淫封女伝:神招姫(かんなぎ)たちの艶闘

綾守 竜樹・作


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 ○序章:魔斬師・澪[みお]の屈従

――――――――
   ●S−1 S県神室[かむろ]市立第7公園内廃屋(=旧更衣室)
        †7月19日 午後10時32分

 ……得物を握る手に、汗がにじんでいた。
 筋肉から沁み出てきたような、そんな粘つく汗。夏の暑さによるものとは違う、
全く心理的な反応だ。
(……『ただの低級淫魔[ゴキブリ]退治だ』ですってぇ?)
 そう告げた人物の顔を、澪は憎々しげに思い浮かべた。
  あの不感症女め……自分をココに派遣させた女頭領の、その、触れると凍って
しまいそうな表情を思い出す。剃刀で削り出したみたいな口元に浮かんでいた、
あの奇妙な笑みは――こんな裏があったから……なの?
 よくもよくも、アタシをいいよーにダマしてくれたわね……澪は、胸のなかで
毒づいた。
 部屋の片隅から漂ってくる、むせ返りたくなるほどの〈淫気〉。こんなに強烈
なモノを放出している淫魔が、低級にランクされているハズもない。彼女が遭遇
してきたヤツのなかでも、コイツの力は群を抜いている。
(……アタシの力で勝てるかしら? それとも、出直した方がいいかな……)
 澪は忙しく計算していた――格好とはまるきり似合わない表情を閃かせつつ。
 彼女が今着ているのは、なんと、大胆極まりないボディ=コンシャスだった。
太刀回りをするには似つかわしくない……というより、水商売に似つかわしい装
束である。それもそのハズ、これは低級淫魔を誘い出すための、「挑発コーディ
ネイト」であった。
  豊満な美体を隠すよりも、返って際立たせているような服装。素材は、肌の白
さを際立たせる黒エナメルだ。形状は「服」というよりも、「布切れ」といった
方が近い。たわわな胸と尻とをかろうじて抑え込んでいるだけ。
 この格好、致命的なミスになるかも……澪は舌打ちしたくなった。上級淫魔が
相手となれば、霊符や梵字の庇護がない被服など、防御の用に立ちやしない。今
のアタシって、裸 [むぼうび]でいるも同然よね……澪はもう一度、敵の様子を
盗み見た。
 部屋の一隅。
  赤紫色したナメクジが、異常なまでに繁殖し、ロールシャッハ=テストでもで
きそうになっている場所。ヤツの気配は、そこから漏れ出ている。
 ヤツ――ギラつく肉欲に身を焦がしているだろう、人外の陵辱狂。ナメクジの
様子から察するに、この淫魔は周辺の生態系まで、ねじ曲げていた。それはつま
り、ヤツの能力が並外れて高いことの証明でもある。
(ここは退こーっと……)
 『挑戦と無謀は別物』――それが、危険極まりない魔斬師稼業の鉄則だった。
 何しろ、相手は「淫魔」なのである。女を貪り犯すこと、それを存在意義にし
ているような輩なのだ。もし、闘いに敗れてしまったら……女性に生まれてしまっ
たことを、心から後悔する破目になるだろう。
 赤みがかったストレートヘアーをかきあげ、澪は回れ右をした。ヤツに気づか
れぬよう気配を殺しつつ、静かに出口へ戻ったが、
「…………。あちゃー」
 その手を額に当て、ため息をついた。
(遅かった…みたいね……)
 出口が「塞がれている」。いつの間に動いたのか、開け放しにしておいたハズ
の扉が、今やピッタリと閉ざされ、そしてその表面に……赤紫色のナメクジがビッ
シリと貼りついていた。ヤツに気取られていたのだ。
 突然、変色ナメクジたちが、猛烈な勢いで増殖し始めた。下品な色彩をしたそ
の「何か」――ただのナメクジで無いことは、既に明白だ――は、あっと言う間
に壁を占領し、瞬く間に、コンクリの床上にも溢れ始める。
 やがて、部屋を充満しつつあるナメクジもどきは、「ヌチャ・ニチュ」と淫猥
な音を立てながら、ひしめき、融合し、堆積し、不気味な肉膜へと変貌していっ
た。
(……拉致されちゃった、のかしら?)
 どうやら、無料では帰れないらしい。
  薄めの朱唇を、澪は笑みの形にねじ曲げた。内心では「ちょっとヤバいかなー」
とも思っていたが、怯みを気取られるワケには……いかない。
「見物料を払えってコト?」
 侮蔑するように言い放った。キリッと通った鼻筋・怜悧な目付き・やや吊り上
がり気味の眉。鋭さを感じさせる美貌が、静かな猛りを浮かべる。
  言霊を念じながら、彼女は得物を構えた。
  定寸の業物、〈神通刀[じんつうとう]〉――淫魔[ヤツ]らに傷を負わせられる、
数少ない武器の1つにして、保全委員会指定の「S4機密[アンタッチャブル]」。
蒼鈍色の刀身が瞬間、超新星のような燐光を放った。
【ケケケ……女の魔斬師カァ〜】
 下卑た声。獣の鳴き声にも金属の軋りにも聞こえる、奇しき声だった。粘着質
にまとわりつき、聞く者の耳を汚してくるよう。
「……ええ、そうよ。『色狂いの低級淫魔を退治してくれ』って、しつこく頼ま
れちゃったのよね」
 澪は挑発的に、返答した。

――――――――
 ……それは、いつから始まったのだろう? 
  また、どこから始まったのだろう?
 学者であれ政治家であれ、国連であれ世界宗教であれ、その問いに答えられる
者は……誰もいない。ふと気がつけば、人は唯物思想と科学的認識とを捨てざる
おえなくなっていた。

 ヤツらの登場。

 「魔」とでも呼称するしかない、そんな異形の化け物どもの氾濫。
 ある者は、その原因をBC兵器によるバイオハザートに求め、アメリカ陸軍伝
染病医学研究所[ユーサムリッド]を悪役にした。
  ある者は、その起源を宇宙からの来訪者に帰し、超科学文明[オーバー=テク
ノロジー]とやらを敵視した。
  ある者は、天罰[リトリビューション]をその由来にし、人類全体を呪詛した。
 これらのほかにもメジャーな流説となったのは、「恒星間生物説」・「突然変異
体説」・「人類進化袋小路説」……いずれにしろ人類は、人知を超えた侵略者たち
とともに、生きていかねばならなくなったのだ。
 現在でも、ヤツらに関する情報は驚くほど少なかった。ハッキリしているのは
――ヤツらが女を犯す、ということである。ヤツらの相手は、主に人類、それも
女性であった。
 ヤツらは女を、殺戮するのではなく玩弄した。食らうのではなく嬲った。痛め
つけるのではなく、むしろ悦ばせた……そして心身ともに貪り尽くし、そうした
後には、むしろ大切に扱いさえした(男は発見され次第、殺戮されていたが)。
 だから、だろう。ヤツらには「UN[Unknown]」という呼称が付与され
ていたのだが、いつしか、

「淫魔」

 と呼ばれるようになっていた。そしてその名を誇るかのように、ヤツらは次々
と、名前通りの陵辱を重ねていったのだ。
 淫魔の存在が公的に確認されたのは、2000年のこと。場所は、ドイツのザル
ツェンブールだった。続いてフランスのシャルレーヌ、イギリスのドーセックス、
イタリアのアリカーレ――そして、2003年にアメリカ海軍ホワイトヘッド士官
学校を襲った、「ホワイト=レイプ事件」。
 前代未聞の、この集団凌辱事件を契機に、淫魔の恐怖は全世界へ広まった。確
認されている統計が示すところでは、その年の女性の行方不明者は前年の83倍、
暴行事件数は254倍に達している。
 各国でただちに、「女性隔離政策」が取られ、夜間外出禁止令が出された。女
性集団疎開が行われ、性的分業が強制された……。

――――――――
 「人外のレイプ魔」の性暴に対し、人類はただ手をこまねいていた――ワケで
は、もちろんなかった。
 組織的な反撃を始めたのは、ヤツらを公的に確認してから約6ケ月後のことで
ある。幾多の犠牲と失敗の後に、人類はいくつかの、ヤツらに対抗する術を発見
していった。
 その一つが、日本で製造された〈神通刀〉であった。宮工房の秘伝によって鍛
えられた、ヤツらを断ちうる刀。伝統とナノテクとが合体してもたらされた(ら
しい)、数少ない希望の光。
 道具ができれば、当然、使おうとする者が出てくる。その使用者が勝利を重ね
れば、野望を持つ者が現れる。そして当然……「淫魔退散」を志す者、それを生
業とする者が、姿を見せるようになった。

 刀を扱う彼女らは、「魔斬師」と呼ばれた。



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 ○序章:魔斬師・澪[みお]の屈従

――――――――
   ●S−2 S県神室市立第7公園内廃屋(=旧更衣室)
        †7月19日 午後10時40分

 澪は、周囲を見回した。
 床・壁・天井、その全てが、赤紫色の膜に覆われている。新たな内装は、その
外見と合わせているのか、腐肉臭も発していた。
 軽く触れてみる。肉膜はほんのりと温く、ブニョブニョと柔らかかった。疣だ
らけでボコボコしているうえに、何かしらの粘液で覆われてもいる。ネチョネチョ
した触感が、ブーツの裏からも伝わってくる。
(まるで内臓の中にいるみたいだわ……)
 柔突起の生えた小腸の中――そんな想像をした女魔斬師の、その神経が、
「…………!」
 警告を発してきた。
  気を張りつめて、彼女は辺りをうかがう。危機感。身になじんでしまったそれ
が、足音のようにヒタヒタと忍び寄ってくる。喉奥から鼻孔にかけて、感覚的な
「きな臭さ」が立ち上ってきた。
 澪は瞬間、後方に大きく跳び退った――激しい運動など想定していない服装の
ため、随分とあられもない格好をさらけ出す。
 ずり上がったタイトスカートの下には、皮を向いたばかりの白桃のような美尻
が、桜色の下着をまとって隠れていた。色気を匂い立たせている三角形の布地か
らは、すらりとしつつも脂ののった太腿が続いている。それは、なんとも悩まし
い曲線だった。
【けっこうヤるじゃねぇカ……】
 冷嘲を含んだ声。
 先程まで女魔斬師が立っていた場所が凹み、蟻地獄のような窪みに変わってい
た。
 その逆三角錐の頂点が、ボコッと盛り上がる。巨大なニキビみたいな瘤。肉瘤
はゆっくりと大きくなり、形態を固めていく。そして声の主――淫魔の姿となっ
た。
「……あれ、お馬さん?」
 澪は思わず、そう呟いてしまった。
 敵はまるで「奇形児のケンタウロス」だった。下半身が馬で、上半身が人間。
ただしその顔は……H=G=ウェルズへのオマージュ、とでも言えばいいだろう
か。タコをディズニー的に擬人化したよう。
 ほかにも奇形児っぽい点が多々あった。胴体と尻尾の位置が、ちょうど正反対
だったのである。後ろ足の上に胴体があって、前足の上に尻尾があったのだ。
 さらに、馬部(下半身か?)の尻尾と人部(上半身?)の臍とを結ぶ、その稜
線上には、色々なサイズの淫根が生えていた。ウネウネと蠢いている、醜怪な肉
具たち。犯すべき穴を待ち焦がれているように、それらはビクビクと蠕動してい
る。
(ナニよ、コイツ……〈神招姫〉のデータにはなかったヤツだわ)
 こんな淫魔――まさにギリシア神話に殉じているような輩は、彼女が所属して
いる組織・〈神招姫〉にも報告されてない。新種、あるいは変異体だろうか?
【久しぶりに骨のありそうな女だナァ……】
 タコもどきが口を開けた。魚の干物めいた口臭。円形をした口の奥では、それ
こそタコの触手のような舌が、ヒラヒラと踊っている。
【たっぷり楽しませて貰うゼェ〜】
 涎を垂らしながら宣告し、淫魔は前脚を高く振り上げていなないた。女魔斬師
に向かって驀進する。
「……アタシの身体は、高い、わよッ」
 澪は冷静さを失わなかった。ヤツの突進の、その速度と進路とを完全に見切り、
絶妙の身ごなしでかわす。振り向きざまに〈神通刀〉を一閃。見事な太刀筋だっ
た。
 ブンッ。
【GEGRYU……!】
 ハープの弦が切れるような音。それに、言語化できない猛り声が続く。彼女の
一撃は、淫魔の右腕をほとんど斬り落としていた。
(……なんだ、この程度なの)
 絶叫している淫魔を見やった魔斬師の瞳に、安堵の色が浮かぶ。
  しかしそれは、一瞬のうちに裏切られた。
【……なんて、な。ゲゲゲ、効かぬナァ】
 先程までの痛がりぶりをあっさりと覆し、淫魔は余裕たっぷりに笑った。笑い
ながら、その体を床に――赤紫色した肉膜に沈み込ませていく。どうやらコイツ
は、周囲と一体化しているらしい。
「――また素もぐりするの?」
 あの斬撃が効いてないなんて!……澪が受けたショックはかなり大きいものだっ
た。しかし、それを表に出しては負けだ。彼女は軽口を叩き、潜行した淫魔の
気配を求めて全神経を研ぎ澄ました。
(くる……右前方ッ!) 
 気合と共に〈神通刀〉で切りつける。
 しかし――刃が捕らえたのは、初太刀で切り落とした右腕だった。
【ひっかかったナァ!】
 その嘲りを耳にしたときには、既に「詰んでいた」。澪は細い首をわしづかみ
にされ、その美体を空中に持ち上げられて、
【もっと強いのかと思ったがァ……この程度で俺と戦ろうってのが、間違いだナァ】
 気管と頸動脈とを圧迫され、彼女は軽く呻いた。肉体的な苦みと共に、精神的
なそれも湧き上がってくる。
【それとも、俺と犯りたかったのカァ?】
 目もくらむような後悔。
  だが、こと対戦の場において、悔い――弱み――を顔に出すことは厳禁だ。ウ
ソでもイヤでも、タフさをアピールしておかなければならない。
「……あ、アタシ、アナタみたいなのは、タイプじゃないんだけど」
【ほう、そうかい……なあに、オマエが俺を嫌っても、オマエの女体の方が好き
になるサ】
 卑笑しつつ、淫魔は獲物の衣服を噛みちぎった。
 今まで閉じ込められていたことに対する抗議のように、上半身のふくらみが「ぷ
るん」と弾ける。頂き付近をニップレステープで隠しているだけの肉丘は、豊か
なだけでなく、造形的にも一級品だった。
「じゃあ……せ、せいぜい期待させてもらうわ」
 澪はそう応じた。
 しはしたものの、ショーツ1枚の姿を晒しているかと思うと、羞恥を覚えずに
はいられない。キメの細かい雪色の肌をうっすらと赤らめつつ、彼女は待つこと
にした。
 何を? 淫魔が油断することを、だ。そんな好機がいつ訪れるのか、あるいは
訪れてくれるのか――展望はまったくなかったが。
【そうかい……いつまでそうやっていられるかネェ……楽しみにさせて貰うゼェ】
 鼻を鳴らしてニヤついた淫魔は、いきなり、澪を放り投げた。
  ぬめる肉状の床を、真っ白な裸身が転がる。鈍い落下音と、プラスティック糊
をこね回したような音が響いた。
 粘液まみれにされた……とはいえ、澪は自由を取り戻す。勢いよく立ち上がり、
彼女は態勢を整えた。次いで、美体を覆う半透明の粘液を、煩わしげに払う。
 液はかなり粘つくもので、納豆のように糸を引いてくる。取り払おうとすると、
ニチャ・ヌチャという拗音混じりの音が立った。さらに、それは強烈な匂いも発
していた。ヨーロッパで使われている香水のような、獣じみた異臭が鼻を叩いて
くる。
「……どうしたの? ヤる気が萎えちゃったのかしら?」
 予想外だった。こんなにあっけなく放免されるなんて……それに驚きつつも、
澪は左手を腰に当て、右手で「おいで、おいで」とヤツを挑発した。背筋を伸ば
して立つ彼女の肢体。それは、男ならむしゃぶりつかずにはおれないほど艶めか
しい。
 トップバストとウエストの差は、20センチを越えているだろう。かといって、
肥満体ゆえの巨乳ではなかった。ムダな肉を徹底的に削ぎ落とした戦士の胴に、
半球形の肉果がぶら下がっているのである。熟れたメロンのような双乳・腹筋が
うっすら見えるくらいくびれた腰・胸の豊かさに負けじとばかりにムッチリした
ヒップ――垂涎モノの女の曲線である。
 肌はシミ一つなく、体毛も淡い。やや赤みがかった恥毛も、かなり薄めだ。雪
原のような肌の表面で、刺激的な彩りを発しているのは、朱唇・ニップレス=テ
ープで隠された乳首・下着で守られた秘裂、それらだけだった。
【ククク……自由になったと思ってるのカァ? 俺はオマエを解放しちゃいねェ
ヨ。もっとイイもので縛ってやったのサァ】
 これから痴れ狂わせる肢体をじっくりと視姦していた淫魔が、思わせ振りなセ
リフを吐く。いかにも自信ありげな口調。
(どういうことかしら?)
 澪の胸中で、不安感が急速に煮詰められていく。挑発のポーズを止め、彼女は
晴眼の構えを取った。
 ……それほど熱くはないはずだが、女魔斬師の額に汗が浮き出てきた。身体の
うちから湧いてきた滴が、鼻梁に沿って流れ始める。
 玉の汗が次第にその数を増し、呼吸もせわしないものになった。気が付くと、
澪の肌は桜色に上気していた。けだるい脱力感。吐息が荒ぐ。
 な、何これ?…変だわ……澪は自分の肢体の変調を、ようやく悟った。
(……か、身体が……熱いッ!)
 息が荒いでいることを悟られないように、女魔斬師は朱唇をぎゅっとかみしめ
る。
【ケケケ、ココの疣はイイモノを噴き出してるのさ……オマエらのコトバで言う
と『媚液』ってヤツになるのかナァ?  塗るだけでオマエたちを悶えさせられる、
素敵にゴキゲンなヤツだゼェ】
 舌なめずりを隠さぬ口調で、淫魔は解説を始めた。説明することが「精神的嬲
り」に繋がることを了承しているらしい。
 なんですってぇ……変調の元凶を知った澪は、美体を汚している媚液を拭い取
ろうとした。手で臀部を撫でた瞬間、
「……ッふ」
 思いも寄らぬ刺激に襲われる。思わず目をつぶり、声を漏らしてしまったが―
―自分の女体を揺るがした突然の変化に、女魔斬師は動転した。
 喉の奥まで出かかったものを、突然思い出した……そんな感じだった。慢性的
に燻っていた火照りが、「触る」という行為によって経路を開かれ、確固とした
感覚となって流れ出したのだ。「思い出したもの」というより、「思い出すまい」
と抑えていたもの――この感覚はまぎれもなく……
  快感だった。
 澪は眉根を寄せ、唇を噛んだ。全身のわななきを抑えるため、下腹に気をため
る。
「……ふッ……くッ」
 蟻穴くらいの綻びであっても、それは必ず、堤防を破る。美体をじわじわと浸
蝕していた感覚――それを「快楽」だと認識してしまったとたん、身体の火照り
具合は鋭く、強く跳ね上がった。
【ヒヒヒ……媚液だけで昇天しちまった淫乱女も多いゼェ。オマエもその口カァ?】
「……こ、こんなもんで…」
 だ、誰が淫乱よッ。アタシのことを舐めるんじゃないわよ……女魔斬師は白い
歯を見せつつ、
「……お、女を喜ばせられると、お、思ってるのぉ? アナタも不憫ねえ」
 余裕たっぷりであることを演じた――「演じた」のである。
【そうかい。それじゃあ……もっとご奉仕しねェとナァ】
 濁音だらけの卑猥な笑い。
 それが合図だったらしい。床一面に生えている疣が、グンと大きくなった。媚
液の噴出口たちがまるで、火災現場を取り囲む放水車のように、獲物を取り囲む。
「……なッ!……うッ」
 態勢が整うや否や、淫らのホースたちは、悶えの液体を射出した。今度の粘液
はやや白濁しており、三分立ての卵白のようだった。
【……ケケケッ。今オマエにくれてやったのは、より濃い媚液サ。効き目は、さっ
きのヤツの十倍以上。不感症でも、すぐ牝にしちまウ。オマエはいつまで耐え
られるのかナァ?】
 ふくらみ・くびれ・まるみ……澪の柔肌を、白っぽいゼリー液がネトネトと伝
う。液は女の肌にしみこみ、肉の内側に吸収され、神経の中枢に潜り込んできた。
「……ッ!」
 ああっ……ン、んふ、ふ、ふぁぁ……な、何よコレェッ……叫び声が、澪の喉
奥から込み上げてくる。
  鋭く強い刺激の波は、全身の隅々まで広がって、彼女の女体を内側から揺すぶっ
てきた。美肉の奥深くからこみ上げてくる、強烈な火照り。その原初の感覚を
前に、女魔斬師は動揺せざるおえなかった。
「んふッ……」
 鼻にかかった声が、我知らず漏れる。まるで炎が灯されたかのように、皮と肉
とが熱くなり、体芯が焦げていく。目が熱っぽく緩み、指先がプルプルと震え始
めた。
【どうしたんダァ? エラそうにしてた顔が、今は真っ赤になってるゼェ】
「……ど、どうもしないわよ……べ、ベタついて……ッ……き、気持ち悪いのよッ」
 くううっ、うふぁ……澪は淫魔の嘲弄に応じたが――その頬は、引きつったま
まであった。
【ヒヒヒ。オマエの口より、乳の方が信用できるナァ】
 淫魔はせせら笑いながら、ふくらみの頂きを指さした。
(……ああッ、も、もうッ、乳首のバカっ!)
  澪は心のなかで歯軋りした――薄桃色した尖端は強く勃起し、ニップレスを押
し上げている。双つの芽の、その痼が意味する事実。
 もう、こんなときばっかり目立ちゃうんだから……澪は、テープを剥がすこと
にした。着けていようといまいと同じと、取り外すべく引っ張った瞬間、
「あッ」
 薄桃色の肉柱から甘い電撃が迸り、女魔斬師は小さな悲鳴を上げた。鋭い愉悦
が、中枢神経を貫いてきたのである。
【おうおう、敏感だナァ】
 それを聞きもらざす、淫魔はここぞとばかりに揶揄する――奥深いところでは
身悶えしている女の、その羞恥と屈辱とをかきたてるために。
「ち、ちがうわよッ!」
 澪は吠えるように叫び、一気にテープを剥ぎ取った。
 ん、ンふうぅぅッ……甘みがじわじわと広がっていくのを、嫌なくらい実感す
る。唇を固く引き締め、彼女はなんとか、喘ぎが漏れるのを抑えこんだ。
【そうかい? それじゃあホントかどうカ……確かめさせていただくとするカァ】
 淫魔は四肢を動かし、獲物に向かって歩み始めた。
  対照的に、女魔斬師はじりじりと後退する。
【どうした、ヤらせてくれるんじやなかったのカァ】
「……ッ…すぐに…できたら…面白くない…ものよ」
 澪は余裕のあることを演じるが――はた目に見ても、「虚勢」の影がちらつい
ていた。
 淫魔は一歩一歩、ゆっくりとにじりよる。ここは己のテリトリー。獲物が逃げ
る場所は、何処にもないのだ。
(……どうしよう? どうすればいいのよ?)
 いつの間にか、女魔斬師は壁際に追い詰められていた。
 背後をチラリと見やる。壁も床と同じく、疣疣だらけでぬめぬめとしている。
しかも時々、脈打っているように蠕動を繰り返していた。
 淫魔は突然、歩みを止めた。淫邪に陰る表情を浮かべ、
【……オマエ、揉まれるのと舐められるの、どっちがイイんダァ?】
 卑猥な質問を投げてくる。
【どこが弱いんダァ? ユサユサ揺れてる胸カ? プリプリしてる尻カ? ムチ
ムチのオマ○コカ?】
 澪が答えないでいると、
【ヒヒヒ。それじゃあ俺が、女体に直接教えてやるヨ……オマエが股をグチョグ
チョにして、ぶっといモノをおねだりしたくなる場所と責め方をナァ!】
 口の端から涎を垂らしつつ、淫魔がそう叫んだ瞬間、女魔斬師の背後にあった
壁が変化した――
  腕が、2本の腕が生えてきたのだ。
 腐肉色の腕は、ちょうど人間の男性くらい。手首から上はタコ足のようで、掌
側に大きな瘤を付けている。人肌程度の温もりを持つ魔腕が、彼女を羽交い締め
にし、壁に引き寄せた。
「……き、きゃあッ!」
 なだらかな両肩が粘液まみれの肉壁にめりこんで、ヌチャッという音を立てる。
腐肉と白裸が並んだ、色彩のコントラスト。傍から見れば素晴らしく扇情的なそ
の絵図は、彼女が拘束されてしまったことを、残酷に示すものだった。
 そしてさらに、追い打ち。
 自由を奪われた女体の周囲に、同じような腕が生えてきた。澪の美顔の左右・
肩の左右・両脇の下・細腰の左右・臀部の左右・両太ももの左右・そして股の間
――合計13本の腕が、女魔斬師の美体を包囲してきたのだ。
【ケケケ。こいつらの掌にも、疣がタップリついてるゼェ。濃媚液をベタベタと
塗りたくれるってワケさ】
 顔の左右に聳えていた魔手が、澪の目前で掌を広げて見せる。その指先までを
も己の生植地としている疣が、膨張と収縮を反復し、プチュ・プチャと白濁液を
噴き出していた。
「そ、それはそれは……」
 ああ、ど、どうしよう。あの疣…さっきのヘンな液を、あんなに噴き出してる。
い、嫌っ。こ、こんなのに弄ばれたくないッ……内心では半分泣きを入れつつも、
「……こ、光栄だわ」
  澪はしかし、強がるしかなかった。
 淫魔は、邪悪にはしゃぎつつ、
【まずは……性感帯を調べるとするカァ】
 不吉な本数の魔手を、女体に着地させた。
 ペチョ・プチャ・ペチュ。
「……んくッ」
 責められる側――肌理の細かい肌も、責める側――疣だらけの手も、両方とも、
粘液にたっぷり塗れている。それらが美体を撫で回す様は、まさに多数の責め手
によるローションプレイ。
「……う……ふッ…くッ…んッ…」
 首筋や鎖骨の稜線。基本的な性感帯をネトネトと撫で回され、女魔斬師は艶声
を忍び漏らした。続いて上下のふくらみ。この部分は、とくに重点的に淫撫され
た。胸の谷間と尻の狭間に、濃媚液がたまってしまったほどだ。
「…ふうッ…う…うぁ…あ…」
 澪は歯を食いしばり、眦を引き絞っていた。それだけを見れば、苦痛に耐えて
いるかのよう。
 だが同時に、その美肌は上気し、小刻みに微動していた。羽交い締めされた両
腕はプルプルと震えており、捕まえられていない腰はクネクネと蠢いていた。そ
う、女魔斬師が耐えていたのは、痛みなどではなく――
  甘みだった。
 淫手にメロンのような豊乳を撫でられる。そのたびに、女体の奥深くで燃え盛っ
ている炎に、快楽の油が灯されていく。熟桃のような美尻をさすられる。その
たびに、喜悦の揺らぎが、理性と忍耐を綻ばせていく。
「……ふ〜ふぅ〜」
 澪は全身に大量の汗を浮かべていた。肉の内側を迸っているものが、出口を求
めて暴れまわり、汗滴や荒息となって外側に現れていたのである。
【ヒヒヒ……オマエのイイところが分かったゼェ】
 淫魔が壁の手たちの動きを止めさせ、喜々として調査結果を述べ始める。
【その胸ダァ! 感じやすい淫乳をイヤってほど揉みしだき、狂うほど舐め回し
てやラァ】
 2本の魔手が、女魔斬師のたわわな双丘を軽くつかんだ。
  Fカップに達する澪のふくらみは、すくっている指の隙間からも、ぷるんとは
み出すほどのボリュームである。その美しい紡錘が、嬲り手たちによって、わし
づかみにされた。グチュッという音。
(……い、痛いッ)
 ゴムボールを握り潰すような、そんな力まかせの愛撫に、女魔斬師は眉をひそ
めた。
 次の激痛を覚悟すると――続く淫撫は、赤ん坊のほっぺたを相手にしているよ
うな、柔らかく、優しいものだった。ふくよかさを手全体で味わっているがごと
き揉みこみで、立つ音もグニュ・ムニュと穏やかだ。
(……ふーン、大きなコントラストを着けるってわけね)
 澪は、比較的冷静に観察していた。そうすることができていた。
 というのも――彼女は、胸を揉まれても感じないタチだったからである。巨乳
ゆえに、恋人からも良く嬲られたが……あまり気持ち良いとは思っていなかった。
 執拗に愛撫してくる淫魔を、澪は真正面から見据えて、
「……し、知らないの? き、巨乳の女って、胸はあんまり感じないものなのよ」
 ブチュ・ムニュ・グチュ・ブニュ。
【ケケケ、分かってねェみたいだナァ】
 淫魔はニヤニヤしたまま、もくもくと揉み続けてくる。
【感じねェんじゃネェ。感じさせてもらえなかったんダ】
 ヤツは自信タップリに言う。そして魔手の動きの、そのリズムまで変化させ始
めた。荒々しい責撫のときには、踊るような早さで。緩やかな淫撫のときには、
あやすような鈍さで。
 急激なリズム変化。それは、澪のふくらみに緊張をもたらした。性的興奮のせ
いなのかどうかはともかく、彼女の乳首が更に、強く痼り始める。
「……き、器用な真似ができるのね。でももっと、女の…あ……」
 不意に、全く突然に――魔斬師の女体を、「ある感覚」が襲った。さきほどま
では、肉をこねくり回されているだけだった。そんなふうにしか感じられなかっ
た。
 なのに。
 甘美な、そして強烈な、桃色の痺れ。

