[2008.9.2]
No.213
綾波レイが好きだとは言えない〜パチンコ産業はどこへ向かうのか〜
泉谷 渉
取材の終わった後で、綾波レイの特製ジッポライターでタバコに火をつける。相手の担当者は「ほほう、エヴァンゲリオンですなぁ。お好きですか?」と、パチンコ台に手をかける仕草で微笑むのだ。しかるに、随行してきた広告担当の女性は「なんて汚らわしい。いい歳をしてアキバ系と間違えられるわよ」と厳しい視線を送ってくる。帰りの道々に「もう絶対にそのライター使わないでくださいね」ときつくたしなめられてしまった。エヴァンゲリオン→即オタクという、誤ったイメージが流布しているのには驚いた。
確かに、パチンコのエヴァンゲリオンを打っていると、様々な風景に出くわすのだ。大当たりをした時に「魂のルフラン」のメロディーが流れるが、それを口ずさみながらボロボロと泣いている若い男もいた。綾波レイが画面に現れて「私の代わりなんていくらでもいるもの」というセリフに対し、小さな声で「レイちゃんは可愛いねぇ」とささやいた初老の男を知っている。シンジが裸のレイちゃんに重なった映像に、トロンとした目で陶酔の中にいる若い女を知っている。みんなみんな、何万円もすっているのに、綾波レイに会いたいばっかりに、パチンコ屋の雑踏の中に吸い込まれていく。
パチンコは今や、エンターテイメント産業の代表格であり、今はさすがにマイナス成長となっているが、一時は30兆円の巨大市場を形成していた。驚くなかれ、このマーケット規模は、全世界の半導体生産額とほぼ同水準なのだ。日本国内だけでこれだけの巨大市場を築いている、と外国の記者に言ったところ「オー!アンビリーバブル!」と叫んでいた。
最大の人気機種は、なんと言っても「海物語」であるが、最近では加山雄三のCMまで導入して少し落ちてしまった人気回復に躍起だ。エヴァンゲリオンは、海物語に次ぐ人気機種であり、客の入りが悪くなってくると改訂バージョンを出すことが年中行事となっている。エヴァンゲリオンの新シリーズが導入されたパチンコ屋の客の入りは凄まじいものがある。何しろ、1時間待っても台に座れないのだ。行列のできているパチンコ屋の前に立つと、みんな綾波レイちゃんの話をしている。いい歳をしたオジさん記者も例外ではなく「レイちゃんの痛々しく戦う姿がとってもセクシーなのよね」と心の中でつぶやいている。
しかしながら、エヴァンゲリオン人気をもってしてもパチンコの低落傾向に歯止めがかからない。あまりにギャンブル性が高く、勝った時は5万円、10万円という世界であるが、負ける時はひどく、何しろ1万円使っても40分ともたない。最近では、1円パチンコも登場し、客単価を下げてでも動員しようという業界の努力も垣間見える。景品の品揃えも、一流ブランドのファッション製品に加え、コシヒカリ、味噌、焼酎など生活必需品を充実させている店も増えてきた。心なしか、店員のサービスも以前よりは良くなってきた感がある。超ミニスカやハイレグ水着のお姉さまが、おしぼりを配っている店もある。
ちなみにオジさん記者は、ニッコリと微笑んでコーヒーを売りに来るお姉様に対し、1回も断ったことがない。「ありがとう」と言って何杯でも飲む。この誠意が、必ずや出玉につながると信じている。店員さんに対し、乱暴な口を聞くなどもってのほかだ。たとえオールデジタルパチンコであっても、アナログ的な人情は通じると信じている。
禁煙ブームの高まりで、いよいよパチンコ屋も全面禁煙に踏み切るという噂も聞こえてきた。そうなれば、くわえタバコで「馬鹿野郎、この野郎、早く出せ」みたいな汚いオジさんは減るだろう。それにしても、この退潮傾向に歯止めをかけるには、何らかの工夫が必要だろう。エヴァンゲリオンのパターンと同様に、冬ソナの新シリーズを導入すれば30〜50歳代のロンリー女性たちが涙ぐみながら「ヨン様!」と叫んでいる。こうした魅力あるキャラクターとストーリーの新機種開発も重要であるが、それだけで集客増にはつながらない。
プリペイドカード式ではなく、各個人の持つクレジットカードまたは銀行カードを挿入すれば、即、玉が買えるというシステムはどうだろう。3万円以上負けた人には、敗者復活戦の抽選システムがあり、めちゃめちゃに出る台で優先的に打てるというのはどうだろう。音がうるさいのがイヤという客も多く、ヘッドフォン方式で音を聞き、それがなければ無音状態という静寂さでひきつけるシステムはどうだろう。
米国のカジノのように、一時代前の人気スターがステージショーを繰り広げるというアイデアはどうだろう。家電量販店よりはるかに安いデジカメやノートPC、液晶テレビを景品にするのはどうだろう。
そんな事を考えながら、心の中で思い続ける綾波レイが好きだとは言えず、ひとり静かにエヴァンゲリオンを打つオジさん記者は今日も破滅的に負け続けている。
エヴァンゲリオンの重要キャラクター「綾波レイ」の人気は今もおとろえない