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September 3, 2008

「崇高な」予算(「ニュートリノ〜これまでとこれから〜」)

先日、「地デジ化の最大のメリットは、放送大学がきれいな画質で簡単に録画できるようになったこと」と申し上げました。見る側の立場からさらに言えば、「放送」大学である必要はまったくなくて、ネット(通信)でオンデマンドで番組が見られるようにしてくれれば尚ありがたいのですが、きっとそこは素人にはわからない「放送と通信の厳然たる(アホな)垣根」が存在するので、そういうわけにはいかないんでしょうね。

さて、ちょっと前になりますが、8月22日に「放送大学 特別講義」として、ノーベル賞を受賞した小柴昌俊先生に杉本大一郎教授がインタビューする「ニュートリノ〜これまでとこれから〜」という番組がありました。
これは、研究をして大きな成果を成し遂げた方の話ということで、ベンチャービジネスをはじめとして、「新しい、何か全くわけがわからないもの」に取り組む方にも示唆があるんじゃないかと思い、一部をご紹介したいと思います。


このちいちゃなカミオカンデで(中略)この3つの発見(注:人類最初の超新星ニュートリノの観測、太陽ニュートリノの天体物理学的観測、大気ニュートリノの観測によるニュートリノに質量があることの発見)をして世界中をビックリさせたもんだから、もう、それ以前は考えられなかった100億円もするスーパーカミオカンデの建設を文部省が認めてくれた。(20分あたり)

文部省や財務省や国会などの方々が、まだ何も無い時代に「いかにニュートリノ研究が必要か」というわけのわかんない話を理解して、「東北の山の中の村に道路を造るのとどっちがいいか」といった多数の案件とのトレードオフを直接、判断できるとはあまり思えません。
そういった環境下においてそういったROIで計算できないようなことの予算を取ってくるには、日頃からの地道な研究活動による信用の形成はもちろん、信念と情熱と、巧妙な戦術やプレゼンが必要だと思いますが、

  • とにかく、最初は「小さめ」のこと(全く小さくないですが)で「結果」を出すこと。
  • 「外国の人」に評価してもらうこと。

あたりもポイントかも知れません。

杉本教授の、「ニュートリノ研究は日本の独断場ですね?」という問いに;

まあそこまでは言いませんけどね。ニュートリノの研究をするなら日本の神岡に行け、という風に考えている学者が世界にたくさんいますね。 神岡の実験つうのはもう3代目の実験が活躍してるんだけども、その神岡の実験に参加したアメリカ人の研究者の数ね、130人超えてんですよ。で、日本人の研究者の数より多いの。 さらにね。今準備している東海村のJ-PARKってとこの加速器からね、強いニュートリノ・ビームを神岡に送るっていう実験が始まるとね、ヨーロッパから50〜60人の学者がドッと乗り込んで来ると、こういうことになる。だからね、ニュートリノ研究じゃ、世界の中心になってるの。

ということで、日本が「世界の中心」になっている、数少ない分野の一つになっているわけです。

さらに、研究の考え方について聞かれて、

基礎科学ってのはね、結局どんな産業界にも利益をもたらすような結果なんて出さないわけ。出せないわけね。 今まで、あなた考えてごらんなさい、今我々が知ってる96種類の素粒子のうちね、人間に利益をもたらしたのはただ一つだけよ。「電子」だけ。ね。 そりゃ確かに、エレクトロニクスというのはものすごい利益とインパクトを与えたけども。つい最近になって電子の反粒子の陽電子を使ったPETという医療機械が使われるようになった。それだけよ、素粒子で。 だからね、なんか素粒子の研究やって産業が興るとかね盛んになるってことは絶対にと言っていいほど期待できない。そうなってくるとね、結局、国家がね、判断して、我が国はこの分野の基礎科学にこのくらいの経費をつけてこういう年度計画でやっていくということをちゃんと決めなきゃならんということが一つと、それから国民の全員がね、やっぱり自分たちの基礎科学っていうのは自分たちで応援しようと、そういう機運になってほしい、というのが私の気持ちなんですけども。(以下略。)(35分あたり)

ここまで開きなおられるというと、むしろ大変なさわやかさを感じてしまいます。
社会に直接与える効果が一定以下の場合には、へたに効果をこじつけるよりも、開き直っちゃったほうがいい、ということかも知れません。

私は、社会のほとんどのものは自由な「市場」に解決させるようにするべきだ、という考えを持ってますが、こうしたニュートリノの研究などは、明らかに「Return on Investment」とかそういう考え方では妥当な予算額を決定できないタイプのものであります。

しかし、スーパーカミオカンデに100億円かけるんだったら、困ってるホームレスやネットカフェ難民に配った方がいいとは、私は全く思わない。(ホームレスやネットカフェ難民の方々は、寄付やボランティア活動といった別の方法でも援助できる可能性がありますが、ニュートリノ観測というのは営利活動や寄付で成立させるというのは全く困難ということもあり。)
「自分は何なのか、どこから来たのか」「我々がいる世界や宇宙はどういう仕組みになっているのか」を考えるというのは、人間が単なる地球の地ベタに張り付いてうごめく虫ケラとは違うというところかと思いますし、(全員に同意は求めませんが)こういうことをやることこそが人間社会の目的といってもいいくらいじゃないかと思うので。

(そういえば、最近、「崇高な」という表現を使った記憶も目にした記憶も、あまりないなあ。あまり「崇高さ」を追い求める社会じゃなくなっちゃった、ということでしょうね。)


今度の「KamLAND」という観測装置では、「反電子ニュートリノ」も観測できるそうで。
反電子ニュートリノが「250km先の原子炉」から出てくるのを観測して、いつ原子炉が稼働して止まったかがわかるとのことで、「韓国の原子炉」についても「ちょっとだけ、ね」ではあるけど観測できた、とのこと。

予算を獲得する際に、こういった(「国防」に大きく関連するかも知れない)あたりもチラつかせたとしたら、やはり小柴先生、プレゼンがうまいなあ、という気がいたします。

(ではまた。)

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