太陽の恵み

　今日は美容室へ行く予定です。実は、十年ぶりくらいに髪を肩のあたりまで切ってもらおうか、ヘアスタイルを変えてみようかと迷っていたのですが、やはり今のままで行く事にしました。腰まであるとはいっても、かなり梳いてもらっていますから、これといった不便はありませんしね。

　それにしても、今年の涼しいこと。いつもの夏でしたら、髪をゆるくかんざしでひとつにまとめて、下着は何も身につけずにサマードレスひとつ過ごすのですけれど（エアコンは備え付けてありますが、滅多に使いません）、今年はそんな日は数える程度にしかなかったですね。私が住んでいる土地は夏が短いですから、充分に太陽の恵みを享受したかったのですけれど。来年に期待ですね。

涙と共に

　部下の子も少しずつですが、表情に明るさが戻ってきています。あの日から何日か経ったあと、彼女を我が家に連れてきて、二階の部屋を貸し、好きなだけ泣かせました。彼女は実家住まいですから、大声で泣く事は憚られるからです。

　一晩は部屋からは出てないだろうと思っていたのですが、二時間ほどして顔を出してきましたので、熱いジャスミン茶を淹れて飲ませたのでした。

　彼女が婚約者のお母様と一緒に彼のマンションの整理に行った際に、彼の不貞を決定づける様々な物を発見したらしいです。機械方面に疎いお母様だったから良かったものの、そうでなければ、その後のお母様の息子への信頼や愛情が一度に崩れる事になった事でしょう。そうならないように、また、自分の為にも、部下の子はお母様の目に触れぬようにそれらの物をこっそりと自分のバッグにしのばせて帰ってきたのでした。そして帰宅してからパソコンなどでそれらの物を確認し、彼の不貞の数々を知って改めて多大なショックを受けたのでした。

　すっかり、わだかまりと共に涙で洗い流した彼女は、とても綺麗な顔をしていました。愛した人が死んだばかりだというのに実に簡単なものではないかと思われるでしょうか。だけれど、案外人間ってこういうものではないのかしら。いつまでも愚痴愚痴と、不貞を犯していた恋人の死を悲しんでいたって、そんなものは人生の無駄、時間の無駄というものでしょう。

　彼女も今回の事で色々と学んだでしょうし、これから彼女に最もふさわしい男性が現れると信じています。　

ご愁傷様

　中からはとても綺麗な外の世界が映るような不思議なケージに入れられて、大事に大事に育てられたのでしょうね。

　だけどご愁傷様、世界はそんなに綺麗なものではないのですね。ケージに入れられた人達は巣から旅立った時、現実を知るわけです。大概の人達はそこで目が覚めて、なんとか上手くやっていくものです。でも中にはなかなかそれが受け入れられなくて、自分の世界に閉じてしまう人がいるわけですね。そういう方は、閉じたまま自分の信念を貫けば宜しい。だけど、またその中には、怯えた子猫みたいに誰彼構わず攻撃をしたり、ひねくれねじれて、顔ではにこにこして綺麗な言葉をつらつらと歌うように言っていても実は他人を意地悪な目でしか見られない陰湿な心の持ち主がいまして。わたしも随分、被害に遭ってきました。しかし、そういう人種の方はそうですね、そういう事をしても仕方が無いわね、と最初から分かっていますから、どうという事はないのですね。それどころか、可哀想に思います。私に可哀想と思われているその人が、とても可哀想。

　それがどれだけその人にとって情けない事か、お分かりになりますか。

更新の時刻

　馬鹿のひとつ覚えといいますか、ざっと私の日記の毎日の更新時刻を眺めますと、おおよその時間帯が固まっている事が分かります。そうですね、７：１５から８：３０というところですか。多少の前後はあるにせよ、毎日この時刻に日記を公開するわけです。なぜこの時間が多いかといいますと、これにはきちんとした理由がありまして、この頃は４：００に起床、２時間たっぷりと入浴しまして、６時からは朝食をゆっくり食べるんですね（もちろん、ミルクとフルーツです）。食べ終わると、パソコンに向かいます。そうすると、７：３０から８：３０に更新という風に自然となるのでした。

　更新をして、テキスト庵に報告しに行きますと、なんとなくですけれども、同じ顔ぶれの方々が報告をなさっている事に気が付きます。親近感が沸くのは単純だからでしょうか。

　ところで、馬鹿のひとつ覚え、というのもよくよく考えてみれば酷い言葉ではないかしら。そうね、うん、酷い言葉かもしれない。こんな言葉を他人に使ってはいけませんよ。愛している人に対しては、特にね。

お別れ

　彼にお別れを告げてきました。お別れといっても、お付き合いをしていたわけではないですから、人間関係の断ち切りという事ですね。

　彼は随分と謝罪・説得をして、それが無理だとわかると、自分の正当性について素晴らしく力説をしていました。まったく、そんなパワーがあるならば、箸の持ち方ぐらいなんとでも直せるのではないかと思うくらいに熱いものでした。

　しかし残念ながらどの言葉も私の心には届きませんでした。ベッドの上ぐらいに情熱的な言葉を駆使していただければ、また私も心変わりをしたかもしれませんけれど、それはほんの数パーセントの可能性に過ぎず、私の中では先日の彼の言葉でほとんどすべてが終わっていたわけですから、そもそも無理というものでしょうね。ごめんなさいね。直すから、という表面上の言葉しか言えず、たかが箸の持ち方で、としか思えない人とお付き合いは出来ないですもの。

