マラリア対策に農薬入りの蚊帳を普及させることの問題点
学校法人 アジア学院
理事長・校長 田坂 興亜
マラリアは、アジア、アフリカをはじめ、世界各地で多くの命を奪っており、マラリア多発地帯の住民、特に妊婦や子供達をマラリアを媒介する蚊から守る対策を取ることは、緊急の課題である。日本政府がユニセフを通じてこうした面での国際協力を行うことは、積極的に推進されるべきことであろう。
しかし、問題はその方法である。夕方から夜にかけて家の中で眠る人々を蚊から守る方法としては、確かに蚊帳が効果的である。数千万張のオーダーで現地での蚊帳の生産に資金・技術支援を行い、さらに蚊帳使用の必要性についての現地住民の理解を広めるための活動を行うことにより、年間一億人近い数の子供たち、大人をマラリヤから守ることが可能となる。しかし、なぜ殺虫剤入りの蚊帳の普及なのか?
使用されている殺虫剤ペルメトリンは、「ピレスロイド系」といっても、天然の除虫菊成分であるピレスリンと決定的に違うのは、炭素−塩素(C-C1)結合を持つ人工的な合成化学物質である。分子内に炭素―塩素結合を持つ化合物は、有機塩素系化合物と呼ばれ、代表的な有機塩素系殺虫剤としては、DDTが良く知られている。DDTは第二次世界大戦以降マラリアを媒介する蚊の防除に威力を発揮してきたが、徐々にDDTに対して耐性を持つ蚊が現れ、また、「急性毒性」が低いということで、戦後進駐してきた米軍により、日本人の頭の上から直接降りかけられたこの殺虫剤は、食物連鎖を通じて濃縮され母乳をも汚染していることが後に判明し、日本政府は発がん性を示すDDT、BHC(現在HCHと呼ばれている)、動物実験で催奇性を示すディルドリン、アルドリン、エンドリンなどの有機塩素系殺虫剤を1971年登録抹消とした。1996年には、「奪われし未来」が出版されて、DDTなどに子宮内の胎児に対して内分泌撹乱作用(日本では、「環境ホルモン」と呼ばれている)を及ぼす性質が指摘された。
ペルメトリンは、現在も日本で認可され、広く使用されてはいるが、アメリカ科学アカデミーが1987年に公表した発がん性リスクの一覧表の中で、「C」(ヒトに対する発がんの可能性がある物質。動物実験で一定程度発がん性が認められているが、疫学データがない)に分類されており、この殺虫剤を乳幼児を含む子供たちが、その中で一日の三分の一近くを過ごす蚊帳に添加して用いることは、どう考えても望ましいことではない。この蚊帳には、「手に触れたときは、手を洗うように!」という注意書きがついているが、アフリカの現地で、蚊帳の中で夜を過ごす子供や妊婦が、出入りする時を含めて蚊帳に接触した際に手を洗うことなど全く考えられない非現実的なことである。
蚊帳に接触した蚊を殺すことが目的であれば、有機塩素系化合物の構造を持つ、ペルメトリンのような合成ピレスロイドではなく、蚊帳の外の屋内の蚊を除虫菊で作った蚊取り線香防除することもできるはずである。
殺虫剤を含まない普通の蚊帳を安価に大量生産してその普及を図ると共に、除虫菊の栽培を資金的、技術的に支援して、天然の殺虫成分を含む蚊取り線香の生産・普及を図ることこそが、日本政府の支出する同じ金額で、農薬入りの蚊帳を普及させる場合の5倍、10倍の子供達をマラリアから守ることになるのではないだろうか?日本政府(外務省)、UNICEFFのこのプロジェクトの責任者に、これからでも方針の転換を強く望むものである。
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