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ハックルベリーに会いに行く このページをアンテナに追加 RSSフィード

2008-09-03

渋谷にアムウェイの人たちがよく集まるカフェがある

ぼくは友だちがとても少ないのだが、それでもいないわけではない。ほんの数人、親しい友だちがいて、時々一緒にご飯を食べたり、お茶を飲んだりする。


その友だちの一人にMという男がいる。Mはぼくの後輩なのだが、今ではもう友だちのような関係だ。

Mもぼくも渋谷の近くに住んでいるので、会う時は渋谷が多い。電話をして、ちょっとお茶でも飲もうよという感じになり、カフェでよくお茶をしたりする。

カフェに行く時、ぼくはスターバックスが好きなのだが、Mはタバコを吸いたいので、他の店に行くことになる。スターバックス禁煙タバコが吸えないのだ。

ぼくはタバコを吸わないのだが、Mと一緒の時は、Mに合わせてタバコの吸える店に行く。ぼくは、近くにタバコを吸う人が多かったので、タバコを吸える店に行ってもそう苦にすることはない。


ある時、それは夜の9時頃だったのだけれど、渋谷で会っていたぼくらは、じゃあお茶でも飲もうかということになった。それで、109から東急本店に向かう道の途中にあるセガフレード・ザネッティに行った。



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そこに行くのは、ぼくは初めてだったのだけれど、店に入るなり、Mは何やら思わせぶりな言い方で、「ああ、ここですか」と言った。それから、ぼくにこんなふうに尋ねてきた。

「この店、知ってます?」

そう言われても、なんのことか分からなかったぼくは「いや、初めて入った」と答えた。するとMは、こんなふうに言ったのだった。

「ここって、アムウェイの根城になってるんですよ」


ほう、とぼくは、それで俄然興味を引かれた。Mは、ここをやめて他の店にしますかと聞いてきたのだけれど、ぼくはその根城というのに興味があったので、いや、それを見てみたいからここにしようということになった。

「今日はいるかなあ? たぶんいるはずですけどね」

と、そんなふうに言いながら、ぼくとMはラテやココアなどを買って、その店の確か2階にあったテーブル席で、それを飲み始めたのだった。


その店は、白と赤を基調としたシックなイメージカラーで、とても落ち着いた、そしてとてもお洒落な内装をしていた。テーブルに席に着いたぼくは、周りを見回してみたのだけれど、その時は、夜9時を過ぎていたにも関わらず、多くの客――特に若者たちで賑わっていた。


やがて、灰皿を取ってきたMが遅れて席に着いた。そしてMは、席に着くなり少し安堵した顔で「ああ、いますね」と言った。「と言うか、だらけですね」

そう言われても、ぼくにはなんのことだかさっぱり分からなかったので、ここのどこがアムウェイの根城なんだよと聞いた。するとMは、こんなふうに答えたのだった。

「ほら、あそこのテーブル見て下さい。ほらあそこ、男3人が、2対1で座ってますよね? あれはアムウェイの勧誘なんです」

ええっ! と驚くぼくに、Mはなおも続けた。

「ようく見て下さい。アムウェイの特徴はすぐに分かるんです。ああやって、3人組で2対1に分かれて話してるんですよ。それで、2人組の方が熱心に話しかけてるんです。それもにこやかに。独特の雰囲気を醸し出してるからすぐ分かります。特徴としては、2人組の片方が話しかけて、もう片方がウンウンとうなずく感じですね。あれは、話しかけてる方が偉いんです。うなずいてるのがサポート役ですね」

「ほう」

それから、聞いているのは勧誘されてる方です。ノートにメモとか取ってたら、もう間違いありません。ほら、あの人も取ってるでしょ?」

そう言われてみると、なるほど確かにその3人組は、Mの説明してくれたままの特徴をしていた。男3人が、テーブルを挟んで2対1で、向かい合わせに座っている。2人組のうち、やけに自信たっぷりで溌剌とした笑顔を見せてる方が熱心に話しかけ、その横で、もう1人の男がふんふんとうなずいている。その向かいには、大人しそうな男性が座っていて、話を聞きながら何やらノートを取っていた。


さらにMは、続けて説明してくれた。

「あのテーブルだけじゃありませんよ。あそこにもあそこにも、あそこもそうだし。あれもそうです。と言うか、ほとんどそうですね。時間帯もそうなのかも知れないけど、やっぱりここはすごいや」

そう言われて周囲を見回してみると、驚いたことに、他の多くのテーブルでもそうした特徴的な3人組が見受けられるのだった。あるいは、3人よりもっと多い人数でも、それらしいグループというのはいた。そんなふうに見てみると、なんだか周囲の誰もがアムウェイの関係者のように見えてきて、ぼくは不思議な感覚にとらわれた。