 な、なんで? なんでなの?……あまりにも劇的な変化に、澪ははっきりと狼
狽した。
【女の身体がどうしたっテェ?】
 ゲヒヒと含み笑い。
「……お、おんな…あ…の、か、から…ぁ…」
 違う、そんなハズない……募る痺れを、澪は懸命に否定した。感じるはずがな
い、感じてなんかいないッ……なのに、どうしても喋れない。朱唇だけでなく、
全身もわなないて止まらない。
 息が荒ぎ、鼻にかかった声が漏れた。体中から力が抜け、膝が崩れそうになる。
ヘナヘナと、まさしく屈服を認めるかのように。
「……ん…んふッ…は、はふ…ふ、ふわぁ………」
 少しも感じなかったはずの盛り上がり。そこから、ぞわぞわと快楽が広がって
いく。悦びの波は肉の奥で共鳴し、体の芯をぐらぐら揺すぶってきた。
 粘液とは異種の湿りが、熱くなり始めた股間に生じる。ポタポタとした滴りだっ
たものが、今やトロトロとした小川になっていた。
【言ったロ? オマエのイイところは、そのデッケーお乳だってヨォ!】
 哄笑しつつ(ムニュ)、淫魔は手の動きを速めた(グチャ)。しかも(ブチョ)、
不規則なリズムを強調して(モニュ)。
「ち、ちがッ…あッ!…は…はッ…ああッ」
 吊り上がり気味で(ムニョ)、いつもはキツいはずの両目をしどけなく潤ませ
(グチュ)、女魔斬師はぶるぶると首を振った(ブチャ)。赤髪が(モニョ)、波
のように揺れる(ムニュ)。細みの腰はフニャフニャと淫らにくねり(グチャ)、
両膝は上下動してやまない(ブチョ)。
 こんなの……こんなのって……揉み回される豊かなふくらみから、とめどなく
溢れてくる快感。その圧倒的なボリュームに、澪は押し流されかけていた。口の
端から、耐え切れなかった分の涎が垂れ始める。
 彼女の、その乱れぶりを舐るように観察していた淫魔は、魔斬師の肩上あたり
から生えている手に、指令を発した。女に悶えを運ぶ使者が、人差し指を伸ばし
たまま目的地に向かう。
 標的は――恐ろしいくらい感じてしまっている柔丘の頂上で、ビンビンに痼り
立っている肉芽。指たちは、まるでボタンを押すように、朱色の突起を押しつぶ
した。
「あふぁッ……!」
 鋭すぎる悦楽の刺激に貫かれ、澪は叫ぶと同時に崩れた。
  手にしていた刀を、情けなくも取り落としてしまう。膝が抜けて立てないらし
く、彼女は今や、壁の手にぶら下がっているような格好を見せていた。なんとか
我慢していた口も、今やOの字に開けられ、涎と喘ぎを発して止まることがなかっ
た。
「ふあッ、はあッ…ん、んあッ…あッあッあぁ……」
 魔手たちに、白いふくらみを揉まれ、こねられ、揺さぶられ、握られ……面白
いように、嬲られに嬲られる。同時にまた、敏感な乳首も弄られに弄られた。指
の腹でこすられ、つまんでひねられ、押しつぶされ、爪を立てられる。
 忍耐の限界に達しかけている女に、4つの淫手は呵責なく追い打ちを加えてき
たのだ。
「あ、あッ、あッ…あああッ、んああッ!」
 だ、だめっ、ダメェェッ、い、イッちゃうぅゥッ……急速な、しかも不可逆の
高まり。残酷な性のプログラムの前に、女魔斬師は、あられもなく嬌声を上げた。
 「負け女の遠吠え」と言ったところだろうか。膣から愛の涎をしぶき、女体を
C字にしならせて、澪はエクスタシーに上り詰めていた。感じなかったはずの胸
を揉まれただけで、である。
 こ、こんなに……凄いなんて……女魔斬師は淫慄に打たれていた。こ、これは
………ご、拷問だわ……。
【さあて、まず1回目カァ。こんなんで堕ちないでくれよナァ】
 壁の手たちが、倒れ込んだ澪を床に押しつける。手たちは獲物の腰をつかんで
引き寄せ、その下半身にドッグスタイルを取らせた。臀部から秘所にかけてを一
望されてしまうような、そんな格好。
【次はその、プリンプリンのケツだァ!】
 宣告するが早いか、魔手たちは唯一の布地をぐいっと下ろし、ババロアのよう
な美尻を露にさせた。まだビクビクしている下のまるみを、愛しんでいるみたい
に撫で回す。
「……ふうッく」
 悦びの高波が、女魔斬師の艶肉をまた走り抜けた。
 ンはァ…ま、また、くる…きちゃう……桜色に染まったボディが、思わずクネ
クネ動いてしまう。自分の意志とは裏腹に、牝のシロップが内股を伝い始め、粘
液とまざってベチョベチョになった。
【おお、そうダ。せっかく乳の悦びを知ったんダ、もっと欲しいよナァ】
 と、淫魔。
 すると床からも、壁と同じように淫手が登場してきた。「揉み」の魔具たちが、
新しく開発された性感帯を、容赦なくつかんでくる。
「……べ、別に……い、いらないわよッ」
 い、イヤっ、や、やめてよ……答える彼女の声には、既に脅えの色があった。
気丈なほどの挑発の香は、既にもう、すっかり影を潜めていた。
【キャハハハ…遠慮すんなヨォ】
 グチュッ。
「ひあッ……」
 澪は悲鳴をあげた。
 ハンガーノックダウンよろしく、身体から力が抜けていく。自分が女体に送る
意思より、女体から自分に送られてくる刺激の方が、比較にならないほど多く、
めくるめくほど疾く、そして……どうにもならないほど、力強い。
 美尻をなで回していた淫手が、責めを変えた。臀部と太腿の境目から、美尻の
柔丘をすくい上げるようにして揉みまくる。
「……あ…あくッ、くぅーッ…は、はふぅッ」
 お、お願い、もぉ、やめてェ……奔流のように注がれてくるピンクのパルス。
それが快楽神経を走り回り、女の芯を焼き焦がしてくる。
【ケケケ。尻穴は初めてらしいナァ】
 突然、双つの魔手が尻のふくらみを、左右に押し開いた。すべらかな峡谷では、
ピンクのおちょぼ口が息をしていた。
「……う…んんッ!…や、やめッ…てッ」
 淫魔の意図を察し、女魔斬師は危機感を覚えた。逃れようとしたが……ガッチ
リ押さえ付けられているし、何より、悦びで麻痺していて思うように動けない。
 嬲る側は、獲物の焦りを心地よげに味わってから、可愛らしい肛門を撫で回し
た。疣から分泌された濃媚液が、穴の隙間から腸内へ染み込んでいく。
「やッ…や、やめッ…て……ぇ……」
 下っ腹がツーンと熱くなって、澪は声を出すことすら辛くなった。下半身の火
照り度が、何十倍にも跳ね上がる。
 頃合いと見たのか、臀部を嬲る淫手は、排出を専門としている菊の門に、指を
ゆっくりとめりこませた。人差し指が、蝸牛の歩みで潜りこんでいく――まるで
直腸の内壁を舐り回しているかのように。
「うッふ〜ううッふ〜」
 あああ…は、はいっ、入ってくる…入ってきちゃうゥ……自分の中に異物が侵
入してくるときの違和感。それが背骨の最下端あたりを、激しく強く突き上げて
くる。軽い吐感の後に、ピンクの刺激が雪崩れ込んできた。
「……うふぁッ!」
 もっとも恥ずかしい穴に入った指が、その中で蠢き始めたのだ。
  招かれざる侵入者は、直腸の柔肉をグリグリとかきまぜ、秘壁をズリズリとひっ
かいた。さらに中で折れ曲がったり、奥に侵入したり、穴を広げようとしたり。
思う存分、そこで暴れまくる。
 上下の、容赦ない2か所責め――女魔斬師は痴れた。美体をブレイクダンスよ
ろしくビクつかせつつ、彼女はただ痴れ蕩ける。快楽神経の束を直接かきまぜら
れたような、そんな刺激に悶えよがり、一分もたたぬうちに絶頂へ翔ばされて、
「……は…あ……はぁ〜はあぁ〜」
 ああッ、だ…ダ…ダめェ…も、もお、らめェ……澪の表情は、痴呆のそれになっ
ていた。目はとろ〜んと蕩け、朱唇の周囲は涎だらけ。全身も、まるで骨を抜
かれたかのよう。
【2度目だナァ……ま、まだまだ余裕だロ?】
 淫魔は、軟体動物と化した女体を壁に押し付けた。蕩けた身体を、背後からま
た羽交い締めにし、屠殺場の生肉よろしく吊り下げる。
  「休ませるものか」と言わんばかりに、周囲の魔手が群がった。嬲りの使徒た
ちは、獲物の豊胸と乳首を淫弄し、美尻と裏門を淫撫し、
【さあテ、お次は大事なトコロだ……】
 澪の桜色のパンティをずり下ろして、土手高な恥丘を露出させる。丘の谷間の
秘裂は、「これ以上はもう無理」というほどに濡れそぼち、牝の匂いをプンプン
発していた。
 淫魔はそれを嗅いで冷笑し、
【……ククク。ビンビンに痼ってる部分を、たーっぷりと舐ってやるヨ】
 壁の手たちに、澪の艶腰を持ち上げさせた。更に両足を開脚させ、M字型に抑
えつける。
(……もお、いい…いらないのにぃ……)
 産婦人科の診療台に座っているみたいな、そんな格好をさせられた女魔斬師。
そのびちょ濡れになっている股間に、淫魔が顔を埋めてくる。ヤツは長い舌を伸
ばし、秘核を覆っている皮をめくった。そして、破裂しそうなほど膨らんでいる
敏感な肉豆を、そのざらつく舌でペイントした。
「あひッ……」
 澪が感電したように跳ねる。
 あひッ、ひッ、ひぁあぁッ……まさしく雷級。それもビビットピンクの稲妻だっ
た。意識が悦びに悶えて淀み、自他の見境さえつかなくなる。
 やがて、舌による秘芽嬲りが本格化した。ペイントからプッシュになり、プッ
シュからニーディング。ペチャ・ペチャと淫猥な音が響く。残酷過ぎるほど丹念
で、拷問並にまめな舐り責めに、澪はあっと言う間にオルガスムスを迎えさせら
れた。
(あああッ…ふあ、あ、んァ…も、もお、おわ…おわって、よぅ……)
  だが、淫魔は止めようとしないし、女体も休んでくれない。すぐにまた、鮮烈
な官能のうねりにからめられてしまうのだ。彼女に出来ることと言えば、全身を
痙攣させて昇天するコト――それしかなかった。
  絶頂にいるか、昇り詰める途中にいるか――
「ふあンッ、ンぁはァッ…ふうあッ…ふ、ふあ、ふああッ、ふああああああッ」
 女魔斬師に許されていたのは、そのどちらかだけ、だった。

――――――――
 ……それから2時間が過ぎた。
 双乳をもみくちゃにされ、桃尻を撫で回され、秘核を舐め回され続け……澪は
もう、何度イッたことか。理性を持つどころか、意識することすらできない。沸
き募る快楽の合唱に、ただただ、我を忘れて蕩けるのみ。
「……あ……くぁ……ンぁ……」
【……ククク、もう限界カァ? それじゃ、オマエの望み通り、俺の極太で串刺
しにしてやるカァ】



