
居間葉 芽田簿(いまは めたぼ) 33歳
海川商事食品部の営業を担当。穏やかでのんびりした性格。学生時代はサッカー部に所属し、長身でスリムな体型だったが、飲みすぎはもちろん、仕事でもらうサンプルの食べ過ぎがたたってここ3年で20キロも太る。好きな食べ物は焼肉。

「うわー。居間葉くん、別人だね」
10年ぶりに開かれた高校の同窓会。会場につくなり、当時、付き合っていたエリちゃんに声をかけられた。
自分でいうのも難だが、僕は高校時代、よく女にモテた。彼女がいるのにも関わらず、バレンタインデーにチョコレートをもらうことはザラ。身長180cm、体重67kg。体型もきっとあの頃がピークに良かったと思う。そう、つまり「別人」と言ったエリちゃんは、明らかに今の僕の姿に落胆していたのだ……。
「ここ3年くらいで20kgは太ったからなぁ。今、商社の食品課にいて、いろいろ食品のサンプルをもらうんだよね。ついつい食べすぎちゃって」
それでも明るく答えてみる僕。だが、「ふーん」とエリちゃんは苦笑いをして目をそらす。こっちは密かに「元サヤ」を期待していたのになぁ……。結局、久しぶりの同窓会は男同士で盛り上がるばかり。過去の栄光はまったくもって輝きを失っていた。
「太っただけじゃないよ。お前、髪も少なくなっているぞ」
はっきりと指摘したのは、つるんでいた黒川だ。そういう奴だって、前髪の部分がキテる。
「この年齢になれば、仕方がないのかもなぁ」
「やばいよなぁ。10年後なんか想像したくないよ」
高校時代、黒川とは進路や女の話で盛り上がった。まさか大人になってから、薄毛の話に花を咲かせるようになるとは……。現実は厳しい。
僕が勤める海川商事には、イ毛メンという薄毛を克服した偉大な同期がいる。髪の悩みをカミングアウトするのは勇気がいるが、イ毛メンならきっと親身になって話を聞いてくれるだろう。同窓会の翌日、早々にイ毛メンの内線を鳴らす。と同時に、改めてエリちゃんの反応にショックを覚えている自分に気がついた。「別人だね」というのは、何も体型のことばかりではない。あの子は、髪の少なさにも驚いたのだ、きっと。
「焼き鳥としょうが焼き、追加でちょうだい。あと生ビールは大で」
仕事終わりに、イ毛メンと訪れたのは会社近くの居酒屋。いつものように大量に食べ、飲む僕に彼は驚いていた。
「さっきから肉ばっかりじゃないか。野菜も食べろ、野菜」
「わかっちゃいるけれど、やめられないんだよな」
「高カロリー食は肥満の最大原因。ついでに高タンパクな食事は健康にも毛髪にもよくないんだぜ」
「だけど、髪の毛だってタンパク質だろう? 太るのはわかるけど肉食は髪にいいんじゃないのか?」
「お前は、まず食生活を見直すのが第一だな」と、イ毛メンはひとりでうなずき、講釈を垂れた。
タンパク質は内臓に負担のかかる動物性のものより、大豆製品や玄米、イモ類から摂取したほうが健康に良いこと、タンパク質を分解する際に必要となる酵素類は果物や野菜に多く含まれていること。「お前は栄養士か!」とツッコミを入れたくなるほどに、イ毛メンの情報は細かく、具体的だった。
「栄養バランスの摂れた正しい食生活と適度な運動も大切だぞ。運動はストレス発散になるし、きちんと続けて筋肉をつければ基礎代謝もあがる」
「それってダイエットと同じじゃないのか?」僕は素朴な疑問をぶつけた。
「そうなんだよ。だからヘルシーな生活をしていると、肥満と抜け毛防止が一度に出来るようになる。仕事で忙しいと、カロリー計算なんてことは面倒だろうから、腹八分で食事をストップしてみなよ。あとは夜8時以降は食べないとか。出来ることから始めてみるんだな」
それからは、イ毛メンに合わせて野菜中心のメニューを頼んだ。煮物や野菜の炊き出し、肉の変わりに豆腐ハンバーグ。自分では好んで食べるものではないが、久しぶりの「おふくろの味」は旨い。
会社のマドンナである、エビ子ちゃんにふさわしい男になろうと、イ毛メンは徹底して食生活の改善とウォーキングを続けたとも語った。僕には正直、そこまでの忍耐力はない。オフィスには、甘いものなどのダイエットの敵というべき食品サンプルもドカドカと届く。
「それなら、好きな女の子を作れ」
きらりと薬指にリングを光らせるイ毛メンの言葉には、説得力があった。
グ〜。家につく頃、小腹が空いているのを感じた。カップラーメンを食べたいという欲求に負けそうになったとき、黒川から携帯電話にメールが届いた。
「エリちゃん、高校のときよりも可愛くなっていたな。オレ、今度飲みに誘っていい?」
いきなりのライバル宣言!? あきらめかけていた復活愛だが、敵がいるとなると燃えてくる。
そしてこのとき、自分を変えたいと、初めて強く思った。高校時代までとはいかなくても、自信をもって女を口説けるくらいの外見は手に入れたい。肥満体、薄毛を気にしてすっかり引っ込み思案になっていたが、エリちゃんと黒川のおかげで、封じ込められていた恋愛欲求がむくむくと頭をもたげた。
「ちょっと待てよ。エリちゃんは僕も狙っている!」
好戦的なメールを黒川に送りつつ、僕はイ毛メンから聞いた発毛&ダイエット作戦を、頭のなかで何度も復唱した。