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特集ワイド:先天性障害「ディスレクシア」の悩める青年 僕だけじゃない

 若い時はうまくいかないのが当たり前。キレたり暴発したりしなくても、みんな悩んでいる。「ディスレクシア」とは、読んだり書いたりすることが苦手な先天性障害で、南雲明彦さん(23)は2年前に自らの障害を知った。さわやかな好青年に見えるから、みんな気が付かないが、これでも引きこもりや自傷行為、精神科への入院を繰り返した。「僕だって誰かを刺したくなっていたかもしれない」。意識が薄れてしまいそうな猛暑の午後、悩める若者について聞いた。【野沢和弘】

 ◇文字がにじみ ゆがみ 読み取れない。 文字を書くとマスからはみ出す。偏とつくりが逆になる。

 ◇なぜ自分が苦しんできたのか分かってから、自分を表現し、誰かに伝えることに生きがいを感じている。

 視力が悪いわけではないのに、文字がにじんだりゆがんだりして読み取れない。文字を書くとマスからはみ出す。偏とつくりが逆になる。

 「みんなそんなふうに見えるものだと小学生のころ思っていた」

 高学年になると黒板の文字を書き写すのに付いていけなくなった。「先生、書くの速いですよ」「お前が遅いんだ」。周囲をキョロキョロ見る癖がつき、カンニングと間違われた。“おちゃらけキャラ”を必死に演じ、何とか笑いでしのいできた。

 ディスレクシアの発現率は日本で5%、英語圏では10~20%と言われる。5%といえば大変な数だ。東京ドームに5万人の客が入ればそのうち2500人、どの教室にも1人や2人いるという勘定になる。

 有名人にもいる。たとえばトム・クルーズ。ハリウッドの人気俳優は脚本を渡されると、読み上げてもらって耳から覚えるという。

 トム・クルーズほどじゃないが、南雲さんも小中学校のころ、女子にもてた。よくラブレターをもらったが、文字で愛を告白されても困ってしまう。なかなか返事を書けないのだが、そこがかえってクールに見えたりする。

 それにしても、どうして女子は交換日記や文通みたいなものをやりたがるのだろう。「もっとちゃんと書いて」。返事を出せずにいると、相手はますます細かい字でびっしり書いてくる。良いのはいつも初めだけだ。

 ■

 新潟・越後湯沢の生まれ。親と先生がよく酒を飲んでは、子供のことを話題にするような土地柄だった。子供のことなら地域の大人たちは何でも知っている濃密な人間関係の中で育った。

 授業に付いていけなくなったのは高校生になってから。転校を繰り返し、定時制高校に転がり込んだが、そのころから強迫性障害の症状が出て、ひっきりなしに手を洗わずにはいられなくなった。自分が汚いものに思えて仕方がない。自室の壁を殴り、血だらけになった。精神安定剤を飲んで寝てばかりいた。精神科病院への入院も経験した。

 このままでは自分がダメになる。寝床の中で一念発起し、家を出ることにした。もちろん反対されたが、両親もどうしていいかわからなかったのだろう。最後は息子の背を見送るしかなかった。

 東京での生活費は両親からの仕送りだけでは足りず、アルバイトをした。ファストフード店、ホテルのウエーター、英会話教室の営業など何でもやった。メモを取れと言われ、できないので携帯電話を出してピコピコ文字を打ち込んでいたら、「何やってんだ! 紙とペンを用意しろ」。でも書けない。書けないということを言えない。

 「苦しくて苦しくてどうしようもなくて。それをどう伝えていいのか、誰に伝えればいいのか分からない。彼の気持ち、なんとなく分かります」。もがきながら乾ききった砂の中に埋もれていく。「彼」とは秋葉原で無差別殺人を犯した男のこと。「誰だってドーンと行ってしまう要素あるじゃないですか。勉強しろ、勉強しろと言われ、それが嫌で爆発する。仕事でも一方的にしかられ、それを我慢し続けて……」

 誰でもよかった、と見知らぬ相手にやいばを向ける不可解極まる事件が相次いでいる。やり場のない焦燥やいらだちが若い世代の中に渦巻いている。

 南雲さんの転機は2年前に訪れた。学習障害やディスレクシアの子を支援しているNPOに出合い、自分によく似た子供がたくさんいることを知った。ディスレクシア? ああ、そういうことだったのか。肩の力が抜けたような気がした。

 僕だけじゃなかった。

 ■

 格差とか派遣とか「蟹工船」ブームとか、若い人が生きにくい世の中ではある。ましてや先天性障害を抱えた南雲さんの苦労は……。なんて、お涙ちょうだいの話はしたくない。苦労はしてきたが、自滅もせず、暴発するわけでもない。それは女の子にもてたから? そうかもしれない。男なんて若いころは女の子のことばかり考えたりしているものだ。

 文字を楽に読めず、自宅の住所を上手に書けなくても、新宿の街を歩けば必ずホストクラブに勧誘される。それもこれもかけがえのない自分のキャラクター。家族に大事にされ、幼いころから愛情をたっぷり浴びて育ってきた。どんなにつらいことがあっても、自分を信じられる根っこがあれば大丈夫。

 ディスレクシアを知り、なぜ自分が苦しんできたのか分かってから、それをみんなに伝えたくなった。障害のある子や家族の相談に乗り、頼まれれば講演に出向く。自分を表現し、誰かに伝えることに生きがいを感じている。

 苦しんでいるのは自分ひとりじゃなかった。誰だってそうだ。当たり前のことだけれど、つらいのは自分だけじゃない。

 ■ディスレクシア

 知的な遅れはないが、聞く、話す、読む、書く、計算するなどの能力のうち特定のものができないのが「学習障害」で、中枢神経に何らかの機能障害があると推定される。このうち特に読み書きに困難を伴う場合を「ディスレクシア」という。ギリシャ語の「できない」(dys)と「読む」(lexia)に由来する。耳から入る情報、目から入る情報などを正確に自動的にすばやく処理できないことから起こる。

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毎日新聞 2008年8月18日 東京夕刊

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