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 ○序章:魔斬師・澪[みお]の屈従

――――――――
   ●S−3 S県神室市立第7公園
    †7月20日 午前0時45分

 澪と淫魔とは、廃屋の外――公園へ乗り出した。もちろん、裸にひん剥かれて
いる澪の意思ではなく、裸を貪っている淫魔の意向である。
【ゲゲゲ。さて、おっぱじめるとするカァ】
 淫魔は澪を後ろから抱き抱えて、彼の下半身に乗せようとした。
  ケンタウロスの馬部分。その背中には、サイズの違う淫根が7本、ズラリと生
えている。
 澪はそれらを見ただけで、すでにすすり泣きたくなっていた。コイツはいった
い、女をどこまで狂わせれば気が済むんだろう……。
 どの淫根も雁の部分が鍛えられていて、えぐいまでにエラが張っている。原子
爆弾のキノコ雲のように雁高で、しかも疣だらけの肉矛たち。おそらく、疣から
はおなじみの、あの媚液が噴き出す仕組みになっているんだろう。しかも淫根は、
それ自体が独自に蠢いている。
「……あ……や、や…やめ…やめ……て……」
 こいつらが注いでくる悦楽は、どれほど凄いことだろう……上級淫魔の嬲りを
フルコースで味わった今、澪にはその凄まじさを想像できた、できてしまった。
たぶん、奥歯をガタガタ鳴らし、愛液をブシャブシャしぶき、体中の芽という芽
をビンビンに勃起させることになるんだろう……。
【……オマエだったらこれぐらいだナァ】
 淫魔は、3本目に太い淫根を凶器に選んだ。その上空に澪の裸体を運ぶ。
【ケケケ、ではいくゼェ】
 女体の腰をつかんでいた両手が、パッと離された。
 ズブッ。
 澪の自重により、淫魔の分身は一気に、彼女の奥まで侵入してきた。巨雁は、
ちょうど女魔斬師の直径ほどで、長さもぴったり――先端が、子宮の壁をこづい
ていた。
「あぐうッ……」
 澪の女体を駆け抜けたのは、まず熱さだった。次にその硬さ。「焼いた鉄棒」
という形容が、まさにピッタリくる一物だ。
 女の芯を貫かれ、中枢が一気に燃えた。熱さや充足感、そして濃密な甘さが、
芯から細胞の隅々に向けて、じわじわと拡散していく。
 こ、こんなに凄いなんて……入ってきただけで、澪はまず翔ばされていた。悦
びのパルスに感電しそうになる。
 だが――それも、まだまだ序の口だった。
 まず疣が、あの濃媚液を噴き出し、文字通り内側から女体を濡らした。
「……ひッ……うあ…あぐッ、あうッ、あああう」
 それだけで、快楽の強さと鋭さとが倍に跳ね上がる。澪は折れてしまうのでは、
と心配になるくらいに、身体を反らしていた。
  続いて、淫根が膣内で暴れ始めた。肉矛は女の柔肉を掻き混ぜ、粘膜の合わせ
目を擦り、蕩けた淫穴を進退する。
 グニュ・ベチョ・ジュプ。
 またがっている格好の股間から、淫靡なメロディが鳴り響いた。馬の背上には、
恥ずかしいくらい大量の愛液――澪が悦びに溶かされていることは、もはや一目
瞭然だった。
(……だ…らめェッ…も、もお…ホ、ホントにッ…らめェェェッ……)
 女魔斬師は、瘧にかかったかのように全身を震わせていた。身体から骨という
骨を抜き取られた気分。目の奥底にはピンクの閃光が瞬き、はっきりいって何も
見えなかった。
【……オマエは騎手の太腿を見たことがあるカァ?】
 よがり狂っている澪に、淫魔が妙なことを問う。
【まあネェだろうナァ。馬に乗るってのは、メチャクチャ振動が来るもんなんだ
ゼェ。硬い地面の上を走ろうもんなら、そりゃもう凄ぇ突き上げダァ】
 淫魔は、前足を軽く上下させた。蹄の音が、闇に閉ざされた公園にこだまする。
【しかも、走っている裸馬の背中ってのは、微妙に動いているもんなんだゼェ。
筋肉や骨の動きのせいでナァ……俺がオマエに何を教えたかったのか、もう分かっ
たよナァ?】
 ゲヒヒヒという淫笑。
 澪はようやく、理解した。正確には、理解させられた――淫魔が今から、自分
にどんなことを、どれほどの肉折檻を与えようとしているのかを。それを、彼女
は残酷なまでに知らされてしまった。
「……い、いやあァッ……お、おね……おねがい……や、やめ…」
【さァて、駆けるとするカァ!】
 無慈悲な宣告。淫魔は、無人の公園を走りだした。パカッパカッと軽やかな音
が、闇のしじまを卑猥に破る。
「……あ…ぐ…あ…ひッ…あひッ…ひぐッ…ぐ…」  
 それに続く澪の嬌声。スタッカートだらけの喘ぎ。呼吸することすら、今の澪
には苦しくなっていた。
 なぜなら――蹄が着地するたび、力強い突き上げがズンと響いてくるからだ。
号泣したくなるほどのそれらが、女の下っ腹にズンズン轟いてくるから……。
 しかも馬の背が波打つせいか(ズブッ)、突き上げの方向が一定していなかっ
た(ヌプッ)。右にいったり(ジュプッ)、左にいったり(グチュッ)。手前に
いったり(ズヌッ)、回転したり(ヌブッ)。思いもよろぬところを(ジュブッ)、
思いもよらぬ強さで(グヂュッ)、擦られ(ズリッ)、突かれ(ズンッ)、エグら
れる(グリッ)。
 ひ、ひいィッ、ヒイぃッ……澪の美体を揺すぶってくるものは、パルスや高波
などという、そんなあまっちょろいものではなかった。原爆クラスに匹敵する、
ピンクの淫爆だった。
(……あ、あた、アタシ…こ、壊れるゥゥ…こ、壊れちゃうよおぉッ……)
 あまりにも凄まじい喜悦。澪はすぐに、喘ぐことすらできなくなった。理性ど
ころか意識も消えうせ、ただ蕩けていく。ただただ、翻弄されていく。
【……そして、ホーレッ!】
 淫魔は思いきり、前足を振り上げた。そして地面を踏み潰すかのように、力の
限り叩きつける。
 蹄が舗装にめり込み、蜘蛛の巣状のひび割れを生じさせていた。それほどの一
撃だったのだ。その衝撃は作用反作用そのままに、上で貫かれている女魔斬師へ
と返っていく。
 ドズヌッ!
「……ンあああッ!」
 澪自身の重力と、地面から跳ね返ってきた分の力と。子宮が破壊されてしまい
そうなほど、強烈な一突きだった。
(……んあああアアぁァッ…ッ…ッ…ッ…あ、だ、ダメ……か、身体が…と、溶
け…溶けるぅゥゥ……)
 女体の内部で水爆実験が行われているよう。どんな女であれ、この一突きの前
には屈服するしかないだろう。
【ケケケ……どうダァ?】
 澪を、字句通りの騎乗位で乗せたまま、淫魔はまた駆け始めた。大きな猥撃の
後に、小ぶりな――といっても充分すぎる破壊力のある――淫撃を、間断なく続
けてくる。
(…だ、ダめ…ら、らメ……らめええェ…ッ!……し、死んじゃうーッ……)
 責められる女にとってはたまらない。汲めども尽きぬ悦楽の魔泉、と言うわけ
だ。女魔斬師は白目を向き、口から泡を噴いた。
 そしてまた、あの跳躍。子宮に直接打ち込むような淫撃!

「ああああああああああああああああああああああッ……」

 たちまちよがり泣くことしかできなくなる――女魔斬師は牝獣のように悶絶し
た。痴れ狂った。よがり泣いた。悶え蕩けた。
 女の果てを知った、いや、教えこまれた……。



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 ○序章:魔斬師・澪[みお]の屈従

――――――――
   ●S−4 S県神室市立第7公園内廃屋(=旧更衣室)
    †7月20日 午前3時27分

 そこは……肉部屋の中だった。いつの間にか、またもや廃屋に連れ戻らされて
いたらしい。澪は、ナメクジもどきに覆われている床上に、寝かされていた。
 のろのろと起き上がる。昇天させられ続けたせいで、頭の中がぼんやり霞んで
いた。ピンクの濃霧にほうり出されているよう。
【……ほらヨ、オマエさんのエモノだ】
 しどけなく横座りしている澪に、淫魔は〈神通刀〉を返してきた。相手の腹底
を見透かしたような、そんな笑みを浮かべつつ、
【まだ俺を倒したいと思ってるカァ?】
 唐突に尋ねてくる。
 当然…で…しょう…が……そう言おうとした魔斬師だったが、
【オマエをあんなに悦ばせられる俺を、倒したいのカァ? さっきまでの快楽が
欲しくないのカァ?】
 え?…さっきの快楽?……その言葉に、彼女の舌の動きは、止められてしまっ
た。
 快楽。
  カイラク。
  か・い・ら・く。
  あ、アタシ…何を…されたっけ……そう思った瞬間、澪の全身に淫らな痺れが
よみがえった。
 そう、そうよ…アタシ胸をもまれて…お尻を弄られて…クリトリスを舐めねぶ
られて…そして…そして、騎乗位で……自分の痴態が脳裏に浮かび上がる。
(…………!)
 思い返しただけ。それだけで、澪の身体は疼いていた。羞恥心知らずの蜜液が、
ジュプジュプと溢れ始める。
 そんな反応が引き出されてしまうほど、女魔斬師の身体は――調教しつくされ
ていたのだ。澪の意志を裏切り、女の本能が悦楽を求め始める。貪欲に欲しがり
始める。
(……ちがうッ。ほ、欲しくなんかないわよッ)
 澪は〈神通刀〉を握り、ふらつきつつも立ち上がった。ここで行動を起こさな
ければ、「快楽を失いたくない」と言っているも同然――牝の性に負けたことと
同じだ。
 よろよろとした足取りで、澪は淫魔に近づいた。大上段に振りかぶり、切りつ
けようとする。しかし、簡単に阻まれた。
【ケケケ。強情な牝だナァ】
 下卑た笑い。
 女魔斬師がどこまで堕ちているのか。淫魔は、それを試してみたのだ。陵辱者
は、獲物を待っていた蜘蛛のように澪を捕獲し、馬部に引き上げた。背後から彼
女の乳房をすくう。 
「あふぁァ…ン…」
 澪の、切なさ極まったような吐息。
 徹底的に開発された上半身のふくらみを嬲られると、それだけで、彼女の脳裏
には鋭い喜悦がフラッシュした。あっけないくらい簡単に、全身がクニャクニャ
と蕩けていく。
 この快感……狂おしいまでの肉の悦び……女体が疼いてもどかしい。認めたく
ない、認めたくないけれど……欲しいッ。
【この悦楽が欲しくないのカァ?】 
 澪は否定の台詞を述べようとした。
「……い、いら…な……あッ……」
 しかし、できなかった。柔丘を揉まれて、彼女はもう、何も伝えられなくなっ
ていた。敏感すぎる巨乳をぐにゅぐにゅと愛撫されるたび、理性がガラガラと崩
れ、否定する意志がトロトロと溶けていく。
【欲しくないカァ?】
 女魔斬師は、かろうじて首を横に振った。その瞬間、クリトリスをキュイッと
ひねられる。
「ふうあッ……」
 いい、気持ちいいッ。頭の中がピンク一色に染まってるッ……澪はへなへなと
倒れ、肉棒の上にしなだれかかった。
 下腹部・胸の谷間・頤の付近に、あの淫根が当たる。女狂わせのそれは、今も
強烈に熱く、恐ろしく固い。
【コイツらが欲しくないのカァ?】 
 淫魔は、乞食の鼻面を札束で叩く金持ちのように、巨砲をウリウリと動かした。
 欲しくなんか……欲しく……欲し…欲しい…欲しいッ、この太いモノでグチャ
グチャにかきまぜられたいッ……女魔斬師の中で、牝の本性が抑えられなくなっ
ていく。
【嫌なら、止めるゼェ】
(……やめるって…でも…あ、ああッ…ひンッ…け、けどぉ…)
 女と牝の境目を右往左往する澪。
 彼女を弄ぶ魔手の動きが、ピタリと止まった。
「はんッ、あッ……。は、はぁ…はふぅ、ふぅ……」
 淫撫されない――骨の髄まで弄り嬲られた女体にとって、それは一番の責めだっ
た。悦楽漬けにされた肉は、まさに麻薬の禁断症状のごとき切なさ・もどかし
さに支配された……たまらないッ、耐えられないッ。 
【止めていいのカァ?】 
 淫魔がニヤニヤしながら尋ねる――女自身に乞わせること。彼にとって、それ
は女を〈繭〉するために必要な、大事な儀式だった。
「……うッ……うう……」 
 ああッ…そ、そんなぁ……女魔斬師は震えた。
  あつい、せつない、もどかしいッ…身体が悶え、すすり泣いている…でも、で
も…そん、そんな…請うなんてコト…ああッ、けど、このままじゃ…耐えらんな
い…狂っちゃう……。
  澪の逡巡ぶりを見やり、淫魔が鼻を鳴らした。
【……フン、まだ躊躇うカ……ちょっと早かったナァ】
  独り言のように呟き、
「……うう……んあぁぁぁッ!」
  愛嬲を再開する。
【仕方ねぇナァ、もう少しサービスしてやるヨ……その代わり、次は言って貰う
ゼェ。ククク……キチンと、ナァ】



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  ○第一章 胎動

――――――――
   ●S−1 S県文鏡村 天細女[あまのうずめ]神社
    †7月20日 午前3時45分
 
 文鏡村は、典型的な内陸盆地である。
 天然の防壁に囲まれた小さな農村は、澱のようにたまる昼間の熱気によって、
今夜も熱帯夜を迎えていた。生ぬるい大気。騒がしい虫と蛙の声。泥と肥料とが
混じりあった臭い。
 だが……「そこ」は違った。「そこ」だけは、まるで別天地でもあるかのよう
に、ひっそりと静まり返っていた。

 天細女神社。

 それは、この村に古くからある神社だった。ヒノキの裸木を使った鳥居。御影
石を敷き詰めた社廊。周囲を囲むスギの巨木林。そして……築何年にわたるのか、
想像もつかないほど古ぼけた本殿。
 県の寺社縁起を溯っても、この神社の由縁をハッキリさせることはできなかっ
た。いつ・誰が・何故・どうやって建立したのか? それらすべてが謎のまま。
 もちろん、謎を解こうとする努力は行われた。
 具体的には、昭和初期のことである。そのミステリアスさに引かれた帝大教授
が、神社の調査を試みたことがあったのだ。それなりのオーソリティーでもあっ
た彼は、当時としては最新の計測機器を持ち込み、かなり大掛かりな計測を行お
うとした。
 しかし……数日後、彼は謎の死を迎えたのである。それも世にも奇妙な死に方
で、だ。小さな村を震撼させた怪死。事件以来、村人は誰も、この神社に近づこ
うとしなくなった。
 「何故なのか?」と問われれば、村人たちは当然のごとく、この事件を理由に
挙げるだろう。しかし、それは事の半分であった。もう半分を知りたければ、実
際にココへ来てみれば良い。そうすれば、誰もが気づくハズである。
 鳥居の香りがわきあがらせる、うそ寒い気持ち。御影石の微妙な照り返しが閃
かせる、ぞっとするような怪異感。人はいつのまにか、思わされてしまうのだ。
「ココに来てはいけない」
 だから、ここを訪うものは誰もいない。
 いないハズ、であった。

――――――――
 人跡未踏――そう言ってもよい本殿に、
 明かりが灯されていた。
 その灯明によって浮かび上がった、本殿の全景。神秘の膜に包まれている建物
は、かなりこぢんまりとしていた。建築容積でいったら、村の公民館と同じくら
い。
 しかし、だ。
 それが見たこともない建築様式を使って建てられていることに、眼識のある者
なら気づけるハズである。そして観察するだけでなく、室内に踏み込めば――建
物の奇異さを、さらに感じることができるだろう。
 まず、室内は「寒かった」。うだるような外気など、どこ吹く風というほどに。
常人が入ったら鳥肌を立ててしまいそうなほど、そこはひんやりとしていた。
 さらに。
 殿内はまったき無音だった。防音の装置など何もないハズの旧家。なのになぜ
か、室内には虫や蛙の鳴き声が届いていない。沈黙がうるさく感じられる、それ
くらいの静けさが守られているのである。
 最後に、その匂い。殿内は桐材を使っているらしく、木の香に満ちていた。消
毒効果があるのではと、そう思えてくるほど強烈な匂い。その清冽さを前にすれ
ば、ココが築何百年という旧家であることなど、到底、信じられそうにない……。
 異様さと厳粛さを湛えた空間。そこにぽつりと、人語が響いた。

『……澪さまの〈刀志[とうし]〉が曇りました』

 危ういくらいに澄んだ美声。二次性徴を迎えるかいなか、という女子のそれだ。
『もはや、ご自身の御力では復されないかと』
 何かを読み上げているような報告口調に、
「……そうか、堕ちたか。よく鑑てくれた。ご苦労だったな、咲弥[さくや]」
 別の美声が応じる。
 瞬間、室内の四隅に明かりが灯った。紅花混じりの香燭が、ジリジリと音を立
てて燃え始めたのである。
 その灯火に照らし出されたのは、一人の女性と……そして無数の能面だった。
いかなるカラクリがあるのか、能面たちは透明人間に被られているかのように
「宙に浮いている」。
「あの娘は、九条家からの預かり物だ……」
 と、その場に座っている女性。
 彼女は白衣に緋袴という、いわゆる巫女装束をしていた。白木綿の半帯と、たっ
ぷりとした長髪の水引とが、その格好にアクセントを与えている。
「……我ら〈神招姫〉で助けてやらねばなるまい」
 その声を形容するなら――「凜にして怜」、それに尽きるだろう。まさに日本
刀の業物のよう。
 そんな声の持ち主である彼女は、その容姿もまた、「凜にして怜」だった。年
の頃は25か26。身長・手足の長さ・ボディライン・そして容貌と、そのどれも
が日本人離れしている。
 殊に邦人らしくないのは、その美顔だった。美しいことは確かなのだが……鋭
すぎるのである。たとえていえば、まるで剃刀で削り上げたみたいな顔なのだ。
肖像画を作るとしたら、定規が必要になるだろう。
 なかでも特に、その瞳がキツい。切れ長の目に浮かぶ黒瞳は、冷たすぎるまで
に澄み渡り、傲岸なまでに周囲を威圧していた。
『はい、早いほうがよろしゅうございます』
 と、先程の報告をした女性。その声は、〈泥眼[でいがん]〉の面から流れ出し
ていた。
『……で、誰が出んだよ?』
 〈泥眼〉の言葉に応じたのは、〈小面[こおもて]〉の面だった。歯黒の隙間か
ら流れてきた声は、20歳くらいの女のそれだろうか。どこか投げやりな調子が
あった。
『場所からいきますと……涼皇[りょうこ]さまがもっともお近いのではないでしょ
うか』
 オズオズとした調子で発言したのは、〈若女[わかおんな]〉の面。こちらは17、
18歳くらいの女の子だろう。発音に育ちの良さがにじみ出ている、そんな声で
ある。
『……ふむ、百合子、おぬしは妾に出やれ、と申すのか? 未熟者の尻拭いを、
この妾にせよ、と?』
 今度は〈深井[ふかい]〉の面だ。言葉遣いは古風……というより時代錯誤の感
があるが、声そのものはハキハキとして若々しい。たぶん、声の主は未成年だろ
う。生まれつき人を使役することに慣れている、そんな人間特有の、強者の響き
があった。
『あ、いえ、その、ち、違うんですッ。あの、別にその……』
 名前を出した女の子――〈若女〉――が慌てて応じる。
『別に違わないわよ。涼皇さんでいいんじゃなくって?』
 そこに割って入ったのは、〈増女[ぞうおんな]〉の面。声の感じからして、20
代半ばぐらいだろうか。
『もう、早く決めませんこと? わたくし、実はまだ、調伏中なんですのよ』
『ほう……どうやら、難渋しておるようじゃの』
『誰が難渋してますのよ! こんな妨害が入ったからですわッ』
 感情剥き出しの声。〈増女〉の主は、どうやら激情家らしい。
『へえ……アデルさんよ、どんな状況でもヤれてこそプロじゃないのかい?』
 揶揄するような〈小面〉のツッコミ。
『うるさいですわよッ、牛乳[うしちち]娘!』
『だ、誰が牛だよ、テメエッ』
『……な、夏音[なつね]、押さえて、押さえて』
『ほう、なかなかに的確な表現じゃな』
『涼皇ッ、てめーまで言うかッ!』
 本殿にいる女性が、そこに割って入った。
「……静まれ」
 淡々とした命令。舌戦は、それでピタリと止まった。
「この件は、涼皇に任せる」
 明快な断定。それですべては決した、用が済んだとばかりに、『御意……』と
咲弥。『ちッ……んじゃな』、これは夏音。『あの、そ、それでは失礼します』と
百合子。『まったく、時間のムダでしたわ』、これはアデル。
 能面たちが木床に落ちる。まるで、見えない力が消え去ってしまったかのよう
だった。
 しかし、ただ一つ、〈深井〉の面だけが宙に浮いていた。しばしの沈黙の後、
面は言葉を紡ぎ出した。
『……神威[かみい]。おぬし、謀[たばか]りおったな』
 呼びかけられた女性――神威は、ただ黙って、能面を見つめた。
『九条の娘では、あそこに憑いたヤツに勝てぬ。それぐらい、おぬしは分かって
おったはずじゃ』
「……それで?」
 神威の切り返しに、涼皇がしばらく間を取る。
『儂には、別にどうでも良いことじゃ……澪と言ったかの? あの娘がこの稼業
を甘く見ておったという、ただそれだけのことじゃからな。
 だが、気にかかる点もある……今、おぬしの方針に異を唱えておるのは九条家
だけじゃったな』
 神威は何も答えなかった。底冷えのする瞳で、〈深井〉の面をただ見据えてい
る。
『おぬし、いったい何を焦っておるのじゃ?……おぬしの遣り方が悪いとは、儂
は思わぬ。思わぬが……モノには限度があるものじゃぞ。それを知らぬおぬしで
はあるまい?』
 相手が無言を守っていることに、糾弾者はやや疲れを覚えたらしかった。吐息
のような音。
『そんなに……姫と早く会いたいのか?』
「…………」
 神威の、鋭角的な眉が微動した。
『――図星、のようじゃな……あのおぬしが、そんな情を抱くようになるとはの』
 ここでまた、ため息。
『なればもっと自制すべきだと、儂はそう思う。
 ……姫の優しさは、おぬしも良う知っておるはずじゃ。己を復臨させるために、
おぬしが誰かを犠牲にした――それを知れば、姫はおそらく、苦しまれると思…
…』
 それは、千分の一秒単位の出来事だった。
 神威はあっという間に、腰にさしていた脇差を抜き放ち、居合抜きのような刀
さばきを見せて、その切っ先を〈深井〉の眉間あたりに突きつけていた。
「他言無用だ、良いな」
 見えない白刃を擦り合わせているかのような緊張感。
『……儂には、どうでも良いことじゃ。話すつもりなど、最初から毛頭無いわ。
 じゃが、これは忠告しておくぞ……おぬしが「した」という事実は変えられぬ
し、そしてまた……己自身という目撃者からは、永久に逃れられぬのじゃぞ』
 言うなり、能面は地面に落ちた。木床とぶつかり、驚くほど澄んだ音が反響す
る。
「……わかっている」
 誰にともなく呟くと、神威は刀を鞘に収めた。鍔と鞘が当たって、室内に金属
音が響きわたる。
 それはとても――寂しげな音色だった。



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――――――――
   ●S−2 S県神室市立第7公園内廃屋(=旧更衣室)
        †7月20日 午前4時51分 

