私はやっていない――。痴漢の疑いを持たれていた男性会社員(31)に大阪地裁は無罪を言い渡した。会社員は捜査段階から一貫して「無実」を訴え、映画さながらに当時を再現するDVDもつくって反証した。家族や周囲の友人が支えた。
通勤途中に突然、手錠をかけられてから1年3カ月余り。裁判長が「無罪」を言い渡すと、黒いスーツ姿で法廷に立った男性会社員は小さく2回うなずいた。
あの日、月曜日の通勤電車は普段より少し混雑していた。近くにいた制服姿の女子高生(当時15)が紺色のスーツの袖をつかんで言った。「この人、痴漢です」。通報で駆けつけた警察署員に「やったんか」と迫られたが、首は縦に振らなかった。
丸裸にされて所持品検査を受け、署の留置場へ。「やっていないのなら認める必要なんてない」。そう励ましてくれた同房者を起こさないよう、その晩は布団の中で声を押し殺して泣いた。勾留(こうりゅう)は12日間にわたった。
取り調べには否認を続けた。弁護士の支えもあり、供述していないことが調書に書かれれば訂正を求めた。
公判は4月に始まった。
「電車内の状況を再現するDVDをつくりたい」と弁護士に提案した。勾留中、痴漢冤罪を訴える男性の実話を描いた映画「それでもボクはやってない」(周防正行監督)の原作本を妻の差し入れで読み、ヒントを得た。
友人や職場の同僚ら約30人が願いに応じた。事件と同じ時間帯に駅の様子を撮影し、車内の混雑ぶりや立ち位置を再現した。被害者役は、男友達がスカート姿で務めた。
弁護士「左右どちらから触られているかわかりますか」
被害者役「わかりません」
弁護士「被告が持つ黄色いかばんは見えますか」
被害者役「見えません」
再現DVDは証拠採用され、法廷で上映された。「彼とは8年来の付き合い。信頼できる友人の無実を信じているから協力した」。被害者役を務めた友達は証言した。
「私はやっていません」。最後の意見陳述で、会社員は大きな声で述べた。
公判は判決の日で7回目。友人らが毎回詰めかけ、傍聴席を埋めた。勤め先は公判の日を休日扱いにした。「友人や家族のきずなの大切さに気づかされました」
判決後、会社員は裁判長に深々と頭を下げて退廷し、法廷の外で待っていた友人たちに妻とともに頭を下げた。「東京や名古屋から皆さんが応援に駆けつけてくださり、裁判長に思いが届いた。ありがとうございました」(宮崎園子)