決定権は全て、ブロックの責任司祭に集めるということです。ブロックの協力司祭には評議会に出席しても、発言権があるだけで、決定権は責任司祭にあるのです。そしてその責任司祭に、正平協司祭をつけていっているのです。信仰、人間性、能力関係なく。

司祭としてというよりも人間としての常識に欠ける若手司祭が、偉そうに献身的な高齢の外国人宣教師を時代錯誤のように評価し見下す態度は、正平協支持不支持を超えて、皆の憤慨の元となっています。「信徒の時代だ!」「信徒が自ら考えて活動していく時代だ!」と、掛け声をかけ、でも実態は、合議制ではなく、最終決定権は共同宣教司牧の責任司祭一人にあるということなので、教区は言っていることと行っていることとは大きな違いがあるのです。

どう考えてもおかしいと思います。3つの教会の責任者は一人なので、日曜日3回は各小教区評議会に参加することになり、後1、2回どこかでミサをするという薄いつながりで、どのように責任ある司牧をされるのでしょうか。もともと、やる気のない司牧体制なのです。ただ、自分たちの言いなりにならない司祭の発言を封じ込めたいだけなのではないかとの疑念を持っています。

ヒエラルキアのもとで、信徒は自分たちの思い通りになると思っているのでしょうが、教皇様に盾突くような態度を信徒はしっかりと見ています。ご自身がヒエラルキアを否定しておきながら、信徒にはヒエラルキアでの従順を求めるというのも変な話。この情報時代、信徒は飛び越えて教皇様の方針を知ることが出来るのです。無学でもなく、識別できるのです。
 

Vincentさん サボテンさん頬白親父さん  投稿者:Pas  投稿日:2008年 9月 5日(金)05時40分4秒
  >Vincentさん
 了解しました。戦前のパリ外国宣教会の活動にはずっと関心を持っていました。
 国会図書館のアーカイブも少しずつ目を通していきます。情報ありがとうございました。

>サボテンさん 頬白親父さん
 今週前半に北関東の二か所を回ったというのは、実は再就職先の候補地の職場見学という意味合いからでした。
 近々、今日にでも、これから東北地方のある場所にも足を運びます。
 今のところ、東京、北関東、東北のいずれかを考えています。
 「単身者だし、その気になれば日本中どこでもOK」と考えていた時期もありましたが、
 いざ具体的にいろいろ考え、実際に動き始めてみると、やはり東日本ということになってきました。
 静岡県東部くらいまでは土地勘が少しはありますが、そこから西は、もうまるでわかりません。
 それにもう若くはないので、昔ほど東京への、大都会への憧れみたいなものも、ありません。
 手堅く北関東あたりが「僻地以上、都会未満」みたいな感じで悪くはないかな、という気にもなっています。
 その意味でも最近、さいたま教区の諸事情に注目するようになっています。
 小教区(これは禁句?)によって、「温度差」が、かなりあるようですね。よく見極めねば......。

今年四十歳というところで考えると、昔ほど「冒険」しようという気力体力は残念ながらなくなってきています。
それを考えると、四十代で釜ヶ崎に行って全く新しいことを始めた本田哲郎神父には、ある意味で脱帽します。
釜ヶ崎で社会活動をしている、それ自体は認めます。立派だと思います。以前はとても尊敬もしていたものです。
しかし、「酒は呑んでも呑まれるな」ではないけれど、本田師は何かに丸呑みされてしまった、としか思えない。
最近の言行を知るにつけ、別の思想にどっぷり浸かってしまった、別世界に行ってしまった、としか思えません。
非常に幻滅しております。今の本田師の思想や信仰がどんなものであるかは、正直、私にはよくわかりません。
しかし、同じカトリックの信仰の持ち主であるとは、どうしても思えなくなってきている今日この頃です。
 

Re:惨状 (9月 2日15時)  投稿者:サボテン  投稿日:2008年 9月 5日(金)02時51分12秒    編集済
   語り尽くせないほどの問題を示されていると思います。大阪の影響は確実にさいたま教区に来ているので人ごととは思えないのです。

 さいたま教区も2008年4月から「協働宣教司牧」が始まりました。まず、この文字「共同」ではなく「協働」を使うのです。学生の隠語のような言葉遊びのようなことが、平気で行われるのですが、そこに谷司教の意図は見えています。ご自分の裁治権下では、ご自分独自の自治国を作りたいのです。以前にも書きましたが、さいたま教区内では、「小教区」という言葉を使うな、「共同体」と言え、「主任司祭・助任司祭」という言葉を使うな、序列をつけない方針ですべて「担当司祭」と言え、と指導されています。(しかし、私の周りでは信徒はわざと、「小教区・主任司祭」と教会法の訳語にのっとった言葉を使用しています。)

 私は、「協働宣教司牧」は、司祭不足の解消のためというより、谷司教の意思・方針を直接おろしやすくする組織を再編成しようとしているのだと見ています。ブロックのまとまりを強化し、ブロックごとにいずれはコーディネーター(仮称)という中間管理職のような司祭を選任し、支配体制を強化するつもりのようです。

 さいたま教区も保守的な地域では、正平協に対する抵抗は強く、もとより司教の説教がお粗末で人格的に尊敬できないという見方は、信徒の中に厳然と存在しますから、なんとか組織再編でご自分の影響力を強化したいのではないかと思っています。

 「協働宣教司牧」のブロックはとても非実用的なものです。たとえば、茨城県、北部は交通の不便な面積の広い県です。この広大な県を、たった二つに分けてあるのです。鹿島臨海工業地域から、日立市まで車で何時間かかるでしょう。電車なら、さらにかかります。ガソリン代運賃大変な金額です。その広大なエリアが一つの「協働宣教司牧」のブロックなのです。領地を歩いたことのない、無知な絶対君主が、地図を広げて、線引きをした。そして、従え、です。

 ダンボさんの書かれた、正平協に協力的な若手司祭(自分の頭で物事を考え、実行できない、保身のかたまり)を、教区の中心部に配置するという方法、したたかですね。過疎地の信徒の少ない小教区に高齢司祭や修道司祭を置く・・・。要は、祈りや秘跡を重視する伝統的司祭を中央から、追い払って、都市部の若手の信者に伝統的な信仰の影響を受けさせたくないわけですね。