 ……けだるげに瞼を開ける。深呼吸を3度。まだ全身が火照り、疼き、そして
蕩けていた。いつの間にか、気絶してしまっていたらしい。
 澪は再度、肩で大きく息をした。その拍子に、汗と粘液とが、桜色に染まった
ままの柔肌を滑り落ちていく。ネットリとした触感。ああ、と声を漏らしてしま
いそうになった。
 起き上がろうとして、四肢に力を入れる。しかし、意志と器官とが断絶してい
るみたいに、うまくいかなかった。ごろん、と横転するのが精一杯だ。体移動に
応じて、ネチャ・ヌチャという、もうなじみの音が聞こえてくる。
 仰向けになったところで、彼女はぐったりと四肢を伸ばした。背中に感じる媚
液のヌルヌル感。それがこの上なく心地よい。風呂垢のような腐臭も、今は頭と
下半身を痺れさせる、特殊な誘引剤に思えていた。
(……あれから…アタシ…いったい…何回…イカされたんだろう……)
 すでに、そのほとんどを覚えてない。「こんなの初めて」と言うような悦楽に、
見も世もなく痴れ狂って、恥も外聞もなく果てた。
 果てた後で荒い息をついていると、その直後にまた、前回以上のアクメに昇り
詰まされる。その繰り返しだった。押し流され、翻弄され、蕩け溺れさせられ……。
 これが、「女である」ってコトなのかしら……澪はぼんやりと思った。
 これほど濃密に喜べたことなど、今まで一度もなかった。肉体と意識のすべて
――女であることのすべて――が、官能の大音響を奏でてくれた。このエクスタ
シーに比べれば、他のどんなものも色褪せる。
 女体の蜜味。彼女はそれらを、無意識的に反すうしていた。腐肉臭に満ちた空
間のなかで、思考がゆっくりと爛れていく。これから、アタシはどうされるんだ
ろう、どうなるんだろう……。
 不意に、澪は視界を塞がれた。
「……あッ」
 床から生えてきた魔手が、目隠しをしてきたのだ。周囲が一瞬にして、闇に閉
ざされる。対処する間もなく、彼女は続いて、その四肢をガッチリと拘束された。
【ケケケ……ずいぶんと立派な乱れぶりだったナァ】
「…………」
 否定の言葉を述べる気には、無れなかった。そう、その通りよ。アタシはよが
り悶えた。すすり泣き、淫らに喚き、全身で悦んだわ……。
【これで分かっただロ? オマエらがどんな生きモノなのか、ってことがナァ】
「……ど、どんな…生き物……」
【まァだ認めねェのカ?……それとも、分からねェフリをしてんのカァ?】
 侮蔑的な鼻息と、嘲るような笑声。
【それじゃ、教えてやっカァ。ケケケ……もう2度と、そんなカマトトぶりなん
ぞ、できねェようにしてやラァ】
 下卑た笑い。自尊心をヤスリがけしてくるようなそれが、フェイドアウトして
いくかのように遠ざかっていく。
(……お、教えてやるって……)
 澪は混乱していた。
 唐突にもたらされた暗闇の世界。視界を完全に塞がれてしまった以上、今の彼
女は他の識覚に依存するしかない。澪は耳・鼻、そして皮膚感覚を研ぎすませた
……いや、研ぎすませるよう仕向けられていた。
(…………!)
 右腋のあたりに何かの存在を感じる。皮膚感覚を通して、彼女はそれを確認さ
せられていた。感じからいって、それほど大きくはない塊だろう。温度は熱くも
冷たくもなさそうだ。
 やがて、その何かは澪の身体に肉迫して来た。腋の下でしばらく停止し、「い
つでもオマエに触れるんだぞ」と脅しているかのごとき行動を取ってから、ゆっ
くりと移動し始める。
 右腋から左腋へ。感じやすい柔肉の連山を飛び越え、そして首筋に沿って耳か
ら頬へ。決して触ってはこないが、しかし、いつでも弄べるのだと、その塊は無
言のうちに威迫してきた。
 じんわりと染み込んでくる異物感と存在感。それらが、彼女の精神をかき乱し
てくる。ああ…来る…もうすぐ来るわ…神経をもみほぐされるような、あの快感
が…もうすぐ来るんだ……。
 産毛が逆立ち、鼓動が早まる。体内に生じている焦りを吐き出すみたいに、澪
は何度も深呼吸した。そのたびに、美巨乳がブルン、ブルン、と揺れる――何も
されないうちから、女の双丘は早くも、緊張し始めていた。
 「何か」はゆっくりと、顔の上空を漂っている。触ったりなどせず、ただ存在
感を誇示してくるだけ。美顔の周りを何度もうろついてから、それは肉体の正中
線に沿って、ゆっくりと下り始めた。大胸筋のはざまを通り、へそのくぼみを越
え、そして下腹部へ……。
「……な、なに…よ……」
 澪は思わず、呟いていた。
 彼女の胸に湧き上がっているのは――不安感だった。これからどうなるのだろ
う? いや、どうされてしまうのだろう? これからの展開が、いやがうえにも
澪の頭を過る。どう責められる? どう嬲られる? どう弄ばれる……? 
「……な、なによ…なんなのよ……」 
 湧き上がる感情に急き立てられ、叫ぶような声が口をついた。拘束を受けてい
ない首・腰・てのひら・爪先などをモゾモゾと動かして暴れる。それは反抗とい
うよりも――胸郭内で膨れ上がる、性の妄想を追い払うための行動だった。
「…なんなのよ…なにしようって言うのよ……」
 細胞のひとつひとつにまで刻み込まれた、喜悦の痕。何度も昇りつめさせられ
たという痴憶が、いやが上にも蘇る。もうすぐ、撫でられてしまう…もうすぐ、
縛られてしまう…もうすぐ、揉まれてしまう…もうすぐ…もうすぐ…もうすぐ……。
 振り払おうとしても駄目。抑えようとしても、歯止めが効かない。記憶が妄想
を産み、妄想が記憶を刺激する。澪は今や、事態をハッキリと自覚した――心を
犯されている! 膨れ上がる妄想を吐き出そうと、闇雲に声を出していた彼女だっ
たが、
「一体、なにしようって……もういいかげ……」
 それもできなくなった。澪の口腔に突入してきたものがあったからだ。
(んぐうぅぅッ……うぐうぅぅッ……)
 闖入者はあっという間に喉まで達し、魔斬師の発言を封じこめた。
  生ぬるい温度。ヌルヌルとした触感。饐えた肉のような匂い。筒のような形。
どうやら、この部屋を覆っている疣――淫魔の一部――が、今度は触手状の形態
を取って、襲いかかってきたらしい……。 
 発声しようとしても、何の音も出せない。また、口を塞がれたことにより、澪
は軽い呼吸困難を覚えていた。知らぬ間に顔が赤くなり、全身に軽度の緊張が走
る。
 これからどうなるというのだろう……精神を「不安」という暴君に支配されそ
うになったそのとき、淫魔が動いてきた。
 ヌルリ。
「……ッ……!」
 右足の親指と人差し指の間を、触手らしきモノに膝行られる。
 澪は一瞬、気絶しそうになった。末端部からの刺激。しかしそれは、信じられ
ないようなスピードとパワーとをもって、彼女の脊髄を駆け上がってきたのであ
る。
(……なんで、こんなのに感じちゃうのよッ)
 緊張から解放されると、澪は心で叫んでいた。
 哀れな魔斬師は、自分の感覚器官に起きている意識下の「汚染」を、まだ自覚
していなかったのである。今の澪の感じやすさは、淫魔によって醸成された、い
わば性の罠とでもいうべきものであるのに。
 ヌルリ。左の指の間。澪の巨乳が大きく上下動する。ヌルリ。続いて、右手の
指間。美体が軽くはねた。ヌルリ。そして左手の掌……そのたびに、頭の内側に
閃光が走る。
 「無感覚」という状態に、人の意識は耐えられない。それがどういう性質のも
のであれ、人は常に、外界からの刺激を必要とするのだ。
 視覚の遮断と思わせ振りな威迫とによって、「無感覚」と「不安感」とを高め
られていた澪の意識は、ほとんど反射的に、淫魔の責めを受け入れていた。彼女
の識意下の部分は、むしろ貪欲に、それを受け取ろう、味わおうとすらしていた
のだ――この積極性こそが、今の魔斬師の「感じやすさ」の原因だった。
 やがて、触手たちは遠慮をかなぐり捨て始めた。足の指の間をヌメヌメと這い
ずり回り、手の指にヌルヌルとまとわりつく。
 ネットリとしたこそばゆさ。痒みにも、また、くすぐったさにも似た性感が、
四肢の末端から絶え間無く伝えられてくる。
(ああッ……い、いやよッ。こんなの、イヤッ)
 澪は暴れた。四肢をつなぎ止めている拘束から逃れようと、全身の力を振り絞
る。
 しかし、それが無駄な努力であるということを、誰よりも彼女自身が分かって
いた。案の定、澪は手足を微動だにすら、できなかった。触手どもにただ、這い
ずり回られるのみ……。
 そしてもちろん、貪欲な触手たちが、末端を撫でさするだけで満足しているハ
ズもなかった。足の指にまとわりついていたモノは上へ、手の指についていたも
のは下へ、それぞれ移動し始める。
 前者は、足指から踵、踵からふくらはぎ、ふくらはぎから膝の裏へ。後者は手
指から手の甲、手の甲から肘、肘から肩へ。
 それと共に注がれてくる、女体の内側にしみこんでくるような淫痺。熱い刺激
が女の大事な部分を目指して、ゆっくりと這いずってくる。
「……ッ!……ッ!……」
 澪はもがき、暴れた。こんな、こんなの、まるで拷問じゃないのッ……声を出
したかったが、口を塞がれている彼女にできたのは、荒い息を漏らすことだけ。
 すると触手たちは、澪の拒絶に反応したかのように、その進行を止めた。
  とはいえ、彼女のことを思いやってくれたワケでは、全く無い。生ける責め具
たちは、獲物の膝裏と腋下とを、ゆっくりと愛撫し始めたのである。
(……ンふぅ…ふッ…ふ、ふひッ…ふあああンッ……)
 ペチャン・ニュル…ヌル…ヌニュルルル・レロン。
 この肉責めを、なんと表現したら良いんだろう? 撫でられている、というの
とは違う。媚液を使ってのローションプレイとも違った。もちろん、単純に舐め
られているのでもなかった。
 それらの責めに潜んでいる「女泣かせの要素」を抽出し、手加減なく混ぜ合わ
せた痴獄の嬲り――とでも評するのが、もしかしたら最適かもしれない。
 触手に這われるたびに、澪の全身は小刻みにバウンドした。うなじが総気立ち、
目の端に涙が浮かぶ。意識と理性とが酸食されていくのを、今の彼女はただ、黙っ
て体感するしかないのだ。
 不意に、腋の下で踊っていた触手たちが澪から離れた。女をホッとさせたのも
つかの間、弄虐者たちはいきなり、獲物の両耳を撫で上げる。
「……ンンンッ!」
 澪はくぐもった呻きを漏らした。触手によって耳朶をさすられ、耳の裏側まで
撫で回される。隠れた性感帯を苛まれて、弾けるように込み上げてくる肉悦。
 触手は耳孔を犯すかのごとく、その窪みに数度侵入すると、顎の線にそって滑
り下り、首筋をネトネトと伝い始めた。
 一方、膝の裏にいた魔の性器たちも、ゆっくりと上進し始める。その凌辱範囲
を脂の乗った内腿へと変え、彼らは女肌の肌理を味わうかのように、チロチロと
愛撫した。その身にまとわりつかせている粘液を、白い腿になすりつけていく。
(……あああッ、い、イヤぁッ…こ、こんな…こんなのイヤぁッ!)
 叫びたい。澪は痛切にそう思った。嬌声でも喘ぎでも、嗚咽でも忍び泣きでも、
何でもいい。とにかく、この状態に対し、何らかのリアクションを呈しておきた
い。おきたいのだが……。
 上半身を蛇行していた触手たちは、首筋に続いて鎖骨の稜線をなぞった。鎖骨
のくぼみをほじくるように嬲ってから、胸の手前で停止する。乳丘のふもと付近
で、彼らは何かを待っているようだった。
 他方、内腿を愛虐していた触手は、両足の付け根にまでたどりつくと、不意に
女体から離れた。
(……つ、次は……ど、ドコに…ドコに来るのよぅ……)
 すぐにも女の急所を犯しにくるのではないか? 澪はそんな、不安と期待を張
り合わせた予想を抱いた。女肌をうっすらと色づかせながら、鼻で深呼吸を繰り
返す。
 しかし淫魔の性謀は、歯痒さを覚えたくなるくらいに、ゆっくりとしたものだっ
た。足を嬲っていた触手は、今度は、両脇腹に着陸してきた。そこからジリジ
リと、毛虫の這いずりみたいな動きでにじり上がってくる。
 ここまで来て、彼女はついに、触手たちの目標が何であるかを悟った。悟ると
同時に、絶望的な気持ちに襲われる。ヤツらは、アタシの双乳をいびり倒すつも
りなんだ……!
 淫魔によって開発され、調教され、徹底的に開花させられた、女の象徴。感じ
やすくなってしまったこの柔塊を、触手どもは蹂躙しつくそうとしているんだ―
―そう思っただけで、澪の鼓動は更に早くなっていた。艶体の内側に熱こもり出
し、吐く鼻息が温度と湿度を増す。
(……ああ…そ、そんな…い、いや、いやああッ……)
 下からの触手たちも、ついに肉房のふもとへ到着した。合計4本、左右それぞ
れ2本の責め部隊たちは、鴇色の頂点を中心にした直径上の両端にて、弄嬲のス
タンバイをする。
 ヌチャリ。
「……ッ!……ッ……ッ!」
 4人の淫獄案内人たちは、それぞれ時計回りに動き始めた。それまでのように
先端を這わせるのではなく、まるでヒモのように、触手全体が伸びていく。触手
たちは相方のスタート地点にまで達すると互いにカラみ合い、大きな円を形作っ
た。
 そのサークルにより、澪の巨乳は麓から縛り上げられる。さんざんこねくり回
されて、以前よりもボリューム感を増した感のある乳丘。女の果実は触手緊縛に
よって、そのムッチリとした量感を更に増した。乳肌の表面に静脈が浮き上がり、
勃ち始めていた乳首が、その存在感をより強く訴える。
(……ふわ、ふわァァ…ふわああああァァァッ……)
 「女」を抑えつけられた――そんな感じだった。胸からもたらされる性喜の呪
縛。「巨乳は感じない」なんて、ウソだったんだ……。
 ムニュ・ムニュと、触手が麓部分を絞ったり、揺すったり、ひねったりしてく
る。澪はそれだけで、官能の火種を吐き出すかのように悶えた。責めに合わせて
首をすくめ、肩をすくめる。乳房がますます張りを増し、乳輪が膨れ、桃柱がい
きり立った。
 ベチャリ。
 そこへ、新手の触手が舞い降りてきた。
 右果に淫着した侵乳者は、ブルブルと震える肉峰を、ふもとから頂上にかけて
一気になぞり上げる。軽く圧しをかけ、その柔らかさと弾力とを確かめつつ、ネッ
トリと愛撫した。
「…………ンンンンッ!」
 色違いの部分にはまだ触れられていなかったが、しかし澪のバストは、それで
も充分すぎるほどの悦楽を生み出してくる。
  続いて、左も侵乳された。ヌチャリ。彼女の手足の指が、何かをかきわけてい
るみたいな動きを見せる。間を置かずに、また右。ヌロン。そして左。ペチャリ。
しばらくそれが繰り返される。
 やがて、魔の弄乳者たちが増え始めた。ヌチョ・ベチュル。澪を追い立てる触
手たちは、刻々とその数を増し、今や16本にも達していた。
  左右それぞれ8本の責め具。それらが、
(……うあンッ…や、ダ、ダメッ…ダメェッ…あ、あふぅッ…し、搾るのは…や、
やめてェッ…)
 ふくらみの中に詰まった何かを搾り出すように、残酷に蠢く。彼らは多方向か
ら加圧することにより、女の象徴を融通無碍に変形させていた。
「……ンッ!…ッ…ンッ…ッッ!…ッッッ……」
 胸の奥で爆発し、そして背筋を駆け上がってくる官能の熱波。彼女は赤みがかっ
た髪を振り乱し、身体の動かせるところはすべて動かして、痴れたように見悶
えた。
 溶けちゃう――今の澪には、その予感があった。双乳をこのまま嬲られ続けれ
ば、自分の自我は間違いなく、溶けてしまうだろう。そうなったら、自分はどう
なってしまうのだろうか? 
 痴れていく頭の片隅で、かつて自分が助けた女たちのコトを思い出した。淫魔
に貪り尽くされた被害者たち。哀れな彼女たちは……もはや、「女」とは呼べな
かった。
 では何なのかというと……「牝」だった。それも、下に「奴隷」という単語を
付けるべきだろう。彼女たちは、火照った身体を慰めるためにどんなことでもし
ていた。知性も矜持もなく、ただ発情し、欲情し、快楽に溺れ蕩けていた。あ、
アタシもあんなふうに……。
 グニッ・ムニッ・グミュッ。
 触手の搾乳運動から、遠慮が次第に消えていく。ふくらみの構成因子である乳
腺をより分けようとしているみたいな、容赦のない加圧。
(……あうッ…ううッ…んくぅぅぅッ)
 痛みにも似た疼きが、濃密な性の甘みへと変貌していく。さんざん思わせ振り
にされ、たっぷり心を汚染され、そして長々と焦らされ続けてきた澪は、すぐに
も高みへたどりつきそうになっていた。
 霞がかった瞳の端から、ゆっくりと涙がこぼれ落ちる。柔丘の内部から噴き上
がる本能のうねりが、今や全身の主導権を取ろうとしていた。
 鼻息がせわしなくなり、うめき声が透き通る。背筋が反って、腰が浮き上がる。
女の果てへとたどりつきかけていたのに――
「……ン…ッ…ンンンンンッ……ッ?」
 突然の中断。触手たちはいきなり、悦楽の発信源から離れていった。
 昂ぶっていた情感が沈静化していく。彼女はゆっくりとした深呼吸を繰り返し、
予想もしていなかった展開に呆然としていた。一体、どういうことなのだろう?
 その疑問は、しばしの休憩の後、解消された。
 ヌルリ。
 触手たちはなんと、先程と同様、「手足の指から」嬲り始めたのである! 末
端の部分から中枢へと進む、まさに女体炙りのような責め。前回と全く同じコー
ス・全く同じ蠢き・全く同じ弄虐。つまりは、全く同じ痺悦。
(……ふあああッ…な、なんて…なんて……悪辣なのよぅッ……)
 子宮の奥をじれったくさせられる、あの、魔の時間の再現。その、泣きたくな
るような繰り返し! 
 むろん、完全なリピートではなく、違う部分もあった――澪にとって辛い相違
であったが。それは何かというと……彼女の女肉に蓄積されているモノがある、
ということである。
 先程、中途半端な形で抑えられた官能の高まり。それは燠火のように、澪の中
芯で燻っている。新しく付加される快美と、女悦の残滓とは瞬く間に化合し、彼
女の意識を前回より早く蕩かしてきた。
 それなりに耐え忍べていた「搾乳責め」。しかし今回は、それも5回を最後に
もう、数えることができなくなった。自意識の境界が歪み、正常な判断ができな
くなっていたのだ。
「……ッ…ゥッ!…ゥゥッ!…ッ…ッ…ゥゥゥッ!」
 美体をあられもなくビクつかせる澪。その双眸からは涙が溢れだし、まだ嬲ら
れていない第二の唇からも、悶えの印が漏れ出す。
  前回と違い、ほとんどあっけないくらい簡単に、彼女は昇天させられようとし
ていたが、
(……ああああ…あぁ?……な、なんで……も、もしかして) 
 触手たちはまたしても、山の頂上スレスレで引き返していった。
お預けにも似た状態を強制され、何ともヤリ切れない飢えを抱きつつ、しかし澪
は、絶望的な疑いを抱いていた。
 そしてその疑いは――悲惨なまでに「真」だったのだ。触手たちはしばらく間
を取ってから、指先の愛撫へとまた戻り、そこからネトネトとした侵虐を繰り返
し始めたのである。
(……くふぅン…こ、こいつ…あああッ…ぜ、絶対に…あ、アタシをイカせな…
いつもり…ふああッ…なんだぁ……)
 彼女は、ついに淫魔の狙いを悟った。
 ヤツが画策しているのは、「悦楽の生殺し」だ。真綿で首を締めるように、性
的な焦らしで女の心身を染める。胎内に湧き溢れる欲情で、嬲り墜とす。女にとっ
てこれほどまでに辛辣な加虐が、他にあるのだろうか? 
 案の定、3回目も全く同じであった。昂ぶらせるだけで昂らせておいて、最後
までは連れていかない。そして昂ぶりが消え去る前に、また弄辱する。
「……ゥゥゥッ……ンーッ、ッッ、ンンーッ……!」
 今や、澪は泣き喚いていた。目から涙を流すだけでなく、触手を突っ込まれて
いる口の端から、間欠泉のように涎を噴き上げる。
 女体全体が、もうどうにもヤリ切れなかった。さんざん弄ばれている胸は、特
に爆発しそうにすらなっている。淡紅色に染まった柔球は、血管の筋をハッキリ
と浮かび上がらせ、突かれたら破れてしまいそうですらあった。
 これ以上ないというくらいに勃起し、小石のようになっている乳首。痙攣して
止まない艶腰。濃厚すぎるメス臭を放ち始めている秘裂。全身が官能の奔流に呑
まれ、救いを求めてのたうっている。
「……ーッ、ーッ、ーッ!…ン、ッ…ンンンッ!……」
 叫びたい。澪は痛切に願った。
 「話す」は「離す」につながり、「離す」はそのまま「放す」へと発展する。
この狂いそうな性感を、声にして訴えられれば、音として吐き出せれば、胎内で
荒れ狂うる淫らの津波を、ある程度軽減できるかもしれない……。
 だがもちろん、触手がその意向をくんでくれるハズもない。ズッポリと喉奥に
まで潜りこみ、彼女から発声という解放手段を奪っているだけでなく、ヤツは女
の口腔内も蹂躙していた。舌や上顎や喉をくすぐるように、あるいはひっかくよ
うにこすってくる。
(……あ、あ、あひぃィッ…ひ、ひああぁッ…も…もお…ダ、ダメェ…た、助け
て…助けてよぅゥッ……)
 「焦らし責め」が、そのリピート回数をフタ桁に乗せたとき、澪はもう、ただ
の惑乱した肉人形と化していた。呻きと泣き声、涙と涎とを垂れ流し、ただただ
泣き喚く。なんと、鼻水まで垂らし始めていた。
 それはまさに――「至高の快楽」にして「地獄の拷問」だった。不可逆の一方
的な翻弄と、絶頂寸前での足止め。数回くり返されただけで、女肉の内側には、
はけ口を失った悦びがあふれ出す。それを彼女は、もう十何回と繰り返されてい
たのである。
(……ふああ、ああッ…く、狂う…ふひィッ…ひ、ひあッ…あ、アタシ…く、狂
っちゃうよぉぉォッ!)
 彼女が魂まで屈服し、女の脆さにむせび泣き始めたとき、
【ククク……オマエが今、何を欲しがっているのカ……ま、その悶えっぷりを見
りゃ、よーく分かるヨ】
 淫魔が声をかけてきた。
【イカして欲しいだロ? その親指みてェに膨れ上がった乳首を、グニグニと押
し潰してもらいてェだロ? グチョヌレになったマ○コを、ベロベロと舐め回し
て欲しいだロ?】
 嘲るような嬲り口調。
【ケケケ。ま、一番手初めにやって欲しいのは、声を自由にしてもらうコトだろ
ナ、ちがうカ? 思いっきりヨガリ声を上げてみたいんだロ? 喘ぎ喚いてみた
いんだロ?……自分がどんな恥知らずの牝犬かを、思う存分告白してみたいんだ
ロ?】
 言うが否か、淫魔は澪の口を貫いていた触手を引き抜いた。
「ふああああっ…あひッ、ひ、ひあああッ」
 久しぶりに貰った自由。澪の声帯は、圧倒的なほどの嬌声を張り上げた。高く
透き通った、今にも泣き出してしまいそうな絶叫。それは切羽詰まった女の、嫋々
とした弱さに満ちていた。
「……あ、あふ、あふうぅぅぅッ…ふあ、ふあ、うぐぅぅッ……」
 しかし淫魔は、残酷な責め巧者だった。解放の悦びを味わわせてから、すぐに
澪の口へ蓋をする。
【ククク。白状できるってのは、幸せだったロ?……自分がどんな生き物なのか、
それがよく分かったカ?】
 思えばその質問から、この淫拷が始まったのだった。彼女は質問者に向かって、
聞き分けのよい児童のように、その首を上下動させた。もう分かりました。心の
底から認識しました。だから、だからお願い、イカせて下さい……。
【まあ、だいぶ聞き分けが良くなったみてェだが……こういうコトは基礎が大事
だからナァ】
 ゲヒヒ、という卑笑。
【まだ当分、学んで貰わねェとナァ】
「…………ッッッッッ!」
 その宣告が意味することの残忍さ。澪は命乞いをするかのように、「ンーッ、
ンーッ」と首を振った。
 だが、淫魔は……もう、何も答えなかった。
 ヌルリ。
(……いやあああああああああああああッ)
 緩慢だが激烈、激烈だが半端。そんな女殺しの責めが、再開された。