　本当に残念。

自炊

　食欲旺盛なのです。

　珍しいでしょう。ここ一週間ほど自炊をしているのですよ。昨日の夜は、栗の炊き込みごはんに、大根の葉のお味噌汁、焼き秋刀魚を食べました。秋刀魚は焦げましたし、味噌汁も慎重になりすぎたのでしょう、白湯のように薄味になってしまいましたが、やはり普段の乱れた食生活をしている身には、温かなご飯というのは心まで染み入るものなのですね。こんな事ならば、夫にも生きている間に料理を手作りしてあげれば良かったと思います。いつも外食でしたし、それ以外は夫が作ってくれていましたし、包丁のひとつも握らない私に文句一つ言わず、君は料理が出来上がるまで本でも読んでいなさいと優しく言ってくれていたのでついその言葉に甘えてばかりいました。

　とても懐かしく思えてきました。夫には、色々とお世話になりましたね。髪も身体も洗ってもらっていましたし、毎晩眠る前には足の爪をヤスリでそれは見事に整えてくれていました。本当に良い人だった。

　あんなに良い人が死んで、私が生き残るなんて、何か間違っている世の中です。

死んで正解

　ふふふ。

　何が可笑しいかと言いますと、傲慢なのは私も同じなのだわと思ったからです。昨日の日記のお話なんですけれどね。「まさかそのような言葉があの人から聞かされるとは思ってもいませんでした」……充分、私も彼を判ったつもりになっていたというわけです。お互い様かもしれませんね。

　あれから、もう一度話したい、だの、俺が悪かった、直すから、だのとメールが来ていたのですけれど、返信をする気にはまったくなれず、ベッドに携帯電話を投げ出したまま、手紙を書く事に没頭していました。

　死相、お通夜、お葬式…。色々ありましたけれど、それらを経て、また元の日常に戻ったという感じです。部下の子も、全面的に大丈夫とは言えませんけれど、それでも健気に地に立っています。こういう時、男性よりも女性の方が精神的に強いのかもしれないと思うのです。とても哀しいけれど、いつまでもくよくよしているわけにはいかないのだわ、と、そういうわけです。

　また死者を冒涜するわけではないですけれど、亡くなられて良かったかもしれませんよ。どんな理由があるにせよ、愛している人を裏切るような真似は許されないですもの。しかもおそらくは、あの婚約者は部下の子と結婚後も複数と不貞行為を続けていた事でしょうし。悪びれず、部下の子の前では平気で笑顔でね。そんな人間は死んで正解なのですよ。厳しいですけれど、それが良いのです。
　

握り箸

　昨夜は様々な人に、ずっと手紙を書いていました。送る手紙、送らない手紙、含めて。人間とは不思議なものです。電子信号で送られるメールよりも、手書きによる手紙の方にぬくもりを感じるのですものね。

　ぬくもりと言えば、昨日はクラス会の例の彼と触れ合う予定だったのですが、食事も途中で帰ってきました。

　そして何を言い出すのかと言われそうですけれど、彼への気持ちが急速に冷めつつあります。私達はお付き合いしていません。今はまだ肉体だけの関係で、そのうち心もいただこうと思っていました。「お付き合いしましょう」とそのうち言うつもりでした。しかし、前から気になっていた事を指摘しましたら、思わぬ答えが返ってきまして、彼の人間性を疑い始めたのです。

　それは何かと言いますと、箸の持ち方なのですね。握り箸なんですね。クラス会や、そのあとの私の食事の何回は意識をきちんとしていたのでしょう、正しい箸の持ち方をしていたのですけれど、そのうち気が緩んできたのか地が出てきたのでしょうね、握り箸をするようになったのです。あ然としましたね。だって、幼稚園児ではないんですよ。立派な社会人で、一流の会社に勤めている営業マンなのですよ。接待などもあるでしょうし、いいえ、もちろんそういう場ではきちんとしているのでしょうけれど、親しき仲にも礼儀ありという言葉がある通り、私の前でそのような下品な事をされては、まるで心の底から馬鹿にされたような惨めな気持ちになるというものです。

　何度かは我慢をしたのち、やんわりと握り箸を指摘しました。今からでもちょっとした努力を毎日続ければ、正しい箸の持ち方になるでしょうから、それも言うつもりでした。ところが彼はこう言ったのです。「もうお互いをよく知っている仲なんだし、箸の持ち方ぐらいどうって事ないんじゃないかな」。それを聞いて、私はすくっと立ち上がり、「今日はもう帰ります」と言い残して引きとめようとする彼を置いてお店を出ました。

　お互いをよく知っている仲だなんて、よく傲慢な言葉が言えたものです。まさかそのような言葉があの人から聞かされるとは思ってもいませんでした。お互いを、ではなく、お互いの身体、の間違いでしょう。出逢ってまだ間もないというのに、私の人間の何が分かるというのかしら。堪ったものではないのですよ。

　しかしそういう彼の人間性を見抜く事が出来なかった責任は私にあるでしょう。私とした事が、つい肉欲に溺れて、目が曇っていたようです。

嫉妬を抑えておく必要なんて

　許しません、とは書きましたけれども、そうでもないのですよ。私は部下の子の身近にいる人間ですから昨日はそう書きましたけれども、実のところ、あの女性の境遇にはかなり同情しているのです。と、こういう事からして、私にはまだ人間の情というものがまだまだ備わっているのではないかしら。どちらの気持ちも理解が出来るから、二人の女性の間で揺れ動く私。波のよう。