それはまるで、デス・スターに乗り込んだルーク・スカイウォーカーのような気分だった。格好だけはストーム・トルーパーに変装しているけれど、いつばれやしないかドキドキしている感じだった。

それでぼくは、思わずMに聞いてみた。

「おれら、2人連れだからアムウェイじゃないってばれないかな?」

するとMは、笑って言った。

「別にこの店がアムウェイに関係しているわけじゃないですよ。たまたまアムウェイの勧誘に都合が良いからよく使われているだけで、アムウェイじゃない人が入っても文句は言われません」

なんでもその店は、アムウェイの本社社屋と渋谷駅のちょうど中間にあるのだそうである。だから、渋谷からアムウェイに向かう通り道にあり、居心地も良くて長時間話すにはもってこいだだから、よく利用されているのだそうだ。

ぼくは知らなかったのだが、アムウェイのでっかな本社社屋が渋谷NHKの向かいにあるらしい。



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それは本当に大きくて立派なビルで、ぼくもそのビルの存在自体は知っていた。けれど、それがなんのビルかというのは知らなかった。そうしてこの時、Mにそれを聞かされ、初めてそれがアムウェイの本社ビルだというのを知ったのだった。


それから、なおもMのアムウェイについての講釈は続いた。

Mも、会員ではないのだが、集会には何度か参加したことがあるらしい。そして、今の若い人がなぜアムウェイにハマるのかということも、彼は説明してくれた。


Mによると、アムウェイにハマるのは、それによって人とのつながりが生まれるからなのだそうである。もっと端的に言うと、ケータイの電話が鳴るようになるからだ。

と言うのは、アムウェイに入会すると、色々連絡事項ができるので、人とのつながりが濃くなるらしいのだ。

アムウェイにハマる若者というのは、寂しい人が多いらしい。ケータイは持っていても、電話も鳴らないし、メールも来ない。

ところが、そういう人がアムウェイに入ると、とたんに電話はしょっちゅう鳴るし、メールも頻繁に届くようになる。またそれに伴って、すること、しなければいけないことも増える。

それが楽しいらしいのである。電話やメールというのも、用がないとなかなかかかってこないし、またこちらからもかけづらいというものがある。こちらから積極的にアプローチしようにも、そのきっかけをつかめない。

しかしアムウェイは、そのきっかけを作ってくれるのである。アムウェイに入ると、とにかく連絡しなければならないことが色々できるから、その連絡するのをきっかけに、他者とコミュニケートできるのだ。

しかもそのネットワークは網の目のように広がっているから、コミュニケートは多角的になる。広く大きくなる。そうして、結果としてケータイの電話もよく鳴るようになるし、メールもよく届くようになるのだ。


それによって、若者たちは寂しさを紛らわせることができるのだということだった。あるいは、他の友だちと会っている時などでも、ケータイが頻繁に鳴ることで、優越感を味わえたりもするらしい。

これはなるほど、「確かに」と大いに納得させられるところがあった。

ケータイというのは、もちろんあると便利だけれども、あまり頻繁に使わない人だと、逆に孤独を顕在化させられるようなところがある。それが鳴らないという事実によって、かえって孤独を確認させられてしまう。

そうした人たちのためには、ケータイを定期的に鳴らしてもらうような何か仕組み、あるいは装置が求められていたのだが、そこのところに、アムウェイはすっぽりハマったのだということだった。


M自身は、学生時代に人材派遣の元締めのようなアルバイトをしていた。それで、色んな人と仕事の連絡を取らなければならなかったのだけれど、そうすることによって、ケータイの鳴る頻度というのは格段にアップしたらしい。

その結果、これまで感じていたケータイが鳴らないことの孤独感は一気に解消されたのだということだった。むしろ、それが頻繁に鳴ることに、ある種の優越感や、最終的には快感まで覚えるようになったということだった。だから、アムウェイにハマる人たちの心情というのがよく分かるらしい。

アムウェイに入会することには、そうした快感を生み出すという副次的な効果があるのだ。そしてそのことが、今日のアムウェイの隆盛を築いたのだとMは説明した。

M自身は、もうそういうケータイの醸し出す孤独には慣れることができたけれども、そういうのを我慢することができない人――特に若者は本当に多いから、アムウェイにハマる人は後を絶たないのだそうだ。

その結果が、夜遅くであるにも関わらず渋谷のカフェでこんなにも多くの人が勧誘したりされたりいているし、また渋谷の一等地にあんなに大きな本社ビルが建つことにもなったのです――と、Mは、アムウェイのことをそんなふうに説明してくれたのだった。


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