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――――――――
   ●S−3 S県神室市天神3−6−24 源流杖術道場
    †7月20日 午前6時19分

 ……沐浴を済ませた涼皇は、裸のまま奥座敷へと向かった。あちこちシミが浮
き出ている畳の上を、まだ濡れたままなのにズカズカと踏み締めていく。
 彼女はもう、19歳。「女の謹み」を覚えていても良い――いや、いなければな
らない――年齢だが、女所帯で育ってしまったせいか、こういう点に関してはか
なり杜撰なところがあった。
 チュンチュン、というスズメの鳴き声が耳にうるさい。次に聞こえてきたのは、
新聞屋か牛乳配達のそれと思われるバイクのエンジン音。そして、道場の方から
門下生たちの掛け声。いつもの朝の騒音だ。欄干から差し込んでくる朝陽が、は
したない格好をしている彼女の肢体を、柔らかく照らし出している。
  濡れたままの髪。肩までのストレートヘアーは、俗に言う濡烏色である。カツ
ラの材料にしたらさぞ映えるだろう。
  続いて、日本人と西洋人の中間にあるような体型。同僚である神威や夏音、そ
してこれから助けに行こうとしている澪とは違って、涼皇はグラマラスな方でな
かった――まあ、神威や夏音よりもグラマラスな日本人女性は、そうそういない
のだが。
 何も装飾の施されていない襖を引き、装束室へと入る。部屋の正面にあるのは、
青銅を磨き上げて作った旧式の鏡。彼女はその前に立ち、まず全身を見回した。
 痣や生傷の痕で一杯の女肌。肌の色は、都市人の日焼け肌と農村人のそれとの、
ちょうど中間色だ。涼皇は自分の、女にしては肌理の粗い皮膚を、じっくりと見
回した。
(……どれ、問題はないかの)
 経絡や気脈の上に何かデキモノなどができていれば、力が衰えている、もしく
は調子が悪い、そういう兆候である。これは簡単な、自分の身体状況のチェック
法であった。
 平均的日本人よりちょっと長いくらいの足・薄めの恥毛・形の良い、キレイな
臍・こぶりな、西洋の基準でいったらギリギリBカップという程度の胸――丹念
に検査し、確認を取る。
  クルリと回転して、今度は背面だ。ほっそりとしたうなじ・日本画向きのトル
ソ・そして、大きな傷のある双臀。こちらも、異常はない。
 続いて彼女は、鏡に顔を近づけた。
 広い前額の下で存在感を放っているのは、野球マンガのヒーローみたいな太眉
である。さらにその下に、理知的な切れ長の目が続いていた。淡紅色の薄唇を微
妙に歪め、涼皇は誰に言うでもなく呟いた。
「今日は〈四神[ししん]〉の相が出とるの……ふん、他人の番だと調子がいいよ
うじゃな」

  どうしてあのとき、この体調でいられなかったのだろう……。

  湧きあがってくる後悔。涼皇は乱暴に、腰巻きと裾除けをつけた。肌襦袢[は
だじゅばん]に袖を通し、白衣を羽織る。源流の白衣は、純粋な白ではなく、や
や萌黄色[もえぎいろ]がかったものだった。
  ヒュウ、と喉を鳴らして深呼吸をひとつ。紫紺の袴に手を伸ばす。そのとき、
背後の襖が開いた。
「あれぇ…りょうちゃん、どっかいっちゃうのぉ?」
「……姉者」
  涼皇の声がかすかに震える。
「えーっ、ずるいんだ、ずるいんだぁ」
  幼女のように笑いながら言う、双子の姉・涼香。
  その、無邪気と言うにはあまりにも痛々しい笑顔を見て、涼皇は思わず、涙し
そうになった。本当は、自分より能力のあった姉。優しく、強く、いつも自分が
憧れ続けた対象。その彼女をこんなにしてしまったのは……自分だ。 
  一昨年のことだった――姉は自分を助ける代わりに、淫魔に拉致された。そし
てヤツらに調教されて……一ヶ月後に救出したとき、姉は既に、淫乱の監獄に適
応してしまっていた。つまり、女としての尊厳など何もない、ただの欲情する肉
傀儡と化していたのである。
  それを治癒するには、彼女の意識を遡行させるしかなかった。「性欲」などと
いう言葉を知らない昔に戻すしか、それしかなかったのだ。
「いいえ、ズルくなんかありませんよ。お勤めに参るのですから」
  哀しい気持ちで笑いつつ、涼皇は姉の身体をかき抱いた。自分と同じ身長・同
じ体臭・同じぬくもり。この大切な半身を汚してしまったのは、他の何物でもな
い、自分の未熟さだ。だから……未熟であることは、それ自体が罪に値すること
なのだ。
「そーなのー?  たいへんだねぇ、りょうちゃんは」
「いえいえ、そうでもありませんよ」
  涼皇はにこりと笑いつつ、姉から離れた。姉のお下がりである袴を身につけ、
杖を手にする。本来ならば、姉の手に渡るハズだったろう聖武の具。宮工房が一
本だけ作った、杖状の〈神通刀〉である。
  涼皇は最後に、もう一度姉を抱きしめて、そのぬくもり味わった。
「……では、行って参ります」
  廊下を通って、玄関に出る。足袋をはき、侍従に火打ちをしてもらって、外に
出た。玉砂利が敷き詰められた庭を通り、門を潜る。
  外では既に、九条家の者たちが彼女の出立を待っていた。用意されていた車
に、彼女は無言のまま乗り込んだ。  



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――――――――――
   ●S−4 S県神室市立第7公園内廃屋(=旧更衣室)
    †7月20日 午前6時29分

 女は、壊れかけていた。
「……ンふぃ…ぃぃンふヒぃ、ひィ…ふ…ンふィ…ィィ……」
 魔斬師だった女は、今や毀[こぼ]れかけていた。
(……ああああああッ…イ、イカせてぇ…イカせてぇッ…イカせてェェッ!)
 澪の胸中に去来するものは、その飢えだけ。
  涙・涎・鼻水でグチャグチャになった、かつての美顔に浮かぶのは、ただ1つ
の情――「欲情」である。いや、彼女の現況を考えたら、「欲情」よりも「劣情」
と形容する方が、より的確だろうか。
 肉の内奥から溢れ出てくる、どうしようもない渇望。怒涛のごときその奔流に
押し流され、囚われの女魔斬師は全身を痙攣させつつ、泣き呻いていたのだ。
 女肌は、のぼせているかのように真っ赤。乳果は蒸しパンみたいに膨れ上がり、
乳芽も親指のようである。寸止めさせられているため鬱血している股間は、打撲
痕のごとく熱を帯びており、そして、その発熱に浮かされているかのように、秘
裂と菊門が開閉を繰り返している。
【ケケケ……苦しいだロ? たまらないだロ? 狂いそうだロ?】
 淫魔がニタニタと笑いかける。
 それに応じたのは、
「ふひぃぃぃッ、ふひ、フひ、ふヒッ…ふヒヒヒィィィ……」
 噴き上がるような吐息と、爆発しそうな涕泣。饐えつつある恥蜜の匂いと、漏
れてしまった尿のアンモニア臭。
 持てる回路をフルに駆使して、澪は哀訴していたのだ……解放してください。
この、悶えと焦らしの監獄から、アタシを解き放ってください。アタシを絶頂へ
導いて下さい……。
 淫魔の「焦らし嬲り」が始まってから、既に1時間が経過していた。哀れな女
魔斬師は、その間ずっと、エクスタシー寸前で足踏みさせられていたのである。
 これがどれほど辛く、残酷で、そして淫惨な仕打ちなのか――女もしくは麻薬
中毒者でなければ、その「本当」を理解できないだろう。
【……もう、身の程を弁え……おや? ケケケ、聞こえちゃいねぇみたいだナ】
 嘲笑する淫魔。
 実際、その通りだった。自分や外界がどうなっているのかなど、澪はもはや、
何も感じていなかった。感じるどころか、意識すらしていなかった。知覚や意識、
その全ての「起点」が、内側――満たされなさに対する恨みと餓え――に移行し
ていたのである。
 何も見えない、聞こえない。何も嗅げない、触れられない。できるのは欲する
こと、望むこと――それが今の澪にとっての真実であり、全部だった。アタシを
満たしてくれるなら、何だっていい。アタシを鎮めてくれるなら、何をしたって
いい……。
【ケケケ……では、告白して貰うとするかネェ……】
 口を塞いでいた触手が、引き抜かれた。涎と粘液とが溢れだし、頤を伝って、
肉床の上に新たな水たまりを作る。枷を外されたその穴から、涎に続いて飛び出
してきたのは、
「……い、イカせてェッ! は、はやくッ…はやくぅッ…イカせてよォッ!」
 あられもない絶叫。大音量の「屈服宣言」だった。
「あああッ、お、おねがいッ…おねがいだからッ、は、はやく…はやくイカせ
てェッ!」
 血走った目。勢いがありすぎて、所々どもってしまう声。しかし、なお足りな
いとばかりに、とめどなく湧き出てくる哀願――それらは、澪が抱えている(さ
せられている)激情の、その凄まじさを語って余りある。
【……やれやれ、半日も保たないとはネェ……以前捕まえたコトのある「杖使
い」は、一週間堪えてたってのにナァ……】
 淫魔は苦笑を浮かべた。ここまで簡単に堕ちるとは、彼も思っていなかったの
だろう。
「……はあ、ああン…い、イカせてェ…はやく、イカせ…あはンぁ…はやく、は
やく、はやくうぅッ!」
【まったク……頼むにはそれなりの……】
 言いかけて、淫魔は口を噤んだ。この獲物、もはやオレの言葉を聞いちゃいな
いんだったナァ……。
 その想像通り、女魔斬師は壊れたレコードよろしく、ひたすら懇願を続けてい
た。腰を振り乱し、唾を飛ばし、涙ながらに痴れ事を鳴らし立てていた。
【……どれ、そろそろ、昇天させてやるカァ……】
 ここまで来たら、もう充分だろう――凌辱者はついに、行動に出た。3本目に
太い淫根、澪の蜜穴の「体験者」を、スルスルと伸ばしていく。
 反り返ったエラと媚液を噴き出す疣とで武装した、女狂わせの肉器。美肉を貫
く獣の棒は、ゆったりとした速度で、目的地へ近づいていった。
【ケケケ、もう何の準備もいらネェだロ……ブチこんでやラァ】
 裂け目に擦り付けるとか、入り口付近を弄くり回すとか、そういう小細工をす
るつもりは、無いらしい。
 一突きする。
 それだけだ。その一撃がどれほどの快楽を与え、どれほど澪を崩落させるか…
…淫魔は鼻息を荒げた。
「……ふ、ふひぃ…は、はやく…はやくぅッ!…い、イカせてッ、
イカせてえェェッ!…い、イカせ……」
 ズニュッ。
「…………………!」
 来た。
 来た、来た、来た。
 ついに、ようやく、やっと来た! 待ち望んでいたものの到来。女魔斬師はと
うとう、それを実感したのである。
 まずは陰唇――もっとも露出した器官が、淫根の固さと熱さ、そしてその粘着
感を受け取った。続いて、唇が広げられる感覚。空しく震えてばかりだった筋肉
が、他律的な力で押し広げられる。
 入り口から順々に、内側の粘膜が押し広げられ、エグり潰され、征服されていっ
た。蜜穴が拡張させられ、満たされる。自分の内側から圧服させられていくこ
と……その、残酷なまでに甘い被虐感。
 そして最後――侵入者が、肉壁に衝突した。鈍痛にも似た、制御の効かない痺
れ。胃の腑の裏まで、その振動と恥痺とが走り抜ける。暴れ回る。駆け抜ける!
「ふああああああ……」
 抑えられ、せき止められ、撓められていた奔流。不自然に押し戻されていた本
能の溶岩流が、一気に流れ出した。女体だけが持っている穴から、ドロドロと煮
えたぎった肉悦が溢れだす。
 いや、「溢れる」などという、生優しいものではなかった。それは破壊であり、
粉砕であり、蹂躙だった。身体の部分・筋肉の1片・細胞の1つ・DNAの1塩
基までも呑み尽くし、熔かし尽くし、完全に蕩けさせてしまう――そんな、究極
的な充溢だった。
【ケケケ……見事なイキっぷりだナァ】
 貫かれた瞬間、澪は折れんばかりに背筋を反り返らせた。切れるのでは、と思
えてくるほど眦を見開き、顎関節を心配したくなるほどに大口を開け、髪の毛の
先まで硬直させて、全身で刺激を貪り食らったのである。
「……あああああああッッッ!」
 長い長い絶叫。ほとんど獣のそれに近い、何かに向かって吠えているみたいな
嬌声。肺腑の限りに声を搾り出した後に、ついに切望していた「頂き」がやって
くる。
(……ひ…ひいいい……い、イクッ…い、イクうゥゥゥゥッ……)
 遥かなニルヴァーナ。「無我の境地」と言って良いかもしれない高み。そこで
は一切が消え去り、今までの苦悶や艱難、さらには自分という自意識すらも洗い
流される。爆発後にもたらされる、完全な寂滅。
「………!…!…!」
 澪の女体が、ガクンガクンと蠕動する。続いて瞼が下がり、下顎が上がり、背
筋が戻った。想像を絶するほどのエクスタシーを味わった、彼女の肉と心はゆっ
くりと、その緊張を解きほぐしていった。
「……ああッ…アアッ…あッ…アアアッ…ああ…ふあああ……」
 焦らされ続け、そして昇り詰め――苛酷な上下動を果たした女魔斬師に、よう
やくの弛緩が訪れた。全身から力が抜けていき、解放感が零れていく。絶望的に
甘やかな脱力感は、まるでおだやかな水流のように隅々へ染み込み、行き渡り…
…
(……え?…あ、あ?………な、なに………なによ……?)
 肉と心が弛緩を取り戻していく。それつれて、澪の女体に――「悪魔的な変
化」が訪れた。じんわりと、だが確かに。ゆっくりと、だが不可逆的に。過ぎ去っ
たハズの悦びが、なんと、またもや満ち始めたのだ。
 それも、抵抗を許さぬ圧倒的な力強さで、である。あの奔流、女芯を毀つあの
淫撃が、再び溢れ出したのだ。
「……ふああ…ふ、あ…ふあ、あ、あ、あッ…アッあッアッ」
 Uターン。極楽なのか地獄なのか良く分からない「あの境地」へ、澪は強制的
に、逆戻りさせられたのだ。いったい、どういうメカニズムが働いたのか?
 放出量が足りなかった――それに尽きる。先ほどまで「焦らし地獄」に落とさ
れていた澪。彼女の美肉には、行き場を失っていた悦楽が、蓄えられ過ぎていた
のである。一度の爆発では決算できないほどの、あまりにも莫大な快美が出口を
求めて、ドッと殺到してきたのだ。
(……こ、こんなの…なんで、なんでこんな…こんなあぁッ……)
 肉が蕩けていく。
 心が溺れていく。
 痴れる。
 狂う。
 堕ちていく。底無しの「高み」に向かって、どこまでも堕ちていく、堕とされ
ていく!
「……あ、あッ…ふあッ…ふ、あ、あッ、あッ、あッ……」
 悦楽のリバウンド。予期せざるそれが、ついに、澪そのものを捉えた。彼女の
魂までも侵食し、破壊し、崩堕させた。

「……あああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」

 セルフ=コントロールを失って、女魔斬師は、情けなくも盛大に「失禁」して
いた。恥蜜まみれの尿を噴水よろしく噴き上げ、動物的に喘ぎ、断末魔のような
痙攣を繰り返す。
 しまりを失った澪の表情は、まさに夢遊病者のそれ。括約筋すら弛緩しきって
いた。彼女が脱糞せずとも済んだのは、出撃前に身を潔斎していたという、その
事前準備のおかげに過ぎなかった。
「……うあ、うあああッ…く、くる…く、くる…うあああッ…くる…くる、
くるぅぅぅッ」
 絶頂。
 それに続く硬直と痙攣。
 そして、脱力と弛緩。
「……ふはァ、ふはあぁ…ふはああ……あ、ひッ…い、いあッ…ま、また…あ、
ひあッ、ひああッ…また、また…ひいッ…また、また、またああああァァッ」
 オルガスムス――同じサイクルの繰り返し。
 頂きから奈落へ、奈落から最高点へ、最高点から淫獄へ……乱反射、女殺しの
リピート。
「……ひいッ、ひいいッ…ひ、ひッ…ひく、ひくうぅぅぅッ!」
 どこまでも。
 果てしなく、どこまでも。
 限りなく、果てしなく、どこまでも……。

――――――――――
 「凌辱し尽くされた」、そう評しても良いだろう。
 女魔斬師集団・〈神招姫〉の一員――九条澪。自分からココに乗り込んできた
というのに、彼女は逆に折伏され、撃壤されてしまった。のみならず、徹底的に
征服されてしまっていた……。
「……ふひぃ…ふはあ……あはンぁ…も、もっと…もっとぉ……」
 そこに居るのは――もはや、闘う女ではなかった。己の脆さに溺れ、肉の悦び
に蕩けるだけの牝獣。堕ちきった女の、卑猥で哀れな「成れの果て」。
【……これで、〈繭〉がまた1つ増えたナ】
 かつては天敵だった女を眺めやり、淫魔が小さく笑った。一人の女――それも
己を倒しに来た女――を、完膚無きまでに懾伏[しょうふく]させ、魂のかけら
に至るまで隷従させた化け物。女の胎内をエグり回す淫魔は、限りなく上機嫌だっ
た。



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   ●S−5 S県神室市立第7公園入り口
    †7月20日 午前7時03分

 車から降りると、馴染みの制服姿が近づいてきた。涼皇の会釈に略式敬礼を返
し、相手は現状の報告を始める。
「……付近一帯に、〈防疫警報[アラーム]〉を発しました。報管[=報道管
制]はレベルS。R500[=半径500メートル]以内に人間がいないことは、
既に確認済みです」
 女魔斬師は流暢な説明を聞き流しつつ、制服女をじっと凝視した。
 内閣情報調査室別室=〈防疫戦略局〉――通称〈イミュニティ〉――現場指揮
官。いわば、対淫魔対策実戦部門の、その陣頭に立つ人間だ。防衛庁情報本部」
上がりという、胡乱な「背後」を感じさせてやまない女だが、有能であることは
確かだった。
「では、〈ブラーム警告〉を吹き込んで下さい」
 女が涼皇の前にレコーダーを差し出してきた。
 〈ブラーム警告〉とは、正式には〈対アンノウン戦における一般条約〉のこと
をさしている。採択された地の名前で略されるそれは、対淫魔戦のさいに生じる
人的・物的損害の、その完全免責を戦闘当事者に認める、限界平時国際法であっ
た。
 それに口を近づけて、涼皇は決まり文句を述べる。
「2023615、戦闘管理責任者、3KJ、源涼皇・〈神招姫〉。ブラーム条
約免責条項該当の、無制限戦闘」
 記録されたD&D。火器をぶっ放す自衛隊・民間警備会社などと違って、〈神
招姫〉たち――〈神通刀〉(彼女の場合は杖)しか使わない――にしてみれば、
さして意味のない行為なのだが、約束事というヤツだ。
「警告、確認しました。続いて、〈イミュニティ宣言〉をマルナナマルハチから
発効します。また、本局からの公式要請として、〈蟲〉の生捕を求めます」
 スラスラと言って、踵を合わせる。軍靴特有の固い響き。
「以上、〈臨会〉終わります……お願いしますね」
 公式の会話が終わると、制服女がくだけた口調になった。
「……仕事じゃからな」
 涼皇は短く答える。
「そうですね……上のほう、特に三谷[みたに]室長が〈蟲〉の生け捕りに固執
していますけれど、ムリしないでください」
 そう付け加えたのは、たぶん相手の、同性としての優しさだろう。「分かって
いる」と言うように涼皇は頷いた。実際、〈蟲〉を捕まえたところで何の意味も
ないのだ。
(……ふむ……〈イミュニティ〉の中でも、アイツらの存在は秘匿されておるよ
うじゃの)
 女魔斬師は一人、胸のなかでごちた。
 今、各国首脳陣の間に流布している「淫魔の発生説」は、以下のようなもので
ある――今回の危事は、〈米国陸軍伝染病医学研究所[=ユーサムリッド]〉と
〈United States of Cross Force[=米国十字軍]〉とが共同開発していた生物
兵器・〈暴走蟲[アクセラー]〉による、バイオハザードだ……。
 「Pax Americana」への潜在的憎悪をついた、実に納得しやすい説明。実際は
……単純さという観点からいけば、まあ同じくらいなのかもしれないが、もっと
根が深い。
「……では、行くかの」
 提杖[さげじょう]のまま、涼皇は歩き出した。武装した人波の間を、『十戒』
のモーセよろしく裂き分けながら、女魔斬師は旧更衣室へと進んでいった。