　網をかいくぐる人間の事が嫌いなわけではないんですね。寧ろ、親近感さえ沸いてしまうといいますか。自分のやりたいように突き進む、そこには社会への体裁や繕いなど関係なし、例えば夫に愛人がいる事が発覚したからといって、無理に嫉妬や怨みを押さえて『大人』の対応をする妻が良しとされているけれども、そんなものはただの負け犬といいますか、包丁やナイフを忍ばせて愛人に振りかざすほうがよほど健康的であるし、尊敬してしまう、と私は思うのです。しかし哀しいかな、大多数の他人様は秩序という壁を乗り越える事はなかなか出来ませんけれどね。それは私も同じ。

網をかいくぐって〜��

　混乱状態にあるのだからこれは今は聞き出せないと思い、近くにいました彼女の母親に彼女を何とか委ね(ぎっしり私の袖に握られた彼女の手を外すのは難儀でした)、人の波から、問題の女性を見つけ出しました。女性は驚く事にとても素直に私の言葉に頷き、会場を出て、外へまで付いてきました。

　見る限りでは、女性は心の底から男性の死を悲しんでいるようでした。ですから悪い予感がしたのです。親族の席にもいなかったですし、もし、ただの同じ会社の人間ぐらいの関係でしたらここまで悲しむわけがありません。「今、貴方に囁かれた子が混乱状態なの。どういう事か聞かせて欲しいのだけれど」と言いますと、「○○さんと付き合ってたんです。凄く好きだったのに」と、声を震わせながら、やっと搾り出したような声で女性は答えました。

　女性は、部下の子よりも何年も前に男性と付き合い始めたのでした。当時から付き合っている女性が複数いた事は知っていたし、男性も隠そうともしていなかったらしい。携帯電話が鳴ると、女性の前で平気で、最近引っ掛けた他の女性とのデートの約束をしていたり、女性との約束を破るのも日常茶飯事だったと。しかしそんな状況であっても、自分が一番の男性の彼女だと思っており、これは試練なのだから耐えなくては、と、男性の好き勝手を許していたのでした。ところが最近、「結婚するから」と突然に男性から別れを告げられ、混乱をしていたらしい。その後の自分の行動がストークだと分かりつつも、どうしても諦められなかった。そしてストークするうちに、婚約者らしき女性が分かり、しかしさらに同時進行で付き合いをしている女性たちの存在もあり、そうなると、婚約者の女の子にかつての自分が重なって、他人事では思えなくなったと。

　「だって悲しみを分かち合いたかったんです。悪い事ですか」と女性は泣きじゃくりながら、聞いてきました。うんざりとしていた私は、「だからといって、何も知らないあの子に本当の事を言う勝手が許されるのかしら」と言いましたが、女性の心にはあまり届かなかったらしい。そのあとに、ふらふら帰ってゆきましたけれど、あの様子ではもしかしたら自殺するかもしれませんね。「天国だったら一緒になれる」などと痴呆めいた事を考えて。しかし、女性が死のうがどうしようが関係のない事。

　女性はあの短時間で、自分が男性と十年近く付き合っていた事、付き合っていた事が嘘ではない証明として、男性の下半身的特徴、性行為時の男性の顕著な特徴を並べ立て、最後に、「同じ仲間同士、悲しみを分かちあおうね」と、部下の子に囁いたのでした。

　ともかくも、よくあのような真似が出来たと思うばかりです。始末が悪いのは、女性自身は悪意の欠片さえ持ち合わせていなかった事でしょうね。彼女は本当に「悲しみを分かち合いたかった」のでしょう。しかし、悪意以上の悪意を感じるというのはこの事です。

　部下の子はしばらく立ち直れないでしょう。女性は、一生償っても償いきれないほどの傷を彼女に与えたのです。私は許しません。　

網をかいくぐって

　日常は、映画やドラマほど劇的なものではありません。退屈で、拍子抜けしてしまうほどです。

　例えば、貴方は家族を持っている男性でも女性でもどちらでもいいですがその方と不倫をしていたとしましょう。貴方はその方が好きで好きでたまらない、だけどある日突然何の予告もなしにその方は亡くなってしまった。貴方は悲しみに暮れ、お通夜、葬式に向かいます。その輪の中にはもちろん亡くなった方の配偶者がいます。貴方は、それが無性に悲しく、悔しく、かつて棺の中にいる方と愛し合っていた事を配偶者の耳に口を当てて吐露したくなります。しかしそれは普通は出来ませんね。そこには圧倒的に厳粛の空気の力があるわけで、貴方は社会に組み込まれた唯の人間に過ぎない。吐露した後の事を諸々と考えたら、そんな事は出来ません。劇的なものではないと言ったのはそういう事です。

　しかし、その網をかいくぐる人間がいるわけです。そしてその人間のおかげで、誰かが迷惑を被り、被害に遭うわけですね。それが昨日の、部下の子の婚約者のお通夜でした。私は彼女の傍にずっといましたから、その場での一部始終をすべてこの目で目撃する事となりました。

　以前、彼女の婚約者と食事をした時に、ちょっとした違和感を感じたと言いましたね。その違和感とは、何かが分かりました。あの男は信じるに値しない、という事です。

　参列者の一人であるうら若き女性が目を赤く腫れさせながら彼女の傍に来て、「○○さんにお世話になっていました」とぎこちなくお辞儀をすると、そっと彼女の耳元に何かをしばらく囁いていました。彼女の顔は最初はキョトンとしていたのですが、そのうちみるみるうちに顔が歪み始め、女性が離れたあと、彼女は私の顔を見て「意味が分からないんですけど」と囁きました。