 このやり方、さいたま教区にも当てはまっているような気がします。私がいる所は、東京から不便な、保守的な過疎地に近いところです。正平協の影響は「知らず知らず」のうちにあるとしても、正平協関係の文書は、おおむね信徒の目にふれないようにしてあります。笑い話ですが、2、3日信徒の来ない平日に貼ってすぐ外すとか・・。当たり前です。★カトリック教会の教えでないことを、信徒に教える権限など、司教や司祭にはないからです。

 近く、修道司祭が多い私達の地域に、谷司教の息のかかった教区司祭が送られて来るそうです。「協働宣教司牧」によって、正平協の毒を撒くつもりでしょう。しかし、私達はそんなに甘くないです。まず、司教に対する信頼感が全くないのです。冷静に見つめる目はさらに厳しくなります。これは、本当はとても悲しむべきことで、このような司教様をいただいたことに、信徒の心は深く傷ついているのですが・・・。


 以下、再び、谷司教様へ、

 まずは、教区の信徒から尊敬され信頼される人格をカトリック信仰によって育ててください。(通知票の所見欄のよう・・)そうしないと、××殿様、裸の王様が××の一つ覚えのように、9や20や言っているとしか、信徒は受け取りませんから・・。取り巻きの、終身助祭や戸田神父様やシスターがハイハイと言う事を聞かれても、教区の信徒はバカじゃない。司教様より信仰が深く、人格的に立派な判断力の備わった方も、大勢おられるのです。所詮、ギターで歌謡曲を若手司祭と一緒に歌っても、信徒は尊敬はしません。その程度か、と見くびられてしまうのです。それよりも、司教訪問で、ミサ開始ぎりぎりに来られるのではなく、せめて30分前に聖堂に入って、跪いて祈られる姿を信徒に見せられることはできないでしょうか。

 ある方に祭服の下の服装がポロシャツ、Gパンだと指摘されたら、最近はローマンカラーになりましたが、それでもまだまだご努力が足りないです。ローマの司教様には及びません。何が足りないか? 聖堂で跪いて祈られる時間ではないのでしょうか。教皇様より多くの時間を聖堂で祈られて当たり前だと思います。器が及ばなければ、より多く祈るのは当たり前ではありませんか。執筆、会議、そんなものは祈りではありません。

 本当に、こんなことをしていると、まともな信徒が教会から離れてしまいます。現に、信仰の深い人が、東京に足を運んで、実質、さいたま教区のミサに与らないというケースを何件も見ています。信徒は深く傷つき、しかし、なお、真剣に祈リ、真のカトリック信仰を育てられる場と指導者を求めているのです。
 

頬白親父さんへ  投稿者:ダンボ  投稿日:2008年 9月 5日(金)02時12分19秒
  私も偉そうなことは言えません。頬白さんの書き込みを見てあれっ?と思い、総則を改めて読み返し、真っ青! 奉仕者が「キリストの血」と唱えていなかったのです。
責任転嫁するわけではないのですが、昨年の研修会、司祭に質問したところ、必要ないと仰ったと記憶しています。あの司祭の言葉をそのまんま信用してしまった・・・あ〜ぁ。
で、気づく機会をいただいたことに感謝!です。
今度、司祭に指摘して修正します。またバトルになるかも・・・ね。
† わが主よ、無知なる我等をゆるし給え。(ごめんなさい)
 

我々の責任  投稿者:彦左衛門  投稿日:2008年 9月 4日(木)23時54分31秒    編集済
    嘗て彦左衛門、次のようなメールを書きました。ご参考までに。

  現在小生は、絶望感と戦っています。他の点では立派な人たちが、本来の使命、責任から逸脱、憂慮する信徒の提言、批判、問いかけを、これまで全く無視、暴走を続けているからです。おそらく彼らが、このことについて一片の反省もなければ、地獄堕ちは必定でしょう。

  そういうことにならないようにするには、どうしたらいいでしょうか。

   .................

   日本教会の責任者である方々へ

 あきる野教会の信徒T(自称彦左衛門)と申します。以下にお送りするのは、某長崎信徒の方への返信です。

 この方は、長崎大司教 高見師への疑問を表明されています。どうか、諸師、真剣にお読みください。
  既に同じようなメールは差し上げておりますが、これまで、ご叱正はどなたからも頂いてはおりません。

 真に残念なことです。勿論皆様、それぞれの事情はおありで、すぐご返信、ご叱正をいただけないことは分ります。

 しかし、数十人の聖職の方々の誰一人として、これまで、全く小生の建言批判を無視されていて、ご叱正を下されないと言うことは、どう考えたらいいでしょうか。

  小生に対してだけではありません。これまで多くの信徒有識者が司教たちに対して、教会を思うが故の真剣、誠実な、憂慮表明に対して、同じような無視、黙殺、の態度をとって居られると聞いて居ります。

  真に残念なことです。


某信徒さん曰く:
...教会はかなり厳しい現実の問題を抱えています。アメリカで靖国や9条の話をする暇があれば、もっと足下に目を向けてもらいたいというのが、信徒の本音です

  彦左衛門曰く:
  高見師に対しては、これまで、彦左衛門、靖国問題などで、懇切丁寧に、師の言動のいい加減さ、問題への無知、無識を指摘、反省を促しているのですが、なんらの返答も無く、黙殺、無視という扱いを受けています。彦左衛門だけでなく、この種の政治的問題では、多くの、信徒有識者が、礼節を尽くしつつ、司教たちに建言、批判を申し上げていますが、例外はありますが、総じて彦左衛門に対してと同じく、無視、黙殺の態度で一貫しています。
  このことは、彼らの人間的誠実に対して大きな疑問を抱かせるものです。

  そのことだけを取り上げるなら、彼らは、日本社会の責任ある普通の人たちに求められ、事実その多くの人が果たしていることさえ、怠っていると言わざるを得ません。
 一体そういうことで、果たして宣教などができるでしょうか。

 決してそう高くは無い、日本社会の、そのレベル以下の人間が、神の道を説いても、真相を知る人の冷笑を受けるだけでしょう。

  我々日本社会では、会社、企業であれ、国であれ、また市町村であれ、消費者や市民の苦情や希望、要求に対しては、窓口を設け、誠実に対応しています。もしこれを怠るならば、世間の非難はさけられません。

  ところが、吾らの司教たちは、それを怠ってテンとして恥じていません。しかも赤の他人に対して、そういう無視、黙殺の態度を続けているのでなく、彼らが主からその世話を託された、神の愛子たる信徒に対して、そういう冷淡、無視の態度をとり続けているのです。

