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蚊帳+殺虫剤でマラリアを防ぐ
2008年08月04日 橘 悠紀(科学ライター)
みなさんは、マラリアという病気を聞いたことがありますか。現在、世界中で年間3億~5億人がマラリアにかかり、100万人以上が亡くなっています。その大部分はアフリカの人々で、30秒に1人の割合で5歳以下の子どもが亡くなっていると言われます。このマラリアから人々の命を守るために、日本の企業が開発した新しい蚊帳(かや)が役立っています。
写真1:マラリアを防ぐために開発された蚊帳(かや)、商品名「オリセットネット」。提供:住友化学 |
写真2:オリセットネットのもとになるポリエチレンのペレット。殺虫剤が練りこんである。提供:住友化学 |
殺虫剤を材料に練りこむ技術を「蚊帳」に生かす
マラリアは、マラリア原虫が人間の体の中に入って起こる感染症
(かんせんしょう)(伝染病)です。マラリアにかかると、高熱
が出て、食べ物をもどしたり、頭痛がしたりして、手当てをしないと死ぬ危険も高くなります。マラリア原虫が人間の体に入るのは、蚊(か)の一種であるハマダラカが人間の血を吸(す)うときです。ハマダラカの体内にいるマラリア原虫が、人間の体内に送りこまれるのです。そのため、ハマダラカにさされないようにすることが、マラリアに対する最大の予防です。
世界保健機関(WHO)などは、マラリアによる死者を減らすため、殺虫剤をつけた蚊帳を広めていました。蚊帳というのは、寝(ね)る場所の周りにつるし、蚊が入って来ないようにするためのカーテンのようなあみです。日本では昔から使われていましたが、クーラーが広まった最近はあまり使われません。当初アフリカで使われていた蚊帳は、殺虫剤にひたして使うもので、洗たくして殺虫剤が落ちると、また殺虫剤にひたさなければなりませんでした。そこで、日本の住友化学は、殺虫剤を練りこんだ、商品名「オリセットネット」という蚊帳を開発しました。以前から殺虫成分を練りこんだペット用のノミ取り首輪などを開発していたため、その技術を蚊帳にも応用したのです。
オリセットネットは、糸を太くしてじょうぶにするために、ポリエチレン
でつくられていますが、このポリエチレン
に殺虫剤が練りこんであります。そのため、中に蚊が入ってくるのを防ぐだけでなく、蚊帳にとまった蚊を殺すはたらきもあります。表面の殺虫剤がうすくなると、中から殺虫剤がしみ出してくるので、いちいち殺虫剤にひたす手間もいりません。また、暑いアフリカで使うことを考え、あみ目
を大きくして、風が通りやすくしています。ただし、あみ目
は蚊が通りぬけられないぎりぎりの大きさです。
写真3:タンザニアに建てられた、オリセットネットの工場。タンザニアには2か所に工場があり、3000人以上が働いている。提供:住友化学 |
日本の会社が、現地アフリカの工場で、現地の人のための蚊帳をつくる
住友化学は、アフリカのタンザニアの会社と協力 して、オリセットネットをつくる工場を建てました。オリセットネットを現地で生産することで、現地の人が働く場所をつくることにもなるので、より現地の人々の役に立つと考えたからです。タンザニアの工場では、年間1000万張りの蚊帳をつくり、1張り5ドル(約530円)でアフリカ各国の政府やユニセフ(国連児童基金 )などに販売、そこからアフリカの家庭に配られます。
写真4:オリセットネットの中に入るアフリカの子ども。蚊にさされる危険が減り、マラリアにかかる危険も減る。提供:住友化学 |
オリセットネットのすばらしい効果と、開発者のさらなる願い
オリセットネットの効果は、各地で現れています。タンザニア北部の農村の診療所では、2003年に59人いたマラリア治療者が、2007年にはゼロになりました。また、ケニアのある村では、オリセットネットを配ってから、マラリア原虫のいる人の割合が55%から13%に減り、患者もおよそ半分になっています。しかし、マラリアの危機にあるアフリカの人たちにいきわたるには、まだまだ多くのオリセットネットが必要です。オリセットネットの普及にたずさわっている住友化学ベクター*コントロール部の水
野達男部長は、「アフリカの子どもたちを1人でも多くマラリアから救い、それぞれの夢をかなえさせてあげたい。そのために、一刻も早く、一人でも多くの子どもに蚊帳を届けたいと願っています。また、それがわたしたちの使命だとも思っています」と言います。
日本で古くから使われていた蚊帳と科学技術が結びつき、さらに国際的に役立っています。本当に地域の人々のためになることは何かを真剣に考えた末の活動が実を結んだのです。
*ベクター:病気をうつす虫のこと
もっと知りたい人へ:住友化学のウェブサイト
http://www.olyset-net.jp