暖かな破局。いま地球上に起きつつある現象を、私たちはこう呼ぼうと思う。世界中でハリケーンや干ばつによる被害が拡大し、氷河の後退も進む。地球温暖化がその主因であり、戦争にすらつながりかねない。手をこまねいていると、さらに地球の状況は悪化すると、世界の科学者が警告を発している。連載第1部は、アフガニスタンから始めたい。
◇万年雪消え乾く耕地
「畑から一滴の水もなくなった。食えないから武器を取るしかなかったんだ」
アフガニスタン東部のナンガルハル州。標高600メートルの小さな集落で、農業を営むマフマユーソフさん(30)は口を開いた。
10年ほど前、激しい干ばつに襲われ、家族5人が飢餓に直面。食いぶちを求めて武装組織に加わった。カラシニコフ銃を肩に道行く車を止め、金品を奪った。「米兵を狙ったことは?」と問うと、同郷の通訳がさえぎる。「その質問はだめだ」
03年、日本のNGO「ペシャワール会」(事務局・福岡市)が農地かんがい事業を始めたと聞き、組織を離れた。今月3日、復活した畑に、約10年ぶりに小麦をまいた。
「この水は命だ。みなが平和に暮らせる」
イスラム原理主義の旧支配勢力、タリバン政権崩壊から6年。アフガニスタンは今、タリバン復活が顕著だ。国土の約3分の1を実効支配するとも言われている。長引く干ばつによる食糧危機が、現政権や国際社会への反発に転化し、反政府運動を後押しする。その干ばつには、地球温暖化が影響している。
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「見ろ、山に雪がない。雨も降らない。この20年で最悪だ」。同州の地主、ハジバハラムさん(63)も水不足を嘆く。川の水位が低下、長年使ってきた取水堰(ぜき)では水を取り込めなくなった。ペシャワール会の用水路がなければ畑は全滅だった。
村はかつて、7000メートル級の高峰が連なるヒンズークシ山脈から流れ出るクナール川で潤されていた。だが、春先から夏にかけて川がはんらん、その後は一転して水位が急減するようになった。
上空を飛行する米軍ヘリを見ながら言う。
「日本のNGOには感謝している。日本も軍を出す? 勘弁してくれ。ここはもう兵隊でいっぱいだ」
アフガニスタンが深刻な水不足に襲われるようになったのは、90年代後半からだ。世界保健機関は00年、「500万人が飢え、100万人が餓死線上にある」と警告した。
国連環境計画によると、20世紀中にアフガニスタンの平均気温は2度程度上昇した。
「温暖化で雪の代わりに雨が降り、山の雪解けも早まって、山から川へ一気に水が流れ出る。貯水効果を持つ万年雪が消え、乾期となる夏場には川が枯れてしまう」と、岩田修二・立教大教授(自然地理学)は説明する。
旧ソ連のアフガン侵攻と内戦、そして01年以後の対テロ戦争。戦乱による国土の疲弊に地球温暖化が追い打ちをかける。アフガニスタン東部には今年、難民約25万人が帰還したが、食料も雇用も不十分なままだ。
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■ことば
◇アフガニスタンを巡る紛争
東西の交易の要路にあるアフガニスタンを舞台にした紛争は多い。旧ソ連は79年、軍事侵攻を開始。ゲリラ組織の抵抗で89年に完全撤退したが、旧ゲリラ各派が内戦に突入する。混乱の中でイスラム原理主義を掲げるタリバンが勢力を伸ばし、96年には首都カブールを制圧。だが、01年9月の米同時多発テロ後、米軍などの報復攻撃でタリバン政権は崩壊。04年にカルザイ大統領が正式就任したが、現在も混乱は続く。
毎日新聞 2007年12月11日 東京朝刊
<1面からつづく>
◇対策の行方、世界を左右
「アフガニスタンへの貢献を、どう考えますか」
9月3日、福岡市の「ペシャワール会」に一本の電話が入った。小沢一郎・民主党代表(65)だった。
福元満治事務局長代理(59)は「海上自衛隊の給油活動が報道されて対日感情が悪化した。攻撃されないように自動車の日の丸をペンキで消したほどだ」と答え、民生支援の拡充を求めた。だが、小沢氏は翌月、英米などが主導する国際治安支援部隊(ISAF)に自衛隊を参加させる構想をぶち上げた。
実は、民生面での日本のアフガニスタン支援は小さくない。02年には東京都内で復興支援国際会議を開き、今年3月までに約12億ドル(1300億円)の政府開発援助(ODA)や医療支援をした。しかし、外務省幹部は「温暖化が治安に悪影響をもたらしているとは聞いていなかった」と明かす。
だが、世界の常識は大きく異なる。
ノーベル賞委員会は、地球温暖化の危機を訴えたアル・ゴア前米副大統領らを今年の平和賞に選出、温暖化が平和を脅かす実態に警告を発した。国連は今年、温暖化を「平和に対する危機」と位置づけ、初めて安保理で協議した。
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「今年の選考過程は少し事情が違った」
平和賞の選考舞台となるノルウェーの首都・オスロのノーベル研究所。選考過程は50年間、公開されないが、委員会のゲイル・ルンデスタッド事務局長が、その一端を明かしてくれた。
毎月、委員5人と事務局長が研究所に集まる。今年は181の個人・団体が推薦されていた。事務局は例年、その内容をすべて調べ、分野の異なる数人に絞ったうえで、最終決定する。今年も途中まで同様に進めたが、対象分野を温暖化にすることを先に決めたという。異例なことだ。
「テーマと個人と組織が融合しながら決まった。我々はこのトピック(気候変動)を選び、科学的側面と政治活動の側面から最も貢献した人を選んだ」とルンデスタッド事務局長は語る。なぜか。
「気候変動が戦争や紛争をもたらしている。気候戦争は既に存在する。米国などは温暖化対策を有効に進める一員に加わるべきだ」。委員の共通認識だった。
太田宏・早稲田大教授(国際環境政治学)は「温暖化問題への対処を抜きに世界は進まなくなっている。その行方は、政治や経済の覇権争いにも大きく影響する」と指摘する。
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「金がなくても生きていけるが、雪がなくては生きていけない」
ペシャワール会現地代表の中村哲医師(61)がよく口にする、アフガニスタンのことわざだ。中村さんは連日、ナンガルハル州の中心都市・ジャララバードを拠点にかんがい用水路づくりに駆け回っている。乾いた大地を見ながら言った。
「今は雪がなくなり、金がないと生きていけなくなっている。温暖化と対テロ戦争の過ちが、危機的状況をもたらしている」【温暖化問題取材班】=つづく
毎日新聞 2007年12月11日 東京朝刊
ヤオング。」と言うと猫はいなくなった。