　異変はそのあとでした。私の両腕を強く握り締めて、しかしその身体にそれ以上立っている気力が失われたのか、私の身体に傾れてきまして、その間も涙をボロボロ流しながら「意味が分からないんですけど」と囁くばかりで、今の人に何を言われたのかという私の問いにも答えられないほどのパニック状態となっていました。

　どうやら今日の日記は長くなりそうなので、明日続きを更新いたします。

誤り

　長い夜になりそうだと思いましたが、その様な事はまったくなく、それどころかいつもよりも深く、長く、熟睡が出来たのでした。あんな事があったばかりなのに、神経を疑うかしら。

　ゆっくり入浴し、朝食のフルーツをゆっくり食べて、その神経の疑う女の事を考えていましたら、昨夜更新のここの日記に誤りを発見。『死を予期するのは不可能』ではなく、『死因を予期するのは不可能』ですね。『死を予期するのは不可能』だなんて、それでは死相を見たのは一体何だったのだという話になるのですから、本当に駄目な私です。日記を公開する前には、じっくりと読み直すべきなのでしょうね。他人様の目に触れるものなのですから。

　色々と書きたい事があるのですが、なかなか言葉に出来ないでいます。明日には、もう少しちゃんと形にさせて書く事が出来るかもしれません。

目撃の果て

　忘れた頃に、やってきたという感じでしょうか。先々週の、例の死相を目撃した果て、です。

　部下の子の婚約者が亡くなりました。死因は、いいえ、書くのは控えておきましょう。ともかくも、死を予期するのは不可能だったという事です。

　久しぶりの夜の更新がこんな形とは。しかし、書かずにはいられなかったのでした。今夜は時間の流れが緩慢になりそうな予感です。

佐和子さんとの逢引

　オカルト日のあとは、口直しと申しますか、佐和子さんと一緒にお茶をしました。父は用があるからと、佐和子さんにお茶代を渡してふらりと何処かへ行ってしまいました。相変わらず、まったくの自由人です。

　アイスモカを飲んで(実際、夏中はこれを頼む事がとても多いです)「足枷が取れたようですね」と私が息を付くと、「だけど、なかなか貴重な時間でしたわね」と佐和子さんはいかにも可笑しそうに頬を緩ませました。とても暑い日なのに、汗ひとつかいていない佐和子さんは、やっぱり絵画か写真の中の人のよう。でも、私はこうして佐和子さんと一緒にいる時間がとても安らぐんですね。

　実のところ、佐和子さんが今まで何をして生きてきたのか分かりません。おかしな話でしょう？　私が学生の頃から、喫茶店で会って色々お話をしてきたのに、私は彼女の事をほとんど知らないのですもの。でも想像力だけは逞しいですから、おそらくは佐和子さんは高級の娼婦だったのではないかと密かに思っているのです。娼婦をしている時に、なんらかのきっかけで父と出逢ったのではないでしょうか。想像は広がります。父も謎の人でありますから、本当に、幾つもの物語が出来そう。蓋を開けてみると真実はいつでも平凡な、または泥臭いものではありますが、彼らに関してはロマンチックそのものなのかもしれません。

　ともかくも、オカルト日の嫌な余韻は、佐和子さんとの逢引によって見事に散り散りとなって消え去ったのでした。

オカルト日とタクシーチケット

　お盆の集まり、さあ何をするかといいますと、これがオカルト日と私が命名している所以、誰も酒で浮かれて騒いだりせず、大声で笑ったりせず、淡々とそれぞれの家庭の近況報告がなされ、淡々と目の前に出されるお寿司屋さんから仕出されたお弁当を食べるのです。少しの笑い声さえ憚られるような空気で、一体誰が楽しいというのでしょう。

　そして当然の事ながら、佐和子さんへの『上品で下品』な攻撃が母方の親戚の何人かから繰り出されます。それは露骨な言葉ではないものの、聞いている者を良い具合に悪くする攻撃なんですね。そして私の母はそれをたしなめる役割に回ります。そうですね、「私はとても心が広いから、この場での貴方の出席を許しているのよ」と、そういうわけなのですが、これが本当に馬鹿馬鹿しいと言いますか、見ていられない位に恥ずかしい。しかし、佐和子さんはいつだって、静かな笑みを湛えています。湛えながら、ゆったりとその攻撃を受け止め、誠意のこもった答えを返すのでした。その間、私の父は何をしているかといいますと、その攻撃を止めるわけでもなく、睨みつけるわけでもなく、話題を変えるわけでもなく、佐和子さんの隣で黙々と料理を食べているのです。

　私への攻撃もそれなりにあります。もしかすれば、佐和子さんへのそれよりも数段露骨かもしれません。つまり、身内の恥さらし、的な事をこちらの顔色を伺いながら言うのですね。もっと強く言えばいいものを、そのねちねちさと言ったら。しかし過去のオカルト日で、私も随分と応酬しまして、攻撃の一人を半狂乱に陥らせた事があります。それゆえ慎重になっているのでしょうが、自分は傷つきたくはないが私は傷つけたいのでしょうね。この日に誘わなければいいものを、身内であるから、という理由で今だに招待状を送ってよこすのでした。

　今回のオカルト日は、約4時間。長い時間でした。ところで、親戚一堂が集まる時、タクシーチケットがそれぞれに必ず配布されます。約30人分のそのお金は一体何処から出ているのか、今だに謎です。

オカルト日

　"色々な事を日々考えている"と、まるで自分を哲学者か何かのように昨日は言いましたけれど、決してそんなことは無く、おそらくは、普通の方々よりは考えていないと思います。ただ、私の脳の許容範囲は狭くて浅い、水溜りのようなものですから、パンクへの到達度も高い、こういう事です。