――――――――――
 濡れた吐息。牝獣の喘ぎ。肉と肉とがぶつかり、密着し、擦れ合う音。淫靡で
猥雑な、「行為」の調べ。
「……ひぐぅ、うふああン…はあン、ああンッ、あッ、んふあァあッ……」
 やはり、もうダメらしいな……同僚の淫声を聞き、涼皇は判定を下した。張り
詰めたものが、そこには何もない。
 ドアの前で右引落の構えを取り、小さく深呼吸した。
 続いて右逆手に構えてから、杖を後ろに引いて両手一杯に持つ。左足を踏み出
すと同時に、
「ふッ」
 打突。突かれた箇所から、「蒼光」が染み出した――〈神通刀〉を本当に使い
こなしているから、である。その原理をつかんでいない澪は、〈神通刀〉を「淫
魔を斬れるもの」としか、つまり物理的に凄い武器としか、見做していなかった
が――涼皇は、そうではない。
 ゆっくりと扉が開く。途端に押し寄せてくる匂いと湿気。獣の、魔の、牝の匂
い。顔色一つ変えず、涼皇はその中に分け入った。腐肉色に覆われた空間。
  しかし、女魔斬師が通った箇所は、そこに張り付いていたものが剥ぎ取られた
かのように、かつての姿に復元していた。コンクリートとプラスチックとが、久
しぶりに顔を覗かせている。
【……な、なんダ、おまエ?】
 肉の饗宴に耽っていた淫魔が、闖入者に対して驚きの声を上げる。
(……ふん、儂に気づいておらなんだとはの。このような輩に制されるとは……
九条の娘も、あまりに不甲斐ない)
 涼皇は、胸の中だけで呟いた。
 〈神招姫〉たちの実力差は、実はかなり激しい。涼皇の序列は、恐らく、夏音
と同格の2位くらいだろう。トップは言うまでもなく神威であり、その実力は群
を抜いていた。涼皇と夏音が協力して闘いを挑んだとしても、神威には勝てない、
と思う。
「儂か? 見ての通りのものじゃ。その娘、返して貰いに来た」
 ずいッ、と近寄った。床を覆っていた肉膜が、ジュワジュワと溶けていく。
【イヤだネ……コイツは〈繭〉にするんダ】
「別にくれてやっても良いのだが……頼まれとるのでな」
 杖をブンと振り回して、「右引落」に構える。
【……うン? オマエ、杖を使うのカ?……以前、俺らが〈繭〉にしたことのあ
る女と一緒だナ】
 涼皇の身体がピクンと動いた。何の色も浮かべていなかった表情が、あっぱれ
と思えるほどに一変する。太眉が逆立ち、口元に笑みが浮かんだ――凄絶、と形
容するしかない笑みが。
「そうか……お前『も』やったのか……」
 爆発間際の原子炉めいた声。
「……生け捕りにしてやろうかと思っておったが……」
 ギン。その視線が物理的な圧力をはらむ。彼女に向かってソロソロと近寄って
いた疣や触手たちが、視線だけで消されていった。
「……気が変わった」
 風もないのに、袴の裾と白衣の袖とが揺れる。まるで、風にでも煽られている
かのよう。

「殺す」

 涼皇が、杖を地面に付いた。鈍い音。その瞬間、まるでドミノ倒しでもしたか
のように、床面があっと言う間に変っていった。杖の落下点を中心に、そこから
放射状にして、肉の膜が消されていく。
【! GEGRUGUEE……!】
 淫魔が澪を放り出して絶叫した。今度は、ホンモノの絶叫だった。
【……う、うぐ…お、オマエェェェッ!】
 叫び混じりに吠える。膜の消滅が、それによって停止した。代わって、天井や
壁から、無数の触手たちが伸びてくる。ヒモ状のもの・棒状のもの、色々な分身
たちが唸りを上げつつ、女魔斬師に飛来した。
「ふッ」
 それらを、涼皇は気合ひとつで弾け飛ばした――女魔斬師に触れたそれらは、
瞬間的に蒸発していったのだ。杖を構えたまま、彼女はゆっくりと、淫魔に近づ
いていく。
「お前も……お前も〈Magi〉に憑かれたのじゃな……」
 熾火のような涼皇の口調。Magi――その名を口にするだけで、彼女の心は猛
る、憤る。
  ヤツに味わわされた、あの屈辱。この臀部につけられた傷を忘れた日など、一
日とてない。それに、何よりも……。
「……ならば、戮してくれる。魂まで滅し尽くしてくれる」
 唸ると、涼皇は杖を動かした。バトン=ガールのように軽やかな捌きで、本手
打を繰り出す。淫魔と杖が接触した瞬間、「蒼光」が爆発した。カメラのフラッ
シュめいた目映い光。
【GEGAGGEEAAGE!】
 テンプル=ショットを食らったボクサーみたいに、淫魔がガクンとくずおれる。
 打突部位がみるみるうちに膨れ上がり、そして爆発した。それに連動して、淫
魔の身体のあちこちが伸縮し、膨張と陥没とを繰り返す。まるで、ヤツの体内で
「光」が暴れまわっているようだった。人外の化け物が、呻きながらのたうち回
る。蠕動・痙攣、そして爆発。
 横たわってヒイヒイ喘いでいる淫魔に近寄り、涼皇は杖の先を上半身の心臓付
近に当てた。
【……や、やめェロォッ…お、オレは…ニンゲ…ん……】
「知らんな、そんなこと」
 逆手のまま握りしめた杖を、女魔斬師は一気に突き刺した。
【GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!】
 トドメ、だった。淫魔の身体の爆発がいよいよ加速する。各部がもげ、溶け、
そして消えていく。壁からも、天井からも肉膜が消えた。絶叫の余韻が消えてい
くにつれて、淫魔はゆっくりと、一つの形態を確保しつつあった。
 成年男性の姿、だ。
 年の頃は30代後半、小柄ながら筋肉質の男だった。その左胸に、杖が一本突
き立てられている。紫色した口のなかから、吐瀉物のようなあんばいで、何かが
はい出してきた。
 人間の握りこぶし大をした白い幼虫。肥満した蛆虫のようなそれが、〈暴走
蟲〉と呼ばれている件のものであった。〈イミュニティ〉たちはコイツを諸悪の
根源と見做しているようだが――コイツは、ただの「受信機」に過ぎない。
 とはいえ……涼皇は杖を引き抜くと、もう一度狙点を合わせた。一閃。丸々と
した蛆虫の、正中線に沿った一点に風穴をぶち開ける。
 言語化できない奇音を発して〈蟲〉が溶けていったとき、男の死体はその原形
を回復していた。
「ほう……有名人じゃったか」
 彼の顔を拝んで、涼皇が吐息を漏らす。かつて名ジョッキーとして名を馳せて
いた男だった。
 後は構わず、澪のほうに近づく。
「……ふあああン…も、もっと…もっと…ほ、欲しいのぉ……」
「はてさて……この娘、使い物になることやら」
 まだ痴れ狂っていることを確認すると、女魔斬師は遠慮の色など微塵もみせず、
澪の腹部に打突をいれた。相手を気絶させ、まるで汚いモノでも扱っているかの
ように杖の先にひっかけ、その刀を拾い、その場を後にする。
 
――――――――――
 一匹の淫魔が死に、一人の女魔斬師が堕ちた。 


====================================

【作者後書き】
 ここまで読んでくださった方、どうもありがとうこざいます。後書きなどなく

ても良いのですが、少しだけ。

 前もって宣言しておきます。この話は、ワン=パターンです。〈神招姫〉とし

て出て来た6人の女性、彼女たちが一人ずつ堕とされていくという――非ユーク

リッド幾何学で言うところの「ヒドいお話」です。
 これ以降は、今までのモノ(触手系?)に加えて、レズビアニズム(近親姦含

む)・ソフトSM・洗脳といった要素が加わります。「綾守視点ではニルヴァー

ナなエル=ドラドがシャング=リ=ラでヴァルハラっちなの」的世界へなだれこ

む……ハズです、たぶん。一般的な意味での「ポルノ色」が薄まる(今だって薄

い)かもしれません、ジュテーム。
 なお、次回はかなり間が開くと思います(と言うか、書けるのか?)。それか

ら、別に言う必要もないと思いますが、決まり事として――

『作中の用語・単語は全てフィクションであり、実在するものとは何の関係もあ

りませんし、あまつさえ、実在しないものもバカスカあります』

 そういうワケですから……「レイプで女性を喜ばせられる」と思っていたら、

それは大間違いです。どうしてもヤッてみたい、という方は、触手を生やせるよ

うになってからにしましょう(笑)。
  それでは、また。
                                                              綾守竜樹


====================================
【作者後書き2】
  第2版です。誤字・脱字・誤情報を訂正しました。また、全体の構成を考えて、
ちこッと変えました。そんなに変ってはいませんが、「違いのわかる人」にはわ
かるらしいです、そうだろ、ゴールドブレンド。

  違いが皆さんに伝わることを祈りつつ……。
=================================
綾守  竜樹[Tatsuki Ayagami]
E-mail: tsukasa@mtc.biglobe.ne.jp
=================================



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 ○第二章 魔斬師・涼皇の心蝕

――――――――――
   ●S−1 東京都千代田区永田町1丁目6−1 総理府6階
    †7月20日 午前10時29分

 熱意はあるが中身はない――無益そのものといった感じの議論が、時計の針だ
けを進ませていく。全く、トロいことですねえ……男は気づかれぬように、欠伸
をかみ殺した。
 さっきからうだうだと、酔っ払いのクダ巻きじみた繰り返しが続いている。や
れ憲法だ、やれ国家の威信だ、やれ男女間の秩序だ――「Unknownの襲来」と
いう非常事態に置かれている現今である。抽象的な議論よりも具体的な行動、そ
れも遅巧より拙速を是として動くべき時期のハズだ。
 なのに……
(まあ、日本[ここ]では……コレが流儀ですからね……)
 大した失望もせず、彼は今日4杯目のカップを傾ける。ドロリとした乳茶色が、
男にしては細い喉を滑り落ちていった。
 他の参加者に配られているのは、キリマンジャロもしくはダージリンなのだが、
彼のだけはヴァン=ホーデンであった。砂糖はスプーンで4杯、牛乳は人肌程度
に温めて。これらの点も、給仕係へ強く、強く義務付けてある。
(……ああ、アンパンも揃えて欲しかったですねえ)
 議題とは光年単位で掛け離れた欲望を、男は無責任にめぐらせた。
 更に欠伸をもうひとつ。「いかにも小役人です」と主張しているような、シャ
レっ気のヘタックレもない銀縁メガネを中指で押し上げたとき、バイブ機能にし
ておいた携帯が震えた。
「……あ、連絡が入りましたので、失礼します」
 にこやかに言い、了承を待たずに立つ。
 相手の意向を聞きもしない――というだけでも充分不躾なのに加えて、それは
会議中(会議絶対主義の政官界における会議!)で行われたのである。非常識ど
ころか、殆ど破戒的な行為であった。
 案の定、議長役を勤めている老人が、
「キミ、三谷君! 保全委員会の最中だというのに……」
 鋭い眼差しを投げかけてきた。
 確か、与党(野党だったか?)の、幹事長だか国対委員長だが党内総務だかを
勤めている男だ――要するに、三谷は男のことを良く知っていなかった。官僚の
一員でありながら、小役人顔の彼は犯罪的なまでに、人名や職名を覚えていな
かったのである……だって、覚えてどうするんです? 
「いったいドコからかね? キミの部局がまた、何かしでかしたのか?」
 そんな暗記力皆無の御仁は――
 内閣情報調査室別室=〈防疫戦略局[イミュニティ]〉の局長を拝命していた。
 正式な肩書でいうと、「内閣情報調査室第3別室〈防疫戦略局〉局長代行」。レ
点のひとつも打ちたくなりそうな、悪魔的長さである。
 言うまでもないことだが、イヤミを投げてきた老人――国家レベルの意志決定
機関に参加している要人――の、その名前すら覚えていない彼である。自分の統
括している部局や自分の肩書の、その正式名も当然、覚えていなかった……「局」
と「局長」で通じるじゃないですか? 
「……訂正して戴きたいですね、仕出かすのは私の部局ではなく、UNの皆さん
ですよ」
 三谷は笑いつつ、その目だけを細めた。仏像みたいな表情で携帯のパネルを眺
めやり、
「私の部下から、です」
「ほう、部下かね。君はいつもそう言うなあ……たとえ、ドコからかかってきた
電話であろうとも、ね」
「そうでしたか? あまり記憶力が良くないもので……」
 それには自信がある。
「……君は実にミステリアスだなあ、三谷君」
 老人が静かに笑った。レジメンタル=ストライプのネクタイが、小刻みに揺れ
る。
「君のポストは今や、日本の生死を預かる要席と言っていい……だがね、そこに
座っている君のコトを、我々は殆ど知らされていないのだよ。特に……その背後
関係に関しては全くといって良いほどね……」
「…………」
 さすがは古狸。三谷はそう、恰も他人事のように考えていた……ダテに駆け引
きの世界を泳いで来たワケではないようですね。おまえの動きは通信傍受[コミ
ント]している、とでも言いたいのですか?
 曖昧に会釈を返す。『慇懃無礼教本』があるとしたら、是非とも採用したい態
度だった。
「ふん、さっさと受けてきたまえ……では、1人抜けしまったが、委員会として
最終的な決を採りたいと思う……USCFからの提案に対し……」
 勝手に小田原評定をやってなさい。脳のなかだけで嗤って、彼は足早に部屋を
出た。移動しながら、
「私です」
 電話に応じる。
『……沙織です』
 政見放送に似合いそうな美声。防衛庁情報本部から引き抜いてきた、彼の側近
の一人だった。
『IN一〇三[インシデント=ナンバー・ヒトマルサン]についてS1[エスヒト]
臨告です』
「ありがとう……で、どうなりましたか?」
 答えながら、三谷はチェスト=ポケットに仕込んであるモノを作動させた。彼
が〈それ〉を持ち歩いていることは、イミュニティの局員たちも知らないことで
ある。おそらく、彼の上司も知らないだろう。
『目標消滅。蟲も消滅しました』
「……おや、捕獲しなかったんですか? 出張ってきたのは、神招姫の……なん
とかさん、でしたよね?」
『……コード=ナンバー3KJ。源涼皇さんです』
「ああ、その人ですよ。確か、女傑軍団[レギオン]のなかでもかなり上位にいる
方だと、そう思うのですが……」
 ポケットをチラリと覗く。

 〈窓〉は赤く光っていた。

(ふむ、マギさんだったのですか……)
 それじゃあムリですね。三谷は一人、納得した。
『おっしゃる通りです。しかし、相手が相手ですから……我々の想定や計算通り
には運ばないのではないか、と』
 頓珍漢な答えだ。彼は声を立てずに笑った。
 まあ、無理もないことである。沙織はあの、「人を超えたる御方たち」のコト
を知らないのだし……。
 それに、
(マギさんと涼皇さんとの因縁も、彼女たちは知らないハズですしね……)
 三谷は、アナクロな喋りをする「杖使い[りょうこ]」のことを思った――人の
名前を覚えない彼だが、特徴のほうはキチンと覚えている。
 源涼皇。あのシスコン娘にしてみれば、Magiは不倶戴天の敵であろう。自分
から「それまでの姉」を奪ったヤツ……さぞや恨みを込めて杖を振り回し、打ち
落ろしたことだろう。
「まあ、そんなところでしょうね。それで、捕まえられていた女[ひと]……ええ
と、なんとかさんは?」
『……6KJ、九条澪さんです』
「そう、その澪さんはどうしました?」
『九条家が引き取りました。九条側の対応を見たところ……榊家の娘を招集した
ようです。どうやら、〈研ぎ〉を施すのではないか、と』
「……そうですか」
 かなりの重症ということですか。三谷は暫し、黙考した。
 用意したプラン・張り巡らせた意図・引っかけた罠。無数の選択肢を先読みし、
ひとつひとつに判断を加えていった。
 結論、シナリオ通り。
(神威さんは、こちらの思惑に乗ってくれたようですね……)
 静かに満足する。
 今回のプランは、その一点にかかっていた。冷徹女、神招姫の代表者である八
幡神威(さすがの三谷も、その名前は覚えざるを得なかった)を引きずり込める
かどうか――その点こそが、最大の急所だったのだ。
 どうやら、うまく運べたようである。
(……あのお姫さまを押さえたのが、功を奏したらしいですね)
 「人型をした万年氷河」にも、人らしい情があった、ということか。この方向
で誘導していくことが、できるかもしれない。
「分かりました……後は、局に戻ってから聞きます」
 コミントされているとは思わないが、電波通信ほど漏れやすいものはない。更
に二言ほど言葉を交わして、携帯を切った。
 詳しい報告を入手したい。早いところ、局に戻りたいが……三谷はため息を漏
らした。不必要に効いている冷房が、寒いというよりも痛い。
(会議もどき……「男のプライド作りゴッコ」は、長いですからね……)
 その「ゴッコ」から中途退出してきた身である。すぐにも会議室へ戻らなけれ
ばならないのだが――彼はそこで、暫く立ちつくしていた。現状から将来を推し
てみる。

 現状:Magiが「囲み」を破った。
 将来:残りの2人も、何らかの行動に出る? 

(これは……近いうちに波乱が起きるかもしれませんね)
 無感動に思う。
 日本は今まで、淫魔の被害をあまり受けてこなかった(もちろん相対的に、と
いう意味である)。西欧諸国に比べれば、この国はまだ平穏を保っていたのだ。
 たとえばアメリカでは、31州で「女性隔離政策」が実行され、9州で「性的
分業政策」が施行されている。国民の半分に手厚い保護を施さないとならないよ
うな、そんな危機的状況にあるのだ。ヨーロッパでも、EU加盟国の殆どが「女
性疎開政策」を取っている。
 振り返って日本はどうか、というと――女性に「夜間外出禁止令」(淫魔には
別に、昼夜の別は無いのだが)を課しているのみ、であった。早い話、日本の社
会にはあまり変動が起きていなかったのである。
(まあ、日本の淫魔は……「スケベな自縛霊」みたいなもんでしたからねえ)
 西欧の淫魔は、至るところでランダムに登場し、加えて騎馬民族よろしく暴れ
まくる。いわば交通事故だ。日本のはというと、特定の場所に出現し、しかもそ
こから動こうとしなかった。譬えるなら食中毒みたいなものであろう。
 だから日本のヤツは、発生源さえあぶり出してしまえば良いことになる。その
周辺を警察力で封鎖してしまえば、後続の被害は防げるのであるから。後は頃合
いを見計らって、討伐隊を差し向ける――澪の派遣も、そういうシナリオに沿っ
たものであった。
 もちろん、これは根本的な対策ではない。後手に回っているのは否めないし、
大体、淫魔が現状のままで居てくれるという保証、西欧的に暴れまわらないとい
う保証など、ドコにも無いのだ。
「まさかのことを考えて、何らかの施策をしておきたい」
 というのは、政府関係者の偽らざる本心である。
(……でも、それは無理でしょうねえ)
 三谷は垂れてきた前髪を直した。直感に自分で合理を加える。何故なら……今
の日本は、世界経済の最終砦ですからね。
 未知なる敵との戦闘により、欧米の生産体制は事実上、崩壊していた。唯一
残っている経済大国――それが日本なのである。通貨安定力・工業生産力・物資流
通力、これら全てが極東の島国の、その双肩に乗せられていたのであった。
 つまり、だ。
 今の日本は、猫の手も借りたいほど多忙を極めているのであった――「狙われ
ていようと何だろうと、使える労働力をケチれるか!」。ある意味では歪んでい
る気もするが、ともかく、日本社会における女性の立場は殆ど、変化していない
のである。
(……しかし、ご両名まで動くとなると……そんなコトもいってられなくなるで
しょうねえ……)
 〈傀儡[マギ]〉だけではなく、残りの2悪魔までもが上陸してくる……かもし
れないのだ。被害は、指数関数的に増加するだろう。
 まあ、それも良い。三谷は、胸のうちで手を叩いた。仕掛けは既に、発動して
いる。誰がどう足掻こうと、その構造は小揺るぎもしまい。
 頷いて、会議室に戻った。扉を開けた瞬間、

	だから何だって環境ホルモンなんてモノを作り出しやがったんだ科学
	が悪いんだよ科学がいいや女が悪いんだそもそも女なんてモノは男の
	骨からそれはあちらさんの話だろうがだから米国[ヤツら]はあんな組
	織を作って……

 怒声と罵声とが押し寄せてくる。
(……また、ですか)
 三谷は脱力感に似たものを覚えた。
 どの発言を取ってみても、思慮のカケラも浮かんでいない。何かを生み出そう
とする発言ではなく、ただのオナニズム的言いっ放し。良くもまあ飽きもせず、
こんなムダなことに勤しめるものですね――彼は、ある意味で感嘆していた。革
張りの椅子に腰掛けながら、思う。
(さて、こんな情けない人たちが……)
 勿論、彼らはただの情けない人ではない。財力と権力とを持った、選ばれし者
たちである。
 とはいえ所詮、「ヒトの世界」という母集団からセレクトされただけ……。
(……あの3人……続ける数詞は「人」でいいんでしょうかねぇ)
 妙なことを悩んでから、
(まあ、便宜的にそうしときましょう……あの3人を……)
 口の端だけで笑った。
(……止められますかねえ)



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   ●S−2 S県九条町大木1−1 九条古稀堂
    †7月20日 午後0時03分

 ……悪夢を見ていたような気がする。
 長い長い悪夢だった。
 醒めて欲しいのに引きずりこまれ、かといって、そこで眠ってしまいたいと思
うと押し出される――そんな、中途半端なうねりだった。しかも時々、その半端
さが破られて、恐ろしいくらいの爆発へ繋ったこともあった。昇降と爆発、それ
が何度も繰り返されて……

 ――あの……澪さんが、覚醒めつつあるようです

 何処からか聞こえてきた声に誘われて、九条澪は目を開けた。
 霞んでいる視界に飛びこんできたのは、日本間の天井。風紋みたいな木目模様
と、藤のシェードを被った白熱電球――柔らかな陽光を受けている平面と球体と
には、どちらも見覚えがあった。
 ぼんやりと、自分の置かれた状況を把握し始める。感覚器官が情報を運んでき
た。見慣れた景色。鹿威しの音。張り替えたばかりの畳の匂い。ココは……
 アタシの家だ。
 家に戻ってきたんだ……澪はまず、その認識にたどり着いた。
 あのユーラシア大陸みたいな木目と、アフリカの太鼓みたいな鹿威しとが、我
が家以外の場所にあるとは思えない。ココが住処であること、それはどうやら、
間違いないようだった。となると、次に問うべきは、
 ココが現実なのかどうか?
 馬鹿げた疑問かもしれないが――しかし今の澪にとって、夢現の区別は大事な
確認事項だった。確かに見て、聞いて、嗅いでいる。視・聴・嗅覚、その全ての
情報が、リアリティを訴えてくる。
 けれど。
 今ひとつ、実感を持てなかった。何だかウソ臭い。こんなのは違う、という気
がしてくる。何かが、何かが欠けている……。

 ――そろそろ戻られるころ、です……あの、残念ですけれど、私の見立てで
  は……
 ――黙れッ、まだ分からぬだろうがッ!

