聞いていて驚きから腹立たしさ、そしてむなしさへと変わった。まるで一年前の首相退陣劇を再現して見せられているかのようだった。
福田康夫首相は一日夜、緊急記者会見を開き、国会運営の行き詰まりなどを理由に退陣を表明した。昨年九月、安倍晋三前首相は国会の代表質問の直前に突然退陣して世間の強い非難を浴びた。その後を受けた福田首相は自ら「背水の陣内閣」と命名し諸問題の解決と信頼回復へ不退転の決意を示したはずだった。
それが、思うような成果を示せないまま短期間で同じ状況に追い込まれた。しかも、八月に改造内閣を発足させ、今月十二日の臨時国会召集まで決めながら。
経済や社会保障など国民を取り巻く状況が厳しい中、二代続けての政権投げ出しは異常で無責任極まりない。国民の政治不信は募り自民党の政権担当能力も問われよう。
行き詰まり
会見で福田首相は、衆参両院で与野党勢力が逆転する「ねじれ国会」の難しさを指摘し、「先の国会では民主党が審議の引き延ばしや審議拒否を行った」と民主党の対応を厳しく批判した。
その上で臨時国会について「総合経済対策を実施するための補正予算や、消費者庁設置法など国民生活にとって一刻の猶予もない重要案件を審議する」と意義を強調した。混乱をきたさないためにも「新体制の下に政策実現を図らなければならない」などと決断した理由を語った。
確かに参院の過半数を野党に占められた状況は厳しかったろう。民主党の小沢一郎代表との党首会談で仕掛けた「大連立構想」も民主党内の反発で頓挫し、行き詰まった。日銀総裁人事が相次いで不同意とされ、インド洋での給油活動再開のための新テロ対策特別措置法なども衆院再可決で成立させる苦しい対応を迫られた。
しかし、国会運営の困難さは安倍政権から引き継いだ時点で承知していたはずだ。ベテランで穏健派の福田首相には、野党との協議や切磋琢磨(せっさたくま)によって「ねじれ」を成熟した政治へ変える期待感もあったが、かなわなかった。
強まる「選挙目線」
退陣に至ったもう一つの大きな要因として、与党内のきしみが挙げられよう。
福田首相は「国民目線の改革」を強調しながら、なかなか独自色を打ち出せず、「何をしようとしているのか分からない」と不評を買った。加えて年金記録問題や防衛省不祥事、後期高齢者医療制度への強い批判などから内閣支持率は低迷を続けた。
次期衆院選への政界の目線が強まる中で、与党内から「福田首相の下では選挙は戦えない」との声が強まってきていた。とりわけ衆院解散に向けた戦略をめぐって、頼みの公明党との溝の広がりが影響したとも言われる。
臨時国会での新テロ特措法改正案の衆院再可決に、公明党は慎重姿勢を示した。財政健全化路線を維持するために福田首相が抵抗していた所得税などの定額減税も、押し切られる形となった。
こうした状況の厳しさを踏まえ、福田首相も自ら衆院解散に踏み切らず身を引くのが妥当と判断したのだろう。
民意を問え
福田首相の退陣表明を受けて、自民党では後継総裁選びが動きだした。総裁選の日程は十日に告示、二十二日に投開票を行う方針だ。これに伴い、臨時国会は延期されることになった。
自民党としては新首相が誕生して支持率が高まったら、低下しないうちに選挙戦に打って出たいところだろう。これに対し、民主党も早期決戦の構えを見せており、解散は越年せずに行われるとの見方も強まっている。
安倍前首相以降、福田首相、そして後継首相と三代続いて国民の信を経ない政権が続く。後継首相が国民の信任を得るため、何をやるのか具体的なマニフェスト(政権公約)をまとめ、早い時期に解散・総選挙を行って民意を問うのが筋だろう。
ただ、臨時国会を国民生活にかかわる重要な課題をおざなりにしたまま、選挙戦絡みに終始させては不信を重ねるばかりだ。景気対策を停滞させることは許されず、政治空白はできるだけ短期間に終わらせなければならない。