　それにしても、天気の良い事。駅周辺では、近くの地域で大きなライブが行なわれていた為、どこもかしこも会場へ向かう人たちで溢れていました。大きな荷物を持ってタクシーに乗り込む人、バスなどは詰め込めるだけ詰め込んだというほどの超満員っぷりで、歩道から眺めているだけで息苦しくなります。

　実は今日は、オカルト日なんですね。何の事かといいますと、実家に親戚一堂が集まるのです。もちろん私も強制とまではいかなくとも参加しなくてはなりません。ふわふわと好きなように生きている私でも、この日ばかりは、血の濃さや繋がりを恨むのですが(母一人だけならまだしも、集団となりますと、有無を言わさぬ目に見えない吸引力があるのです)、仕方がありません。それに、私の父と一緒に、実は佐和子さんも呼ばれているんですね。ですから、毎年気が進まなくとも参加するのです。彼女の事が心配ですから。もちろん彼女はそんな私の心配など要らない女性なのは分かっていますが、それでも近くにいたいのです。

　早く今日が過ぎれば良いです。

思考停止

　朝の更新をすっかり忘れていましたから、夕方の日記となります。

　それにしても、もうすっかり日記を書くことは習慣になってもよいはずなのに、今朝は考えもせずに、まったくの空白の中にいました。空白と言いますと、たとえば、何も考えずに何時間もただ壁を見つめる人がいるとします。おかしいと思いますか？　状況にもよりますから安易に答えは出せませんが、皆が時間が足りないと忙しなく動き回っているこのご時世からはほど遠い行為ですから、おかしいと言えばおかしいかもしれません。

　しかしそのおかしな人が私であったりします。もちろんおかしいとは自分では思いません。たまにこういう、思考停止の時があります。

　朝の入浴も洗顔も食事も何もなし、朝目覚めて上半身を起こしてからお昼近くまで、ずぅっと壁を見ていたのでした。おそらくは、色々な事を日々考えているせいなのかもしれません。考えて、考えて、パンクして、ですからたまにこういう空気抜きが無いとおかしな事になるという事かもしれませんね。

京子さん

　先月子供たちを泊めたあとに、母から電話が来ましたね。そのあとに、京子さんから電話が来ました。貴方が正しいのに、つい師匠のお孫さん可愛さに、要らない目くじらを立ててしまって申し訳ありませんという謝罪でした。

　謝罪といっても、心の底からというわけではないでしょう。どんなに誠意を装っていても、声で分かるというもの。だけど私も大人ですから、今回の事は気にせずにいきましょうと伝えました。別に謝罪など欲しくもなかったので、突然の電話のほうに驚きました。私には私の考えがあり、彼女には彼女なりの考えがある。それは当然なのに、コロリと主張を変えたりして、ですから私は昔から京子さんが嫌いなのです。

　意外に思われるかもしれませんが、私と京子さんは同じ一つ屋根の下、実家で二年ほど一緒に生活していた時期があるのですよ。前にも少し触れましたが、京子さんは複雑な家庭環境で育ちまして、あれこれ色々な事情で、彼女が高校を卒業するまでの間、母が京子さんを引き取ったのでした。ですから、合計しますと、２０年と少しの間柄ですか。

　実家での二年間の共同生活は、またそのうちに書きたいと思います。

変り映えしない

　ものすごくどうでもよい話しなのかもしれませんが、この日記の『あわせて読みたい』に表示されているブログさんが最近はあまり変り映えしなくて、もう少し変化があれば面白いのに、と思うのです。お目にかかったことのないブログさんに会うには、リンクを辿っていくしかないのかしら。もう少しサプライズ的なものが欲しいです。

　久々に夢を見ました。私は滅多に夢を見ませんから、夢の隅々まで覚えていました。ここで書いていいものやら、良俗に反する内容。父と裸で抱きしめあっている、というものでした。別にセックスをしていたわけではありません、ただ抱きしめあっているだけ。ご存知の通り、私は父からの愛を他の人と同じように存分に受けた経験がありませんので、深層では父性の愛を求めているのでしょう。だから今だにこのような夢を見るのですね。ファザー・コンプレックスの気もありますしね。主人も、大分歳の離れた人でした。
　
　それにしても、涼しい朝。というよりも、少し間違えば、肌寒い朝、と申しましょうか。そのような感じです。

アホさん

　世の中にはまったく、それでよく生きていけるものねと我が目を疑ってしまうほどの人(常識知らず、世間知らず等)がごまんといるわけですが、私の周りにもそういう人はいます。しかしその場合は少し意味合いが違ってきまして、その中でも二種類に分かれるわけです。悪い、つまり関わりたくない方と、愛すべき人の二種類。そして愛すべきほうを、私は敬愛を込めてこう呼んでいるんですね、「アホさん」、と。

　昔の友人で、雷の音で死んだ男性がいます。予告の稲妻や遠くからの遠雷は無し、突然、地面がひび割れるのではないかと思われるほどの大音響の雷が鳴って、それに驚いて心臓が止まったわけですが、それだけならばまだ良いものを、死んだ時の状況がまずかった。なぜか先端のビニールを破いて中の配線をほぐしてある電気コードの先を握り締めたまま、下半身丸出しで亡くなっていたのです。壁に背を付けて、だらしなく足を左右に開いて、下着は近くに放ってありまして。第一発見者は、当時その男性と付き合っていた女性、この子は私の友人でもあるのですが、彼の死を知らされ駆けつけてきた私を見た彼女の一声、「あいつって、本物の馬鹿」と呆れ気味といいますか、情けなさといいますか、そんな感じで言ったのでした。

