チャンゴのひとりごと

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退職勧告 -7-

「それでね、チャンゴさん。僕が本当に話したいことはこれからなんだ」
次の料理が運ばれる間途切れていた会話を、江藤が再開した。

「まず知っておいてほしいのは、これは解雇でなく、あくまでも退職勧告にすぎないということなんだ」
「どういうことですか?」
「日本の労働法では、社員を解雇するのはとても難しいんだ。例えば、遅刻や欠勤が著しく多いとか、成績が突出して悪いとか、リストラが不可欠なほど会社の業績が悪化しているとか、そういう理由が必要なんだ。でもチャンゴさんたちは、勤務態度は問題ないし、成績だって他の人と同程度か少し良いくらい。会社の業績も目標には届いてないとはいえ前年より少し上向き、しかも営業スタッフを増員しようとしている。これではとても解雇なんてできない。だから会社としては、退職手当を積んで、お願いだから辞めてくださいと頼むしかないんだ。でもそれは『お願い』なのだから、従う必要は全くないということだ」

「もしかして、私に居座れって言ってるんですか?」
「そういう方法もあるということだよ。僕は今回の落合や川田のやり方に全く納得できない。社員を切る前に雇用者がやるべきことはいくらでもあるはずだ。それなのに自分たちは何の痛みもともなわず、営業部長に責任を押し付けて追い出し、次はとうとう一般社員だ。もうあいつらの思い通りにはさせたくないんだ」
江藤の口調がしだいに熱を帯びてきた。

「僕はずっと人事の仕事をしてきて、これまでに勤務した会社で50人くらいに退職勧告を出したことがある。そのうちほんの数名だけど、勧告を受けてからも毎日会社に来ていた人がいたなあ。自分の立場を忘れて立派だったと思ったよ。チャンゴさんが戦うんだったら協力したいんだ」
どうやら本当に戦いたいのは江藤の方らしい。

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退職勧告 -6-

「当日は、江藤さんから言われるんですか?」
繰り返すが他人の心配をしている場合ではない。この機会に聞けることはすべて聞いておきたいと思い、質問に戻った。

「おそらく僕と落合社長の2名が同席するのかな。君たちには一人ずつ順番に来てもらうことになる。たぶん、チャンゴさんが最初だろう」
これを聞いて当日の様子を想像した。社長室に呼ばれるとあらかじめ江藤も座っていて、2人から退職勧告されると、初めて聞くようなふりをして驚いてみせるのだろうか。いずれにしても屈辱的な場面である。

失業への恐怖はこの時点ではほとんど感じていなかった。
ただ、前から会社に嫌気がさしていながらもぬるま湯から抜け出せず、転職活動を先延ばしにしていたことを悔やんだ。いずれ近いうちに辞めようと思いながら、先に会社側に不要だと言わせてしまったことに対する敗北感だった。

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退職勧告 -5-

今回、自分とともに退職勧告を受けるのは、北野、小笠原、中田の3名である。

このうち北野は、自分より年上だが仕事も満足にできないし、社内でもいわゆるKYな発言を繰り返していて、幹部からもスタッフからも見放されてしまっている人間である。だから自分からみても納得の措置だし、申し訳ないが彼の心配をする余裕はない。

問題は2年以上もの間、同じチームでやってきた若手の小笠原と中田だ。2人とも年齢のわりにはキャリアの積み重ねが少なく、再就職では苦労するかもしれない。それ以前に2人がこの話を聞いたときに受けるだろうショックの大きさを想像すると、自分も同じ立場でありながら心が痛んだ。
さらに、会社の掲げた目標には及ばないとはいえ他の営業スタッフと比べても成績は上位に位置する。
彼らより低い成績で残れるスタッフがいるのにこの2人をターゲットにすれば、好き嫌いで選んでいると言われても仕方がないのではないか。
そんなことを考えながら、江藤の次の言葉を待った。

「この話を聞いたとき、チャンゴさんにはすぐに話さなければならないと思った。だけど、他の3人に話すべきかどうかは迷っているんだ」
この相談に対する自分の答えは明確だった。
「それはやめた方が良いと思います」
自分でさえやっとこらえているのに、若い小笠原や中田が冷静に受け止められるとはとても思えない。
その結果、もし彼らが自分で抱えきれずに他の誰かに話して社内に噂が広まり、それがめぐりめぐって落合社長の耳に入ったりしたら、今度は江藤の立場が危うくなる。

「そうか。やっぱりそうだよね。じゃ、ちょっとかわいそうだけどその場で突然言うしかなさそうだね」
江藤が少しがっかりしたように言った。自分だって、一人だけ先に情報を知ってしまったことの後ろめたさはある。
だが背に腹はかえられない。

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退職勧告 -4-

「もちろんこんな話を事前に当事者に教えるのは、人事部長として失格なんだけどね」
アルコールを受けつけない江藤がジュースを一口飲んで続けた。
「でも僕は生身の人間だから、苦しいことがあれば誰かに聞いて欲しいと思う弱さもある。今日ほどこの会社に対して絶望したことはない。そしてチャンゴさんなら、きっと僕の話をきちんと受け止めてくれると信じていた。だから話しているんだ」

「この話は他に誰か知っているんですか?」
人の良さは疑う余地が無いが、普段から口が軽すぎるというか、わりと簡単に社内の秘密事項を一般社員に話してしまう傾向がある江藤だけに心配な面もあった。
「私の部下の美咲さんには話したよ。部下とはいえ彼女は僕よりも年上だし、時に僕のお姉さんみたいな存在だから。後は明日、僕がこの会社でもっとも信頼している中村課長にも聞いてもらうつもりだ。今のところそれだけかな」

少しずつ置かれている状況を受け止め、整理ができてきた自分は質問を続けた。
「で、いつ正式に出されるんですか?」
「来週は僕も上の2人も海外出張でしょう。だから再来週帰国してから準備して、その翌週くらいかな。弁護士のレビューも受けなきゃならないし。11月○日くらいだと思う」
「他の3名は当然まだ知らないんですよね。どうするんですか?」
「実は、そのことをチャンゴさんに相談したいんだ」

来た来た。
自分のことで精一杯なのを必死で冷静を装っているのに、また他人の心配までさせられることになりそうだ。

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退職勧告 -3-

採用面接は営業部のリーダーとしてやりがいある仕事ではあった。
だが、ただでさえ多忙な業務がさらに輪をかけて忙しくなっていたことを考えると、どうしても担当したいものではない。むしろ他の人がやってくれるのであれば、より顧客折衝に時間が割ける。結果だけを見れば喜ぶべきことかもしれない。

しかし、このような外され方をされるとやはり良い気分がしない。落合社長の信頼を得られていないことは薄々感じていたが、それがひとつの形となってしまったことに傷ついた。

そして一夜明けて今日。
何となく居心地が悪い一日を過ごした後の、追い討ちをかけるような退職勧告である。

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開設日: 2008/1/1(火)


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