チャンゴのひとりごと

一言メッセージ :ご訪問ありがとうございます。普段の生活で起こったことや感じたことの記録です。

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退職勧告 -32-

一瞬にして2人の表情が凍りついた。顔を引きつらせながらお互いの目を見ていたが、しばらく言葉を発せずにいた。大きく動揺しているのは明らかだった。
何も言えないのは自分も同じだった。この沈黙を破る言葉も勇気も持ち合わせていなかった。

少しして、ようやく中田が口を開いた。
「理由は?」
当然、予想できた質問だった。だが自分は満足に答えることができず、しどろもどろになってしまった。
昨日、落合社長に呼ばれたときに言われた理由を伝えようとはしたものの、そもそも自分が聞いても筋が通っていないのだから上手く話せないのは当然だった。
その後も、やっとの思いでこれが退職勧告であって解雇通知ではないこと、勧告に従って辞職すればそれなりの手当てがもらえることなどを説明した。
少し声が上ずっているのが自分でもわかったが、できるだけ感情をこめず、まずは冷静に事実だけを伝えようとした。しかし聞く方はこのつたない説明で冷静になれるわけがない。若い2人のショックの大きさは、自分の予想を超えていた。もしかしたらこれが普通の反応なのかもしれない。話せば聞いてくれると思い込んでいた自分の想像力が乏しかったとも言える。

「急に食欲がなくなっちゃったよ」
つい数分前、メニューを見ながら楽しそうに料理をオーダーしていた小笠原がぼそっと言った。その気持ちは10月の自分とまったく同じだった。
2人が呆然としている様子を目の当たりにするのがとても辛く、江藤の到着をとても待ち遠しく思った。

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退職勧告 -31-

夕方、その日の営業を終えてオフィスに戻ると、緊張のあまり心拍数があがっているのを実感した。昨日とは別の緊張感である。
まずは小笠原と中田を誘いだすタイミングを計った。近くに人がいないのを見計らい、一切言葉を発せず筆談で今夜の予定が特にないことを確認すると、時間と場所を指定して呼びだした。

江藤は仕事の都合で夜遅くまで抜けられない。少し遅めの時間に小笠原と中田を呼んでも、さらに30分ほど遅れそうである。それまでの間に自分から概要を伝え、後から江藤が詳細な説明をすることに決めていた。

つい数時間前に江藤と昼食を共にした同じ店に、今度は小笠原と中田を連れてやってきた。
2人ともやや緊張した面持ちで、自分が誘い出した理由に想像をめぐらせているようだったが、あえて急いで理由を聞こうとせずに他愛のない話題につきあってくれた。
料理の注文を済ませ、飲み物が運ばれてくると、いよいよ話さなければならない時がきた。

どうせなら江藤ではなく自分の口から、と思って自ら買ってでた伝達役だったが、いざ言葉を発しようとしたその瞬間は、呼吸困難に陥りそうなほど緊張が極限まで達していた。
それでも意を決し、ひと呼吸おいた後で一気に話した。

「君たち2人に退職勧告が出されるらしい。明後日だ」

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退職勧告 -30-

「わかりました。ここまで世話になった江藤さん一人に手を汚させて、自分だけ知らんふりというわけにはいきません。そこまでおっしゃるんだったら自分も同席します。明日の夜、彼らを誘い出してみます。それで良いですか?」
勧告は明後日である。明日の夜であれば、話をした後で彼らの中に収めるように言って聞かせれば、一晩くらい何とかなるかと思えた。仮に動揺して社内で触れ回るにしてもその範囲には限界があるだろう。
だが江藤はまだ納得しなかった。

「明日の夜じゃあまりにギリギリだよ。話を聞いて心の準備は多少できるかもしれないけど、他に何もできない。今夜教えてあげれば明日一日、彼らなりに動くことができる。その時間を与えてあげたいんだ」
自分も保身の気持ちはまったくなかった。彼らのショックを少しでも和らげる方法があるなら、いくらでも悪役をかぶる覚悟はできていた。
ただ、最近の江藤の社内での立場はあまりにも悪く、これ以上度が過ぎると江藤の方こそ解雇対象にされても不思議ではなかった。まだまだこの先も紆余曲折が予想される中で、先に江藤を失うことだけは避けたく、その気持ちが自然に江藤の行動にブレーキを掛ける役まわりを演じることになっていた。
しかし、ここまで言われれば反論の余地はない。このまま最後まで江藤に付き合うしかなさそうだった。