　前日の夜、夕食を作りに男性の家に来ていた彼女は、テレビに見入る彼に呆れていたそうです。信じられない馬鹿な要因で死んだ人達を紹介している番組で、快楽を追求するあまり、途中で切断した電気コードを局部に巻いて感電死した外国の男の事が流れていて、「俺なら死なずに、絶対いけるっ」と何処やら来るのか箸を持ちながら自信満々に言っていたからです。それまでも、「どうして私はこんなアホと付き合ってるのかしら」と事あるごとに思ってはいたけれど(そもそも、男性は学生時のシンナーのやりすぎで歯がボロボロでした)、なんというのでしょう、そのアホさ加減を補って余りある人間的魅力がその男性にはありまして、だからこそ私も彼女もその男性とお付き合いしていたわけです。局部実験をする前に雷の音で死んだというのも、彼らしい。あんな死に方をしたあとでも、今だに私と彼女は彼の色々な逸話をするたびに「本当にアホさん」と口を揃えるのでした。

　彼の場合は極端な例かもしれませんけれど、その他、様々な「アホさん」がいるわけでして、私は彼らが好きです。

旅に、馳せる

　お盆、ですか。

　我が家は、ある事情で、一晩でも家を空けることが出来ないため、もう何年も泊まりの旅行に行っていません。『行けない』、という縛りがあると、『それでは、何がなんでも行きたい』という強い願望が出てくるのは当たり前でして、しかしそれを何年も前に強行しましたら、それはそれはとても酷い目に遭いましたので、我が家に住んでいる限り、一泊二日の旅さえ出来ないでしょう。

　それでも、ああ何処か遠くへ行きたい、と思うのです。俗かしら。遠く、といっても、具体的な国が出てくるわけでもないのです。世に悲観しているわけではありませんし、誰も知らないところへ、などと少女めいた事も考えはしません。しかし、あの雲に乗って、例えば地球の端へ行けたら、今の自分を変えるようなとんでもない価値観が待っているのではないかと思うのです。そうですね、変りたいのかもしれません。

　でも、変われない。私が私である限り、絶対に変りません。それは分かりきっている事です。例え宗教に身を委ねたところで、表面的な事。表面をいくらこねくり回したからといって、奥の、もっと深いところはなんら変る事はないのです。お分かりでしょう?

　それでも変りたいと思うのだったら、あとは死ぬしかありませんね。それだって、怪しいですけれど。

なんという事はない

　早いもので、日記を書き始めて3ヶ月。一週間足らずでランキング上位になり、今は、いつ一位から順位が下がっていくのかしらと思っているのですが、なかなか落ちてゆきません。私が思うに、きっと、物珍しさなのでしょうね。私と同じようなスタイルの方は見かけませんし(といってもほとんど他の方のものは読んでいないのですけれど)。だけど、おそらくこのまま上位は続かないでしょう。と、予告しておきます。

　昨日、今日と青空が続いています。

　庭で芝生に水を蒔いていますと、暗澹たる気持ちがどこかへ消えてゆきました。そのかわりに、いつもの私が戻ってきました。すなわち、人は遅かれ早かれ死ぬのなのだから、それにこだわるだけ時間の無駄であるのだと。死相を見てから随分と身体が鉛のようでしたけれど、それは当の本人の男性を心配しているわけではなく、男性が亡くなってしまった時の部下の子を心配しているだけ。考えようなんですよね。だって彼らはまだ結婚していないのですから、幾らでも部下の子はやり直しがきく。今は哀しくとも、哀しみは生のうちにいつか消えてゆくものでしょう。私に出来る事は、愛しい人の死に直面した部下の子の傍にいてあげる事。これだけですね。そう、なんという事はないのです。どうしてあんなに気が重かったのかしら。私も人間ですね。　

取材依頼

　新しい冷蔵庫がやっと届いたといっても、心は暗澹そのもの。

　いつ「その時」が来るのかと待ち受けるのは、予想以上に疲れるというものです。昨日の話の続きです。病気で死ぬのならば警告はしてやれますね。上手い具合に話を持って行って、病院での検査を進めてみるとか。しかし、何で死ぬのか分からないというのに、そんな粟を掴むような取り止めのない事は出来ませんし、そもそも健康体の人間がそう易々と病院へ行くようには思いませんし（だって本人からすればどこも不都合はないのですものね）、事故や事件に巻き込まれて死ぬとなれば、それはもうお手上げです。やはり、心の準備をして待つしかないようです。

　そんな状態の中、取材依頼が来ていたのですが、お断りしました。数日前に、某テレビ局さんから、これこれこういうテーマでドキュメントを撮りたいので貴方と貴方の日記の日常を取材させて欲しいとのメールが来たのです。どうやら、ここの日記を読まれたらしい。そういう事ならば、私の他にももっと興味深く、大変面白い日記を綴っている所はいっぱいあるでしょうから、そちらにお願いしますとお断りをしました。

　興味が無いと言えば嘘になります。そして、まだ始めて間もないこんな日記に目を止めてくださったのはとても嬉しい。だけど、私のような人間がテレビに出るわけには行きませんね。世間様に晒すとなれば、世間様に毒を送り込むようなものですもの(この場合の『毒』が何を指すのかは敢えて語りませんが)。私はひっそり、期限までに日常を書き続ける事とします。

私には、何も

　率直に明かすならば、昨日の人物は、部下の子の婚約者です。一度三人で食事に行った時に、微妙な違和感を感じた男性と書きましたね。たまたま会社に彼女を迎えに来ていたその男性と鉢合わせまして、その時に、彼の顔に影を認めました。嫌な色です。不吉なものが渦巻いているのです。しかし、きっと読んでいる方にはピンと来ないかと思われますが。