  こういうお人に対しては、一体何を言ったらいいのでしょうか。どうか諸兄、お考えがあればお教えください。

  いやこの人たちは、ご自分が辛苦、精進して築き上げてきた宣教の成果を、左手に握ったハンマーで自ら打ち壊している、としか言いようがありません。

  もしこれを俺には関係ないよと座視しているならば、我々自身が、主からその責任を厳しく問われることになるでしょう。
 

申し訳ない  投稿者:頬白親父  投稿日:2008年 9月 4日(木)23時34分22秒
  ダンボさん&通りすがりさんへ

申し訳ありませんでした。今後、気をつけます。
 

Vincentさんへ  投稿者:ダンボ  投稿日:2008年 9月 4日(木)21時41分53秒
  私は、あなたが心配しておられる中の一人だと思います。

戦前、戦中と弾圧があったことは認めます。そして、それが天理教や創価学会よりも激しかったであろうことは想像できます。当時、国は天皇を現人神としていたのですから教義上からも、また、外国人宣教者に頼っていたことからも理解できます。
ブスケ神父様のことも、入信間もない頃から先輩信徒から伺っています。私たちは純粋に、ブスケ神父様を尊び、苦労されてきた特に外国人宣教師方を大切にしたいのです。
しかし、正平協の人々は、信教の自由の名のもとに憲法問題と重ね合わせ、論点を靖国神社、天皇制廃止にまでつなげていっているのです。あの人々は、戦前の上智大学での件でも、またその他の問題でも、皇族方がカトリックを擁護してくださったことは知らん顔なのです。私はあの時代の弾圧は大部分が暴走軍部によるものと理解しています。外国人宣教師でも高齢者は外国人収容所に入ることを免れていました。また日本の統治下にあった朝鮮半島でも、宣教は禁止になっておらず、修道院が増えていました。その辺が、明治初期に行われた弾圧と異なるところだと思っています。

私は純粋にブスケ神父様を尊び、遺徳を偲びたいと願っていますが、正平協の人々がブスケ神父様の名を出されるとき、いつも政府批判や憲法問題、天皇制批判に重きを置いているのが、反発する理由です。

私たちの教会は、パリ・ミッション会の神父様が生活費を切り詰め、また語学教師をして貯められたお金などで建てられた教会です。困難な戦争中も信徒のために日本に残り、献身的に尽くしてくださった神父様方のご苦労を軽く考えることなどありません。
ただ、今は亡き神父様は、戦争中のご苦労やその頃の国への批判などなさいませんでした。今も健在でいらっしゃる同会の神父様も、政府批判をされているのを伺ったことがありません。宣教師方は政府や政治の批判をするためではなく、神の愛を宣べ伝えるためにいらっしゃるので、当然のことと思います。
私たちは次世代に宣教師方の偉業、遺徳を伝えたいと思います。そしてそれこそが、信教の自由と信仰の苦難の歴史を伝えることになると思っています。
 

拝領の時のカリスの受け方  投稿者:通りすがり  投稿日:2008年 9月 4日(木)20時43分42秒
  あがないの秘跡94に

信者が聖なるホスティアやカリスを「自ら手に取ること、まして互いに
手で渡すことは」適法ではない
とありますから、祭壇に置かれたカリスを信者が手に取ることはできないのでは
ないでしょうか?
 

頬白親父さんへ  投稿者:ダンボ  投稿日:2008年 9月 4日(木)20時41分51秒
  両形態の拝領の際、カリスからいただく時のことについて、ミサの総則では次のようになっています。

160 ・・・・・信者が聖別されたパンやカリスを自ら手に取ること、ましてそれらを互いに手で渡すことは許されない。・・・・・
286 御血の拝領をカリスから飲んで行う場合、拝領者はキリストのからだを受けた後、カリスの奉仕者の前に行って立つ。奉仕者は「キリストの血」と唱え、拝領者は、「アーメン」と答える。奉仕者はカリス[・・・]を拝領者に差し出し、拝領者は、[・・・]自分の手でカリスを口にもっていく。拝領者は[・・・]カリスから少量を拝領し、カリスを奉仕者に返してから戻る。その後、奉仕者はカリスの縁をプリフィカトリウムでぬぐう。

祭壇に置かれたカリスを直接、もって拝領できるのは共同司式司祭と助祭です。信徒は奉仕者から授けられる必要があります。

私たちの教会では、奉仕者からカリスを受け取り、直接、御血を拝領します。でも、浸すのに慣れたシスターや信徒は文句たらたらです。司祭の指示を守らずに浸す人が大勢いたので、両形態の拝領のある祭日ミサ前に、典礼委員から、「あがないの秘跡」により、禁じられていることを説明しました。それでも、まだ、不服な方もおられ、そのような状態はカテキズムを充分に理解していることを条件とする両形態の拝領の要件を欠いているのでは?と疑問に思っています。
 

Pasさんへ  投稿者:Vincent  投稿日:2008年 9月 4日(木)20時37分53秒
  中国大陸や北朝鮮のカトリック教会への迫害は、現在の問題なのでそれを多く取り上げること自体は賛成の立場です。Pasさんは良い記事を書かれていると思いますし、この掲示板で読んでいる方も同じように捉えていることでしょう。

私が危惧しているのは、この掲示板で、戦前・戦時中の日本カトリック教会への迫害を疑問視する方がおられることです。同じ信仰を分かつ兄弟であるのだから、彼らの苦しみを少しでも理解して頂きたいのです。それで、日本の教会のことについて少し書かせて頂きました。

去年の冬に、夙川教会を訪問して、土曜日の夜のミサに与ったことがあります。聖体拝領は両形態ではなく、神父様の説教も良いものでしたが、信徒の数は少なくて、約20名位でした。

池田敏雄著「人物中心の日本カトリック史」によると、夙川教会を立てたブスケ神父様は改葬するために墓を掘り起こしたところ、その亡骸は腐敗してなかったそうです。

余談ですが、、国会図書館のHPにあるデジタルアーカイブでも、ブスケ神父様や他の神父様の書かれた明治から大正初期の書籍を無料で読むことが出来ます。是非お読み下さい。
 