 また、声が聞こえてきた。おとなしそうな女の子と居丈高な男のそれ。一体、
この2人は何処で会話しているのだろう?
 とりあえず、2人に当たってみよう……そう思った。ココが夢なのか、それと
も現実なのか、自分以外の登場人物に聞いてみれば分かるハズだ。推理ではなく
直感で思い、澪は周囲を見回そうとした。
 できない。
 すぐ、それが不可能だということに気付いた――彼女は、動けなかったのであ
る。指一本すら、動かせないのだ。
 これはおかしい……そう思ったとき、澪はようやく、自分が仰向けに寝転がっ
ているコトを悟った。「自分の体勢」など、普通なら真っ先に気づきそうなコト
だが……何かが歪んでいる。
 肉体の置かれた状況に頭が回ると、続いて肉体の感覚、触覚にまで意識が及ぶ
ようになった。背中に当たる布団・胸の辺りまで掛けられているタオルケット・
蕎麦殻が詰まっているハズの枕――それらの柔らかさを体感する。暖かく乾いた、
冬晴れの日向みたいな感じ。なんて良いきも
 
 ――あの……しかし、それでは澪さんが苦しむだけです
 ――待てと言っておるッ!……それに、あんたの見立て通りだとしても、構
  わん

 ……苦しむだって?
 意外な単語が鼓膜にぶつかって、澪は不可解な気分に囚われた。苦しむ? 何
を苦しむと言うのだろう? 気持ち良い、とそう思ってい……
 …………気持ち良い? 
 
 ――あの……あ、だめっ! 九条さん、ダメですっ! 
  結果は、もう出ましたっ。早く、澪さんに早く処置を施さないと!……
 ――やかましいッ! 刀を八幡のヤツらに渡せるかッ! 

 のそり、と何かが動き出したような気がした。
 「気持ち良い」――この言葉で、自分の内側に居座っていたものが目を醒まし
たみたいである。
 そうだ……澪は唐突に気づいた。コイツが目覚めなかったから、自分は現実感
を味わえなかったのだ。
 寝坊助な居候。人にリアルを伝えてくれるもの。
 それは、心のなかにある「物差し」だった。その人独自の価値感を孕んで、情
報を判別してくれる基準。滅多なコトでは揺るがない定規。形はないけれど、重
さや固さはあるらしい器官だ。人によっては、巨大で、そして頑丈なもの。
 しかし何だって、コイツは寝こけていたのだろう? 
 それに、だ。仮にコイツがサボったとしても、他の要員がいたハズである。澪
のなかには立派な物差しが、巨大で頑丈な古参者がいた……
 ……いた……と思う。
 名家の矜持・魔斬師の自覚・自尊心、そういった立派なものをごた混ぜにした
何か……長年の連れ合いがいたハズ、だ。
 でも今……。
 そいつは、いなかった。あれだけ重かったのに、あれだけ固かったのに、あれ
だけしっかりと根を下ろしていたのに――何処を探っても、そいつは居ない。か
つては占められていたハズの場所に、ぽっかりと空洞があった。大きな大きな虚
ろ。
 矜持・自覚・自尊心を混合したもの――そいつが重く、固く、深く根を下ろし
ていただけに……その不在が与える影響は大きかった。澪が欠落感を覚えている
のは、そのせいなのかも……。

 ――そんなこと言ってる場合ですか! 手遅れになってしまうんですよっ!
 ――知るかッ。九条家の大願の方が大事だッ!

 居ないものにはいくら頼んでもムダである。となれば、新参者の方にお鉢を回
すしかない。「気持ち良い」という言葉に反応した物差し――新人である「彼」
に、澪はその職務を任せた。
 そいつは矢継ぎ早に判断を打ち出してくる。「彼」はまず、触覚を槍玉に上げ
てきた。柔らかさ・暖かさ・乾きといった、今味わっている皮膚感覚をして、
 「間違っている」
 と断じてきたのである。こんなものではない、オマエが求めているのはもっと
別のものなのだよ――そう言ってきたのだ。
 間違っている?……どくん、と胸が疼く。一体、何が間違っているというのだ
ろう。この触感は充分気持ちよいではないか……。
 いや、違うのだ――「彼」はそう喚く。心の奥深くに上がり込んでいるそいつ
は、思い出せと叫んだ。思い出せ。オマエにとって気持ち良いと感じるものは、
もっと他にあるだろう?

 粘着感。
 湿り気。
 そして荒々しい蠢き。

 え……?

 ネトネトした感じ(どくん)。
 湿り気(どくん)。
 蠢き(どくん)。

 何だろう、それって……澪は自問した。確かに今、それらには乏しい……とい
うより、そんな要素はひとつもない。
 それに気づくと――何だか、自分の女体が他人様のモノめいてきた。それらの
不在イコールおかしなコトだと、そう思えてきたのである。

 ――た、たいへんっ! 〈孵化〉し始めてるっ……私の独断で執り行わさせ
  ていただきますっ。
 ――何を言うッ! たかが研ぎ師風情がでしゃばるなッ。

 ……それに押されているのか、「彼」の声は次第に、次第に明瞭かつ大声に
なっていく。
 そうだろう? オマエはアレを施して貰わないと、もう、自分の女体にすらリ
アリティを持てないんだ。オマエにとって、アレは空気と一緒。生きていくのに
必須なモノ……。
 どくん、どくん。疼き始めた心臓。澪は体内のざわめきを自覚しながら、自問
を繰り返していた……アレって? アレって何? 

 ククク……忘れちまったのカァ? 

 下卑た声。動物の鳴き声にも、金属の軋りにも聞こえる。まつわりつくように
粘着質で、聞く者の耳を汚してくるよう。
(…………!)
 弄ばレ(どくん)、
 責めらレ(どくん、どくん)、
 嬲らレ(どくん、どくん、どくん)、
 貫かレ(どくん、どくん、どくん、どくん)、
 犯さレ(どくん、どくん、どくん、どくん、どくん)、
 貪られることダァ(どくん、どくん、どくん、どくん、どくん、どくん)。
 鼓動が早くなっていた。
 身体が熱い。何だか、胸がしめつけられる。叫び出したいような、暴れだした
いような、そんなどうしようもない気持ち。自分のなかに、これほどのエネルギ
ーがまだ残っていたとは、ちょっと信じられなかった。だって、指一本動かせな
かったっていうのに……。

 ――でしゃばりなんかじゃ、ありませんっ! 澪さんが危ないんですっ。
 ――知ったことかッ! 

 ……「彼」は、やがて大きな声で嗤った。
 ケケケ……欲しいんだロ、肉の悦びがヨォ。オレの触手で緊縛して貰いてぇん
だロ? 騎乗位で突き上げられてぇんだロ? 
 肉悦・触手・騎乗位。
 脳髄の奥深くにまで刻み込まれたキーワード。それを聞いた瞬間、澪の意識は
爆ぜていた。

	――その胸ダァ感じやすい淫乳を甘美な強烈な痺れ何でなの女の身体
	がどうしたっテェこんなのこんなのって感じなかったハズなのに胸を
	揉まれただけで尻穴は初めてらしいナァまさしく雷級終わってよぅ女
	体は休んでくれないオマエは騎手の太腿をアタシこわれるぅこの悦楽
	が欲しくないのカァなんて悪辣なのよぅッもう身の程を弁えあああお
	願いだから、お願いだからッ、早く、早く、

 イカセてェッ!

 そうだ……澪はついに、思い出した。リアリティを取り戻す方法。アタシが自
分の存在を確認できる手段。
 何かが足りないと思った、欠けていると思った。
 それは無かったからだ――アレが、あのエクスタシーが。肉を蕩かし骨をも砕
く、あの悪魔みたいな悦びが。
 澪は口を開けた……ほうっという吐息が漏れる。湿って熱い、淫らな息。ああ、
欲しい…ああ…欲しい、アレが欲しい、アレが欲しいの……その渇望がついに、
言語となって迸った、

「ああああああああああああああああああああああああああああああああッ」


――――――――――
    †7月20日 午後0時21分

 ……案の定、というべきだろうか――涼皇は黙然と思った。縁側に腰掛けて枯
山水を見やりつつ、しかしその意識を「外」ではなく「内」、屋敷の奥間に向け
る。
 コーンと、鹿威しの乾いた音。
 それを合図にしていたように、店員(と言えば聞こえはよいが、要は九条家の
「使用人」である)が、茶を持ってくる。頬に刀傷のある男。
 キビキビとした所作の彼に一礼してから、もてなしの品を受け取り、啜った。
 さすがは、九条家。
 宮内庁献上品クラスの玉露だった。それだけではない、茶碗さらには茶敷まで
もが、国宝級の名品だ。自分の姓を「町名」にしてしまえるほどの豪族は、目立
たないところにまで金をつか

『ああッ、欲しいのぉ…ああッ…んああッ…うふぁぁ…欲しいのおぉぉッ』

 うのじゃなあ、と続けたかったが……聞こえてきた叫びに遮られる。
 発狂ギリギリ、といった感じの、実に危うい絶叫。それは、将来この屋敷の主
人になるであろう女性――九条澪の、淫欲に憑かれた悲鳴であった。
(染め抜かれておったようじゃな……)
 助け出したときに、既に分かっていたことではある。
 体の芯に肉悦を埋め込まれ、心の底に肉欲を刻み込まれてしまった澪。そんな
彼女に待っているのは、「淫乱」という名の牢獄以外に無いであろう。そこから
自力で逃げ出すのは――
 不可能だ。
 では、どうするか? 
 澪が唯の娘であるなら、色狂いであろうと無かろうと、構いはしないのだろう
が――淫乱娘など、幾らでもいるものだ――、彼女は、伝統ある九条家の家督相
続者なのである。放っておけるものではあるまい。
 コーン、と鹿威し。
 また、茶を啜った。冷め始めているのに香しい。
 家の者は確か、「榊家に話を通してある」と言っていた。
 ということはおそらく……百合子を呼んだのだろう。あの「引っ込み思案」を
呼び出したということは、
(〈研ぐ〉ようじゃな……)
 あれだけ深く穢されているとなると――研ぎには、最低でも〈中名倉砥〉ぐら
いは必要になるだろう。たぶん〈伊予砥〉まで……いや、ひょっとしたら〈鍛治
押〉まで要るかもしれぬ。そうなれば、
(……姉者と同じ、ということになってしまうのぉ……)
 涼皇は痛ましそうな顔を作った。
 〈鍛治押〉――体験のデリート。記憶のリセット。ごく幼いころ(=性欲を知
る前段階)への巻き戻し。本人並びに周囲にとって、それがどれほど辛いことで
あるか……彼女は、熟知させられている。
 あのとき源家は、姉・涼香に対し〈鍛治押〉を施すか施さないかで、大もめに
もめた。涼皇は初めて母に手をあげたし、初めて祖母に怒鳴られた。泣きじゃ
くって、吠えて、リスト=カッティングまでしかけた……。
(……拒むじゃろうな)
 涼皇も、始めはそうだったのだ。涼香――姉の記憶を消すなどとんでもないと、
彼女もそう思っていた。
 いや……これは正しくない。涼皇が、姉の記憶を消したくなかったのだ。もっ
と正確に言うなら、涼香のなかにある自分の記憶を消したくなかった――つまり、
自分への愛情を消したくなかったのである。
 もっとも……。
 野心の権化みたいな、この旧家のコトである。〈鍛治押〉を拒む理由は、自分
のそれとは違っているだろう。澪個人にまつわる感情面よりも、そのポジション
にまつわる政治面の方が強いのではなかろうか? 澪は九条家にようやく生まれ
た、ヤマタオロ……

「……おーッ、涼皇! ご苦労さんだったなぁ」

 突然、快活に呼びかけられた。
 弾むようでいて良く響く女声。その気がなくてもついつい耳を傾けてしまうよ
うな、そんなノリの良い口調。「タン・タン・タン」と廊下を小気味よく踏みな
がら、その女は、こちらにやってきた。
 遠慮も何もなく、しかしながら不思議と馴れ馴れしさを感じさせることもなく、
涼皇の隣に腰を下ろす。胡座座りで、である。
「相手は、新種の淫魔[バカ]だったんだって?……ご苦労さん」
 女は、にっかりと笑った。
 いつも手ぐししか通さないらしい、クセ毛のショート。後一歩でインド人に間
違われそうな、褐色の肌。その攻撃的な言動に似合わぬ、タレ気味の目。ちょっ
と小さめな鼻と、ちょっと大きめの口。可愛いとキレイの中間にあるような、そ
んな容貌をした女は、
「そちらこそご苦労じゃな、夏音」
 牛乳娘[うしちちむすめ]、ではない、

 織田夏音だった。

「新種……そうじゃな、新種かどうかはともかくとして……あの娘には荷が重す
ぎる相手、ではあったの」
 そっか、と夏音は大きく頷いた。両手を合わせて、
「……ってことは、澪[アイツ]のせいじゃ……まあ、アイツが弱かったんだけど
さ……それは認めるとしても、だ……」
 手を大きく開き、空中を抑えるような仕草を見せる。アメリカ人的なボディラ
ンゲージ、とでも言えば良いだろうか。
「……一概に、アイツを責めたりはできねぇよな?」
 コーン。鹿威しの澄んだ音。
 涼皇は相手の、その真剣な表情を見、
(……相変わらずじゃな)
 心のなかで笑みをこぼした。
 この牛……ではない、この夏音という娘はとにかく、仲間意識に厚い娘だった。
 もっとも、表向き――上役の神威に対して、という意味である――は、そんな
素振りなどおくびにも見せない。身内に揉め事が起こると、いかにも面倒臭そう
に、いかにも投げやりに、それこそ「仲間がどーなろーとオラ知らね」的に振
舞って見せるし、実際、今回の件でもそんな態度を取ったが――本心は、その正反
対なのだ。
 この娘、義理堅いというか姐御肌というか……かつての女暴走族[レディース]
だってココまでやるまい、と思えるほど、仲間を庇うのであった。神威の前だと
それを隠してしまうのは……まあ、煎じ詰めて言えば「ガキだから」だろう。
 とはいえ、コレでも大分おとなしくなったらしい。彼女と親交の長い百合子に
言わせると、
『いまなんて可愛いものよ。小・中学校時代(彼女たち神招姫の多くは、高校ま
で通っていない)なんて、もっっっっっと極端な付き合いしてたんだから』
 とのことだった。その極端ぶりを要約すると、
『……広島ヤクザ系な交流関係』
 だそうである。菅原文太チックに振る舞う、小学生の女の子――純粋にコワい。
「まあ、それは儂らが判ずることではなかろう……だいたい、おぬしが何故、そ
んなことを言うのじゃ?」
 そう尋くと、夏音は鼻を鳴らした。
「それがさ……ひでぇんだよ、ココん家[ち]」
「……ひどい、か」
 思った通りの答えだった。
「百合子の見立てだとさ、澪[アイツ]…アイツ、もう芯まで…入られちまってる
んだ。〈鍛治押〉しか…ないらしい……」
 これも、予測通りだ。全く、悪い見通しほど良く当たる。
「それをさ……ココのヤツら、〈下地研〉で済ませろ、って言うんだぜ? 〈鍛
治押〉がイヤなのは、そりゃ分かるさ。人格まで全部消しちまう、ってコトにな
んだからな……でも、ヤツらの話を聞いてて気づいたんだけどさ」
 夏音は握りこぶしを作った。
「……ヤツらのは、そういうんじゃねぇんだよ。ヤツら……澪のコトを思って
言ってんじゃねぇ」
「…………」
 やはり、である。この旧家にとって、澪はあくまで駒に過ぎないのだろう。思
えば――澪の度を超した自己主張も、家族の皆に自分を駒以上のモノとして認識
させるための、その涙ぐましいアピールであったのかもしれない。
「ヤツら……九条家から『刀に選ばれた娘』が居なくなるのを嫌がってんだ」
 〈神通刀〉は、その持ち主を選ぶ。選択条件が何なのか、それは未だに不分明
だが、ハッキリしていることは2つ。
 1つ、10歳以上であること。
 2つ――これには例外もあるので、あくまで確率論であるのだが――、女であ
ること。
 〈鍛治押〉をしたら、澪の魂齢[たまよわい]は10を切る。そうなったら、澪
は帯刀資格を失うだろう(涼皇の姉・涼香もそうだった)。
「癒さなくてもいい、自分の未熟が招いた結果なのだから、苦しむのは当然のこ
とだ……なんてヌかしやがったんだぜ、ヤツら!」
 夏音は激高して、膝立ちになった。今までもそうだったのだが、その大きな動
作につられて、彼女の巨いなる「特徴」も大きく、大きく弾む。
「……九条家は」
 やはり、そう思うのか。涼皇は内心で吐息を漏らした。伝統や格式も、妄執と
なれば呪縛と一緒……。
「取り戻したいんじゃよ。八幡に奪われた姫様を、な」
「ひめさまぁ? 神威ん家[ち]で寝てるヤツか?…………それと澪を助けるのと
に、どんな関係があるってんだ?」
「姫様を貰い受けるには、〈神通刀〉使いが要る」
「そうじゃなくて……なんで、あんな眠り姫が欲しいんだよ?」
「…………」
 分からないか……この触りでピンとこないのであれば、いくら話してもムダで
ある。
 この娘――打算や腹芸とは縁のない、この体育会系直球思考には、権謀術数の
世界は理解できないのだろう。九条家と八幡家との間で繰り広げられている争奪
戦が、一体どんな意味を持っているのか――この娘には決して、それが分からな
いのだろう。そしてその方がずっと、
 健全かもしれない。
 コーン、と鹿威しの音色。
「おい、涼皇! ラスカルだかロジカルだか、そんな話し方をするおまえらしく
ねぇぞ! 分かりやすく言え!」
 分かりやすくないから言えないでいるというのに。
(……仕方がないのぉ)
 涼皇は相手から見えないようにして、舌を出した。こうなったら「いつもの手」
で行こう……そうでもしないと、この娘はかなりしつこいからのぉ。
「涼皇ッ!」
「……うるさいわい」
「な……あんだと?」
 夏音の眉が跳ね上がった。
「ああ、おまえの口じゃないぞ。おまえの口より下にあって、臍より上にある双
つのものが、じゃ」
「…………!」
 跳ね上がった眉が途端に下がり、次いで顔面が紅潮する。威勢の良かった娘は
自分の胸部をガバッと隠すと、小さく縮こまった。
「て…て、て…て、て…てめッ……」 
「まったく、周囲の迷惑を考えたらどうじゃ? そんな馬鹿デカいものを目の前
でブラブラさせられたら、気が散って仕様が無いわ。揺れるたびに風が来るしの。
おお肉団扇、肉団扇」
「……や、や…やか…やかましいッ!」
 裏返った叫び――夏音は半ば、パニック状態に陥っているようである。
 いつまでたっても慣れぬ娘じゃな……涼皇は胸のうちでニヤニヤと笑った。
 何やらコンプレックスを抱いているらしく、「牛乳娘」こと夏音は、その乳房
を揶揄されると動揺する。巨乳歴(?)長いハズなのだから、いい加減受け流せ
るようになっても良いものだが、
「きょ、今日はスポーツ=ブラが無かったんだよ! おまえにだってついている
モンだろが。んなもん気にすんなッ!」
「ほう、普通のブラジャーをつけていると?……よくあったもんじゃな、そんな
化け物用サイズ」
「だれが化け物だッ!」
 おまえに決まっているじゃろうが……これは舌の先で止めておいた。
 何しろ、夏音のバストは、トップ102.5センチのアンダー72.5センチ。
カップで言ったら「I」である――涼皇はそれを聞いたとき、アルファベットの
順番を確認するために思わず、「A、B、C……」と指を折ってしまったくらい
だ。
「まあ、化け物用ではないとしても……舶来品じゃろ?」
「…………ま…まあ、な」
「フルカップでワイヤー無し。ストラップやアンダーベルトが鉢巻きみたいに太
くて、後ろホックも2つ以上。カップのパターンはフルストレッチ……」
 涼皇が列挙したのは、「巨乳向けブラジャー」の必須条件である。人並以上の
カタマリを保持し、安定させるために必要な要素だ。
 たとえば、フルカップは、肩紐[ストラップ]がカップ中央から伸びていて、バ
スト全体を包み込んでいるタイプのコトを指す。フルストレッチは、全体が自由
に伸縮するカップ=パターンのコトだ。コレらは全て、乳が揺れ動いてしまうコ
トを「覚悟」した条件である。要するに、デカいと大変なのだ。
 一挙にまくし立て、更に鹿威しが鳴るのを待ってから、
「……という具合かの?」
「な、何で知ってんだ、んなことッ!」
 百合子経由の情報なのだが――ソースを明かす必要はないだろう。ふふん、と
鼻で笑ってやった。
(……別に隠すことでもあるまいに)
 世の中には、豊胸手術なるものを受けよう、という女[ひと]たちすら居ると聞
く。女の価値を外側で決めるなど……およそ阿呆らしいコトではあるが、勝手に
誉めてくれるというのだから、黙って貰っておけばよいだろうに――涼皇はそう
思う。しかし、この娘は何故か、何故か恥ずかしがるのだった。
 まあ、「恥ずかしい」ではなく「煩わしい」と言うのだったら、理解できる。
自分の胸部に、30センチ近い出っ張りがついているというのは、想像するだに
邪魔そうだ。しかも夏音の体型からいくと、
(身体全体とのバランスが取れていないようじゃしの……)。
 野球選手の平均胸囲みたいな彼女のトップ数値も、肥満気味の胴体に付いてい
るのだったら別に、珍しくも何とも無い。目立ちもしないだろう。
 だが。
 夏音は根っからのスポーツ好きで、肥満とは、シベリア鉄道の始発駅と終着駅
並に縁遠かった。ある意味、マゾ的とすら思えるくらいその肉体を酷使している
ツケが祟って、かなり筋肉質な身体をしているのである。
 つまり、スリムな腹部に豊満な胸部という、アマゾネス的プロポーションをし
ているのであった。
 そして、である。それだけでも充分目立つというのに、更にその筋肉少女ぶり
が、「乳己主張」を強める方向に働いてしまう。大胸筋・小胸筋・腹直筋・鎖骨
下筋――発達したこれらのおかげで、彼女に与えられた肉の福音は、重力の束縛
を頑として拒んでいるのだ。まさに、「攻撃的」とでも言うべき過激さで、胴か
ら突き出ているのである。
(弾頭とか魚雷とか……まあ、そういうモノに似ているのう……)
 エロスの爆弾をブラに押し込め、更に目立たせぬよう、厚手のトレーナーを着
ている夏音。だがそれでも、彼女の双丘はくっきりと浮かびあがり、やかましい
くらいに「女」を主張していた……。
「誰にも聞いとらんよ……儂だって女じゃ、和装ばかりしとるが、洋物下着のこ
とぐらいは分かるわい」
 ジロッと胸元を見つめてから、言ってやった。
「……ウソつけ、この娘版柳田国男が」
 コーン、と鹿威し。
 その時、タイミングを見計らったように、九条家の使用人が近寄ってきた。
茶を給仕したのと同じ、30代前半らしい男である。その頬にある刀傷が、イヤ
でも彼に人目を引きつけた。
 夏音は収まりがつかない、といった顔をしていたが――他人様の前でやり合う
気は無かったらしい。渋々といった塩梅で引く。期せずして調停人となった男に
耳打ちされると、
「……終わったかぁ」
 夏音は立ち上がり、軽く伸びをして見せた――トレーナーの一部が、地殻変動
みたいにブルン、と動く。やはり目立つ、デカい、揺れる、
(……爆[は]ぜとるのぉ)
 ココまで来ると、見ていてコンプレックスを覚える――涼皇は元々、外見がど
うであろうと気にしないので、そんなものを抱いたりしないのだが――などとい
う情動よりも、むしろ、人体の不思議に好奇心を抱いてしまう――どうして、こ
の娘の乳はこんなに膨らんでいるのか?
 人類学者がよく言うように、「サル時代のお尻に変わる、二足歩行用性的アピ
ール」というのでは、とても説明できまい……涼皇が人類進化のナゾに思いを巡
らせていると、
「よっしゃ。じゃ、百合子とデートだな」
 その考察対象が朗らかに、拳を突き上げるポーズをして見せた。
 また揺れている……というのは、クドいから置いておくとして――あんなに悪
かった機嫌が、ケロリと直っていた。切り換えの早い、実にサッパリとした気質
(忘れっぽいだけ?)の娘なのである。
「で、デート?……百合子に頼まれたのかの?」
「ああ、2人でSな世界に……って、冗談に決まってんだろが。メシ食いに行く
だけだよ。とびっきり美味いカレー屋を見つけたんだとさ……ったく、百合子も
あたしなんか誘ってるヒマあったら、オトコとでも行きゃあいいのに。アイツっ
て、すっごいモテんだからさぁ」
「…………」
 涼皇は何か言いかけて、そして止めた――それは、彼女の口から言うべきこと
ではない。
「じゃあな、涼皇」
 異性にモテる少女の、その「秘めたる思い」を知っている少女は、黙って揶揄
を返してやった。
「……胸が苦しくても、シートベルトはするんじゃぞ」
 これも百合子経由の情報なのだが――夏音はたいてい、車に乗ってもベルトを
しないのだそうである。胸を斜めに過られるのが辛いらしい。
「やかましいッ!」 



