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あまりにも唐突に、福田首相が辞任を表明した。
安倍前首相の突然の政権放り出しから、わずか1年足らず。自民党の首相が2代続けて自ら政権を投げ出すことになる。極めて異常、無責任としか言いようがない。野党第1党に政権を引き渡せという声が出ても不思議はない。それほどの事態だ。
いま辞任すればそんな批判を浴びせられるであろうことは、首相も十分わかっていたはずだ。それなのになぜ、こんな決断を下したのか。
■またも政権の投げ出し
首相は記者会見で「先の国会では民主党が駆け引きで審議引き延ばしや審議拒否をした。何を決めるにもとにかく時間がかかった」と、参院の多数を握る民主党への非難を繰り返した。
そのうえで「この際、新しい布陣の下で政策の実現を図っていかねばならない」と、辞任の理由を語った。
この1年間の国会運営が難しいものだったことは確かだ。自分の手では、もはや政治を前に進めることはできない。政権の「顔」を変えるしか、手だてはあるまい。首相の言葉からは、そんなやむにやまれぬ思いが伝わってくる。つまりは、政権運営に行き詰まったということだ。
首相が政権を引き継いだのは、昨夏の参院選で自民党が大敗した直後のことだ。衆参の多数派が逆転した「ねじれ国会」の運営は、だれが首相になっても難渋しただろう。
それを打開しようと、首相が乾坤一擲(けんこんいってき)、仕掛けた切り札は小沢民主党代表と語らっての「大連立」構想だった。だが、これが民主党内の反発で夢と散った後、首相はほかに打つべき手を思いつけなかった。
早期解散・総選挙に狙いを絞った小沢民主党は、インド洋での給油支援継続のための特措法案、ガソリン暫定税率の期限切れなどで福田政権との徹底的な対決路線にかじを切る。
■積もり積もった矛盾
首相は衆院の3分の2を超える与党の多数を生かし、3度も再可決を繰り返してなんとかこの危機をしのいだ。
だが、再可決には、衆院を通過してから60日間もの日数がかかる。内閣支持率がじりじりと低下を続けたのは、この手法の限界を物語るものでもあったろう。遅々として進まない政治への世論のいらだちが表れていた。
小泉時代に獲得した衆院での圧倒的多数が国会運営での柔軟さを失わせ、衆院解散で政局の行き詰まりを打開する道を封じることになったのは皮肉なことだった。
ちょうど1カ月前、首相は内閣改造でようやく自前の布陣を整えた。秋の臨時国会で自らの政策課題を実現させようと意気込んでいたはずだ。
なのに、ここへきて首相が急に辞任を決断したのは、補給支援特措法の延長や消費者庁創設などに成立のめどがたたなくなったからだ。「平和協力国家」と「安心実現政権」を掲げる首相にとって、これらが頓挫すれば政権そのものが意味を失いかねない。
決定的だったのは、与党である公明党からの思わぬ攻勢だった。
来夏の東京都議選をにらんで早期解散に目を向ける公明党は、衆院再可決に待ったをかけた。世論の反発を買うという理由からだった。
さらに、物価高や景気減速を受けた総合経済対策では、予算のばらまきにつながるとして渋る首相を押し切って定額減税を受け入れさせた。
公明党の協力がない限り、衆院の再可決の道は閉ざされる。選挙になれば創価学会の支援なしには自民党の勝利はまったくおぼつかない。そんな事情が自民党内にも影響し、首相への大きな圧力になったのは間違いない。
財政と安全保障の両面で政策の方向性を定められない。そんな福田政権のひ弱さがあらわになった。
民主党、世論、そして公明党。首相を取り巻くこの包囲網が、首相のやる気を失わせたのは想像に難くない。
■政権の正統性回復を
首相には、打開の道もあったはずである。首相の座についてから最初の予算案を編成したあと、今年1月にも衆院の解散・総選挙に打って出て、政権の正統性を取り戻すことにほかならなかった。
小泉政権時代の郵政総選挙から3年。安倍、福田と政権がたらい回しされたのに、政権選択を問う衆院選は一度も行われていない。参院選では与党が惨敗した。
衆院では自民、参院では民主と、多数派が異なる中で、政策の方向がなかなか決まらないのは構造的なものだ。自民党のだれが首相になろうと、政権運営は早晩、行き詰まらざるをえない。その根本的な矛盾がある限り、世論の支持も上がらない。
自民党総裁選を経て選ばれる新首相の使命は、できるだけ早く衆院を解散し、国民の審判を受けることだ。それなしに、まともで力強い政権運営をすることはできない。
政治がいま迫られているのは、社会保障の立て直しと財政の再建を両立させる方法を国民に示すことだ。さらに、効果的な景気対策をどう講じるかという難題も重なっている。
場合によっては、国民に痛みを強いる選択も避けられまい。民意を体した正統性のある政権を一日も早く日本に取り戻さなければならない。