傲慢と堕落  投稿者:彦左衛門  投稿日:2008年 9月 4日(木)20時16分18秒    編集済
  本田神父は

 「みなさんは洗礼を受け、教会に一生懸命に来て、天国に行けると思っているのだろうが、それは違う。天国にいくのは釜ヶ崎の労働者やホームレスであり、あなたがたではない」と説教した由。

  驚いた、いや呆れ果てて、ものも言えない。何と言う傲慢。

  それに聖書学者という触れ込みで、自前の聖書翻訳をしたそうだが、これも身の程を知らない傲慢。

  良心的な聖書学者なら、まず、浩瀚な聖書注解を書き、自説があるなら、それを学界の権威者、同僚にそこで問うべきだ。

 そういう手続き無しの聖書翻訳、ここにも彼のめくらへびに怖じずの軽率、傲慢が現れている。いやそれは人間としての堕落だ。
 

さいたま教区某小教区、両形態聖体拝領の実態  その2  投稿者:頬白親父  投稿日:2008年 9月 4日(木)12時24分31秒
  サボテンさん、こんにちは。

最近では、自分の通う教会では、『両形態による聖体拝領』は行われなくなりました。
以前は、自分一人、御血に浸すことなく、ホスティアのみ拝領していました。ホスティアを手にカリスの前に列をなすみなさんの脇を通り抜け、抗議の意味を込め、これ見よがしの行いでしたが、大人げなかったかも……。

やはり、「なぜ?」と訝る信徒もいらっしゃいました。きちんと「あがないの秘跡」の説明をしましたが、分かってはくれなかったようです。
まずは、各小教区の典礼部できちんとこの指針を読むべきです。

祭壇の上にカリスを置いていただければ、自分は大歓迎です。カリスには深々と頭を垂れ、カリスから直接御血を頂きます。もちろん、串カツ方式ではありません。
直接口を付けるなよという方もいるかもしれないので、一応、拝領行列の最後尾に付くという配慮はしています。
 

ダンボさんへ  投稿者:頬白親父  投稿日:2008年 9月 4日(木)11時54分57秒
  本田神父のお母上様の葬儀は、カテドラルで行われました。
喪主を務められたご主人様を始め、故人にはみんなお世話になった信徒が集まりました。

司祭ではない自分でも、社会人として、参列者へのお礼は忘れることはないでしょう。
しかし、本田神父はお礼の一言もなく、
「みなさんは洗礼を受け、教会に一生懸命に来て、天国に行けると思っているのだろうが、それは違う。天国にいくのは釜ヶ崎の労働者やホームレスであり、あなたがたではない」と説教された。

釜ヶ先での暴動のシーンは、ニュース映像で観たことがあります。彼らはタマゴを投げていました。
某司祭のようにウンコを投げるよりはいいかもしれないけれど、食べ物を粗末にする彼らの姿に「小さき者」の姿を見ることはできませんでした。
 

Vincentさん 誤解のなきようにお願い申し上げます  投稿者:Pas  投稿日:2008年 9月 4日(木)04時39分22秒    編集済
  この掲示板で北朝鮮や中国の弾圧の話を多く書き込んできたのはたぶん私です。
Vincentさんは「戦前・戦時中の日本のカトリック教会は?」と疑問を呈しておられますが、
奄美の件や夙川の件その他の日本や朝鮮また日本軍占領下の中国のことも、以前から興味を持って調べています。
別に、この掲示板に書き込まないのは軽く見ているからでもないし、全く調べていないからでもないんですよ。
その辺はくれぐれも誤解のなきようにお願い申し上げます。この辺の事情は、他の方々も同じだと思います。
北朝鮮や中国の弾圧に触れる度に「いや昔の日本でも」といちいち言っていたら、話が進まなくなってしまいます。
あえて北朝鮮や中国の弾圧を数多く取り上げるのは、それが「現在進行形」の事態だからです。

私は昔から、戦前に建てられた歴史ある古い聖堂に行って御聖体訪問をするのが、本当に好きでした。
以前は多忙でなかなか主日に教会に通えなかった分、出張先の教会での御聖体訪問でつながりを感じたものです。
昨日も忙しい中、駆け足で前橋教会を訪ねて来ました。歴史の重みを感じさせる、とても立派な教会でした。
確か夙川教会も前橋教会と同じ年に聖堂が建てられたと記憶しております。横浜の山手教会がその次の年でしたか。
訪問前の「歴史の予習」はもうずいぶんしているのですが、夙川教会には未だに訪問する機会がありません。

北朝鮮の場合、チャンチュン(長忠)聖堂という司祭不在の「教会」が一つ、1988年3月に建てられました。
Catholic Church in North Korea
http://jp.youtube.com/watch?v=0f_lg4QG2iY
(旧ソ連時代の外交官か記者らしきあるロシア人が、その年のイースターにそこを訪問した時の短い動画です)
"Jangchung Cathedral"とありますが、本当のカテドラル(館後里教会)は1951年以降、どうなったか不明です。
北朝鮮は四十年も国内のカトリックを弾圧するだけしておいて、今度は対外宣伝に利用しようとしています。
既に韓国の多くのカトリック司祭が北朝鮮を訪問し、「チャンチュン聖堂」でミサを司式しています。
2002年10月上旬(「平壌宣言」の直後)には、韓国の正義具現司祭団から103人が7泊8日で北を訪問しました。

あるポーランドの神父様は「チャンチュン聖堂」が本物のカトリックの聖堂とはどうしても信じられませんでした。
結局その神父様は、「チャンチュン聖堂」ではなく、ポーランド大使館でミサを行なったということです。

北朝鮮は日本のカトリックにも、武者小路公秀氏や田代菊雄氏などを通して、ある種の影響力を行使しています。

繰り返しますが、あえて北朝鮮や中国の話題を数多く取り上げるのは、それが「現在進行形」の事態だからです。
その辺はくれぐれも誤解のなきようにお願い申し上げます。
 

頬白親父さんへ  投稿者:ダンボ  投稿日:2008年 9月 4日(木)00時49分23秒
  結婚式や葬儀でとんでもない説教をする司祭は、百害あって一利なしだと思っています。司祭にとっては繰り返し司式する儀式であっても、ご本人やご家族にとってかけがえのない儀式です。善き牧者なら、結婚式では共に喜び、葬儀では遺族を思いやり、軽はずみに説教できるわけはありません。また、儀式には多くの非キリスト者が来られるのですから、毎回同じ話でも、順当なものであれば文句は言いません。本田神父はお母様の葬儀にも、とんでもない説教をされたのですね。私のよく知っている司祭も、大切な儀式にとんでもない非常識極まりない説教を20分ほどします。私は、そのような司祭を牧者とは思えません。