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   ●S−3 Unknown(彼岸にして此岸なる地)
    † Unknown(開闢にして終焉なる時)

MAGI-RES(001)
	三頭馬車会[トロイカ]に報告する……<笛吹き>の献策にのっ
	てみる。
………………
…………
……
???-RES(001)
	おやおや……相変わらず勤勉ですわね、Magi?
…………
……
!!!-RES(001)
	…………Piping down the valleys wild, Piping songs of 
	pleasant glee
……
MAGI-RES(002)
	私は自分の定めた規に従っているだけだよ、「原母を志す女[ひ
	と]」。
???-RES(002)
	どうかしら? <超えたる身>となりながらも、かつての働きグ
	セが直っていないようにしか見えないわ。
!!!-RES(002)
	On a cloud I was a child, And he laughing said to me.
MAGI-RES(003)
	あなたの見解に異を唱える気はないよ、随意に……ともかく、
	私は日本に駒を進めるつもりだ。
???-RES(003)
	御意のままにどうぞ、「傀儡の王たる男[ひと]」よ。でもね……
!!!-RES(003)
	"Piper, pipe that song again," So I piped: he wept to hear.
……
???-RES(004)
	……いつものコトだけれど……うるさいわね、「爛れる狂皇」は。
MAGI-RES(004)
	あれでも<窓>を持つ者なのだから、仕方がない……それで、
	何か言いたいことがあったのではないのかね?
!!!-RES(004)
	"Drop thy pipe, thy happy pipe;"Sing thy songs of happy
	 cheer:"
???-RES(005)
	……大丈夫なの? あそこを潰したら、経済止まるわよ?
MAGI-RES(005)
	もちろん、手を打ってある。<笛吹き>を使って、八幡会に傀
	儡を送り込ませた。
!!!-RES(005)
	So I sung the same again, While he wept with joy to hear.
	……
???-RES(006)
	……八幡会? 何よ、それ?
MAGI-RES(006)
	芙蓉・三井・住友のトップたちが創っているコミッティだ。あ
	の国を動かしているのは、思想家でも政治家でもなく、偉大なる
	資本家たちだからな。彼らに働いて貰うつもりだ。
!!!-RES(006)
	"Piper sit thee down and write"In a book that all my
 	read---"
???-RES(007)
	相変わらず抜かりがないですこと……でもね、Magi。昔の誼で忠
	告しておくわよ……あの<笛吹き>は、危険だからね。
……
MAGI-RES(007)
	ほう……あなたがただの人間、それも男に対して「危険」とい
	う称号を冠するとは……珍しい。
!!!-RES(007)
	So he vanished from my sight, And I pluck'd a hollow reed,
???-RES(008)
	まあね……忠告はしといたからね。
MAGI-RES(008)
	心に留めておこう。確かに、あの三谷という男には得体の知れ
	なさがあるからな。
!!!-RES(008)
	And I made a rural pen, And I stain'd the water clear,
……
???-RES(009)
	……ま、そんなトコね。用件は終わりでしょ? 私、落ちさせて
	貰うわ。
MAGI-RES(009)
	……それでは、私も落ちる。
!!!-RES(009)
	And I wrote my happy songs, Every child may joy to hear……誰
	か、ワシの傑作を聞かんのか?
……
EOS



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   ●S−4 S県九条町大木1−1 九条古稀堂
    †7月20日 午後3時56分

 ……気がつくと、嬌声が止まっていた。ようやく訪れた沈黙に誘われて、男は
ちらっと、騒音源になっていた部屋を見やった。
 将来の女主人・澪さまの私室――まだ日が高いというのに、そこは障子のみな
らず、雨戸すら降ろされていた。更に、だ。檜材の戸表には注連縄[しめなわ]ら
しきものすら張りつけられていた。五穀の茎をよじり合せた呪禁の基本道具らし
いが……。
 市井の民にして一介の使用人である彼に、神器・呪具のことなど、理解できる
ハズも無かった。彼が覚えていることといえば、ただ一点、

『いかなることがあっても、この縄を外さないでください!』

 今日の昼頃の訓示。はるばるやってきた榊家の、その一人娘が念を押していた
ことのみ、だった。口を開くときには必ず「……あの、」と始めていた、そんな
引っ込み思案の娘が下した命令。常のキャラクターとは似合わぬ口調による断言。
 彼女、百合子さんが言うには――今の澪さまは危険な状態にあるのだそうであ
る。<繭>となった状態――他の男を汚染させられる状態――にあるのだと、彼
女はそう警告していた。だから、早めに<鍛冶押>を施す必要がある。第一、こ
のままでいるのは澪自身にとって苦痛だ……。
 彼も今は、その言葉に納得していた。
 あの澪さまが、あんな破廉恥な声を吐いていたことを思えば……そう考えざる
をえないではないか。あの澪さまが……。
 思わず、自分の頬を撫でていた。そこに残されている一文字の傷跡。
 それは、澪から付けられたものだった――彼女に請われて剣の稽古を手伝って
いた際、偶然付けられてしまったものである。5センチにも達するこの軌跡のせ
いで、彼はよく、スジ者と間違われたりしていた。
 けれども。
 傷が有るがゆえの厄介事を、彼は全く気にしていなかった。むしろ、これは勲
章なのだ、とすら思っていた。なぜなら……この傷のおかげで、澪さまからの覚
えがよくなったのだから。ただの使用人以上の知遇を得ることができるように
なったのだから。
 もう一度、赤いラインをなぞる。指先に残るゴワゴワとした感触――彼は、澪
が好きだった。生意気で、我侭で、傲慢で、しかしそんなところを含めた上で、
彼は澪に好意を抱いていた。
 良く観察していれば、分かるのだ。
 澪さまの傲岸不遜さが、実は脆さの裏返しである、ということが。「力で圧し
切らないと振り向いて貰えない」という、かなり切羽詰まった危機感に押し出さ
れてのものなのだ、ということが。
 ホントの澪さまはきっと、寂しがりやなのだろう……彼はそう思う。九条家の
生活を近くで見てきた彼は、当家における澪の立場をよく知っていた。
 八俣尾[やまたお]なる者――その能力・機能のみで認められている存在。「あ
んなふうになれたら」と誰もが羨ましがり、しかし同時に、それと同数の人が「あ
んなふうにはなりたくない」と陰口を叩く。彼女に投げつけられるのは、毀誉褒
貶の両極ばかりで、その中間、つまり真摯なアプローチなど決してない。
 だから彼は、澪を見詰めてあげようと思っていた。能力とか機能とかを越えた
ところで、他ならぬ澪さまだからこそ、ただそれだけで充分だからこそ見詰めて
あげよう、と。
 この好意が何に部類されるのか――兄性愛か、父性愛か、はたまた恋愛か――
彼自身もまだ、決め兼ねていたのであるが。
「……澪さま」
 もう一度そう呟いた瞬間、

「きゃあああああッ!」

 彼女の部屋から絶叫が響いた。嬌声や痴声などではない、純粋に恐怖を訴える
叫び。「助けて」というメッセージを内包している絶叫。
 彼は反射的に、澪の部屋へと向かっていた。
 雨戸に手をかけ、強引にこじ開けようとする。「絶対開けるな」という忠告な
ど、脳裡から消え去っていた。緊急事態。澪さまが助けを求められている!
 邪魔になっていた注連縄を引き千切り、地へ投げつける。滑りの悪い戸を押し、
そして外さんばかりに障子を引いた。
 軽挙妄動――そう断じられても仕方がない行為だった。それが彼に、「冥界へ
恋人を呼びにいった竪琴弾き[オルフェウス]」役を割り当ててしまったのである。
 澪の部屋で待っていたものは――

 嫣然と笑う若い美女だった。

 その白き裸身にほんのりと汗を浮かばせ、切れ長の目に媚を浮かばせ、下肢を
広げて肉の花を曝け出している女――澪である。
「……み、みおさま……」
 悲鳴の理由を尋ねようとした彼の思考は、しかしそこで、欲望に主導権を奪わ
れていた。謀られた、と頭の隅で呟きつつ……。
「……ねえ、欲しいのよ」
 澪が返してきたのは、それまで聞いたこともないような甘え――それも特別な
甘えだ――の台詞。いつも気張っていたハズの娘が今、その形良い唇を舐め回し
ながら、
「おねがい……ねえ……」
 欲情を訴えている。
 興奮しているのか、女肌の所々を紅潮させて。溢れさせているのか、布団の上
にお漏らしみたいなシミを作って。自分で慰めたのか、その穴からゆで卵の如き
匂いを発して。
 澪さま……その官能的なボディ……澪さま……かつての姿からは考えられない
「盛りぶり」……澪さま……。

『犯せ』
 
 どこから聞こえてきたか分からなかったが、その声が響いた瞬間、彼もまた、
「盛りのついた獣」と化していた。ズボンを脱ぐのももどかしく、殆ど溺れてい
る人間が浮き輪にしがみつくような塩梅で、生白い女体に抱きつく。澪の両肩を
押してあお向けに寝かせ、前戯も何もなく、己が息子を挿入した。
 ぐちゅっ。
「ふあああああンッ!」
 彼が膣内の温もりを実感したのとほぼ同時に、澪が淫声を上げた。肉襞が微妙
に蠢きつつ、トンネルに入りこんだ男根を締めつけてくる。
「ああ……」 
 温かい。しっとりと濡れた感触。亀頭付近をぞわぞわと締め付けられる心地よ
さに彼は陶然とした気分を覚えた。そこでじっと止まったまま、無我夢中で女体
を撫で回す。恰も、自分が帰郷したことを確かめる帰還兵のように。
 すると、掌にフィットする盛りあがりを見つけた――乳房である。Fカップも
ある澪のふくらみは、登山者が使うハーケンよろしく、ちょうどよいグリップ役
となった。それを握り締め、己をゆっくりと沈めていく。
 筋肉性の組織から成っている膣壁が、彼の分身を慰撫してくる。敏感な亀頭冠
とペニス小帯とが、襞の1つ1つを数えているかのように、彼の脳裡へ快感を送
り込んでくる。心拍数があがった。
「……ああ、澪さま……」
 ヌメらかなトンネルはやがて、子供の波止場へと到達する。彼の息子は膣腔と
子宮との接合部、子宮膣部を越えようとしていた。やや出っ張っている肉の輪を、
紫色した亀頭がソフトにタッチする。
「……ふひッ」
 澪の身体がビクン、と跳ねた。半開きの口から、熱い涎がつーっと垂れる。
 それを見取った彼は、侵入しつづけるのを止めて一端引き、そしてまた突き入
れた。もう一度、子宮の入り口付近を擦り上げたのである。
「……ひぃッ!」
 ガクン、と首を揺する澪。
 双眸を閉じ、震えさせている女にその顔を近づけ、彼は唇を合わせた。熱い吐
息・鼻息・唾液。柔らかな朱色をこじ開けて舌を捻じいれ、貪るように口腔を舐
め回す。そうしながらまた、入り口を責め嬲った。
「……んぐぅ!…ふッ…ふぐぅ!」
 メディアで流布している俗説と違い、子宮自体は実のところ、かなり鈍感な器
官である。「子宮感覚」というものは、まあ……無いと言ってよいのだ。そこで
説明されている快感の多くは、この子宮膣部で得られる悦楽のことを指している
か、もしくは子宮越しに内臓を揺すられる感覚を指しているのである。子宮その
ものから得ている刺激というのは、殆ど無いに等しいのだ。
 それを知っていた彼は、浅い運動を繰り返した。そしてじっくり、ゆっくり、
ねっぷりと、澪を味わおうとしていた――まだ、正気を保っていたので。
 唇を離す。すると、澪は、
「ンあああッ…ふあッ…あ、あ、あッ……」
 あられもないヨガリ声を上げた。淫魔の肉折檻で利口になりすぎている女肉に
は、浅突きの繰り返しで充分だったのだ。小陰唇の色が変わり、呼吸が切羽詰
まっていく。瞼がピクン、と痙攣した瞬間、
「あああああああああああああああああああああああああああああああああッ」
 澪は女の境地へとたどりついていた。それに合わせて、性器たちもスパークを
見せる。各括約筋が収縮し、トンネルが侵入者を締めつけた。
「……くっ」
 ヌルヌルとしているだけだった触感に明確な意志が生まれ、その意志の下、彼
の分身を包囲し始める。柔らかな襞が蜜のように亀頭にカラミつき、エラの裏側
までも擦ってきた。疼きにも似た圧迫感。ごく一部の締めつけなのに、まるで全
身を優しく束縛されているようだった。
 しかも、これは澪さまの……。
 そう思った瞬間、リミッターが切れた。彼もまた、あっけなくも達してしまっ
た。ペニスが蠕動して、遺伝子の群れを掃き出す。尿道を流動物が駆け抜けてい
くときの、もの哀しい爽快感。
「ああ……澪さまァッ!」
 その叫びが――
 彼の自律的な意識の残光だった。

『犯せ』

 不思議なことに……放出するや否や、彼はすぐ、己の剛直さを取り戻していた。
もっと欲しい。暴力的なほどの欲望が、せりあがってくる。もっと犯したい。そ
のまま、子宮まで貫いた。肉壁と衝突した感じがあったが、それでも構わず押し
つける。
「……あうンッ!」
 もっと貪りたい。澪を悦ばせよう、などという思いは、もうなかった。力任せ
に腰を撃ちつけ、ぐちゅ・ぬちゅ、と卑猥な音を響かせる。貫き、引きぬき、
「……あう…………う、あッ……………うくぅ…………………………」
 突いた。
 どうしたことだろう――澪の嬌声が耳に入らなくなり、澪の表情を気にしなく
なった。
 乱暴に乳をまさぐり、唇を吸い、性器を蹂躙する。
 しかし何故か――澪の甘い体臭を嗅ぎ取れなくなり、その温もりを感じられな
くなっていた。
 腰を乱暴にストロークし、捻り、回す。
 しかし――

 自分は何をしているのだ?

「あがああぅぅぅかがぁぁぁ』
 彼は突然、澪を突き放した。ズル、と音を立てつつ、肉の鍵穴から鍵が抜ける。
それにつれて、粘性のムコイド――愛液――が溢れでてきた。
 しかし彼はもう、澪を構おうとしなかった。意味不明な絶叫を続けつつ、頭を
抱えて悶絶する。身をよじった途端、嘔吐した。昼に食べた沢庵の切れ端が、シ
ーツの上に鎮座する。
『があぇぃいあぁぅぃがうううああ』
 もう一度、絶叫。そして彼は吐血した。喉の奥からゴボコボと音を立てながら、
生命の液体を流し始める。そのまま転がり、障子を倒した。白い障子紙の上に、
鮮血が舞い散る。錆びじみた匂いが和室に充満し始めたとき、

『……ふう……三谷が言っていたのはコレか』

 彼は突然、落ち着いた口調と態度を取り戻した――吐血はまだ、続いていたが。

『なるほどな。<禁>と接触していた者に憑けば、結界だらけの此地でも自由に
動けるのか……厄介な国だったが、コレで日本も崩せそうだな……』

 赤い筋を零しつつ、<彼>は哲学を講義しているかのような声を紡ぐ。
 
『ふむ、そうと分かれば……私が出るまでもないな。この男を<傀儡>とさせて
貰おう。はてさてこの男、どんな<深層>を抱いているのか……』

 <彼>は、口を動かした。だが何も――聞こえなかった。まるで無声映画のよ
うなシーン。最後に、己の口を大きく開けると、前歯の上に舌を載せた。そして、
 噛みきった。
 ずちゅ、という鈍い音と共に、新たな血潮が噴きあがる。<彼>は己の迸りを
浴びつつ、ゆっくりと変貌していった。
 下肢と腹部が異様に膨らんでいく。下肢は人間のもの、というよりは鳥類のも
のに似ていた。腹部は石榴のように、その割れ目を滲ませつつ大きくなり、相撲
取りもかくや、と言うほどになった。
 続いて、上体が変化していく。両腕は萎み、細まり、最後は鞭のようになって
いった。首は長く伸び、顔は髪の毛に覆われて見えなくなっていく……。
 
『……珍しい例もあるものだな。口唇期に抑圧でも抱え込んでいたのか?……ま
あ良い。期待させて貰おうか……我の名に応えし物、<傀儡>たる輩よ』

 その声が、<彼>の変貌を止めた。
 いや……もう彼などと言うことはできないだろう。そこに居るのは、異形の化
け物以外の何物でもなかったのだから。崩れた肉体。緑色の体表。全身から発し
ている腐肉臭。
 「淫魔」だった。

【……ケケケ、やっと戻ってこれたナァ】

 下卑た声。動物の鳴き声にも、金属の軋りにも聞こえる。まつわりつくように
粘着質で、聞く者の耳を汚してくるよう。
【しかも今度ハ……出歩けるんだァ……ってことハ……】
 それを「笑い」と形容していいのか、議論が分かれるところであったが……し
かし、淫魔は笑ったのだ。
【ククク……じゃア、復讐戦といこうかネェ……あの杖使いを……】
 歩き始める。大きいお腹を抱えた妊婦のような足取りで。
【……メチャクチャに嬲ってやラァ】
 
 ――嬲りの刺客が、解き放たれた。


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【校点後記】
 私は原則的に、「完結させてから発表」というスタイルを取ってました――よ
くよく考えたら、この方式ってネットで発表する利点をまるで無視してますね。
ネットは双方向性こそが醍醐味の媒体だというのに……。
 というわけで、中途ですけれど出してみました。以下、アナクロ喋りのシスコ
ン娘がいぢめられる予定です。皆さんの反応を見つつ……というところですかし
らん。
 続きですけれど……思いっきり間が開きます。来年度までないです。今年は仕
事でも忙しいですし、趣味でも別の欲望に目覚めてしまいましたのよ、ほっほっ
ほ(マダム調)。
 それでは、このへんで。



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