　ともかく、平静を装うのにはとても苦労をしました。私の後から来た彼女が嬉しそうに彼に駆け寄る所を見て、言い表せない、苦さがこみ上げてきました。でもまさか、「貴方の婚約者は近いうちに死んでしまうわ」とは言えません。部下の子は、私にとってとても可愛い存在ですから、彼女を悲しませたくありません。しかし私にはどうする事もできません。

死相

　前と同じ型の真空チルド搭載の冷蔵庫を買いました。明日の午後にセッティングを頼みました。

　昨日のお昼から、体調が芳しくありません。身体の不調ではなく、精神的なものからきています。実は、顔に影が差している人を見てしまいまして、それが影響しているようです。しかも、日記にも書いているほどとても身近な人なんですね。平常心でいられるわけがない。

　言うべき言葉が見つかりません…。

冷蔵庫も寿命に

　朝、はっきり覚醒しないまま、よろよろとキッチンに行き、ミルクを飲もうと思って冷蔵庫を開けましたら、何かが違います。動きを止めて、何がいつもと違うのだろうとしばし考えましたら、中がとても暗い事に気が付きました。そう、電気が通っていないのですね。コンセントが外れたのかしらと思って確認したのですが、そんな事はありません。そうですね、とうとうこれは、来てしまったようです。予告なしの突然の寿命です。

　やれやれ。

　この冷蔵庫は、つい半年前に買ったばかりなのですよ。今回はいつも以上に短い一生となりました。せめて一年は持って欲しかった。洗濯機に続いて、今度は冷蔵庫ですものね。慣れているとはいえ、サイクルがあまりにも短すぎます。

　しゃがみ込んで、冷蔵庫の中を眺めていても何も始まりませんから、近くのコンビニへミルクを買いに行く事にしました。しかし、もちろんそのような眠い頭で外へ出るなど危険というもの、冷水を顔に浴びせて(といってもこれは所詮気休め程度ですけれど)、薄いカーディガンを羽織って、なんとか目的を果たしに行ったのでした。

　新しい冷蔵庫を買わなくていけませんね。それも、緊急にです。まさか一週間も二週間も、毎朝ミルクを買いに出る事など出来ませんから、今日は会社の帰りに家電屋さんに行こうと思います。

こんにちは、中身は何も無し子さん

　お分かりの通り、特別な才能を持っている人間は、滅多にいません。この世に存在するのは一握りの能力者たち、そしてあとはクズです。クズという言葉がお気に召さないのであれば、平々凡々な人間という言葉に置き換えましょうか。そうですね、これがこの世では絶対的多数ですね。もちろん私もこの絶対多数派に入るわけです。

　私は、自分が何の能力も無い、平凡で、つまらない人間だと自覚しています、きっと、そうですね、貴方が思っている以上に。しかし、大多数の人はそうじゃない。口先では耳障りの良い事を言っていても、心の何処かでは「自分は特別だ」と思っている。またそうでなければ悲観しすぎてこの世を生きてはいけないでしょうから、クズはクズなりに大変なのです。

　そうじゃない、何を言っている、それは君の勝手な思い込みだ、とお思いになるでしょうね。でもその良い一例が、自分らの子供に向ける視線じゃないかしら。何か未成年の事件が起きるたびに「うちの子は大丈夫」と無条件に安心しきっている親御さんを見ます。「イジメも売春も万引きもその他軽い犯罪も考えるのも恐ろしい重い犯罪も、私の子供は無関係。だって、私の子供だからそんな事をするはずが無い」というわけです。これこそ、愚の骨頂というもの。

　なぜ自分から生まれ出た生き物が、「そんな事をするはずがない」と思えるのか。貴方はそんなに立派な人間なのでしょうか。貴方はそんなに胸を張って生きられるような、素晴らしい人間なのでしょうか。これが不思議でなりません。本当ならば、「自分の子供であるからこそ」、「何かやらかさないであろうか」と心配になるはずです。なぜ被害者側なのか？加害者側になる事が考えられないのか？なぜですか？

　今まで、悦に入っている人を多く見かけてきました。中には、本当に素晴らしい才能を持っている人もいたけれど、そんな人はまれ、大半はくだらないものを生み出し撒き散らす事にそれはそれは熱心でした。クズが生み出すものは、クズでしかありませんのにね。ゴミだけが増えていく。気の毒な事です。

　しかし、当の本人さえそれに満足し、幸せならば良いのかもしれませんね。だってそうじゃなければ、あまりにも可哀想ですもの。どうぞ、そのまま何も気が付かずに幸せのまま死んで下さいな。

解体ショー後の騒ぎ

　おそらく昨日の午後に封を開けてから今朝まで、十回は彼女からの手紙を目を通したでしょうか。まるで恋患いの少年のようですね。でも本当に、そう。彼女は、近く、遠く、掴んでいるようで、掴んでいない、握ったそばから指の間から零れ落ちる様な、水のような存在です。

　私が読んでいる事は気にせずに貴方の好きなように書いて、特に子供時代が懐かしいからその話しが読みたいわとありましたので、先月か先々月に書きました『死ねと言わずに死なせられる』の続きといいますか、今日は例の「秘密の場所」について書きましょうか。