大阪カトリック時報(2006年6月号)に岸和田教会で行われたシナピス移動学習会での感想文が載っていました。講師は本田神父。

「ご自分が希望してに来られてから16年。ホームレスと一心同体で痛みをともに味わい、親身に接する中で、今まで得意になって聖書の翻訳や注解をし、話をしてきた内容が、彼らの心情にそぐわないことに気づき、本当に申し訳ないことをした、と話されました。その後、直ちにあらためて、聖書の新しい翻訳に取り組み、完成。今はそれに基づいて教えておられます。・・・・・『信頼して歩みを起こすこと。やってみて、できたところまでが信仰』(本田神父の言葉)」

ホームレスの心情に沿うように翻訳したのが例の聖書ですね。でも、私はそれは聖書ではなく、聖書風物語と思います。ホームレスの心情に沿うのではなく、イエス様の心情に沿うように翻訳するのではないのですから。何気なく目を通していた時報も、本田神父がどのような人か分かって読み返してみると恐ろしい内容に驚きます。得意になって聖書翻訳や研究をしていたそうで、私の勝手な思い込みでした。このようなお仕事をされる方は、祈りと共に、自分を道具として使ってくださる神に感謝して、御旨にそって働けるように、身を低くして励んでおられるのだと思っていました。信仰なくしての聖書研究・・・恐ろしいです。
『やってみて、できたところまでが信仰』なんてこと、私には言えません。教会で奉仕活動を始める青年や入信間もない方々に「神様に信頼して、先ず一歩踏み出しては?もし、うまくいかなくても、あなたの苦しみや努力を一番わかって下さるのは神様だから」と励まして来たのに。小さい人々と共にいるというのに何と愛のない言葉でしょう!成功者だけが信仰者ですか?彼はそう言って闘争を要求しているだけです。

少し前、釜ヶ崎で何年かぶりに暴動があり、警官が怪我をしました。自分たちに都合の良いようにホームレスを煽動する人間がいるのです。自分の交通法規違反を摘発された活動家が、動員?煽動したのです。そんな時こそ、平和を求める人なら、仲裁をするのではありませんか?たしなめるのではありませんか?何日も続く暴動のニュースを見ながら、本田神父はどうしたんだろう?出会いの家のイエズス会司祭はどうしたんだろう?と思いました。存在価値がない・・・。何日か前、ニュース映像で、煽動した活動家の裁判の傍聴席に、見たことのある坊主頭がちらっと。見間違いでしょうか・・・。あの人たちは、小さくされた人たち(暴動を起こした人たち)と共にいて群れるだけで、彼らの荒んだ心に平和を取り戻させるように働いているのではないのだと思いました。
 

いと高き御聖体は賛美させられ給え  投稿者:Vincent  投稿日:2008年 9月 3日(水)21時17分27秒
  今の正平協と共産主義の癒着に見られるようなカトリック教会の混乱は、御聖体に対する敬意が失われてきたところにあるにではないかと私は思います。イエズス・キリスト様が教会の中心であるのに、実際には信者の集まり自体が中心になっている教会のいかに多いことでしょう。

私は、幾つかの教会で指針「あがないの秘蹟」に反する御聖体拝領について神父様に忠告したことがあります。残念ながら、私がいくらローマが禁じていると言っても、耳を傾けない司祭の方が多いのです。しかも、こちらで問題にしている政治活動に熱心な司祭でなくてもそうなのです。

このことで、ある教区の教区長様に問い合わせましたが、教区長様は信者が御聖体をカリスに浸す方法はローマは禁じていると言われ、それに従う方針であるとのことでした。

日本の全教区で、違法な御聖体拝領の方法を早く無くすように努力いたしましょう。それが
今の教会の混乱を終わらせるための第一歩です。
 

ノムさん  投稿者:Pas  投稿日:2008年 9月 3日(水)19時36分40秒
  アルフレッド・バーク神父様の記事を今、拝見しました。
http://www.nomusan.com/~essay/jubilus2007/02/070226.html
長らく私が求めていたタイプの神父様のように思います。
戸塚区は私の従兄が長く住んでいた場所でした。十数年前に転居してしまいましたが......。
横浜に行く用事はなかなかありませんが、ぜひともお目にかかりたい神父様ですね。

さいたま教区のシャールアンドレ・フロアラック神父様にも、いつかお会いしたいです。
 

頬白親父さん ダンボさん  投稿者:Pas  投稿日:2008年 9月 3日(水)18時51分33秒
  >頬白親父さん
実は、本田神父に関しては、最近になって急に注目し始めたところでした。聖母を貶めていると聞いたので......。
それまでは、「釜ヶ崎に行って、その経験から解釈し直した福音書の訳を出した神父様」くらいの認識でした。
「『社会派』の方だから、いくぶん左がかったこと言ってても、まあそんなものだろう」と甘く見ていました。
東北の地からは、ネットでもなければ、さいたまや大阪で起こっていることは本当に遠くの出来事なんです。

ところで、昨日今日の二日間、急な用事で東京の二か所と北関東の二か所を飛び回ってきました。いや暑かった。
関東は昨日今日と日射しが強くてまだまだ真夏ですね。びっくりです。日中は歩き通しだったのでダウン寸前です。
北関東の二か所ですぐ気づいたのは、外国人の多さです。どこに行っても見かけました。予想以上でした。
さいたま教区の「日本人信徒2万人に外国人信徒10万人(でしたっけ?)」というのも納得できました。
(総信徒数12万人だと、もしや、さいたまが日本で最も信徒数が多い教区、ということになるのでしょうか?)
群馬県のあるコンビニのレジのところには、(日本語を除く)六か国語で掲示がありました。
谷司教の姿勢はともかく、さいたま教区はこれだけでたいへんな難問を抱えているということでしょうか。
「一内閣一仕事」ではないですけど、谷司教は憲法20条どころの話ではありませんね。

前橋教会の敷地内で、若いおにいさんが、上半身裸でウロウロしていました。いや、今日暑いのはわかるけど......。
米倉涼子さん主演の今週末の2夜連続ドラマに、前橋教会が登場するらしいです(聖堂入口のポスターから)。