結局、今夜、小笠原と中田に2人で話すということが決まり、段取りを打ち合わせてからオフィスに戻った。

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退職勧告 -29-

翌日、人事部長の江藤から昼食に誘われた。
前日欠勤した江藤も、今朝落合社長から昨日自分が聞いたのと同じ話を聞かされたらしい。そんな状況の中で一緒に昼食に出かけていることがわかったら、また江藤に疑惑の目が向けられる。行くのは良いが、店を決めてから別々にオフィスを出て現地集合することにした。

向きあって座るとお互いが知っている情報を出し合って、あらためて状況を整理した。
自分自身ではいまだに昨日の落合の言葉が信じられず、何とか自分が再び勧告対象になる方法がないかと考えていたが、江藤の心配はすでに小笠原、中田に移り、自分は彼らの上司という扱いに変わっていた。
そこでまた江藤が驚きの提案をした。

「やっぱり、彼らに事前に伝えるべきだと思うんだよね。だからその時にチャンゴさんにも同席してほしいんだ」
「江藤さん、正気ですか。前にも言ったように彼ら2人がそれを聞いて、当日初めて聞くような演技ができるとはとても思えないんですよ。そうじゃなくても、江藤さんは落合社長から疑われているんですよ」
自分自身、昨日の落合社長との面談の中で、今回の話を彼ら2人がすでに知っている可能性はないかと問われ、どちらにしても当日まで黙っているようにきつく言われていた。

「僕のことなんかどうでも良いんだよ。当然、彼らが演技しきれずに僕が漏らしたことが分かり、今度は僕が責められるリスクも覚悟している。たとえそうなったとしても、やはり人間として、その場で突然言うことは僕にはできない。もしチャンゴさんの気が進まないっていうんだったら、僕ひとりででも話そうかと思っている」
江藤なりに考え抜いて出した結論だったのだろう。
この話は過去に2回相談され、自分は2回とも反対していた。しかし今日は、これまでのような相談を持ちかける聞き方ではなく、すでに心に決めていることを伝えるような口調だった。

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退職勧告 -28-

とても仕事が手につく状態ではなく、荒木部長と川上課長をオフィスの外に連れ出し、たった今落合社長から告げられた話を伝えた。これまで情報が早く伝わっていた2人だがこの件は知らされておらず、驚きながら自分の話を聞いていた。

納得がいかないのは川上である。身を挺してでも救いたかった小笠原と中田を救えなかっただけでなく、結果的に、この勧告を利用して辞めたかった自分の望みまでも打ち砕いてしまった無念さが表情に出ていた。
「チャンゴさんの希望を邪魔しちゃってすみません」
「それは前にも言ったように、結果はすべて受け入れるつもりでしたから。でも川上さんの爆弾は、誤爆だったってことですね。もっとしっかり狙いを定めてくださいよ」
川上を責めるつもりなど毛頭ない。ただ、半分手にしかけた好条件を逃した悔しさを冗談に変えて誰かに訴えたかった。
「予定どおり勧告を受けていれば、最高の誕生日プレゼントだったのに。最悪の日になってしまいましたよ」
昼食時にサンドイッチがなかなか喉を通らなかったことは隠して、強がりを続けた。

夜、約束どおり江藤に電話して、昼間の落合社長との面談内容を伝えた。江藤もまったく聞いていなかったらしい。とても意外そうだった。

それにしてもこれまでの落合社長であれば、何かを決定すれば管理職の者にはすぐに話す一方で、一般スタッフにはぎりぎりまで発表しなかった。それなのに、なぜ今回は他の誰にも言わないで最初に自分に話したのか。
その点も不思議だった。

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