「孤立する患者たち−6」
僕らが医療を壊したの?
妻の死めぐりネットで中傷 
 新聞をめくる手が、思わず止まった。
 〈診療や手術の結果が悪かった場合に責任を問われるなら、産科医などいなくなる――〉
 医師の心情を取り上げた囲みの記事。
 奈良県の会社員高崎晋輔さん(26)には、病院の対応に疑問を抱く自分らが責められているように思えてならなかった。
 おととしの夏、妻の実香さん=当時(32)=を失った。
 2006年8月上旬。実香さんは当時、同県南部で唯一お産ができる医療機関だった大淀町立大淀病院に出産のため入院。深夜、頭痛を訴え、未明に意識を失った。
 けいれんがひどくなり、医師は大きな施設に移送しようとしたが、次々に受け入れを断られた。6時間後、ようやく搬送先が決まった。約60キロ離れた大阪府吹田市の病院。実香さんはここで長男の奏太ちゃん(2つ)を無事産んだが、意識は戻らず、一週間後に脳内出血で死亡した。
 報道で事態が表面化した同年10月になり、大淀病院の当時の院長が記者会見し、診療に判断ミスがあったことを認めた。
 だが、晋輔さんはほぼ同時期、病院側の弁護士から正反対の言葉を聞いている。  「こちらに一切責任はない。どうぞ訴訟を起こしてください」
 追い打ちを掛けるように、インターネット上の医師専用ブログなどで遺族を突き放すような書き込みが相次いだ。
 〈手を尽くしたのに責任を追及されるなら、医師は尻込みする〉
 〈遺族が騒げば騒ぐほど、周産期医療は崩壊する〉
 07年5月、晋輔さんは訴訟に踏み切る。「病院に対応を拒まれ、他に行き場がなかった」  病院側は法廷で、激しく遺族を批判した。「診療態勢の問題を、特定の医師、医療機関に責任転嫁した」「正当な批判を超えたバッシングで、(大淀)病院を周産期医療から撤退させた」…。実香さんの死から2年が過ぎたが、今も出口の見えない争いが続く。
 大淀病院が産科を休診して既に1年以上になる。地元の妊婦は、遠方の病院まで足を運ばなければならなくなった。晋輔さんの気持ちは沈むばかりだ。
 「お産の場だけでなく、法廷でも妻の命が粗末に扱われ、冒?(ぼうとく)された。医療崩壊を招いたのは僕らだというんですか」

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