>ダンボさん
いつも詳しいご説明ありがとうございます。こちらは勝手にいろいろ想像で物を言ってしまい、申し訳ありません。
教会活動で色々ご苦労されているのが伝わってきて、ダンボさんにはいつも感心しています。頭が下がります。
たぶん私はダンボさんの百歩か千歩くらい後ろを歩いているように思います。
もう一つダンボさんが立派だといつも思うのは、高齢の信徒の方々によく目を配られているということです。
伝統を大切にするということの中には、先輩の信徒の方々を大切にするというのも当然含まれているわけですよね。
頭では分かってはいても、なかなかできないことです。この点でも、私はダンボさんのはるか後方にいます。
 

さいたま教区某小教区、両形態聖体拝領の実態  投稿者:サボテン  投稿日:2008年 9月 3日(水)18時14分35秒
   5年以上前から、ほとんどの主日、信徒が自分でホスティアを御血に浸す方法です。修道女・修道司祭が常におられる教会です。

 修道女会の朝ミサはさらにひどいそうです。御血の入ったカリスが祭壇に「置いてあり」、そこで浸すのだそうです。カリスが倒れないようにカリスに手を添える奉仕者はいないそうです。

 前教皇様が典礼法規を遵守するようにとおっしゃっているのに、毎朝こんなことをしていてシスター方、心苦しくないのでしょうか?

 主日の聖体拝領後のカリスのすすぎは、毎週信徒です。残った御血も立ち飲みです。その間、司祭は何もせず座っておられるのです。香部屋に典礼当番割り当て表が貼ってあります。掃除・・○○地区、先唱・・○○、御血・・○○、聖体・・○○、朗読・・○○ 掃除や朗読と同レベルで臨時の聖体奉仕者を毎週割り振っているところが、悲しいところです。

 たとえすすぎの当番に当たっていても「神父様、お願いします」とおっしゃればいいのに・・。たとえ、御聖体を授ける当番に当たっていても「今日は200人以内なので、神父様お願いします」とおっしゃればいいのに・・。ここは、司祭は一人ではないのです。

 しかし、近くの小教区では、主任司祭がセルフ・インティンクションをさせないところもあります。その主任司祭は、説教もしっかりしていて、ミサ中に余計なことを持ち込まれません。

 当たり前の司祭で、当たり前にミサをささげておられているだけなのかもしれませんが、信頼できる貴重な神父様です。

 聖体拝領の時、ずっと合掌していると、ややこしいことを言わなくても、司祭の手から拝領させていただけます。拒否されたことは、一度もありません。時には、司祭が浸してくださる時もあります。

 そんなことをしていると臨時の聖体奉仕者との人間関係はまずくなりませんか、と言われますが、全然大丈夫です。びくびくしないで、違法は拒否する方が増えることを願っています。

 この小教区の場合、『あがないの秘跡』を知らない方がほとんどなのです。みなさん、104項で「認められない」とされていることは、知らされていないのです。知っている人は、主任司祭に了解をとって静かに拒否するか、あるいは「共同体の一致」という言葉が重しになって泣く泣く従っておられるのでしょう。「主任司祭がいいと言っているのですからいいのです」と堂々とのたまうカテキスタのシスターは、私は信頼できません。

 グレゴリオさん、がんばってくださいね。小学校低学年にも御血を拝領させようとするシスターがいるのです。親の責任において、お子さんしっかり育ててください。
 

両形態のご聖体拝領わたしの告白  投稿者:グレゴリオ  投稿日:2008年 9月 2日(火)21時57分1秒
  わたしの教会では、ミサは全て両形態で、信者がご聖体を手に持ってカリスにつける方法です。しかも、カリスにつけたご聖体に手を添えることもなく、浸してそのまま口に入れる信徒がほとんどで、いつも御血が滴り落ちないか、心配でなりません。
かく言うわたしも、先日、ご聖体を手から落としてしまいました。パニックになり、あやうくそのままカリスの御血に浸すところでした。以来、ご聖体のみを頂いています。
 

興味深いページを発見 その2  投稿者:頬白親父  投稿日:2008年 9月 2日(火)21時47分39秒
  Pasさん、こんばんは。
根っからのうらわっ子の自分には、当たり前のことなのですが、結構、みなさんご存じないことなのでしょうか?

本田神父のご家族にはたいへんお世話になっています。本田神父司式の葬儀ミサにも与った母によれば、本当に酷い説教であったと憤慨していました。
 

御聖体  投稿者:ノムさん  投稿日:2008年 9月 2日(火)21時07分32秒
  強烈な本を、ほぼ60%、読みました。

ゲレオン・ゴルトマン神父『死の影 慰めの光』(鳥影社)
http://www.nomusan.com/~essay/jubilus2008/09/patergereongoldmann.jpg

今晩も読み続けます。
「御聖体」について、認識を改めます。

ゴルトマン神父様は「グレゴリオの家」の創立者です。
日本へは、凄い方々が来て下さったんですね。

コルベ神父、チマッティ神父、バーン神父、フロジャック神父、ゴルトマン神父、・・・・

http://www.nomusan.com/~essay/index-jubilus.html

 

Re: Vincentさん  投稿者:ノムさん  投稿日:2008年 9月 2日(火)20時44分37秒
  > 信者が御聖体を手に持ってカリスにつける方法は指針「あがないの秘蹟」によれば禁止されています。

そのことは承知しています。
私の見るところ(本当は知りませんが)司祭の意向でなく、典礼委員会の考えと思います。
勿論、司祭がそれを正すことはできるのでしょうが。
私自身はその形では頂きません。

しかしカリスから直接頂くのも、口紅のご婦人のあとは、遠慮しますね。

内輪の小人数の場合は別として、司祭が御聖体を御血に浸し、信徒は舌で受けるのが、いいと思います。(手では受けようがないです)

http://www.nomusan.com/~essay/index-jubilus.html

 

両形態の御聖体拝領について  投稿者:Vincent  投稿日:2008年 9月 2日(火)20時07分37秒
  連続投稿で失礼します。

ノムさんへ

山手教会の主日のミサに与ったことがありますが、そのときは両形態の御聖体拝領では
なかったので山手教会では無いと思っておりました。信者が御聖体を手に持ってカリス
につける方法は指針「あがないの秘蹟」によれば禁止されています。ですので、一刻も
早くこの方法を止めなければなりません。出来れば主任司祭だけでなく、司教様にも
問い合わせると良いでしょう。