　私と彼女は飽きが来るまで、解体ショーをしていたというのはお話しましたね。達磨になった猫たちをどうしていたかといいますと、ショーの近くの大きな白樺の木の周りに埋めていました。埋めたその上に、木の棒に適当に付けた猫の名前をカッターで刻み、墓標代わりに挿しました(名前のつけ方はその時によって変りました。１号・２号といった味気ないものから、ミケ、シロなど、オーソドックスな名前まで)。埋めたあとは、手を合わせ、腕、足が傷だらけになりながら、木の枝や草・ツタが絡み合った道の無い道を進んで帰りました。

　私達が解体ショーをやって四ヵ月後ぐらいですか、騒ぎがありました。山菜取りに入った人が、溶けかかった雪の間から猫の死骸が覗いていたのを見つけたからです。おそらくは、私達がショーに飽きて山に近づかなくなってから、大雨などで土が流れたのかもしれません。深く埋めた覚えはありませんし、当然の事と言えます。普通の猫の死骸なら問題はありませんが、その猫は手足や尻尾を人の手によって切断されているのが明らかなわけで、そしてあとから複数の人によって周囲が探索された結果、実に二十匹以上の達磨猫が出てきまして、もっと大騒ぎになりました。中には首の無いものもありましたから、これは精神異常者による犯行だ、愛らしい猫にこのような残酷な事が出来るのだから、そのうち人間に標的が向いてもおかしくないという事で、しばらくの間、私達の小学校や周辺の学校も集団登下校になりました。

　私と彼女はどうしていたかといいますと、陰で笑っていましたね。右往左往し、あれこれ犯人像を推測する大人たちを見て、「本当に馬鹿だねえ」と笑っていました。本当は子供の仕業だというのに、誰も子供には目が向かない、それどころか居もしない精神異常者から護ろうとするなんて、なんて滑稽なんだろうと。しかしその騒ぎも１年も経たずに沈静化して、あっけない幕切れとなりました。

　それでも、まさかあれほどの騒ぎになるとは思いませんでしたから、子供ながらにドキドキしたり、ワクワクしたり、本当は私達じゃなくて精神異常者の仕業だったりして、と勘違いしかけたり、わりと楽しめた一年なのでした。

彼女からの手紙��

　オープンテラスで撮ったのでしょうか、シルクのプリント柄ワンピースを着て、両手をテーブルの上に添え、足を組んで斜めからこちらを見て微笑んでいます。柔らかな日の光りが彼女を包み込んでいるのか、まるでこの世の人間ではない、そうですね、天上の人のようです。カメラを愛好するご主人を選んでから、彼女が写る写真はますます魅力的なものになりました。

　達筆な字による「拝啓、こちらは滞りなく。」のいつもの出だしから、軽く彼女の近況が書かれていまして、大半は私の、例のクラス会の彼との事について割かれていました。結論から言えば、怖がらずに突き進めば宜しいのでは、との事。

　貴方はご主人との愛を信じてあのような、普通の人なら出来ないような勇敢な事をやってのけたのだから、今さら怖がる事なんてないでしょう。貴方は優しいから彼をご主人と同じ運命にさせてしまうと随分心配しているけれども、愛って命がけなのよ、貴方だってよく分かっているでしょう？その結果、二人とも幸せのうちに死んでも良いじゃない。誰かがそれは許される事じゃないって非難するでしょうけれど、そんな無責任な発言は放っておけば良いし、それにどうせ死んだら関係が無くなるのだから、自分の信じる道を突き進むべきだわ(そうなったら、こうやって貴方と手紙の交換が出来なくなるのがとても淋しいけれど)。

　本当に彼女の言う通り。何度も読み返しました。

　主人が死んでしまってから、私の中はずっと空っぽでした。どんな素敵な男性が現れたって、主人と過ごした時に感じた、あの熱いものはもう取り戻せないだろうと思いました。しかし私はとても弱い人間ですから、色々な男性と寝る事だけはしてきましたけれども、一向に干からびた、砂漠のような心は満たされませんでした。そんな時に、クラス会で例の彼と会い、燃え上がったわけです。おそらく、我を忘れるほどになる、という男性は彼で最後ではないだろうかいう予感がします。ですから、余計に二の足を踏んでいたのです。

　しかし、そうですね、それで良いのだろうと思うのです。たとえ死が待っていようと、私が彼を求め、彼が私を承知で求めてくれるのなら、例えば彼の母親が非難しようと「彼は貴方の手をとっくに離れた大人の男性です。自分でどの道を選ぼうと彼の自由です」と笑って答えられるでしょう。愛は命がけ、良い言葉ですね。決心が付きました。

　ところで、先月彼女への手紙に、日記を書き始めた事を伝えました。ここの場所も伝えました。面白く、興味深く読ませていただいている、との事です。"でももう少し自分を出しても良いんじゃない？貴方は、顔も知らない人たちに良い顔をしたいの？"というアドバイス付きで。良い顔をするつもりは毛頭ありませんけれど、そうですね、もう少し良い意味でも悪い意味でも自分を出したほうが良いかもしれませんね。考えておきます。

彼女からの手紙

　彼女からの手紙が届きました。彼女とは誰か、と今さら言わなくともお分かりでしょうね。彼女に手紙を出してから、ほぼきっかり一ヵ月後の返信。ローズ色の封筒は、彼女のお気に入りであるジョルジュ・ラロです。

　実はまだ封を開けていないのですよ。なぜ、と問われると、楽しみを１秒でも長く引き伸ばしておきたいという想いと、手紙を読む時は、一日置いて、思いつく限りの用事を済ませて紅茶を淹れた後に、と決めているからです。ですから、今日の午後に読む事になるでしょう。心が躍ります。返信の内容はもちろん一番気になりますけれど、今回はどんな素敵な彼女の写真が同封されているのでしょうね。

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