アサヒ・コム プレミアムなら過去の朝日新聞社説が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)
ある日、突然、自宅に社会保険事務所や税務署を名乗る電話がかかってくる。保険料や税金を納めすぎているので返す、という。
「文書だと時間がかかるので、電子振り込みにする」といわれ、携帯電話を持って無人の現金自動出入機(ATM)へ行くように指示される。携帯電話で言われるままに操作したら、いつのまにか、自分の預金を相手の口座に振り込んでいた……。
こうした「還付金詐欺」という新手の振り込め詐欺が急増している。
還付金は向こうが振り込むものだ。こちらから振り込むなんて、信じられない。そう思う人が多いだろうが、現実に引っかかる人が相次いでいる。それだけ相手は言葉巧みなのだ。
オレオレ詐欺。架空請求詐欺。融資で釣る保証金詐欺。そして還付金である。これら振り込め詐欺全体の被害額は、今年上半期だけで前年同期の1.6倍、何と約167億円に達した。
犯行グループは元ヤミ金融業者や元暴走族、暴力団関係者が中心で、多くが20代から30代前半の若者とされる。
警察や金融機関が手をこまぬいていたわけではない。新手が登場するたびに注意を呼びかけた。行員が説得し、振り込む前に防いだこともある。
詐欺行為を追いつめるために法律も整備された。
犯罪に使うための通帳などの売買や譲渡を処罰できるようになった。さらに、犯罪に利用された口座に残金があれば、裁判を起こさなくても、被害金を一部でも取り戻せるようになった。こうした口座の残高は銀行分だけでも59億円にのぼり、年末には被害者への返還が始まる。
だが、いくら犯人を捕まえ、対応策を練っても、詐欺師は次々に悪知恵をはたらかせる。
還付金詐欺では、行員の目がある支店内のATMを避け、無人のATMへ誘導する。操作の指示を疑ったら、「システムが変わりました」とかわす。「振り込め詐欺の被害金を払い戻します」といってだます事件まで起きているのだから、驚く。
引っかかった人の心の傷は深い。
だまされたことを家族に非難されるのが嫌で、だれにも言わず、警察への届けすら出さない人もいるだろう。
オレオレ詐欺や還付金詐欺の被害者は中高年が多い。老後の蓄えを奪われ気力を失ってしまうことさえある。
社会全体で詐欺師を追いつめなければならないのはもちろんだが、ずる賢い手口にひっかからないよう一人ひとりが気をつけたい。
昼間ひとりで家にいる主婦や高齢者は、とくに用心が要る。知らない人からの電話で金の話が出たら、とにかく疑ってかかろう。いやな世の中だが、まずはこうして自衛することだ。
滝のような雨が降った栃木県で、車が路上で水没し、閉じ込められた女性が命を落とした。増水した川では小学生ら5人がのみ込まれ、マンホールの中では作業員が流された。
どれも、この夏の出来事だ。
1日は、関東大震災の日に合わせて「防災の日」と定められている。その日を、今年は豪雨災害の記憶が生々しいなかで迎えることになった。
日本列島は、天災列島だ。世界で起こるマグニチュード6以上の地震の2割は日本を襲う。火山も噴火するし、台風の通り道でもある。
天災の犠牲者の数をみると、1950年代は、死者や行方不明者だけで千人を超えた年が多かった。
犠牲者が減る転機となったのは、59年の伊勢湾台風だった。大きな被害を目の当たりにして防災体制を整えようとの声が高まった。2年後には災害対策基本法ができ、政府や自治体が力を入れて取り組み始めた。気象観測の設備がよくなったことなども効果を上げてきたといえよう。
犠牲者の数は、阪神大震災が起こった95年のような年は例外としても、ここ10年は年平均120人ほどになっている。ただ、ほとんど横ばいの状態が続いている。再び犠牲者を減らす流れをつくるにはどうすればいいか。
そのかぎは、お年寄りをはじめとする災害弱者を救うことである。
先月の豪雨では、愛知県内の住宅が天井近くまで浸水し、76歳の女性が亡くなった。昨年の新潟県中越沖地震でも、犠牲者の多くはお年寄りだった。
刻々と変わる気象情報、天災に見舞われたときの警報や避難勧告など、これまで被害を減らすことに役立ってきた情報が、すべてのお年寄りに十分行き渡っているとは言えない。
全国に独り暮らしのお年寄りは約400万人もいる。災害のとき、自分だけで素早く避難できない人も多い。逃げるときに、手助けが必要な人の名簿づくりなどを自治体が進めてはいるが、個人情報保護との絡みがあって進んでいない地域もある。
しかし、政府や自治体の施策だけを頼りにしていては効果に限界がある。
取り残されがちなお年寄りがどこにいるのか、自治会などでふだんから気を配ることが欠かせない。お年寄り本人やその家族も、不安があるなら遠慮せずに、近所の人にあらかじめ声をかけておけるような関係を築いておきたいものだ。
もちろん弱者を手助けするには、まず自分の安全を確保しなければいけない。災害時、身の回りにどんな危険があるかをこの機会によく確認しておきたい。
死者・不明者が10万人を超えた関東大震災から85年。災害犠牲者を一人でも少なくする道に終わりはない。