どうか、日本全国でこのような違法な御聖体拝領が無くなります様に
 

戦前・戦時中の日本のカトリック教会は?  投稿者:Vincent  投稿日:2008年 9月 2日(火)19時59分19秒
  今回初めてこちらに書かせて頂きます。

皆様の北朝鮮や中国大陸のカトリック教徒の弾圧に対する姿勢には共感を覚えます。
その反面、日本の戦前もしくは戦時中の弾圧については、何故かあまり重く見てい
ないように思えます。その頃の日本でのカトリックに対する弾圧は共産主義主義国家
より徹底していなかったとはいえるでしょう。でも確かに弾圧は存在したのです。

戦前から奄美大島は軍部の弾圧により、宣教師はすべて島から引き上げざるを得なく
なりました。カトリックの学校も閉鎖されました。

それから夙川教会を立てたブスケ神父様は一体どうなったでしょう? 皆様には是非
調べて頂きたいと思います。
 

惨状  投稿者:ダンボ  投稿日:2008年 9月 2日(火)15時06分6秒
  大阪の共同宣教司牧は、掛け声と実態では大きく異なります。昔ながらの「一国一城の主」で、共同宣教司牧になったから、仕方なくローテーションを組んで月に1回ほど司祭を入れ替えてミサをしているんです。共同宣教司牧になって一番はっきりとしたことは、無責任体制ということです。他教会に行って、積極的に信徒の世話をするのは、テリトリーを荒らすようなことになるのか、ミサをして簡単な会話だけでそそくさと帰っていかれます。評議員が相談したくても出来ない日が多くなって、滞り、信徒に役割分担をしていると言いつつ、結局は司祭権限の関係もあり、教会業務が滞るのです。特に怠け者の正平協若手司祭のところは。
共同宣教司牧とは、少ない司祭で、多くの教会を司牧するためではなく、司祭の責任を軽くし、権限は維持し、仕事は必要最小限で、自分たちの好きなことを選択してやっていける、非常に司祭方にとっては便利な体制なのです。それで、司牧そっちのけで政治活動をするわけです。
正平協若手司祭は、都会の恵まれた教会にしか赴任しません。僻地は、ほとんどが宣教会司祭と高齢の教区司祭です。和歌山でなくとも、兵庫の西の端は、二人の司祭(スペイン宣教会高齢司祭と教区若手司祭)で5つの教会を受け持たれています。それがまた、移動に車で1時間近くかかるのですが、責任者の高齢司祭の方針で全教会ミサは欠かさずということで、幸いにも、多忙ゆえ正平協の影響をあまり受けていないようです。そんなところにも、シナピスの移動学習会があり、時々はつられてブレますが、大きく染まることはないようです。和歌山の方は宣教会頼みなので、信徒が自分たちで努力して運営しています。過疎地の信徒の高齢化も著しく、そんな中でも、高齢信徒が、集会祭儀司式や要理担当などをされています。でも、壊し屋と異名をとる米人司祭は、2つの教会を担当していますが、片方は必ず集会祭儀なので、信徒は集会祭儀に慣れているからと、他教会に自分の書(書道作品)を持っていって、販売しています。その時は、両方とも集会祭儀なわけです。

司祭方に信徒を司牧する情熱が感じられないことは問題です。ミサも必要最小限(主日のミサでも1回だけ)しかしないなど、なんのために司祭になったのかと問いたいくらいです。

集会祭儀司式者養成でも、小田神父様は「過疎地で苦労されている信徒や司祭のために、皆さんの教会から、『今日はどうぞ過疎地を手伝いに行って下さい。私たちは集会祭儀をしますから。ミサは出来なくても、そちらで立てられるミサに心を合わせて祈ります』と言って司祭を送り出してください」とのお言葉に納得したものの、現実は、若手司祭は自分の好きなことをするために集会祭儀にするだけで、僻地になど手伝いに行きません。

そんな中で、今度は「通夜は信徒が司式するように」との方針です。教会で行われる通夜で、司祭が教会にいるにも関わらず、信徒が司式するのです。司祭が不在ならいざ知らず、祭儀を司るのは司祭の務めでは?と思うのですが。

どうやら、司祭でしか出来ない秘跡だけを司祭がするように持って行きたいらしく、司祭は実に働かず、映画を見に行ったり、お散歩したり、平和学習会に行ったり、実にお気楽な毎日です。
私たちは思うのです。週日仕事をして、日曜日、教会に来てあれこれ奉仕活動をするけども、本来、教会のことに専念するはずの司祭は何をしているんだろう?肝心な主日にも、何かと教会を離れ、いつ、教会のために働くんだろう?最近、日曜日には結婚式は受けない!と言い出した司祭までいます。(当然、正平協司祭)
 

鉄は熱いうちに打て  投稿者:Pas  投稿日:2008年 9月 2日(火)05時58分56秒    編集済
  大阪教区のお話をうかがっていて常々思っていたことは、例えば和歌山県はどうなのか、ということです。
私がいま住んでいる県と和歌山県とは、なんとなく地域事情が似ているように思います。
阪神地区の人が司祭不足を嘆くのと、和歌山県の人が司祭不足を嘆くのとでは、全く意味合いが違いますよね。
国政選挙のたびに話題になるので有名ですが、和歌山県は今どき珍しいくらいの「保守王国」と聞きます。
しかしそんなことよりも、和歌山県では地理的に「共同宣教司牧」体制が不可能な地域事情のはずですよね?
これは全くの私の想像ですが、たぶん和歌山県の教会は、いろいろな意味で昔ながらの体制ですよね?
一人の主任司祭が一つまたは二つの教会を受け持つ、という体制ではないでしょうか?
これも想像ですが、もしかすると典礼に関しても、いちばん保守的、伝統的なのではないですか?

