社説

文字サイズ変更
ブックマーク
Yahoo!ブックマークに登録
はてなブックマークに登録
Buzzurlブックマークに登録
livedoor Clipに登録
この記事を印刷
印刷

社説:パワハラ 悲劇を招かぬ職場環境に

 「お前なんか仕事もできないのに」「バカかお前は」。上司の度重なる侮辱的発言でストレスが積もり、うつ病になって自殺に追い込まれた。福岡高裁は先週、21歳の海上自衛官が自殺した原因をそう認定し、両親に損害賠償を支払うよう国に命じる判決を言い渡した。

 判決は「ある程度厳しい指導を行う理由があり、積極的な仕事を促す一面もあるが、人格自体を非難・否定する言動であり、指導の域を超えている」と上司の行為を違法ととらえ、「正当な指導だった」とする国側主張を退けた。パワーハラスメント(権力や地位を利用した嫌がらせ)が招いた悲劇である。

 パワハラが自殺を引き起こしたケースはほかにもある。製薬会社の社員(当時35歳)は上司から「存在が目障りだ」「給料泥棒」などと言われ、うつ病を発症して自殺した。東京地裁は昨年10月、この自殺を労災と認める判決を出した。

 上司の心ない言動が部下を深く傷つけ、取り返しのつかない事態を招く場合があることを、それぞれの職場で認識しなければならない。上司の立場にいる人は部下の人格攻撃につながるような言動をとっていないか、自らを顧みる必要がある。部下を指導するつもりで発した言葉が、受け手によっては度を越えた叱責(しっせき)や中傷に聞こえることもあると自覚し、発言内容には十分に留意したい。

 使用者は労働者が過度にストレスを蓄積して心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負い、直属の上司は使用者に代わってその義務を果たすべきだとの最高裁判例がある。部下の健康に目配りすべき上司が逆に健康を脅かすことは許されない。必要な指導をした後、一緒に一杯飲んで気持ちをなごませるようなフォローも大事だろう。

 厚生労働省の都道府県労働局が07年度に応じた労働相談で、職場のいじめ・嫌がらせに関する相談は2万8000件余りと前年度より27%も増えた。背景に、成果主義の浸透やリストラの広がりで職場の人間関係がぎすぎすしたものになっているとの指摘がある。

 パワハラをなくしていくには当事者の自覚に頼るだけでは足りない。社内に相談窓口を設けるなど使用者が防止に向けて率先して動く必要がある。セクハラ対策では昨年施行された改正男女雇用機会均等法で、労働者の相談に応じるなどの体制整備を使用者に義務づけた。法的なパワハラ対策も今後、検討すべきではないか。

 パワハラを受けていると感じている人はためらわずに労働相談などを利用してほしい。労働局による助言・指導や紛争調整委員会によるあっせんを求めることもできる。周囲もパワハラを見て見ぬふりをするのでなく、別の上司に相談するなど声を上げるべきだ。悲劇を生まない職場環境を築くことが何より大切だ。

毎日新聞 2008年9月1日 東京朝刊

社説 アーカイブ一覧

 

おすすめ情報