どの企業でも、学校の先生の世界でも、若いうちはまず地方回り、田舎回りをさせられると聞きます。
私自身の社会人としての経験からも、まあ同じようなもので、僻地回りもやりました。
本社、中央の大きいところにいたのでは先輩たちが多過ぎて、いつまでたっても責任ある仕事が回って来ない。
ただなんとなく流れに身を任せていても、まったり過ごせてしまうので、仕事の実力がいつまでも身につかない。
人がいっぱいいるところだから情報だけはたくさん集まって、実力はなくとも口だけは達者になっていくわけです。
それではいけないので就職後早い時期に田舎の小さいところに飛ばされて、少しでも責任ある立場に就かされる。
責任ある立場を経験しないことには、いつまでたっても現場での実践力は自分のものになりません。
そこで「前任者とあんたのやり方は違うよ」などと指摘されると、もう必死にいろいろ勉強しなければならない。
まあ若いうちなら、多少の失敗はまあ大目に見てもらえる。周囲もフォローしてくれる。
ただ若いというだけでチヤホヤもされる。......けれども、それもごくしばらくの間のことです。
資格や学歴があっても実力が伴わなければ話にならない、ということを、一刻も早く自覚してもらわねばならない。
組織とすれば、将来を背負う幹部候補生たちに、「裸の王様」「馬鹿殿様」になってもらっては困るわけです。
どんな組織でも、就職後の早い段階で地方回り、田舎回りを経験させるのは、多分そういう意味合いだと思います。
資格や学歴はあって当たり前。だってそれがあるから、そこに採用されたわけですし。それは最低条件です。
肩書や資格や学歴だけ自慢して実力が皆無の人間にどんどん出世されては、組織の存亡にかかわります。
若いうちなら、「あの人はまだ経験も浅いし......」とフォローしてもらえるかもしれない。
親身になって教えてくれたり忠告してくれる人も、いてくれるかもしれない。
しかし、ある程度の年齢、年数が経ってしまえば、「あの人は所詮そういう人なんでしょ」で、おしまい。
もうだれも教えてはくれないし、忠告してくれる人だって少しずついなくなってしまう。
実力は伴わなくとも口だけは達者な、「裸の王様」「馬鹿殿様」のでき上がりです。
そうなってしまわないためには、自分の実力不足を謙虚に自覚するしかない。
いろんな困難にめげずに自分を向上させるための努力は、どうしたって若い時期にやっておくしかありません。

私自身も今年で不惑ですが、十年前の気力体力はあるかと問われれば、う〜ん、なかなか難しいものがあります。

世間ではどんな職種でも同じようなものだと思いますが、さてカトリック聖職者の世界ではどうなのでしょうか?
 

(無題)  投稿者:彦左衛門  投稿日:2008年 9月 2日(火)03時37分20秒
  ダンボ さん、
  大阪がなぜ惨憺たる状況にあるのか、その原因が、よくわかって来ました。

  補佐司教が勝手気侭に教会破壊行動をしているのは、それが出来る原因となっている
大司教がいるからですね。

  ああ、この二人は大阪にとって災厄ですね。
 

Pasさんへ  投稿者:ダンボ  投稿日:2008年 9月 1日(月)23時12分35秒
  お察しのとおりです。
気を悪くするところか、はっきり言っていただいた方が宜しいかと。(笑)

大阪教区の悲劇は、あのような補佐司教をいただいたことだけではなく、元々は、能力だけでなく人間性においても尊敬できない方を大司教(教区長)にいただいたことによるものと理解しています。

まず、ご自身が教区司祭から慕われることもなく、教区をまとめることが出来ず、教区司祭の中から選んであの方を補佐司教にしたのですから、それにおいても教区長の責任です。

あの方は、そのときにはもう十二分に赤い思想をお持ちで、ずいぶん活躍されていましたから。神戸中央教会は神戸の北野の異人館周りの観光スポットにあります。そこでホームレスの支援(シャワー・散髪・洗濯・雨天時の炊き出し)をしているのですから、そこで生活(営業)している方々には迷惑な話で、ホームレスの人たちも、そんな行きづらいところで支援されてもねぇ。今にして思うと、闘争を強いたってことでしょうか。教会としての赤い変革を要求したのですね。それに力を入れていたのは、紛れもなく補佐司教(当時は司祭)。神戸のホームレス支援はヨハネ病院修道会に任せていたのに、それをシナピスが横取り?して、直轄としたわけです。そうして、シナピスによる赤化教育は始まったのです。

阪神地区の堅信式において、教区長が要求したのは、信徒の奉仕者を養成するようにということでした。しかし、その地区において、司祭は充分足りていて、特に修道会のところでは、ミサ前に告解のために司祭はスタンバイされていて、聖体奉仕もしてくださり、聖体授与の臨時の奉仕者などは全く必要としていないのに、信徒の「聖体授与の臨時の奉仕者」と集会祭儀司式者を養成するように指示したのです。教区長の命令に背くわけにもいかず、仕方なく、奉仕者を養成して「聖体授与の臨時の奉仕者」が、聖体奉仕できる司祭がいるにもかかわらず、聖体を授けているのです。(←これって、明らかに「あがないの秘跡」:88違反で、その指示をしたのは教区長です。)

カトリック時報(教区報)に教区長はメッセージを載せて、要理教育を大切にとか、ミサにおいて司祭が勝手に変えたりすることのないようになどと、阿倍野教会でのことは全く他人事のように書かれているのです。

こんなことが重なり、教区司祭も信徒も教区長を信頼出来かねるといった具合です。

信念もなく、スケールも非常に小さく、大所高所から見て指示するということが出来ない方らしく、事ある毎に、感情的?せっかちに短慮な対応をされるので、皆さん、引いてしまっているんです。

専攻は神秘神学だそうで、アメリカ留学、ローマ留学とご立派なご経歴なのですが、教区長の書かれた本を読んだ信徒は皆、どこが神秘?神学?・・・と。

あ〜あ、書きながらも情けなくなってきましたので、この辺で失礼します。

最後に一言、誰だ!こんな人を大阪大司教に推薦したのは!!
 

興味深いページを発見  投稿者:Pas  投稿日:2008年 9月 1日(月)21時21分30秒
  最近の話題 (一信徒が作るホームページ カトリック川越教会)
http://www47.tok2.com/home/kawagoe-saitama/church/6wadai.html

興味を引かれた(発見・再発見した)部分:
(1)本田哲郎神父と浦和教区(現・さいたま教区)との意外なつながり。
(2)岡田大司教が浦和司教だった当時の事務局長が、谷大二神父(現・さいたま司教)だったこと。
(3)シャールアンドレ・フロアラック神父が、まず聖体拝領を両形式からパンのみに変更させたこと。
 

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天におられる私たちの父よ
御名が聖とされますように
御国がきますように
御心が天に行われるとおり地にも行われますように
私たちの日ごとの糧を今日もお与えください
私たちの罪をお許しください
私たちも人を許します
私たちを誘惑に陥らせず
悪からお救いください
 アーメン


   
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